決勝戦
駆け足で入場を済ませた私は周囲の歓声を他所に、姉のスカーレットと向き合う。
少し遅れて登場した私に、姉は残念そうに肩を落とすものの、ダニエル様の活躍にあまり期待していなかったのか、直ぐに気を取り直した。
凛とした……でも、どこか不安げな表情を浮かべ、彼女は真っ直ぐにこちらを見据える。
「────それでは、これより三年A組スカーレット・ローザ・メイヤーズと一年C組シャーロット・ルーナ・メイヤーズの決勝戦を始めます。両者、構えてください」
目前まで差し迫った決勝戦に、観客達は沸き立った。
姉妹対決だと騒ぐ彼らを他所に、私と姉はそれぞれ手のひらを相手に向ける。
拳銃の銃口を向け合うような状況に、姉は少しだけ表情を強ばらせた。だが、目の光は失われていない。
自分の地位と評判を守るため、私を倒すつもりのようね。それがどれだけ困難なことか知りながら……。戦意喪失されたらどうしよう?と思っていたけど、その心配はいらなかったみたい。
姉には是非とも全力で掛かって来て貰わなければ。これは────姉の全力を私の全力で捩じ伏せるための舞台なんだから。
「即死系の魔法は使用禁止です。それでは────始めてください」
決勝戦開始が言い渡され、会場内がより一層騒がしくなる中、私達は互いに動き出した。
「《フライ》!」
「《サンダーショット》」
空中戦に持っていく気なのか、姉はふわりと宙に浮き、私の人差し指から放たれた雷を横に避ける。
少し焦げてしまった青髪に小さく舌打ちした姉はスッと上空に舞い上がった。
ハラリと揺れる青いマントとスカートを眺めつつ、『もう少しで下着が見えそうね』と余計なことを考える。
今の私ほど、能天気という言葉が似合う人間は居ないだろう。
「《ウインドラフ》!」
天井ギリギリまで飛翔した我が姉は風魔法を展開し、会場内の風を操った。
突然狂ったように吹き荒れる風は地面をすくい上げるように流れる。
今までの試合で砂や埃が少なからず会場に溜まっているため、一気に視界が悪くなった。
砂埃が舞い上がる会場内で、私はスッと目を細める。
なるほど……正面戦闘だと、どう頑張っても私に押し負けるから、奇襲を仕掛けるつもりみたいね。今まで私に直接攻撃を仕掛けて来なかったのはこれが理由か。
「《プロテクション》」
奇襲が来ると分かってて何もしないほど、私は不用心じゃないため、周囲に結界を張る。
半透明の壁に弾かれる砂や埃を見つめ、警戒を強めた。
グルッと周囲を見回し、姉の居場所を探るが……砂埃のせいで姿を目視出来ない。
結界を張った状態で上空に退避しようかと考えるが、罠の可能性を考慮し、即決出来なかった。
最善策を探すように視線をさまよわせる中────突然真後ろから人の気配を感じる。
「!?」
嫌な予感を覚えつつ、後ろを振り返れば────姉の姿が目に入った。
手のひらをこちらに翳す彼女を前に、私は『なるほど』と一人納得する。
転移魔法を使って、私の背後に回り込んだのね。『プロテクション』に転移を拒む効果はないから。恐らく、この砂埃は転移魔法の魔法陣を描くための目眩しと時間稼ぎを担っているのだろう。
さすがは去年の優勝者とでも言うべきか、一筋縄じゃいかないわね。まさか、転移魔法を使って奇襲を仕掛けてくるとは思わなかったわ。
だって、転移魔法は魔力の消費量が半端ないもの。おいそれと使えるものじゃないわ。
失敗した時のリスクを考えると、この作戦は博打に近い。それでも、この作戦を選んだのは恐らく『これしかない』と判断したからだろう。
────と冷静に状況を分析する私の前で、姉は大きく息を吸い込んだ。
「《ファイアブレス》!」
お得意の火炎魔法で決着を着けようとする彼女は勝利を確信しているようだった。
僅かに口角の上がった口元を一瞥し、私は彼女の手から放たれる炎の息吹を見つめる。
一言で言うと、これはピンチだった。恐らく、今から結界を展開しても間に合わないだろう────本来ならば。
目前まで迫った炎の息吹を見ても、全く取り乱さない私はスッと目を細めた。
そして、瞬発的に体内の魔力を高める。
「本当は終盤に見せる筈だったんですが、仕方ありませんね」
独り言に近い響きでそう呟けば────私の目の前に半透明の壁が顕現した。
と同時に目と鼻の先まで迫った炎の息吹が壁にぶち当たる。
まさに紙一重の差だったが、何とか結界が間に合った。
「う、嘘……どうして、結界が……?言霊術も魔術も使う暇を与えずに仕掛けたのに……」
有り得ないとでも言うように頭を振る姉は呆然と立ち尽くす。
『何で?』『どうして?』と繰り返す彼女を前に、私は何かを振り払うような動作をした。
それを合図に────結界と炎が消え、荒れ狂う風がピタリと収まる。これこそが全ての答えだった。
「ま、まさか貴方……あれをやったの……?」
ある一つの仮説に行き着いた我が姉は戸惑いを隠し切れない様子で、こちらを見つめる。
怯えにも似た表情を浮かべる彼女はその外見も相まって、大変可愛らしかった。
「一体何が起きたんだ……?」
「砂埃のせいで全然見えなかったわ」
「ねぇ、スカーレット様の様子が少しおかしくない?」
「言われてみれば、そうだな。何かあったんだろうか?」
姉の巻き起こした砂埃のせいで戦いの一部始終を見ることが出来なかった観客達はこの状況に首を傾げる。
様々な憶測が会場内を行き交う中、私は姉の方へ一歩近づいた。
ビクッと肩を揺らした彼女は慌ててこちらに手のひらを向けるが……そんなの虚勢でしかない。
さっきの転移魔法と火炎魔法で、もうほとんど魔力を使い果たしている筈。仮に魔法が使えたとしても、初級魔法一回が限界だろう。
まあ、だからと言って油断するつもりはないけど、手負いの虎は何をするか分からないもの。
「スカーレットお姉様、答え合わせをしましょうか。実は────」
そこで意味深に言葉を切ると、私はパッと手を振り上げる。
殴られるのでは?と勘違いした姉が咄嗟に頭を庇うが、私は気にせず手を振り下ろした。
刹那────何も無いところから、私達の傍に雷が落ちる。
ドゴォォォンと凄まじい衝撃音が轟き、床に大きな焦げ跡が出来た。
「────私は既に祈願術の発動方法を習得しています」




