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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
二章 反撃の章
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第二話 『死の森』北東部攻略へ向けて



 帝国首都、ラルフエルドに戻ったシバとクレリアは『隠密』ヨークとケットシー族の族長、ブルーからオーク族に関する情報の報告を受け、具体的な今後の方針について話し合うため帝国会議を招集していた。


 達筆で『帝国会議』と書かれた大きな布が飾られた会議上には、それを書いた初代書記長、コリーの姿はない。彼の席には二代目書記長であるボーダーが座っている。

 渋い大声でよく論戦を繰り広げていた老コボルトの姿が無いのをクレリアだけでなく、幹部達も寂しがったが、彼が残した後進の者達は彼に劣らず有能に育っていた。


 全員の着席を確認し、何時も通りクレリアがシバを促す。



「さて、シバ様お願いします」

「うん。じゃ、帝国会議を始めるよ。それじゃ新事務長、司会をお願い」

「はい」



 テンションの低い返事と共に、真っ白な毛並みのコボルトが立ち上がった。



「新事務長のマルです。よろしく。まずは、北東部のオークについて……タマ様、説明をお願いします」



 明るい白色の毛並みなのに、彼女の声は平坦で暗い。

 だが、この場に初めて立つのに緊張していないことに、クレリアは安心していた。


 指名を受けたオークリーダーのタマは「あいよ」と返事をして席を立つ。



「情報は古いぜ。悪いな。北東部の上位種はハイオークが二名、オークリーダーが八名。何故、北東部に全部で十名しかいないハイオークを二名も配置しているかというとだ」



 死の森の全体図に十個の駒を順番に置いていく。

 東部に一名、北東部に二名、中央部に二名。



「本来俺達の魔王候補は東部にいたコンラートが最有力だと考えられていた。だが、結果的に魔王候補になったのは、フォルクマール。こいつが微妙な奴でな」



 タマは苦笑しながら説明を続ける。


 本来オーク族の魔王候補、フォルクマールは勇猛で強いことを重視するハイオークでは珍しい、どちらかというと慎重で臆病な性格だった。


 だが、魔王候補となったことで状況は一変。力を手に入れたことで性格ががらりと変わり、疑い深くなり、横暴さも目立つようになる。


 多くのハイオークを含めオーク達は結果を出しているフォルクマールを支持しているが、全てがそうではない……そう、彼は説明する。



「コンラートは公然と嫌っていたからな。ハイオークが二名も配置されているのはモフモフ帝国を恐れているわけじゃねぇ。コンラートの裏切りを警戒したんだ」

「呆れる理由ね。結果論としては正解だけど」



 タマの説明を聞き、クレリアは苦笑した。

 同時に安堵もする。魔王以外はあれよりマシらしいと。



「すまねえ。逸れたな。で、北東部を守ってる二人だが一人はアードルフ。腕っ節は強いが短気な奴だな。強者が弱者を支配するのは当たり前って感じの奴だ」

「もう一人は?」

「カロリーネって名前のすっげえ美女だ。フォルクマールは振られやがった。はっはっは! ざまあねえぜ……う……す、すんません」



 全員の冷たい視線がタマに集中し、彼は縮まって全員に謝罪する。



「ごほん! あー……そうそう。カロリーネは強い奴と闘うことしか興味ねえんだ。弱い奴は基本放置ってか、自分も含めて適当にやれって感じだな。支配に興味はないな」

「二人の仲は?」

「悪い。カロリーネの方が強いし優秀なんだが、認められないらしい」



 なるほど、とクレリアは頷き、自分もそうだったな……と昔を思い出す。

 聞きたいことも聞いたし、次の話を促すべく、彼女はマルに顔を向けたが、「はい!」と高い声を上げ、茶色と黒の模様が混ざったふさふさコボルトがおずおずと手を上げる。



「ひっ! あ、す、すみません、シルキーです。タマさん……その……二人の住処……いや、きょ、拠点? 拠点は同じなんですか?」



 緊張しながら、たどたどしい口調でコボルトリーダーの少女がタマに質問する。

 彼女は元々は生産活動に従事していたのだが、クレリアが半ば強引にパイルパーチの戦いを経験させ、士官に引き上げた少女だった。



 彼女とクレリアとの出会いは一年以上遡る。



 パイルパーチの戦いを控え、モフモフ帝国は生産活動に熱心に取り組んでいた。

 その熱心さたるや、真面目なコボルトが過労で倒れるくらいであり、シバがターフェの意見を取り入れ、定期的な休みを入れるまで延々と休みなしで働き続けていた程である。


 そんな慌ただしい、ラルフエルド……当時はそう呼ばれていなかったが……に、一名、しょっちゅう木の上で昼寝をしているコボルトがいることをクレリアは見つけた。


 クレリアは木の上で寝てるコボルト可愛いと思いつつも、何度もその光景を目撃するので、ある日、事務長として一緒に仕事をしていたポメラに質問したのである。


 真面目なコボルトにも不真面目なのもいるのか……深い……とか、彼女は考えていたが、



「ああ、あのコボルトリーダーのシルキーですね。あの娘はちゃんと仕事していますよ」

「いつも寝ているのを見掛けるけど」

「はい。怠けるために、工夫をしているんだって言っていました」



 ようは、仕事をさっさと終わらせて自由な時間を作り、怠けているのだ。

 ポメラの話では今は織物だが他の仕事でも同様だったらしい。


 クレリアが後日調べたところ、出来栄えは並だったが確かに効率良く仕事を片付けていた……出来上がりの織物を見ながらクレリアは考え……ぽんと手を打つ。


 その翌日、クレリアは執務室にシルキーを呼び出した。



「く、く、クレリア様! お呼びでしょうか!」

「堅くならなくていい。今後、貴女は織物をしなくていい」

「ええええええっ! で、でもお仕事しないと!」



 茶色と黒のまだら模様の少女は、困っているような雰囲気の声を出しているが、耳と尻尾は嬉しそうにぱたぱたと振られている。

 つくづく嘘が付けない種族だ……と、クレリアは溜息を吐く。



「貴女には別の仕事がある」

「ど、どんな仕事ですか?」



 目が輝き、表情で楽な仕事、楽な仕事! と訴えかけてくるようだとクレリアは思い、思わずその可愛らしさに流されそうになったが、何とか打ち勝つ。



「軍士官。貴女には士官としてキジハタ達と共に私の軍事教育を受けてもらう」

「……は? え……えーっ! そ、そんなご無体なぁ。無理です!」

「シルキー。貴女の適職は他にない。そして、拒否もさせない」



 膝から崩れ落ちるシルキーにクレリアは苦笑いする。

 実際のところ、本当に向いているかはクレリアにもわからなかったが、彼女の推測が当たっていたことを指導しながら理解することとなる。


 クレリアはシルキーの良さを殺さないように指導し続ける苦労……彼女にとっては楽しいことでもあったが……を思い出し、質問するために立った少女を見つめる。



「拠点は別のはずだ。同じ拠点何かにいたら殺し合いになるからな」

「なるほどっ! わかりました」



 彼女の質問の意味がわかったのは……キジハタだけか。と、クレリアは幹部達を見回しながら微笑む。経験を積めば皆がわかるようになるだろうと、今の彼女は信じていた。


 タマの説明が終わり、『隠密』ヨークやブルーのオークの情勢に関する報告が終わると、クレリアは今後の対応に関する説明を行い、そして最後に告げる。


 北東部の情勢を聞いた時、クレリアにはある腹案が思い浮かんでいた。

 その案は彼女としても賭けの要素が強いものであり、危険なものでもあったが……勝てば帝国の未来のための糧となるはず。そう彼女は信じていた。


 クレリアは前もってそのことをシバと相談し……彼も決断した。



「最後にシバ様から命令がある。諸君らは、戸惑うだろう。この作戦は帝国の命運を握っているはずなのにと。だが、私は信じている。期待に応えよ」



 そう締めくくって席に付き、代わりにシバが立つ。

 少し緊張した面持ちで、だが、しっかりした声で。



「『剣聖』キジハタを『死の森』北東部攻略の司令官に任命する! 副将はタマ、シルキー、クーン! ウィペット要塞完成後、そこを拠点に。やり方は全て任せる。何かあれば連絡を出すように」



 名前を呼ばれた面々は呆然とし、シルキーは「えー!」と露骨に嫌がっていたが、クレリアが黙って顔を向けると、口を抑えた。


 キジハタは流石に驚いていたが、意味を理解すると立ち上がってシバに一礼する。



「承知。期待には結果で応えよう」



 こうして中央部はクレリアを中心に防御に専念し、北東部の攻略をキジハタ達が担当することになる。


 モフモフ帝国にとってクレリア抜きの大規模な戦いは初めてである。

 このことがどのような結果をもたらすか、現時点では誰にもわからなかった。





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