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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
四章 決戦の章
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第十八話 死の森中央部会戦 ハイオーク対ハイオーク



 周囲の怒号、剣戟の音に愉しそうに耳を澄ませながら、カロリーネはハーディングを庇うようにグレーティアの前に立っていた。



「悪いわね。ハーディング。こいつは譲ってね」



 両手剣を突き刺して柄に手を置き、相手を見据えたまま背中のハーディングに声を掛け好戦的な笑みを浮かべている。

 倒れて意識が失っている振りをしていたハーディングは舌を打った。



「くっ……油断したら……首に短剣を打ち込んでやるつもりだったのに」

「無茶するわね。誰に似たのかしら。もう少し戦意を抑えないと見抜かれるわよ」

「無茶はお互い様だろ! ごほっ……本当に気を付けろよ。全く……」

「相変わらず生意気ね。そういうことは私に一度でも勝ってから言いなさい」



 ハーディングはよろめきながらも身体を起こすと、隠すように持っていた短剣を腰に仕舞い、大人しく後ろへと距離を取って下がる。

 巨大な武器を扱うカロリーネが戦い易いように。



「まだまだ子供よねー」

「何故ここに……子どもは……?」

「産んだわよ。軍にも医者にも戦場に出るのは早いって止められたけどね」



 後ろを振り向かすにカロリーネはハーディングに手を振り、両手で剣を構える。

 彼女の表情は飄々としていて、普段とまるで変わらない。


 オーク族との戦いで彼女は子どもの父であるタマを失っている。

 戦場に来たのはその仇を討つため……とグレーティアは考えたが、そんな風にはまるで見えない。


 グレーティアは不思議に思いつつも、周囲を警戒していた。その用心深さにカロリーネは呆れている。



「援軍なんていないわよ。いつからそんなに心配症になったのやら」

「姉さんが軍を率いていない? 帝国は何を考えているの?」

「そんなのはせっかちなコンラートとシルキーに言いなさいよ。時間が無くて私は訓練に参加出来ていないからね……仕方がないからただの戦士として参加させてもらったの。邪魔にならないように。幸い軍には私より怖いのが沢山いるしね」



 丁度その時、何処からか遠吠えが轟く。


 それは帝国の幹部達には伝えられている合図だった。

 この戦争では一戦士として参戦している彼女にも、その意味は伝えられている。



「あらあら、いいタイミング」

「何……?」

「そんな顔をしなくとも教えて上げるわよ」

 


 油断なく剣を向けているグレーティアにカロリーネは淡々と告げる。



「ハウンドがクレメンスを討ち取ったの」

「でたらめをっ!」

「グレーティア。貴女は私がそんな小細工をするとでも?」



 足を一歩踏み出し、間合いを潰しながら目を細めた。

 そして、諦めたように溜息を吐く。



「オーク族は負けたのよ」

「まだ負けたわけじゃない。姉さんを倒し、ここを抜けば……」

「違う。本当に負けたのは半年前。フォルクマールが倒れた時よ」



 反論する事もなく、グレーティアは鋭く斬り込んだ。

 カロリーネは最小の動きでそれを弾き、距離を取る。



(身体が重い。体力も……出来ることは一つ……か)



 内心でカロリーネは苦笑する。無茶は承知だった。

 彼女は戦いを愛してはいたが、何も無ければ流石に今回は休んでいただろう。



「姉さんがそれを言うっ!」

「あいつの敵に回った私だから言うのよ。そうね……良い事を教えてあげる」



 カロリーネには戦う理由があった。

 それは復讐では無い。彼女は誰も憎んではいない。


 その目的の一つは目の前の少女を縛る鎖を断ち切ること。

 かつては本当の妹のように慕ってきた相手が、偽りの情報で利用されることを彼女には看過することが出来なかった。

 残酷な真実を知った時、いや、受け入れた時にどうなるかまでは彼女にもわからなかったが……それでも気付かないよりはマシだとカロリーネは考えていた。



(広い戦場なのにね。旦那が運命に手を回してくれたのかしら)



 グレーティアの姿勢が聞く体勢になったことにカロリーネは安堵する。

 ただ、戦闘の意思までは捨てていない。油断をすることは出来なかった。



「クレリア・フォーンベルグは正真正銘『化物』よ」

「化物……?」

「そう。戦争が服を着て歩いているような奴と言うべきかしら。オーク族のように楽しんでいるわけじゃない。肉を食べる、眠る、男と寝る……クレリアにとって命のやり取りは元々その程度の意味しかないの」



 一瞬の油断が命を消しかねない状況でもカロリーネは冗談めかして説明を続けている。

 


「だから、命を数字にして効率よく敵と味方を殺してる。戦いに意味なんて感じていないから、勝つためにはどんな手段でも用いることが出来るし、つまらない準備も手を抜かずに淡々とこなすことが出来る」



 カロリーネは本心からクレリアの事を語っていた。

 彼女はクレリアを気に入っていたが、異質な存在だとは認識している。そのあり方に畏怖していると言ってもいいのかもしれない。


 クレリアの心の中を知っていれば、別の意味で畏怖することになったかもしれないが。



「フォルクマールはそんな戦争の化身みたいな『化物』を倒したのよ。私なんてアードルフ、コンラートと三人掛かりでも、うちの旦那とキジハタにすら負けたのにね」

「倒した……?」

「クレリアにとって勝敗はどうでもいい。だからこそ、あいつは嘘を吐かない。一騎打ちの結果は右手一本。そこで気を失ったらしいから……後はわかるわね」



 直接カロリーネはクレリアから一騎打ちの話を聞いていた。

 ハーディングの訓練の場においての話であり、偶然居合わせたのである。


 クレリアは殊更に一騎打ちの話を吹聴することは無かったが、軍のために自身の敗因を分析し、剣士達にはフォルクマールの剣を再現して教えている。


 それは勝利の名誉こそ全てのオーク族には考えられない割り切り方だった。



「私の旦那はクレリアを連れて逃げた。フォルクマールを相手にせずに。致命傷を負っていたのなら、旦那はフォルクマールを仕留めていたはずよ。それをしなかったのは逃げざるを得ない状況。つまり、出来なかったんじゃないの?」



 クレリアは嘘を吐いていない。ならば、フォルクマールを殺したのが誰なのかは容易に想像が出来た。


 だからこそ、帝国に降ったオーク族は命を賭けて同族と闘うことを誓ったのである。

 己の一族の誇りを護るために。


 この話を広めているのはシルキーだろうとカロリーネは考えている。

 彼女は勝つためならばクレリア以上になんでもするだろうから。ただ、この件は事実であり、彼女に対する非難の気持ちは湧かなかった。


 カロリーネは据わった目で自分を睨みつけているグレーティアを憐れむように見返す。



「仮に私の言っていることが真実で無かったとしても……死力を尽くして相打ちなら、何故クレリアを恨む必要があるの?」



 両者の戦いは一騎打ちだった。

 フォルクマールらしくはなかったとカロリーネは思う。それでもこの事実に間違いはない。


 彼は罠を仕掛けられる場所にクレリアをおびき寄せたが、一切小細工を使うこと無く、勝敗の分からない戦いに身を投げたのだ。


 カロリーネも今はフォルクマールを認めている。

 自分が同じ立場に立ったとして、クレリアに対して優位な立場で一騎打ちを挑めるだろうかと思うのだ。


 彼女の結論は否だった。

 そもそも一騎打ちに持ち込むことすら不可能だろう。


 コンラートも一騎打ちをしているが、フォルクマールの時とは性質が違う。



「少なくとも私は旦那の死に様を知ったとき、私はいい男を選んだと思ったわ。ベルンハルト先生を倒したなんて思わなかったから。ま、泣いたけどね」



 カロリーネには一番フォルクマールを評価していたはずのグレーティアの行動が理解出来なかった。

 しかし、彼女に会い、彼女の考えを知った今では哀れとしか思えない。


 ギリギリのところで彼女は兄を信じている。いや、信じたいのかもしれない。



「本当は理解しているんじゃない? だから、苛立っているんじゃないの?」

「黙れ……黙れっ!」



 グレーティアの返答は凄まじい速度の斬撃だった。

 カロリーネはそれを受け止めながらも話を続ける。


 想像以上に弱っている自分の身体に鞭打ちながら。



「フォルクマールは可哀想な男よ」

「煩いっ! それ以上喋るな! やめてよ!」



 万全の状態であれば力負けすることはない。

 しかし、今は体力、膂力、速度、全てに置いて相手に劣っている。


 それでも歯を食いしばり、一歩も引かずに両手剣を振り回す。

 武器の重さがかろうじて、完全に相手に押し込まれることを防いでいた。



「オーク族があいつの異質な才能をもし認めることが出来ていたなら、元四天王の一族だって降して魔王にすらなれたかもね」

「くっ……アアァァァァァァァァッ!」



 ハーディングとの戦いの疲労など無いかのような鋭い攻勢。

 僅かしか戦っていないはずのカロリーネの額からは汗が止めどなく流れている。


 全てを回避することは出来なかった。

 切先が彼女の肌に浅い切り傷を作っていく。

 逆にカロリーネの剣は完全に読まれ、弾かれていた。


 しかし、戦況とは裏腹にグレーティアの方が表情に余裕がない。



「だけど、あれだけ真面目にオーク族に尽くしていたあいつを……アルトリート様とベルンハルト先生が認めていたあいつを、誰も信じられなかった。だから、オーク族は負ける。自業自得ね」



 コボルト族の遠吠えが戦場には轟いていた。

 時間を稼いでいる間に戦況は大きく変化している。



(終わったわね。本当に)



 ハクレンは指揮官を失った左翼をも素早く掌握し、時間稼ぎに徹していた。

 ハーディングもその傍にあり、指揮に集中させるべく彼女を護っている。短期の間に軍を崩すことはグレーティアでも不可能だろう。


 最早勝敗は動かない。

 カロリーネが帝国という国のために己に課した役割は終わっていた。


 後は私的な戦いだけだ。


 剣をこれ程重いと思ったことはカロリーネには無かった。



(医者の言うことは聞くべきね)



 内心で苦笑しつつ、彼女は覚悟を決める。

 大きく息を吸い込むと、思い切って踏み込んで剣を振り被り、力任せに振り切った。



「グレーティア。貴女ですら、帝国の化物を降したあいつの強さを信じて上げられないのだから」



 両手の剣を交差させて受け止めたグレーティアの間近でカロリーネは囁く。

 グレーティアはカロリーネを力任せに押し返すと、右の剣を彼女に無言で突き刺した。



「せめて貴女だけは信じて……あげなさい。じゃないと余りにも……フォルクマールが……報われない……」



 出産した時にこれ程の痛みは他にないと彼女は思っていたが、剣に貫かれることはその比ではなかった。それでも、カロリーネはグレーティアの髪を撫でながら無理矢理微笑む。

 涙を流し続けている妹の為に。



「出来の悪い妹を持つと……大変ね……」



 剣を抜き、カロリーネが倒れるとグレーティアは暫く放心していた。

 しかし、オーク族側からのコボルトの遠吠えが響き渡ると、苛立たしげに樹木を蹴り付け、全軍を撤退させるべく命令を下して駆け去っていく。



「やれやれ、中途半端に止めも刺さずに行くなんて……」



 呆れるように溜息を吐き、寝転がりながら空を見る。

 ハクレンがグレーティアの攻撃に耐え切ったからか剣戟の音は遠ざかっていた。


 ゆっくりと訪れる死の気配を彼女は穏やかな気持ちで受け入れている。



(役割を果たしたからかな。あいつもこんな気持ちだったのかしら)



 格好を付けて先に死んだタマをカロリーネは思い出していた。

 あの戦場を見届けた者から、タマの最期は聞いている。


 オーク族らしいと彼女は思っていた。それだけでいい。

 彼女にはわかりやすい。



(あいつは素直にグレーティアを眷属にすれば良かったのよ。そしたら、少なくとも私とコンラートは従ったはずなのに。ほんと頭良い癖に馬鹿なんだから)



 フォルクマールの実力は認めていたが、やはり好みではなく、今でも眷属を断っているだろう。後悔はしていない。

 ただ、『もし』を考えると惜しいとも思った。


 全ては済んだ事。

 後は眠れば命は潰えて、死の森の土へと還る。



(コボルト……?)



 満足しかけた時、カロリーネは自分を二匹のコボルトが覗き込んでいることに気が付いた。壮年のコボルト達。見覚えはあった。


 グレンとスコティ。エルキー族のターフェの初めの弟子達。

 戦場で治療を行う衛生兵とは違う、戦場には出ないはずの腕のいい医師だった。



「ターフェ様からの命令です」

「馬鹿が絶対に大怪我をするから傍にいろと」



 酷い言われようだとは思ったが、否定は出来なかった。

 エルキー族は変態だが、医師としては優秀で間違ったことは言わない。


 不思議と気が合うと思っていたが、溺愛している弟子を回してくれるとは思わなかった。それだけの無茶だったということでもあるが……。



「私達の判断で意思を確認しろとのことです」

「この傷は内臓に達していて、恐らく元通りにはなりません。また、助かる可能性自体も五割あるかどうかです」



 テキパキと応急処置だけは施しながら、コボルト達は説明する。

 意思の確認。


 即ちこのまま死ぬか生きるかを選べということ。

 戦いに生きるオーク族の性質をターフェは考慮しているのだろうとカロリーネは思った。戦士であることはオーク族にとって何よりも大切なことであり、彼女はその誇りを尊重してくれている。


 しかし、既に戦士としての役割は終えており、未練はない。

 彼女の答えは決まっていた。



「生きる」



 短く答える。

 戦いは終わっていない。



(ルートヴィッヒをきちんと育てないとね)



 用意されていた担架に乗せられながら、彼女は呟く。

 その言葉は声にもならなかったが、強い命の力が篭っていた。





────死の森中央部会戦における主力戦について



 総参謀長ハウンドはオーク族との戦力差を埋めるため、思い切った手段を用いた。

 奇策を用いて奪取したオッターハウンド要塞の戦力のうちの殆どを、キジハタの率いる主力の援護へと回したのである。

 埋め合わせとして、オッターハウンド要塞には戦士に偽装した住民を詰めている。志願した勇気ある者達には当時は新兵器だったクロスボウを持たせ、第一次オッターハウンド戦役で大元帥、クレリアの副官を務めたサイヌが守りについていた。

 偽兵として守備に付いた民兵部隊だが、実際に攻撃を受けた際には勇敢に戦い、オッターハウンド要塞にある程度の戦力を引き付ける役割を果たした。


 一方、コンラートの戦いで腕を負傷していた『剣聖』キジハタは、オーク族司令官チャガラ、グレーティアの軍勢を同時に受け止めていた。

 オッターハウンド要塞がある程度の戦力を引きつけてなお、数は帝国側が劣っており、劣勢となることは元より予測されていた事態ではあった。

 『剣聖』キジハタは粘り強く指揮をしていたが、グレーティアの突撃により左翼の指揮官、アロイスが戦死。後衛にまでその攻撃は達し、全面崩壊の危機に陥った。

 だが、後衛の指揮官であるハクレンはハーディング、カロリーネの助けを受けて果敢に指揮を続け、左翼のアロイスの軍までも掌握してグレーティアを押し返すことに成功。

 両軍ともに大損害を出しつつも戦線は安定し、主力同士の戦いは消耗戦となった。


 そして、それは帝国の望む形でもあったのである。



『モフモフ帝国建国紀 ──決戦の章── 二代目帝国書記長 ボーダー著』




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