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World End をもう一度  作者: 新月 乙夜
Alice in the No Man's Wonderland

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佐伯奏2


「責任、とってください」


 そう話す奏は、目が据わっている。スマホの画面越しでも彼女の静かな怒りがヒシヒシと伝わってきて、秋斗は内心でおののいた。だが「責任を取れ」と言われても、彼に心当たりは全くない。そもそも対面で会ったことすらないのだ。同じ画面に映る勲に視線を向けても、彼はただ苦笑するばかり。仕方がないので秋斗は奏にこう尋ねた。


「ええっと、奏ちゃん? 事情が良く分からないんだけど……。何かあったの?」


「とても、とても悲しいことになったんです。そしてそれは全部秋斗さんのせいなんです。だから責任をとってください」


「奏。それでは説明になっていないよ。協力して欲しいのなら、ちゃんと説明しなさい」


「……友達と、遊びに行ったんです」


 しぶしぶと言った様子で、奏は事情を説明し始めた。事の発端は二月の末、彼女が学校の友達と遊びに行ったときのことだという。ちなみに男子三名、女子三名の六人グループだったそうだ。


 その日は、雨は降っていなかったが、重たい曇り空だった。駅へ行くために近道をしようとして、細い路地に入ったのが悪かった。天気のせいもあって路地は暗く、そこに赤い禍々しい光が二つ、浮かんでいたのだ。


「まさか……」


「モンスター、だと思います。たぶん、ですけど」


「奏が魔石を持ってきた。間違いない」


 秋斗が表情を険しくすると、奏が控え目に、勲が確信を込めてそれを肯定する。ということはモンスターがリアルワールドに、しかも東京に現われたことになる。それはかなりの問題なんじゃないかと秋斗は思ったのだが、奏の話が続いているのでまずはそちらに意識を向けた。


「大きな、ネズミのような姿でした。身体は真っ黒で、なんだかモヤモヤしていました。目だけが血みたいに赤くて、威嚇されたんです」


 得体の知れない化け物に威嚇され、奏ら中学生たちは顔色をなくして動けなくなった。モンスターは「ギチギチ」となぶるように呻り、そして彼女たちに、いや奏に襲いかかった。


『きゃぁぁああああ!?』


 奏は悲鳴を上げた。悲鳴を上げたのは彼女だけではなかったが、身体が動いたのは六人の中で奏だけだった。彼女は反射的に脚を蹴り上げ、そのつま先は見事に飛びかかってきたモンスターのみぞおちに突き刺さった。


 要するに奏は、モンスターを蹴り上げたのだ。そして蹴り上げられたモンスターは、まるでサッカーボールのように高々と飛翔した。その場に居合わせた友達らの証言によれば、最高到達点は「八階建てのビルより高かった」という。


 蹴り上げられたモンスターはその後、重力の法則に従って落下し、コンクリートの地面に叩きつけられた。そしてその衝撃で死亡し、黒い光の粒子になって消えたという。奏から聞いたその光景と、彼女が持ち帰った魔石を見て、勲はそれがモンスターだったと判断したのだ。そして話を聞く限り、秋斗も彼と同意見である。


「えっと、奏ちゃんは怪我とかしかなった?」


「はい。怪我はしませんでした」


「そう、それは良かった」


「ぜんぜん良くありません」


 奏は眉を寄せ、不満げにそう答える。どうやら彼女の話には続きがあるらしい。一体何が問題だったのかよく分からないまま、秋斗はひとまず彼女に続きを促した。


「モンスターが消えても、わたし達はしばらく動けませんでした」


 十秒か二十秒が経った頃、ようやく奏が恐る恐る動き始めた。彼女はモンスターが落下した地点に近づき、残されていた魔石を拾い上げて回収したのだという。そして友達らの方を振り返ると、彼らはまだ顔を強張らせて動けずにいた。特に男子連中はなぜか内股になっていて、女子たちはそんな彼らに冷たい視線を向けていた。


 この日はこれ以上何事もなく、奏ら六人はそれぞれ無事に家へ帰ることができた。この件が奏にとって好ましからざる事態に発展したのは後日のことだ。この件は当然ながら彼女たちの学校で話題になった。だが証拠、つまりモンスターの死骸が残っていない。それで都市伝説でも語るようにして、この話は学校中に広まった。


 まず真っ先に話題になったのは、化け物を退治した奏の勇姿である。その中で彼女は化け物に恐れず立ち向かい、高々と蹴り上げて化け物を退治したことになっている。「化け物が悲鳴を上げながら飛んでいって、八階建てのビルを遙かに超えて見えなくなった」場面は大盛り上がりだったという。


 一方で株を落としたのは、一緒にいた男子生徒たちだ。「一緒にいたのに役に立たなかった」だの、「奏の背中に隠れていた」だの、散々な言われようである。そしてその急先鋒は一緒にいた奏以外の女子二人だった。何もできなかった男子たちの姿は、彼女たちの目に情けなく映ったらしい。あるいは動けなかった自分たちの自己弁護だったのかもしれないが、まあそれはそれとして。


 当然ながら、男子生徒たちにとっては面白い話ではない。かといって必死になって反論するのもなんだか「ダサい」ように思われた。そもそも元の話が都市伝説紛いの扱いになっていて、半分は笑い話になっている。誰も真剣な話なんて聞きたがっていないのだ。必死になればなるほど、「空気読めよ」と思われ白けられてしまうだろう。だからこそ、彼らは変化球で話題を逸らすしかなかった。


『でもさ、あんな勢いで蹴り上げられたら、裂けちまうんじゃね?』


『潰れるんじゃなくて、裂けるとか、ウケる』


『潰れるとか裂けるとか、ナニの話だよ』


『いや、マジだってマジ。思わず内股になっちゃったもん、オレ』


『彼氏になるヤツ、大変だな。パンツにガードを仕込んでこないと』


『いやいや、ガードくらいじゃ役に立たないだろ』


 曲がりすぎた変化球はデットボールになった。ボールをぶつけられたのは、言うまでもなく奏である。彼女が触れれば折れそうな美少女でそれまでは高嶺の花であったことも、かえってそのギャップが面白がられることに繋がった。こうして彼女はいつの間にか、イロモノ扱いになってしまったのである。乙女にとっては大変不名誉なことに違いない。


「蹴り上げられたら裂けるって……」


 話を聞いた秋斗は、必死になって笑いをかみ殺した。実際にはかみ殺せていなくて、口角が上がってピクピクと痙攣している。その様子を見た奏は「秋斗、さん?」と言いながら画面越しににっこりと微笑んで圧をかける。それでも秋斗の笑いの衝動はなかなか収まらなかった。


「いや、ごめん、悪かった。……それで、オレの責任っていうのは?」


「あんなに高く蹴り上げてしまったのは、絶対に秋斗さんが送ってくれる食材のせいです。だからこれは秋斗さんのせいなんです。責任とってください」


 笑いの衝動が抜けきらない秋斗に、精一杯険しい顔を作りながら奏はそう迫った。彼女の主張を聞いて秋斗は苦笑しながら「う~ん」と唸る。そしてその主張が正しいかどうか、彼なりに検証を始めた。


 奏が蹴り上げたモンスターは、「大きなネズミのような姿だった」というから、大きさは小型犬くらいだろうか。だとするとその体重はだいたい10kgほど。一般的に考えて14、5歳の少女が、それも半年前まで昏睡状態だった少女が、「八階建てのビルを超える高さ」へ蹴り上げられるようなものではないだろう。


 もちろん極限状態でアドレナリンがドバドバ出ており、それが肉体のリミッターを一時的に外した、というような事情もあるだろう。だが秋斗はそれだけでは足りないように感じた。となれば別に要因があることになる。すなわち彼女がこれまでに溜め込んだ経験値だ。要するに彼女はレベルアップしていたので、そういうことになってしまったのだ。


 だが奏がアナザーワールドへダイブインしたことは一度もない。そんな彼女がレベルアップできたのは、ひとえに秋斗のおかげ、もしくは“せい”である。彼がせっせと勲宅に送ったアナザーワールド由来の食材。彼女はそこから経験値を得たのだ。それどころか彼は勲に秘薬まで譲っている。そして勲はその秘薬を奏に使わせていた。


 奏がこれまでに溜め込んだ経験値は、ゴブリン換算でだいたい四〇体分くらいか。しかもモンスターが出現したわけだから、少なくともその周辺は魔素の影響を受けていたことになる。奏の強化された肉体が、十全にその力を発揮できる環境だったわけだ。その上で肉体のリミッターが外れたのであれば、約10kgのモンスターを八階建てのビルより高く蹴り上げることもできるかも知れない。


 そして前述した通り、奏が溜め込んだ経験値の出所は全て秋斗である。であれば彼に全てはともかく、責任の一端があると考えるのは筋の通らない話ではない。相手が年下の女の子であることも考慮して、秋斗はひとまずそう結論した。


「……それで、奏ちゃんは具体的にどうして欲しいんだ?」


「今年のゴールデンウィークですが、一緒にドリームランドに行きましょう!」


 奏は「ふすん!」と鼻を鳴らして秋斗にそう迫った。聞けば、件の乙女的に不名誉な噂が立ってから、彼女は男子連中から遠巻きにされるようになったという。それまでは先輩後輩同級生を問わず、週に一回以上は告白されていたのに、それもピタリと止んでしまった。奏の乙女のプライドはボロボロである。


「一緒にいっぱい遊んで、その写真を見せれば、みんなちゃんと分かってくれるはずです」


「要するに、偽装彼氏になれ、ってこと?」


「彼氏とは言いません。お友達と紹介します。でも誤解する人はいるかもしれませんね」


 女子中学生らしからぬ腹黒さを垣間見せて、奏はそう答えた。もしくは勲が入れ知恵したのか。何にしても年の近い男の子と親しく遊ぶことで、奏は自分の乙女的な魅力をアピールしたいのだろう。そして「自分の魅力を分かってくれる男の子もちゃんといる」と証明することも目的であるに違いない。


「まあ、そういう訳だから秋斗君、ゴールデンウィークに一泊二日くらいで付き合ってくれないか。交通費を含めて、費用はすべてこちらで持つから」


「オレ、来年度は受験生なんですけど……」


「奇遇ですね。わたしも来年度は受験生です」


「ならお互いに勉強するべきじゃない?」


「乙女には譲れない一線があるのです!」


 奏に退く気がないのを見て、秋斗は降参気味にゴールデンウィークの予定を了承した。さらにもう少し話をしてから、細かい予定が決まったらまた連絡すると言って勲が通信を終える。アプリを終了しながら秋斗はふと気になったことをこう呟いた。


「それにしても、いま噂が立っていて、ドリームランドに行くのが五月だろ? 遅くないか?」


[うむ。人の噂も七十五日。その頃にはもう下火になっている可能性が高い。下手をすれば、むしろ蒸し返す結果になるかも知れん]


「ま、こっちはそこまで責任持てないよ」


 肩をすくめて秋斗はそう呟いた。彼は乙女ではないのだ。乙女の譲れない一線とやらは、奏自身に死守してもらおう。彼はやや投げやりにそう思った。


奏「だいたい裂けるってなんですか! モンスターだって姿形は保っていたじゃないですか!」

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― 新着の感想 ―
[一言] たしかに物理的にタマをとってくる女性を相手にすると考えたら、並みの男の子なら(いろいろな意味で)腰が引けるかもしれん……
[一言] むしろモンスターなればこそ形を保ててただけで一般人だと… これは耐えられる者しか婿にこれませんね
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