相棒
イヤホンやヘッドホンを使って音楽を聴いたことがあるだろうか。その場合、音楽は頭の中から響いているように聞こえたはずだ。
秋斗もイヤホンで音楽を聴くことがある。だから頭の中で音声が響く(ように聞こえる)というのは、彼にとって珍しい体験ではない。だがこの時、彼は音楽を聴いていたわけではないし、そもそもイヤホンもしていない。それなのに、その声は彼の頭の中に響いた。
[ハロー、マイマジェスティ]
秋斗は思わず立ち上がった。そして焦った様子で周囲を見渡す。目に入るのは見慣れたアパートの一室だ。当然ながら彼以外には誰もいない。普通に考えるなら空耳だろう。しかし秋斗はそうではないと確信していた。
「……お前は、なんだ?」
普通なら意味のない問い掛け。しかし声はもう一度彼の頭の中に響いた。
[わたしはあなたのサポーターだ。あなたがそうあれかしと望んだ。そして私はあなたの能力だ。だから私はあなたの内側に存在している]
サポーターを名乗る声は淡々とそう答える。秋斗はどう反応して良いか分からなかった。言われた内容を何度も反芻するが、それでも訳が分からない。いや、分からないのではない。展開の早さに理解が追いつかないのだ。
「待ってくれ。ちょ、ちょっと待ってくれ」
[了解した。マイマジェスティ]
会話が成立していることに、秋斗はさらに混乱する。相変わらず部屋にいるのは彼一人だ。しかし声は頭の中で響いている。いや、今は待ってくれているらしいが。
混乱する頭を宥めて、秋斗はダイブアウトしてからのことを思い返す。ついさっきまで彼は、初めてアナザーワールドを探索した後の、諸々の検証を行っていた。すると突然頭痛がして、その頭痛が治まったと思ったら、今度はいきなり頭の中に声が響いたのだ。
「なるほど。訳分からん」
お決まりのそのセリフを呟くと、秋斗はちょっと落ち着いたような気がした。それから彼は改めて状況を整理する。アナザーワールドの探索はまだほんの少ししか行っていない。だがそれでも、一人でそれを行うのはとても難しいだろうと言うことは分かった。
だから仲間が、そうでないのならサポートしてくれる存在が欲しいと思ったのだ。頭痛に襲われたのはその次の瞬間だった。そして頭痛が治まると、サポーターを名乗る存在が頭の中にいたのである。
「えっと、つまり、お前は、サポーター?」
[肯定だ。マイマジェスティ]
「ついさっき、生まれた?」
[肯定だ。マイマジェスティ]
「お前は、オレの、味方?」
[大いに肯定だ。わたしの運命はあなたと共にある]
力強いその返答を聞いて、秋斗は「ふぅぅ」と大きく息を吐いた。頭の中に居座るこの存在が、なんであるのかは分からない。だがコレは自分の思考というか想いというか、そういうモノに反応して生まれたのだろう。何より味方であるというのなら、ひとまずそれでいい。そう思いながら、彼は座り直した。
「えっと、それじゃあ、あっちの探索を手伝ってくれる、ってことでいいのか?」
[マイマジェスティがそれを望むのなら]
「じゃ、よろしく」
[承った。マイマジェスティ]
頭の中に響くその声を聞いて、秋斗は大きく頷いた。こんな展開は考えてもいなかったが、ともかくこうしてサポーターは確保できたのだ。これでアナザーワールドの探索も、少しはやりやすくなるだろう。
というより、少し冷静になって考えてみれば、ここまでの流れは仕組まれていたとしか考えられない。夢の中であの石板に触れた瞬間から、アナザーワールドを探索するために必要な何かが芽生えることは決まっていたのだ。
誰がそれを仕組んだのか。それは分からない。だがここまでですでに、作為的な気配がプンプンとしている。一連のあれこれを仕組んだ誰かは、アナザーワールドの探索が容易ではないことを承知しているのだろう。その上で、秋斗にソレをやらせたがっている。
(望むところだ。乗ってやる)
秋斗は心の中でそう呟いた。頭の中に自分ではない何かがいるというのは、彼だって気味が悪いし、もっと言えば気持ちが悪い。だが探索のためだと思えば、それも受け入れられた。そして一度受け入れてしまうと、不思議と警戒感は薄れた。
「ところで、お前、名前はなんて言うんだ?」
[……わたしはサポーターだ。そのためのスキルであり、才能だ]
秋斗がそう問うと、声は困惑げにそう答えた。それを聞いて秋斗は「おっ」と思う。変な話かもしれないが、そういう“ゆらぎ”を見れたことが彼は少し嬉しかった。
「才能はともかく、スキルなら名前があってもいいと思うけどな。今どき、AIにだって名前は付いているんだし」
[名前が必要だと思うのなら、あなたが付けてくれ。マイマジェスティ]
「じゃ権兵衛で」
[断固拒否する]
間髪容れずに拒否され、秋斗は楽しげに笑った。そういう人間らしい反応が今は嬉しい。そもそもこれから長い付き合いになるのだ。四六時中機械的に対応されたら、それこそ気分が滅入ってしまう。
「イヤか?」
[マイマジェスティのネーミングセンスに大いなる疑念を覚えざるを得ない]
回りくどい言い方をしているが、イヤらしい。まあイヤでなければ断固拒否などしないだろう。
「んじゃあ、シキってのは?」
[意味は?]
今度は食い付いてきた。それなりにお気に召したらしい。そう思いながら、秋斗は気分良くこう解説する。
「式神の“式”と、知識の“識”、かな。サポート役っぽいかな、と思って」
[ふむ。まあいいだろう。では今からわたしはシキだ。よろしく頼む、マイマジェスティ]
「ああ、よろしく。……そのマイマジェスティってのも長いから、ボスでいいぞ」
[ではアキで]
「なんでやねん」
思わずエセ関西弁になって秋斗は突っ込んだ。「マイマジェスティ」呼びがいきなり愛称になってしまった。落差が激しくはないだろうか。それにシキの態度も、だんだんと投げやりになってきているような気がする。
ただそうは言いながらも悪い気はしない。実はシキには春夏秋冬の“四季”にもかけているのだ。その四季が自分のことを秋と呼んでくれる。小さくても繋がりができたようで、秋斗は嬉しかった。
「……というかオレ、シキに名前言ってないよな?」
[アキの記憶はわたしの方で検索が可能だ。……ずいぶんと良い趣味をお持ちのようで]
「げっ、何検索したんだ!? 覗き見反対!」
[全ては質の良いサポートを行うためだ。……ほうほう、これは、また]
ニヤニヤ顔が目に浮かびそうなシキの声が、秋斗の頭の中に響く。彼は顔を隠してのたうち回った。一体どんな記憶を検索しているのか。アレか、コレか、それともナニか。しかも自分の頭の中で行われているので、止めることもできない。
(これがセルフ羞恥プレイ……!)
秋斗の思考はもう支離滅裂だった。そうしている間にもシキの楽しげで思わせぶりな声は彼の頭の中に響く。
[ほほう、ほうほう、ほぉ~]
「プライバシーの権利を主張する!」
[わたしはアキの一部だ。自分相手にプライバシーもなにもあるまい。……おやおや、こんなモノまで!]
「ノォォォォォオオオオオ!」
秋斗が叫び声を上げる。下と隣が空室だから良かったようなものの、誰かいたら「うるさいっ」と苦情が来そうだ。そんなことにも気付かないまま、彼はしばしの間、のたうち回った。
[ところでアキ。例の石板から得たという情報の七番目だが]
「ん? アレがどうかしたのか?」
シキの声音から真面目な話の雰囲気を感じ取り、秋斗はのたうち回るのを止めて身体を起こした。シキの言う「七番目」とは、彼が箇条書きでまとめたうちの七番目という意味だろう。彼はメモ書きしたその紙を引っ張り出して、その七番目をもう一度確認する。そこにはこう書かれていた。
7,「あなたは孤独ではあっても一人ではない」
かぎ括弧を付けてあるのは、要約した内容ではなく、本文から直接引用した内容だからだ。重要そうではあったが、良く意味が分からなかったので、そのまま書いたのだ。
「コレって、普通逆だよな?」
「一人ではあっても孤独ではない」。そんなフレーズを、秋斗もどこかで聞いたことがある。だがシキはこう言った。
[いや。今回はこれで正しいのだろう]
「そうなのか?」
[うむ。まず「孤独」と書かれているが、これはアキが一人でアナザーワールドを探索することを、少なくとも当面はその可能性が高いことを示唆している。そして実際、アキは今のところボッチだ]
「悪かったな、ボッチで」
[だがアキはボッチでも、「一人ではない」という。これは同じ境遇の何者かが、それももしかしたら複数人いることを示唆している]
「え、じゃあ……! あ、いや……」
[そう。「孤独」と言われている以上、その者たちが味方であるとは限らない。そもそも見ず知らずの誰かだ。敵対する可能性も考慮しておくべきだろうな]
シキの推論を聞き、秋斗は顔をしかめた。面倒くさいな、というのが彼の正直な感想だった。
シキ[先に言っておく。わたしはヒロインポジではない]




