表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
World End をもう一度  作者: 新月 乙夜
外伝

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

285/286

レベルアップと道場とアイドル1


 一が武器を片付けてから、秋斗と勲は道場のほうへ向かった。一は道着に着替えてくるといい、秋斗は道場で借りた道着に着替える。ちなみに下は袴だ。板張りの道場で少し待っていると、一が道着姿で現われる。手には木刀を持っていた。


「では、始めましょう」


 そう言って一はレッスンを始めた。基本的な刀の握り方から始まり、素振り、歩法、型などを教えていく。型は自ら実演してくれて、その際、秋斗は「せっかくだから」と例の刀を一に使ってもらった。最初一は恐縮していたが、やはり興味があったのだろう、「では失礼して」と言って刀を受け取り型の実演を始めた。


「きえぇぇぇぇいぃ!」


 気合いの入った声と共に、一が青い刀身の刀を振るう。その様子を秋斗は矯めつ眇めつ観察した。そして内心でこう呟く。


(さすがだな。ジャンプしてもまったく体幹がブレない)


[ああ、見事なものだ]


 秋斗とシキはそう言って一を讃えたが、感嘆の度合いで言えばむしろ一の側の方が大きかった。なにしろ秋斗ときたら、まるで真綿が水を吸うかのように、教えられたことをたちまち自分のモノにしていくのだ。普通の門下生と比べてありえない習得速度で、一は内心で舌をまく。教えられることはすぐになくなった。


「今日はここまでにしましょう。あとは立ち会い形式の型が幾つかありますが、今それをやるよりは、まずは今日学んだことをしっかりと身につけられた方が良いでしょう」


「はい。ありがとうございました」


 薄く汗をかいた秋斗がそう言って深々と頭を下げた。家に帰ると、彼はすぐにアナザーワールドへダイブインする。そして一に言われたとおり、今日習ったことを復習した。


 その後、秋斗はときどき東山道場へ出入りするようになった。次元迷宮由来の装備を提供したり、稽古をしたりするためだ。


 代金はレッスン料で相殺ということにしているが、提供する装備の数によっては彼の側がマイナスになる。そういう時は主に赤ポーションをもらって帳尻を合わせた。物々交換なのは税金云々を回避するため。もしかしたら税務署的にはNGなのかもしれないが。


 そんな関係は2年経った後も続いていて、秋斗はこの日もまた道場へ顔を出した。装備の提供ではなく、純粋に稽古のためだ。もっとも彼の場合、今更一に習うことは何もない。それで彼の言う稽古とは、つまり立ち会い稽古のことだ。それもかなり実践的な立ち会い稽古である。


「あ、宗方さん。これから稽古ですか?」


「そ。また何人か付き合って」


 秋斗がそう頼むと、彼に声をかけた門下生が別の門下生たちに声をかける。すぐに八人ほどの門下生が集まった。秋斗は道着姿で軽く準備運動をすると、壁に掛けてある木刀を手に取る。そして一度大きく息を吐いてからこう言った。


「よし、やろう」


「お願いします」


「お願いしまーす」


 秋斗が声をかけると、集まった門下生の中からまず三人が前に出て彼を囲む。そしてそれぞれが木刀を構えた。秋斗はあくまで自然体だが、囲む三人のほうは顔がやや強張っている。緊張が張り詰める中、誰かがゴクリと唾を飲み込んだ。それを合図にしたわけではないだろう。だがそのタイミングで三人は同時に動いた。


 三人がかりの攻撃を、しかし秋斗は涼しい顔をしてさばいていく。回避したり弾いたり、あるいは受け流して有効打を避け続ける。しかも彼の側から反撃したりはしない。ただひたすら受け続けていく。


 攻める方も防御をかなぐり捨てての猛攻だ。だがまったくかすりもしない。しかもいいように操縦されている。秋斗の受けが上手くて、なかなか三人同時に仕掛けられないのだ。モンスター相手だとこんなことは滅多にないので、これは間違いなく彼の技量だった。


「交代だ!」


 三人の内の一人が見学していた他の門下生と交代する。他の二人も順次交代した。交代した三人は肩で息をしながら道着の裾で汗を拭う。だが秋斗のほうはまだ余裕そうだ。分かっていた事ではあるが、その信じられない光景に、思わずうなり声が上がった。


 八人全員が動けなくなったところで、秋斗の稽古は終わった。さすがに彼も滝のような汗をかいている。だが結局、彼は最後まで有効打を一つも受けなかった。倒れ込んで動けない門下生たちが、ただ一人立ったままの彼を見上げる。その目には憧れや畏敬が浮かんでいた。


「いや~、相変わらずバケモノじみてますね、アキさん」


 そんななか現われた、道着姿の一人の少女。長い髪をポニーテールにしてまとめた彼女は、挑発的な笑みを秋斗に向けている。だが秋斗は気にした様子もなくこう応じた。


「お、自称アイドル。これから稽古?」


「自称じゃないですよ! ちゃんとお金もらってるんですから、プロです、プロ!」


「地下アイドルなんだっけ? いま何階くらい?」


「もうちょっとで半地下くらいには……。ってそうじゃないんですってば!」


 プンスコ怒る彼女の芸名は姫川サクラという。ちなみに本名は田中桜。大学生なのだが、進学のために上京したタイミングでスカウトされ、今は地下アイドルとしてメジャーデビューするべく懸命に努力している。


 そんな彼女がどうしてこの東山道場にいるのか。それはもちろん稽古のためだ。ただこれは事務所の方針ではない。事務所としてはスライム・ハントは勧めているものの、道場へ通うことはむしろ余計だと思っている。


 だからこれは彼女の自主的なレッスン。別の言い方をすれば「趣味」だ。とはいえもちろん、彼女が道場に通っているのは娯楽のためではない。


『歌って踊って戦えるアイドルに、わたしはなるっ』


 それがサクラの口癖だった。曰く「ウチは弱小事務所。他と同じ事をやっていても売れない。スライム・ハントをするなら、もう一歩進めて本格的なハントができるようになれば、もっとレベルアップできるし、他のアイドルとも差別化できる!」らしい。どう考えてもイロモノ扱いされるだけど思うのだが、面白そうなので秋斗は何も指摘していない。


(そもそもアイドル業界に詳しいわけでもないし?)


[楽しんでいるのが丸わかりだぞ。まあ、本人は気付いていないようだが]


 シキにそう言われ秋斗は小さく肩をすくめた。それを見てどう解釈したのか、サクラが眉を跳ね上げる。そして挑むように「相手してくださいよ、相手」と言って秋斗に詰め寄った。しかし彼の対応はつれない。


「ダメ。指導なら師範代にしてもらえ」


「指導じゃなくて良いですよ、一方的に殴られてくれれば」


「お前性格悪いな……。ともかくダメなものはダメ。やるなら師範代が許可を出してから」


 秋斗がそう答えると、サクラは「ちぇ」と不満げな顔してから師範代のところへ向かった。そして言われた通りに竹刀を振るい始める。その表情は真剣そのもの。秋斗とじゃれていた時とはまったく違う。そういう顔をするから、彼もサクラのことは決して嫌いではなかった。


 サクラから視線を外して「さて」と呟くと、自分の稽古に戻る。今度は立ち会い稽古ではなく、素振りと型稽古だ。百回ほど素振りをしてから、習った型を丁寧になぞっていく。型と型の繋ぎもよどみない。彼の動きは徐々に速くなり、最後にはまるで舞を舞っているかのようになった。


「ふう」


「本当にスゴい動きしますよねぇ、アキさんって」


 動きを止めた秋斗に、サクラがそう言ってタオルを差し出す。彼は礼を言ってそれを受け取った。見れば彼女も汗をかいたらしく、髪が濡れている。時計を見ると、彼女が来てからさらに一時間ほど経っていた。そして汗を拭う彼に、サクラはさらにこう言った。


「アイドルより踊れそうですよね。ちょっと嫉妬する。……やっぱりレベルアップのおかげなんですか?」


「動けるのは、たぶんそう」


「ねえ、アキさん。サクラを迷宮に連れてって?」


「……姫川さぁ、いきなりキャラ変えるの止めろって」


 小さく首をかしげながら胸元で手を組み、上目遣いでそうお強請りするサクラ。アイドルにスカウトされるだけあって、彼女は客観的に見てかわいい。だがあまりの豹変ぶりに秋斗はむしろ頭を抱えた。そんな彼にサクラは露骨に媚びる。


「レベルアップ手伝って欲しいのぉ~。ねぇ、パワーレベリング、して?」


「言ってることはかわいくねぇなぁ。レベルアップなら地道にスライム・ハントするのが一番だよ」


「忙しくって時間がないのぉ~。あと足引っ張ってくるヤツとか、マジムカつく」


「本音本音。あと顔」


 秋斗が苦笑しながら指摘すると、サクラは「あらぁ」と声を出し、わざとらしく頬を抑えて身体をくねらせた。露骨に媚びた猫なで声はともかく、彼女が忙しいのは本当だ。アイドルとしての公演やレッスンに加え、学業もあるしスライム・ハントもしている。そのうえさらに道場まで通っているのだから、彼女のスケジュールはいつもぎゅうぎゅうだった。


 さらに言えば、アイドルとしての稼ぎなんて本当に微々たるモノ。アイドル活動のためのスライム・ハントのほうが稼げるくらいだ。事務所はむしろ自分で稼ぐことを期待している節すらある。そのせいか、グループの中にはアイドルを辞めてスライム・ハンターに転職してしまった子もいた。


 サクラは決してアイドルになりたくて上京したわけではない。だがアイドルになったからには、「青春の思い出作り」で終わらせたくなかった。やるなら本気だ。全力で売りにいく。その決意は本物で、いくら媚びていても、否、媚びた演技をしていても、それは彼女の眼に現われる。そしてその眼が、秋斗は嫌いじゃなかった。


「ま、いいか。オレの用事も手伝ってくれるなら、パワレベしても良いよ」


「ホントですか!? やっほ~い! じゃ、次の日曜日よろしくお願いしま~す」


 言質だけ取ると、喜んでピョンピョン跳びはねる。そしてご機嫌に挨拶してからさっさと更衣室のほうへ向かった。前に聞いた話だと、これからダンスのレッスンなのだという。さっき彼女は「忙しい」と言っていたが、それは決して嘘ではない。手を振って彼女を見送る秋斗に、シキがこう話しかけた。


[それにしても、本気なのはわかるが、努力の方向が斜め上じゃないか? サクラ女史は]


(斜め下よりはいいだろ)


 斜め上であることは否定せず、秋斗はシキにそう答えた。そんな彼にシキはさらにこう尋ねる。


[パワーレベリングするという話だが、何を狙うのだ?]


(トレント)


[なるほどな]


 秋斗の答えを聞き、シキが納得した声を出す。彼の狙いを理解したのだ。それはトレント・キング。確実に出てくるかは分からないが、少なくとも秋斗はただの気まぐれや善意でパワーレベリングを手伝うのではない。


(姫川はパワレベができて、オレは大型魔石が手に入る。win-winだろ?)


 秋斗は心の中でそう嘯くのだった。


サクラ「半地下アイドルの姫川サクラですぅ!(半ギレ)」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 素性を隠しているから全力は出さないんだろうけど、一流冒険者秋斗として手伝うだけでも凄まじい恩恵があるな。強かなアイドルだけど目的に真摯そうだから嫌いじゃない。 個人的に手伝うだけだから無料だ…
[一言] ボスハントに連れ回されるのかわいそう・・・
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ