レベルアップと道場の事情2
東山道場。それが勲が紹介してくれた道場であり、秋斗は彼の車で道場まで向かっている。そしてその道中、勲は簡単に道場や師範でもある道場主について教えてくれた。
「上京してきたとき、地元の道場から紹介してもらったのが東山道場だったんだ。当時はまだ先代がいて、今の師範とは肩を並べて竹刀を振るったものだよ。彼とはその当時からの付き合いなんだ」
要するに友人と言うことだ。東山道場の師範は東山一という。歳は勲より八つほど下だと言うが、「この歳になると、それくらいの差なんてあってないようなものだよ」と勲は笑っていた。
東山道場は厳密にいえば剣道を教える道場ではない。古武術を教える道場だ。両者の違いは、秋斗には良く分からない。ただそれほど興味があるわけではなく、彼としては刀の取り扱い方を教えて欲しいだけ。それで疑問を口にすることはしなかった。
一時期、東山道場は存続の危機に陥るほど門下生の数が減った。理由はいろいろあるだろうが、一言でいえば時代の波だ。だがその時代の波が、今度は東山道場を救うことになる。モンスターが現われたことで、門下生の数はV字回復した。つまり今いる門下生の大半は、自衛にしろ攻略にしろ、モンスターと戦う術を求めて道場に通っているわけだ。
「じゃあ困り事っていうのは、やっぱりそっち関係なんですか?」
「そうだね。まあ、詳しいことは本人から聞くと良いよ」
そんなことを話している内に、勲が運転する車は東山道場に到着した。門のところで二人を出迎えたのは道場主である東山一その人。一は二人を歓迎し、それから彼らを道場ではなく母屋のほうへ案内した。応接間でお茶を出してくれた奥さんが下がると、一は小さく頭を下げてこう言った。
「あらためまして。東山道場の師範、東山一です。どうぞよろしく」
「あ、ご丁寧に。宗方秋斗です。よろしくお願いします。それでお困り事があるとのことでしたが……」
「……いえ、まずは宗方さんのお話から伺いましょう。勲さんからは、刀の扱いを知りたいと聞いていますが」
「そうなんです。先日、宝箱から刀を一振り手に入れまして。せっかくなので使い方というか戦い方というか、そういうのを学びたいと思ったんです」
刀を手に入れた経緯だけ誤魔化して、秋斗はそう説明した。一は小さく「ふむ」と呟き、それから秋斗に困惑気な視線を向けてこう言った。
「果たして私に教えられることがあるかどうか……。かなりできるとお見受けします」
「刀は使ったことがないもので。鉄パイプを振り回すのとは、訳が違うでしょう?」
「まあ、そうですな。……その手に入れられた刀を見せていただいても?」
一がそう言うので、秋斗は一つ頷いてからリュックサックを引き寄せた。そしてリュックサックの中のマジックポーチから件の刀を取り出す。ちなみにこの刀は全てアナザーワールド産の素材で作られており、そのおかげでマジックポーチにも収納できた。
「これは……!」
秋斗から受け取った刀の鯉口を切りその刃を確認すると、一は思わず声をもらした。深く青みがかった刀身は、まず間違いなく既存の素材ではない。この時点で彼は「宝箱から出た」という話を信じた。
さらにこの刀は美しいが決して観賞用ではない。ゾッとするほど鋭い刃が、これが実戦用であることを主張している。刀なら一もこれまで何本も見てきた。その中には国宝もあるが、ここまでの凄みと妖しさを持つモノは見たことがない。
(まさに妖刀。これほどの刀を手に入れれば使いたくなるのも無理はない)
一はそう考えて勝手に納得した。秋斗がここへ来た理由が、突き詰めて言えば「カッコいいから」という実に子供っぽいものであることを知ったら、彼はどんな反応をするだろう。まあ「使いたくなった」ことに変わりはないが。
「いや、良いモノを見せていただいた。ありがとう。……ところで一つ聞きたいのですが、このほかに余らせている武器などはあるでしょうか?」
「……なるほど、それが困り事ですか」
何かに勘付いたように秋斗がそう言うと、一は苦笑を浮かべて一つ頷いた。察しの良い相手は話をするのが楽だが、交渉は少々やりづらい。だがどうせ事情は話さなければならないのだ。それなら察しの良い相手の方が良いだろう。
一の、というより東山道場の困り事というのは、要するに次元迷宮の攻略に使う武器の確保のことだ。なぜそれが困り事になるのか、それを理解するためにはまず道場に期待されている役割というものを思い起こす必要がある。
今の時代、門下生の大半はモンスターと戦う術を身につけるために道場へ通っている。そして同じ道場で一緒に汗を流した同門生なら、パーティーメンバーとして信頼できる。つまり道場は鍛錬の場であると同時に、一種のコミュニティでもあるのだ。
その上で現在、道場の経営方針は大きく二つに分かれている。一つは技術的な指導に徹するやり方。この場合、コミュニティとしての役割は門下生の自主性に任せる、別の言い方をすれば「勝手にやれ」と放任することが多い。もちろん相談されれば応じるが。
そしてもう一つは道場が主体となって次元迷宮の探索や攻略を行うやり方。この場合、頭となるのはいうまでもなく道場主かそれに比肩する立場の者で、パーティーメンバーも彼らが主体となって門下生に声をかける場合が多かった。
なぜわざわざ道場として探索や攻略を行うのか。理由は大きく分けて二つ。事業と宣伝だ。まず事業だが、こちらは理解しやすいだろう。要するにお金だ。自分の力を試したいと思う者もいるだろうが、端的に言って収益を得るためにやっている。なお、門下生に攻略で得た利益をどう配分するかは、道場によってやり方が異なるのでここでは割愛する。
そして宣伝だが、これも大きく括れば事業のためだ。いくら分母が増えたとは言え、道場は幾つもある。当然ながら競争が起こるわけで、その中で門下生を確保するためには、人を惹きつける何かが必要だ。その中で分かりやすい宣伝文句が「優秀な指導者(道場主)」であり、その証拠が「攻略の実績」というわけである。
また門下生として実力者を呼び込むためには、道場としてある程度の実績があったほうが良い、というものある。さらに言えば、道場主や師範が弱いと、門下生になめられる場合さえあるのだ。
東山道場も道場として次元迷宮の探索や攻略を行っている。道場には借金があり、つまり最初はお金のためだった。攻略を行っているうち、徐々に宣伝効果も生まれ、それ目当ての門下生も集まるようになった。
ただ探索にしろ攻略にしろ、やろうとすると必ず生じる問題が幾つかある。その一つが装備だ。それもただの装備ではない。マジックポーチに収納できる装備、つまり次元迷宮内で入手する装備だ。
特に武器は防具と比べて損耗が激しくなりがちで、つまり予備を持っていく必要が大きいため、需要が大きい。東山道場もこの次元迷宮由来の武器が欲しいのだが、なかなか手に入らないのが実情だった。
「道場として武器が欲しいということは、つまり門下生の分も、ということですか?」
「そうなりますな。一緒にやるときは、装備の貸し出しもしますので」
パーティーメンバーの装備が貧弱では、攻略もおぼつかないということだろう。もしかしたら「装備を貸してもらえるからこの道場を選んだ」という門下生もいるのかも知れない。秋斗はそう考えて納得した。
「自分たちで調達に行ったりとかはしないんですか?」
「もちろん手頃な装備が手に入れば自分たちで使います。ただ我々が道場として行くのは15階層までとしているんです。これだと自分たちで調達するには極端な話、運に頼るしかない」
「確かに」と思い秋斗は頷いた。クエストの報酬として装備品が手に入るのは、その多くが30階層からである。それ以外の方法だとモンスタードロップか宝箱だが、これは必要な時に手に入るか分からない。
マーケットで買う方法もあるが、需要が大きいためほとんど常に品切れ状態と言っていい。素材を集めてきて自分たちで作ることもできるが、あまり現実的ではないだろう。残る手段は一つ、探索者からの直接仕入れだ。
(それで顔が広い勲さんに相談した、ってところかな)
秋斗はそう想像し、勝手に納得した。つまり一の頼み事は「次元迷宮由来の装備の提供」。そして秋斗にはそれに応えるだけの在庫がある。この先ずっと定期的にと言われると話は別だが、それでもストレージも合せればダース単位で提供できるくらいには使わない装備品が保管されている。
(だから対価さえちゃんともらえるなら、提供自体は別に良いんだけど……)
なぜそんなに持っているのか、と不審に思われるのは避けたい。そう思いつつ、秋斗はゆっくりと口を開いてまずこう答えた。
「欲しいのは、やっぱり刀剣ですか?」
「長物もあればありがたい。あとは盾も」
「なるほど。まあ、わたしが使わないモノなら別に良いですけど。でもなんて言うか、中途半端なヤツも多いですよ? 鞘がなかったり、逆に鞘だけだったり」
「大丈夫です。構いません」
一がそう答えたので、秋斗は一つ頷いてからリュックサック(マジックポーチ)の中を漁り始めた。そして抜き身のショートソードを二本と鞘を一本、それから盾を一枚取り出してテーブルの上に置いた。ちなみに鞘とショートソードはサイズが合っていない。
「今はこんなところですね」
「……いや、大変ありがたい。おいくらほどですかな?」
「今回はレッスン料ということで」
秋斗がそう答えると、一は少し驚いたような顔をして、それから小さく笑みを浮かべた。そしてこう答える。
「それは……、ありがたいことです。では厳しく指導させていただかなければなりませんな」
「はい。よろしくお願いします」
そう言って秋斗は小さく頭を下げる。そんな二人のやりとりを、勲は微笑ましそうに見守っていた。
一「いきなり出してくるとは思わなかった」




