エリクサーを狙え!7
45階層で10枚のセキュリティカードを揃えるのに、およそ二日かかった。大型魔石のストックがなくなると、秋斗は1階層の転移石を使い帰還する。次元迷宮の外に出ると、すぐ近くの出張所には寄らず、そのまま家に帰った。
家に帰ってからスマホをチェックすると、アニルからメッセージが入っていた。日付は昨日。契約書が完成したので、本契約を結びたいという。「連絡を待っています」とあったので、秋斗はすぐ彼に電話をかけた。
『はい、アニルです』
『宗方です。メッセージを見ました』
秋斗がそう言うと、アニルは彼が提示した条件について依頼主から了解が得られたことを告げ、契約締結のために会いたいと言った。
『いつなら時間がありますか?』
『明日なら、一日空いていますよ』
『分かりました。では明日の午前十時にお会いしましょう』
場所はアニルが泊まっているホテル。アニルは「住所を教えていただければお伺いしますが」と言ったのだが、秋斗がそれを断った。今更住所くらいどうということもないように思うが、なんとなく警戒してしまったのだ。
電話を終えると、秋斗はそのままスマホで教えてもらったホテルを調べる。都心にあるホテルで、シキに言わせると「それなりに格式がある」らしい。どうやらただのビジネスホテルではないようだ。
「スーツ着ていったほうが良いかな?」
[普段着で行ってもつまみ出されることはないと思うが。カジュアル過ぎなければ良いのではないか?]
シキがそう言うので、秋斗はジャケットを着ていくことにした。スーツは次にいつ着るか分からないし、一度着るとクリーニングに出したりといろいろ面倒なのだ。
そして翌日。秋斗はバイクではなく車で件のホテルへ向かった。待ち合わせ場所はホテルのロビーで、彼はすぐにアニルの姿を見つける。それから二人はラウンジのソファーに、テーブルを挟んで座った。
メニューを渡され、「自由に頼んでください」と言われたので、秋斗はコーヒーとムースケーキを注文する。アニルはコーヒーだけ頼んだ。そして契約書を取り出す前に、アニルはこう雑談を振った。
『一昨日は、やはり次元迷宮に?』
『ええ。45階層です』
『それは、今回の依頼のためと理解しても良いのでしょうか?』
『そんなところです』
『……具体的にどうするつもりなのか、お伺いしても?』
「……宝箱です。特に黒。アレはセキュリティカードを使えば銀になる。銀はレアアイテムが出やすい。そのへんから狙おうと思っています」
秋斗は少し考えてから日本語でそう答えた。アニルは一つ頷いたが、しかし表情は納得していない。彼は秋斗にこう尋ねた。
『今までに黒い宝箱からエリクサーが出た例はありませんよ?』
「ですが45階層のクエストで手に入るわけでもない。60階層を目指すという手もありますが、そこにもあるかどうか。同じように不確実なら、私は宝箱のほうが狙いやすい」
『なるほど……』
『まあ、60階層を目指さないと決めたわけではありません。まずは簡単な方です』
秋斗がそう答えると、アニルは大きく頷いた。そのタイミングで頼んだコーヒーとケーキが運ばれてくる。それで一服してから、アニルは契約書を取り出した。
『契約書は日本語にしておきました』
『ありがとうございます』
秋斗は契約書を受け取り、その内容に目を通す。同時にシキもダブルチェックした。自分の要望が全ておりこまれていることを確認し、秋斗は一つ頷く。そしてムースケーキを一口食べてから、契約書にサインをした。
契約書は二通。両方に依頼主と代理人と秋斗の名前を入れる。ちなみに依頼主の名前はファルハン・パテル。シキに軽く調べてもらったところ、どうやらインドの大富豪であるらしい。ただしエリクサーを使うと思しき家族のことは分からなかった。
名前の入った契約書を、秋斗は一通受け取り、もう一通はアニルが保管する。これで契約締結だ。秋斗はエリクサーを手に入れた場合、アニルを通じて依頼主が指定する医療機関へ売却しなければならないし、依頼主は彼が出した条件をクリアしなければならない。
契約書の効力は締結日から一年で、どちらかが解除を宣言しない限りは自動更新となる。ただし依頼主がエリクサーを必要としなくなった場合は、その時点で契約は解除となる。依頼主側に有利と思わなくもないが、まあエリクサーなら売り先はいくらでもあるだろう。
『……ありがとうございました。ムナカタさんのご活躍を期待しています』
コーヒーを飲み終えると契約書を大切そうに鞄にしまい、アニルは立ち上がってそう言った。彼が差し出した手を握り返しつつ、秋斗はニヤリと笑ってこう答える。
『それ、依頼した人たち全員に言っているんですか?』
『私の中では、ムナカタさんが一番人気ですよ』
そう言われ、秋斗は笑みを苦笑に変えた。本職の交渉人に舌戦で勝てるとは思わない。彼は肩をすくめ、賢く沈黙を選択した。
八王子マーケットから連絡が来たのはアニルと契約書を交わした、その三日後。注文しておいた宝箱(黒)が全て揃ったという。その次の日、秋斗はバイクでマーケットへ向かった。
マーケットに到着すると、秋斗はまず買取りカウンターへ向かう。そこで45階層から調達してきたアイテムを換金する。買い取ってもらったのはまず赤ポーション、そしてギャンブルダイスとリスキーダイス、そして温救丸。なお温救丸の鑑定結果は以下の通り。
名称:温救丸
三時間ポカポカする。
要するに身体が温まるアイテムだ。もともとは46階層の雪原で使うことを想定したアイテムだと思われるが、現在はそれよりも冷え性の人に大人気のアイテムとなっている。
ちなみに交換レートは安めで、しかもリキャストタイムが短い。それでいて需要は大きいとあって、それなりに稼げるアイテムとなっている。まあ消耗品なので一個あたりの買取り価格は安く、数を持ち込まなければならないが。
秋斗が持ち込んだアイテムの買取り価格は全部で548万7600円。ただしここから二割が税金として差し引かれる。アイテムの換金を終えると、彼は次にサービスカウンターへ向かった。
サービスカウンターのお姉さんに声をかけると、彼は別室に案内される。会議室と思しきその部屋のテーブルの上には、お取り寄せを頼んだ宝箱(黒)が七つ、揃っていた。
「ではセキュリティカードをお願いします。ご持参いただいたセキュリティカードの枚数だけ、トラップを解除してお渡しいたします」
部屋で待っていた男性職員が、サービスカウンターのお姉さんから対応を引き継いで秋斗にそう告げる。彼は一つ頷き、リュックサックから七枚のセキュリティカードを取り出して男性職員に渡す。彼は頬を引きつらせながらそれを受け取った。
「どうやって……」
「頑張りました」
思わず漏れた男性職員の呟きに、秋斗はにっこりと笑いながらそう答えた。男性職員は「んんっ」と咳払いをしてから「失礼しました」と小さく頭を下げる。そして受け取ったセキュリティカードを使い、宝箱(黒)の罠の解除を始めた。その様子を見守りながら、秋斗は声には出さずにこう呟いた。
(ま、なるよな。そういう反応に)
彼が宝箱(黒)のお取り寄せを頼んでから、まだ一週間も経っていない。そしてセキュリティカードが手に入るのは45階層で、クエストで要求されているのは大型魔石。つまりこの短期間のうちに七体のボスクラスモンスターを倒し、なおかつ45階層まで行って帰ってきたと言うことになる。
(自分でやっておいて、かなり滅茶苦茶だよな、コレ)
[うむ。まさに狂人の所業だな。もしくは変態]
(やめい)
一部界隈で「狂人」扱いされていることを思い出し、秋斗は心の中で顔をしかめた。まあ、男性職員も彼がそこまで常識外れなことをやったとは思っていないだろう。「セキュリティカードは何枚か手持ちがあったに違いない」とでも考えて自分を納得させているのではないか。秋斗は「そうだといいなぁ」と心の中で呟いた。
「お待たせしました」
罠の解除を終え、男性職員が秋斗にそう声をかける。テーブルの上には、宝箱(黒)改め宝箱(銀)が七つ並べられている。秋斗は「ありがとうございます」と答えると、男性職員はさらにこう続けた。
「このままこの部屋で開封していただくこともできます。出てきたアイテムがご不要な場合はこの場で買取りもいたしますが……」
「いえ、家で開けようと思います」
秋斗がそう答えると、男性職員は「かしこまりました」と言って引き下がった。秋斗は小さく頭を下げてから、七つの宝箱(銀)をリュックサックに入れる。そして男性職員にもう一度礼を言ってから部屋を出た。
家に帰ると、秋斗はコーヒーで一服してから宝箱(銀)の開封を始めた。もちろん宝箱を開ける前に幸運のペンデュラムを使う。彼はワクワクしながら最初の宝箱を開けた。
エリクサーが出たのは五つ目の宝箱(銀)だった。今回はダメかもしれないと思い始めていたので、秋斗は喜ぶより先に安心してしまった。鑑定のモノクルで確認すると、確かに名称は「エリクサー」となっている。秋斗は一つ頷いてそれをストレージに片付けた。
「MISSION COMPLETE」
アニルに送ったメッセージはただその一言。彼がどんな反応をするのか、ちょっと楽しみだった。
男性職員「頑張ったって……、頑張ってどうにかなるもんなのか……?」




