エリクサーを狙え!6
45階層は崩れた城砦を中心としたエリアである。46階層へと続く階段があるのは城砦の地下室で、45階層の地上部分をどれだけ探し回っても次の階層へは行けない仕様になっている。
この次元迷宮でそういう造りになっているのはここが初めてで、意地が悪いのは実はこの階層からなのかもしれない。実は秋斗も地上部分をさんざん探し回ったクチで、地下室の奥から風が吹いてくることに気付かなかったら、まだ50階層には到達できていなかったかもしれない。
「まあ、それはそれとして、だ」
苦い経験に苦笑で蓋をしつつ、秋斗はここへ来た目的を果たすことにする。彼がここへ来た目的、それはセキュリティカードを手に入れるためだ。そのためには特定の石版で指定のアイテム(大型魔石)を納品しなければならない。石版の位置は分かるし、大型魔石も用意してある。秋斗はすぐにそこへ向かうことにした。
「……っと、その前に」
歩き始めた足をすぐに止め、秋斗は装備を変える。鉄パイプをマジックポーチにしまい、代わりにバスタードソードを取り出して腰に吊す。この剣は次元迷宮内で使っても不自然ではない武器としてシキが作ったものだ。
30階層のクエスト報酬として手に入る剣より高性能なのだが、デザインが異なるので見る人が見れば首をかしげるかもしれない。その時はモンスタードロップで押し通す所存である。
装備を換えてから、秋斗はまず地下室を出た。目的の石版はまず、この崩れた城砦の中にある。秋斗はシキに索敵を頼み、目的地へ向かった。彼が天井の崩れた回廊を歩いていると、向こうの角からモンスターの一団が現われた。
「ギィ!? ギギィ!」
「ギギィ!?」
「ブモォォ!」
現われたのはゴブリンとオークの混成部隊。そう、この崩れた城砦内ではゴブリンとオークが主たる出現モンスターなのだ。廃棄され無人になった城砦を彼らが根城にしている、という設定なのかも知れない。
ゴブリンとオークたちは、それぞれ武器を手に持っていた。だが角を曲がった先で敵を見つけ、彼らは驚いたように半歩後ずさる。一方の秋斗はシキの索敵のおかげで敵が来ることは分かっていた。彼は驚くことなく、すぐさま戦闘へ突入する。
索敵範囲内に他の探索者の反応はない。それで秋斗は遠慮なく、初手に飛翔刃を放った。その一撃でまずゴブリンを一体屠る。そこから駆け足で間合いを詰め、走りながら今度は刺突を連続で放つ。これでゴブリンは全て行動不能にしたが、身体の大きなオークはタフで、遮二無二に前へ出て来る。木製の棍棒を振り上げたオークを、しかし秋斗は伸閃で仕留めた。
シキが魔石などのドロップを回収すると、秋斗はバスタードソードを鞘に戻してまた歩き始めた。その後も散発的にオークやゴブリンと遭遇するが、彼は全て鎧袖一触に蹴散らしていく。一度、三方向から包囲されたが、彼はそれも難なく切り抜けている。だが彼は油断しない。この45階層は間違いなく厄介な階層であることを、彼は知っているのだ。
それは建物が大きく崩れて開けた場所に出たときのこと、唐突に風を切る音が響いた。秋斗は素早く腰間のバスタードソードを抜いて銀色の軌跡を描く。その途中で剣の刃が何かに触れた。ポトリと地面に落ちるのは二つに折れた弓矢。それを確認するより早く、秋斗は姿勢を低くして駆け出した。その後を追うようにして弓矢が立て続けに撃ちこまれていく。
秋斗は走りながら矢が放たれる方へ視線を向ける。敵がいたのは向かいの建物の二階。数体のゴブリンが窓から矢を放っている。この階層が厄介である理由、その一つがこの射撃だ。特にこの崩れた城砦には射撃に適したポイントがたくさんある。アーチャーの数も多く、ほとんど常に射撃を警戒する必要があるのだ。
ここまでの階層にも、射撃武器を扱うモンスターは出現する。ただこの45階層はその数が飛び抜けて多い。つまりそれだけ、狙われる回数が多くなる。不意打ちの危険性はいうまでもないし、攻略者の側に反撃の手段がなければ一方的に攻撃され続けることになる。また仮に倒せたとしても、戦利品の回収は困難だ。
秋斗に限って言えば、ストレージの中には弓も矢もある。だが彼は反撃ではなく遁走を選んだ。理由は面倒だから。それに向こうは遮蔽物に隠れられる。高所も取られているし、撃ち合いは分が悪いだろう。だが射撃は一方向からだけではなかった。
[アキ、正面だ]
シキの声に秋斗は無言で頷いた。正面、崩れた壁の向こう側に、数体のモンスターがいる。ゴブリンが構えているのはクロスボウで、オークが持っているのは鉄弓だ。そしてオークの合図でゴブリン達が一斉にクロスボウを放った。襲い来るボルトを、秋斗はバスタードソードで叩き落とす。だがそれは言わば前フリ。速度の鈍った彼を狙って、オークが矢を放つ。
「……っ!」
秋斗は半身になって射線を避ける。そこを銀色の筋が猛烈な勢いで通り抜けた。背後で大きな音が響き、さらに壁が崩れるような音が続く。鉄弓の勢いと威力は相変わらずスゴい。彼は後ろを振り返らず、鋭く間合いを詰めて正面の敵に襲いかかった。
「ブォオオ!」
オークが鉄弓を振り回すが、秋斗はそれを容易く回避して懐に潜り込む。そしてみぞおちのあたりにバスタードソードを突き入れた。オークが崩れ落ちるより早く、秋斗はオークを蹴り飛ばして剣を引き抜く。そしてクロスボウにボルトを装填しているゴブリン達を始末した。
「ふう」
崩れた壁の陰に身を隠しながら、秋斗は小さく息を吐いた。壁の裏からカンッカンッと音がする。ゴブリン・アーチャーはまだ彼を狙っているようだ。シキがストレージを操作して戦利品を回収するのを待ってから、彼はその場を足早に離れた。
目的の石版は、ある建物の二階にある。ただ階段が崩れているので二階に上がるのは少し大変だ。その石版に大型魔石を納品し、秋斗はセキュリティカードを一枚手に入れた。さらに彼は別の項目の納品も行う。クエスト報酬はボーナスダイス。コイツは後で使うのだ。
「さて、と」
目当てのアイテムを手に入れると、秋斗はそう呟いた。セキュリティカードのリキャストタイムは三時間。その時間を使い、もう一カ所の石版のところへ行くのだ。ただ彼は真っ直ぐそこへ行くことはしなかった。幾つかの石版を経由し、マーケットで仕入れておいたアイテムを納品していく。
そうやって入手したアイテムの中には赤ポーションもある。秋斗自身が赤ポーションを使うことはもうあまりない。だが一般的に言って、赤ポーションは次元迷宮攻略の必須アイテムだ。
30階層まで到達するパーティーが増えたことで供給量は増えたが、まだまだ需要は大きい。それで彼も時々こうして赤ポーションを仕入れ、それをマーケットに流しているのだ。彼なりの攻略推進策である。
ちなみに赤ポーションの価格だが、一時期は一個12~13万円程度に落ち着いていたが、病院などの医療機関も買い付けに加わるようになると需要が増え、現在は一個18~20万円弱となっている。
閑話休題。あらかたの納品を終えると、秋斗は「さて」と呟いて先ほど入手したボーナスダイスを取り出した。そして幸運のペンデュラムを発動させてからダイスを振る。出た目は「5」で、これでドロップ率が一時間+5%になる。さらに幸運のペンデュラムの分も期待して良い。
ボーナスダイスが白い光の粒子になって消えると、秋斗はすぐに行動を開始した。始めるのはモンスターの乱獲。欲しいのは45階層の転移石だ。エリクサーを手に入れるまでにまたこの階層へ来る必要があるかもしれず、その度に50階層から遡ってくるのは面倒なので、一発で転移して来られるようにしておきたいのだ。
[次の曲がり角を左だ]
「あいよ!」
シキのナビに従いながら廃城の中を駆け回り、秋斗は次々にゴブリンとオークを仕留めていく。厄介だったアーチャーも、接近してしまえばただのカモだ。むしろ優先的に狙った。憂さ晴らしが含まれているのは否定しない。
そして一時間後。手に入れた45階層の転移石は七つ。討伐数が百よりちょっと少ないことを考えると、なかなかのドロップ率だ。これで少なくとも七回は45階層へ直接転移してこられる。そして転移石がなくなったら、また同じようにして入手すれば良い。
「さて。じゃ、次行くか」
甘いモノを食べてエネルギー補給をしてから、秋斗は二つ目のセキュリティカードを入手するべく、今度は崩れた城砦の外へ向かった。先ほどまでの乱獲のおかげか、途中で遭遇するモンスターの数は少ない。射撃されることもなく、彼は廃城の外へ出た。
廃城の外には、草原と森が広がっている。そのさらに向こう、45階層の外周をぐるりと取り囲むのは切り立った崖で、俯瞰してみればここはカルデラのように見えるだろう。なお前述したとおり、草原や森、周囲の断崖をいくら探しても46階層への階段はない。
ただこれら廃城の外にも、多数の石版が配置されている。階段は見つからなかったものの、それらを発見できたのは収穫だろう。もっとも外に配置されている石版は全体の半分ほどで、つまり広範囲に点在している。これを巡るのは結構大変なので、秋斗も向かうのは1カ所だけのつもりだった。
廃城の外で出現するモンスターはミノタウロスやケンタウロス、ワーウルフやアラクネなど。個々で見るとオークやゴブリンより強いモンスターが多い。オークとゴブリンはこういうモンスターたちに対抗するため、あの崩れた城砦に籠もっているのだろうか。そんな設定はあり得るかもしれない、と秋斗は思っている。
設定云々はともかくとしても、廃城の外に出るとエンカウント率が低くなるのは確かである。いや、廃城の中のエンカウント率が高いと言うべきか。だからこそ廃城の中で乱獲したわけだが、これも「廃城に籠もっている」説を補強する、状況証拠と言えるかもしれない。
「つまりオークとゴブリンは狭い範囲にすし詰め状態ってことか」
[モンスターで良かったな。本当の生き物なら、あそこはかなり臭かったはずだ]
シキのその言葉に、秋斗は「うげ」という顔をする。いや、汚物はスライムさんが処理してくれるはず、だってファンタジーだから。彼は誰にともなくそう主張し、それからまったく意味がないことに気付いて肩をすくめた。
さて草原を突っ切ろうとすると、まずケンタウロスが土埃を上げながら突っ込んでくる。これから逃げるのはかえって骨が折れるので、秋斗はバスタードソードを抜いて迎え撃った。ミノタウロスも現われ、大きな石を投げてくる。秋斗は足を止めずに動き回り、焦らずに一体ずつ仕留めた。
森の中に入ると、襲ってくるのはワーウルフとアラクネに変わる。どちらも狡猾なハンターで、気配を消して突然襲ってくる。ただ秋斗にはシキの索敵があるので、奇襲されることはほぼない。ワーウルフの出鼻を挫き、アラクネの糸を焼き払って進んだ。
目当ての石版からセキュリティカードを入手すると、秋斗はそこから少し移動して巨木の大きな洞のなかで一休みした。弁当を食べ、シキに周囲の警戒を任せて仮眠を取る。三時間のリキャストタイムは大きく過ぎてしまうだろうが、誰かと競っているわけではないのだ。急ぐ必要もないだろう。
(起きたら城砦跡に戻って、それから……)
安眠アイマスクも使い、眠りに落ちるまでの短い時間に大雑把な予定を立てる。なお、起きたときに覚えているかは不明だ。
秋斗「ちなみに赤ポーションは上の階層と比べて交換レートが低くなっています」




