モンスター召喚用魔法陣1
秋斗が大学院を卒業してから三年。この頃、次元迷宮で彼は主に50階層を中心に攻略を行っている。目下の目標は30歳になるまでに次元迷宮でエリクサーを手に入れること。ただ今のところ、その目途は立っていない。若返りの秘薬や毛生え薬も候補に加えようかと思っている今日この頃である。
まあそれはそれとして。50階層まで降りたということは、当然ながら45階層も到達済みである。そして45階層にはクエストの石版が多数設置されている。それらのクエストのクリア報酬として手に入るアイテムの中には、やはりというかまた世界を驚かせるアイテムがあった。代表的なところで言えば金ポーション。鑑定結果は次の通り。
名称:金ポーション
先天性疾患を軽減する。
これまでポーションは赤・青・緑・銀と見つかっていたが、ここへ来て金である。先天性疾患には緑ポーションを使っても効果がないので、金ポーションの効用は唯一無二と言って良い。「回復」ではなく「軽減」なのは、生まれついての状態はそれで正常と判断されるからなのだろう。
また軽減となっている以上、完全に回復するわけではない。そのためにはやはりエリクサーが必要なのだろうと考えられた。もっとも「○個まで」という使用制限があるわけではない。症状を無視できる程度まで軽減してしまえば、それはもう「治った」と言って良いかも知れない。
ただ現実的にはそれもなかなかハードルが高い。その効用はもちろん、45階層まで行かなければならないこと、納品アイテムに大型魔石が指定されていることなどから、金ポーションも一つ数千万円規模の価格になっているのだ。売る方からすれば良いが、買う方からすれば簡単には手が出せない。
とはいえ別の考え方もある。例えば生まれつき心臓に疾患があり、治療のために心臓移植が必要な子供がいるとする。そういう子供がアメリカで心臓移植手術を受ける場合、その費用は総額で数億円になることも珍しくない。だが金ポーションが一つ5000万円であれば、一億円で二つ買える。
実際、日本のある病院で行われた治験では、心臓に先天性疾患のある子供に金ポーションが一つ使用され、その子は日常生活が問題なく送れる程度にまで症状が改善した。「激しい運動は避けた方が良い」とされているが、それも成長と共に改善していくかもしれない。こういう例を考えれば、金ポーション一つで数千万円というのは安いといえる、かも知れない。
「ポーションをはじめとする回復アイテムは保険適用とするべきだ!」
赤・青・銀・金のポーションを代表とするいわゆる回復アイテムの、その魔法としか思えない効用はすでに広く知られている。そして今のところ、副作用などは報告されていない。となればそれらへの保険適用を求める声が上がるのは当然と言えた。
ただ日本では今のところ、回復アイテムへの保険適用は実現していない。その最大の理由は製薬会社などの反対だと言われているが、他の理由としては供給数の少なさが上げられる。モノの値段は需要と供給の関係で決まる。保険適用されて患者の負担額が下がれば、その分だけ需要が増えて結局値段は上がる。となれば国の負担は大きい、と言うわけだ。
ただその一方で、「回復アイテムをより使いやすくして欲しい」という国民の声は大きく、国(政権与党)としても無視できない。そこでほとんどお茶を濁すようにして出されたのが、「回復アイテムの買取りに関する医療機関承認制度」である。
この制度を使い承認を得ると、その医療機関は回復アイテムに限り、国が指定する買取り窓口に準じる立場で買取りを行えるのだ。つまり売り手の側からすると医療機関からの依頼であっても「税率二割」の優遇措置を受けられるわけで、これにより買取り価格を抑えることができ使用者の利益に繋がる、とされている。
とはいえ、特に緑・金ポーションが一つ数千万円するのは変わらない。それでこれら高額の回復アイテムを使いたいと思う場合には、まずクラウドファンディングなどで資金を調達するのが、一つの大きな方策となっている。一括で寄付を募るNPOも現われており、回復アイテムは少しずつ身近になりつつあった。
閑話休題。45階層で手に入る他のアイテムだと、例えば「ボーナスダイス」というアイテムがある。これは六面体のダイスで、鑑定した結果は次の通りだ。
名称:ボーナスダイス
一時間、出た目のパーセンテージ分をドロップ率に加算する。
つまり、例えばダイスを振って「3」の目が出た場合、ドロップ率が+3%になるというわけだ。ただし有志による検証の結果、ドロップ率が加算されるのはダイスを振った者だけで、さらに実際に加算されるのは止めをさした場合に限られるらしい、ということが分かっている。
ボーナスダイスを使うとドロップ率が1~6%加算されるわけだが、例えば転移石のドロップ率0.05%と比べると、いかにこの加算が大きいかが分かる。通常、転移石を一つ得るためにモンスターを2000体倒さなければならないところ、このダイスを使えば多くても100体程度で済むのだから。もっとも一時間で100体というのも結構難易度が高いが。
とはいえ、モンスターがドロップするのは転移石だけではない。通常のドロップや宝箱にもボーナスダイスは有効だから、全体としては効果を実感しやすいアイテムだ。もっとも交換レートは結構高めなので、収支がプラスになるとは限らない。
それでというわけではないのだろうが、似たような効果でより交換レートが低いアイテムとして「ギャンブルダイス」と「リスキーダイス」がある。どちらも六面体のダイスで、前者は青色、後者は黒色。ちなみにボーナスダイスは白色である。それぞれの鑑定結果は以下の通り。
名称:ギャンブルダイス
一時間ドロップ率が、奇数の目が出た場合半分に、偶数の目が出た場合二倍になる。
名称:リスキーダイス
一時間ドロップ率が、1~5が出た場合ゼロに、6が出た場合+10%になる。
ボーナスダイスと違い、ギャンブルダイスとリスキーダイスにはリスクがある。それでこの三つについて言えば、一番需要があるのはボーナスダイスだった。ただギャンブルダイスとリスキーダイスにも根強い需要があり、今日もどこかで悲喜こもごもの人間劇場が見られているはずだ。まあ一時間なので、そこまで落ち込むヤツはいないだろうが。
ちなみに秋斗が使うのはもっぱらボーナスダイス。基本ソロでやっているので、味方のリカバリーが期待できないというのが理由の一つ。そして交換レートが高めとは言え、彼に限って言えばさほどの労ではないというのが理由の二つ目だ。
またボーナスダイスを使う場所とタイミングもほぼ決まっている。場所は50階層。25の倍数である50階層はセーフティーエリアだ。同時に10の倍数でもあり、転移石のドロップ率が上がるはずの階層でもある。だがセーフティーエリアにモンスターは出現しないはず。この矛盾を解決する仕掛けが50階層にはあった。
それが「モンスター召喚用魔法陣」である。これは魔力を込めるとモンスターを呼び出すことができる魔法陣で、そのモンスターを倒すことで転移石を手に入れることができるのだ。ちなみにボスモンスターが召喚されることはない。また通常のドロップは手に入るが、宝箱がドロップしたこともない(秋斗調べ)。
秋斗がボーナスダイスを使うのは、要するにこのモンスター召喚用魔法陣を使うときだ。同時に幸運のペンデュラムも使い、50階層の転移石を荒稼ぎするのである。今のところ次元迷宮No.12752の50階層に到達しているのは彼だけなので、やりたい放題だった。
というか、世界的に見ても50階層に到達しているのは彼以外にいないか、いたとしてもごく少数だと秋斗は思っている。その理由はモンスター召喚用魔法陣である。この魔法陣は全ての次元迷宮の50階層に設置されているはずなのだが、その情報がまだ一般には知られていないのだ。
SNSが発達したこの時代、多数が50階層へ到達しているなら、その全てが示し合わせたように口をつぐむというのは考えづらい。それよりはまだ誰も到達していないか、到達しているのは軍など情報統制しやすい組織だけと考えたほうが納得感がある。
「オレ以外にも、結構な人数がアナザーワールドに招待されているはずなんだけどなぁ」
[戦闘能力だけなら、50階層の周辺でも通用する者はそれなりにいるだろう。だがそれだけでは50階層には到達できない]
シキの言葉に秋斗も頷く。彼が思うに、50階層まで来るには二つの要素が必要だ。次元迷宮の中で寝泊まりする遠征能力と、転移石を手に入れる術である。そしてこの二つのうち彼がより重視するのは後者である。
「転移石を手に入れることができないと、どっかで振り出しに戻ることになるからな」
[50階層に到達したことがあっても、50階層の転移石がなければまた1階層からの出直しになるからな]
つまりそういうことだ。転移石に頼らない攻略もできないわけではない。だが非常に大変である。なにより転移石があるのだから、それを使うことがすでに当たり前になっている。今更、転移石に頼らない攻略はできないだろう。
ただ転移石を手に入れるのもそう簡単ではない。1階層に限れば人海戦術のおかげでコンスタントに転移石がドロップしている。だがそれ以降となると、基本的には自力で調達しなければならない。そして下の階層へ行けば行くほど転移石の調達は難しくなり、ともすれば転移石を調達するために転移石が必要になる。要するに攻略が停滞してしまうわけだ。
秋斗の場合はソロだから、転移石は最低一つ調達できればそれでいい。だがパーティーを組んでいれば、メンバー分の転移石が必要になる。それもハードルを上げる要因だ。一人ずば抜けたプレイヤーがいたとしても、必要な数の転移石を集めるために時間を取られるのである。
なら秋斗のようにソロでやれば良いと思うかも知れないが、それはそれでハードルが高い。どれだけレベルが高くても、寝ている間は無防備になるからだ。秋斗の場合、それをカバーする術があるからこそ、ソロでやれているのである。
[同じ事はアナザーワールドにも言えるな]
「つまり?」
[アキのように長時間アナザーワールドにダイブするプレイヤーはほとんどいないのではないか、ということだ]
シキのその指摘に、秋斗は「ああ、なるほど」と呟いた。だとすれば彼に比肩するほどに高レベルなプレイヤーというのも、ほとんどいないと考えられる。そう考えれば、50階層の情報がほとんど出回っていないのも納得だろう。
「でもまあ、そろそろいいだろ?」
次元迷宮内で採取したサクランボを食べながら、秋斗はそう呟いた。日本でも45階層まで到達するパーティーが複数現われ、金ポーションなどのアイテムも少ないながら市場に出回り始めている。彼はこれまで自分の到達階層を報告していないので、世間一般にはそこが日本の最前線だ。今なら50階層という数字にそれほど大きなインパクトはないだろう。
「モンスター召喚用魔法陣。こいつのことをしかるべきところへ伝えようか」
[反対する理由はない。アキの好きにすればいい]
そう答えるシキの言葉に秋斗は一つ頷く。彼はまたサクランボに手を伸ばした。
シキ「要するにソロでやるのは変態ということだな」
秋斗「せめてハイリスク・ハイリターンと言ってくれ」




