騎士と黒竜と白兎3
「……とりあえず、写真撮って良い?」
「却下じゃっ!!」
否定の言葉をヤケクソ気味に叫びながら、アリスは再起動を果たす。そしてもう一度鏡に映る自分の姿を見ると、屈辱に打ち震えながらこう呟いた。
「こんな辱めを受けたのは、アキトに負けたとき以来じゃ……!」
「ずいぶん余裕そうだな、おい」
苦笑してそう答えつつ、秋斗は周囲の様子を確認する。アッシュが降り立った建物の周囲には、すでに着ぐるみ型のモンスターたちが押し寄せてきている。中には弓矢や魔法を放っているモンスターもおり、戦闘はすでに始まっている。さらにそこへ、シキがこう報告した。
[アキ、建物の中からもモンスターが上がってきているぞ]
「っち。アリス、ともかく後ろに移れ」
秋斗がそう言うと、アリスは一つ頷いてから彼の後ろ側へ移る。その間にも攻撃は続いているのだが、それは全てアッシュの守護障壁で防いだ。アリスが秋斗の背中に抱きつくようにして身体を固定すると、彼は一つ頷いてからアッシュにこう尋ねた。
「アッシュ、宙を駆けられるか?」
「ブルゥゥ……」
「じゃあ、ここから下へ降りられるか?」
「ブルゥ!」
アッシュの力強い嘶きに、秋斗は「よし」と呟いた。そしてストレージから飛爪槍を取り出して右手に握る。左手には手綱を握り、一度大きく深呼吸をした。建物の窓を突き破り、モンスターが屋根に上がってくる。それとほぼ同じタイミングで、秋斗はアッシュを駆けさせた。
二度三度宙を踏みしめ、アッシュは石畳の敷き詰められた街路へ降り立つ。それに合せて秋斗は飛爪槍を一閃してひしめくモンスターをなぎ払った。そして地に脚が付くと、すぐにアッシュを駆けさせる。
「「「ギュゥゥゥゥゥゥ!!」」」
たちまち、武器を手にした着ぐるみ型のモンスターたちが群がってくる。秋斗は飛爪槍を振り回してそれを払いのけ、アリスも彼の後ろから魔力弾を放ってモンスターを迎撃した。ただやはり数が多い。処理しきれない分は守護障壁で弾き飛ばしつつ、モンスターをかき分けるようにしながら彼らは強引に進んだ。
「ったく、本当に、なんでアリスはこんなに恨まれているんだっ?」
「我の方が知りたいわっ! ああもう、鬱陶しい……!」
「しかしあれだな、アリスが苦戦してるのって、実際に見るとすごい新鮮」
「苦戦などしておらぬっ。ちいとばかし特製のデバフを喰らっておるだけじゃ!」
「ウサ耳生やすデバフかぁ。いい趣味してるよ、ホントに!」
軽口を叩きながらも、二人とも手は止めない。アッシュも脚を止めずに石畳の道を駆け抜け、尖塔が立ち並ぶ城へと向かう。空を駆けられなくてもアッシュの機動力はさすがで、群がるモンスターたちの囲みを強引に突破すると、さらに速度を上げてぐんぐんと引き離していく。
障害物がなくなり城の正面が見えてくると、秋斗は険しい顔をしてアッシュの手綱を引いて速度を緩めた。彼らを出迎えたのは重装歩兵によるファランクス。デフォルメされた着ぐるみではない。殺伐とした戦場の雰囲気を漂わせる重装歩兵たちは、盾と長槍を構えて城へは一歩も踏み入れさせない構えだ。
重装歩兵たちの正確な数は分からないが、五十ほどもいるだろうか。圧迫感は強い。だが秋斗が見ているのは彼らではなかった。彼の視線が向かう先はバルコニー。そこにはそこには王笏を持つ騎士王の姿がある。そして騎士王もまた彼を、そしてアリスを見ていた。
「やはり王笏じゃ。間違いない! アレがデバフの大元じゃ!」
王笏を指さしながら、アリスはそう叫んだ。秋斗も一つ頷く。ほぼほぼ間違いないとは思っていたが、これで確定というわけだ。ただ騎士王の下へ行くには、目の前のファランクスをどうにかしなければならない。後ろからは着ぐるみのモンスターたちが迫ってきている。秋斗は飛爪槍をギュッと握り、しかし突撃する前に後ろへこう尋ねた。
「アリス、他に入り口は?」
「ない!」
「じゃ、正面突破だな!」
そう言って秋斗は飛爪槍を逆手に持ち直す。そしてアッシュを駆けさせながら、強化した身体能力に物言わせてその槍を投擲した。同時にこう叫ぶ。
「アリス、ブーストかけろ!」
「うむ!」
アリスがかけたブーストは、単純な「速度を増す」というもの。そして運動エネルギーは速度の二乗に比例する。音速を優に超え、まるで一筋の閃光のようになった飛爪槍は、重装歩兵隊が張ったらしい障壁を一瞬で破壊。衝撃波をまき散らしながらファランクスの隊列に大きな綻びを作った。秋斗は手綱を操り、そこへアッシュを突撃させる。
「はああああ!」
二度三度ときらめくのは麒麟丸の刃。伸閃が重装歩兵たちの鎧を易々と切り裂く。アリスも白い魔力弾をまき散らして綻びを広げた。こうなるともう隊列などあってないようなもの。むしろ、なまじ整然と並んでいただけに咄嗟に動くためのスペースがない。さらに取り回しの悪い長槍が、重装歩兵らの動きの悪さに拍車をかけた。
斬り飛ばし、蹴り飛ばし、弾き飛ばしながら、秋斗らは重装歩兵によるファランクスを突破する。開けた視界の先には城の正門とバルコニー。ただバルコニーに騎士王の姿はない。秋斗はアッシュに騎乗したまま正門をぶち破り城の中へ入った。そしてそのまま二階の謁見の間へ向かう。騎士王がいるならそこだ。秋斗には予感があった。
果たしてそこに騎士王はいた。かつてアリスが気怠げに腰掛けていた玉座に、今はフルフェイス・フルプレートの騎士王が腕組みをしながら座っている。手には王笏を持ち、玉座に座る騎士王は、確かに王権を奪取したのだろう。だがかつての戦闘痕が残り、共に立つ味方もいないこの城は、栄光よりも荒廃を印象づけた。
そこにはもしかしたら、時間帯も関係しているのかもしれない。アリスと戦った時は夜で、月明かりは幽玄な世界を演出していた。だが今は昼。差し込む光は白々と強く、何もかもを暴いていく。「これが革命のなれの果て」と解釈するのは、少々うがち過ぎか。自分の的外れな考えが可笑しくて、秋斗は小さく苦笑した。
(そもそもアリスが善政を敷いていたとも思えないしな)
心の中でそんなふうに付け加える。彼の浮かべた苦笑をどう受け取ったのか、騎士王が玉座から立ち上がった。そして床に突き刺してあった、抜き身の剣を引き抜いて構える。だがフルフェイスの兜の奥の赤い眼光は、その剣の切っ先よりも鋭く思えた。
「ほれ、どうやら一騎打ちを所望のようじゃぞ」
「え~、ナンセンスだろ。ここは数の有利をいかしてボコボコにさ」
「いやいや、か弱いバニーちゃんがチョロチョロしとったら、絵面が悪いじゃろ?」
「じゃあウサ耳引っこ抜けば問題ないな!」
「ウ、ウサ虐反対!」
騒ぐアリスに肩をすくめながら、秋斗はゆっくりとアッシュから降りる。そして麒麟丸を構えて騎士王と相対した。一騎打ちに応じた形だが、これは別にアリスに焚き付けられたからではない。
何本もの柱が立ち並ぶ室内ではアッシュの機動力はいかしづらいし、あの王笏がデバフの大元ならアリスはさらに弱体化するかもしれない。それなら最初からアッシュと一緒にいてもらった方が良い。狙われたとしても、大抵の攻撃は守護障壁で防げるだろう。
油断なく麒麟丸を構えながら、秋斗はあらためて騎士王の姿をしっかりと観察する。フルフェイスの兜に、全身を覆うフルプレート。右手には両刃の長剣を持ち、左手には王笏を握っている。盾は持っていないが、全体的な防御力は高そうだ。深紅のマントをなびかせ、兜からは白い飾り毛が背中へ流れている。
感じる圧は間違いなくボスクラス。単純な暴力ではない、研ぎ澄まされた剣気とでも言うべきモノが、秋斗の肌をチリチリと刺激する。だが彼は騎士王の姿にある種の滑稽さを感じていた。剣と王笏は軍事力と権力の象徴。ならば今の騎士王は革命の果てにそれを手放せなくなった俗物そのものだ。
(そういうナラティブを欲しがるオレも俗物かもな)
心の中でそう呟き、秋斗はもう一度苦笑した。肩の力が抜けたところで彼は鋭く踏み込む。彼が斜めに振り抜いた麒麟丸を、騎士王が長剣で弾く。火花が散って、それを皮切りに激しい剣戟が始まった。騎士王の振るう剣は鋭い。だが秋斗は物足りなさを感じる。片手で振るっているせいで重さがないのだ。
騎士王が放つ突き。秋斗はそれを大きく上に弾いた。騎士王の腕が伸びる。その隙に秋斗は敵の懐へ潜り込む。そして麒麟丸を振り抜いた。だがその一撃は不可視の障壁に阻まれる。騎士王が構えているのは王笏だ。
どうやら王笏は魔法の杖でもあるらしい。舌打ちする秋斗に騎士王の長剣が振り下ろされ、彼はそれを横に跳んで避けた。長剣の刃が謁見の間の床を割る。だが騎士王の攻撃はそれで終わらない。
「……っ」
騎士王が王笏を秋斗へ差し向ける。そこから放たれるのは白い魔力弾。アリスと同じだ。秋斗は立ち並ぶ柱の陰に隠れるようにしながら走り回る。そうしながら彼は魔石を取り出してそこへ思念を込めた。そして魔石を騎士王へむかって放り投げる。さして速くもないそれを騎士王は長剣で払おうとして、その前に紫電が走った。
騎士王は咄嗟に障壁を張っている。そのおかげでダメージは最小限だ。だが白い魔力弾が止んでいる。秋斗は向きを変え、一直線に間合いを詰めた。騎士王はすぐそれに気付いたが、秋斗は軽く飛翔刃を放って障壁を継続させる。そして間合いに入ったところで、たっぷりと魔力を食わせた麒麟丸の刃を思い切り振り下ろした。
「はあっ!」
「……っ!」
身体能力強化に、強化服の運動能力強化を重ねた一撃。非常に強力なその一撃を、しかし騎士王は何とか受けきった。王笏を持った左手を剣に添え、それでも床を削るように弾き飛ばされ、最後には柱の一つに激突して止まる。騎士王は片膝をつき、長剣を杖代わりに身体を支えているが、兜の奥の赤い眼光は健在だ。
秋斗は小さく顔をしかめた。長剣ごと叩き斬るつもりの一撃だったが、しかし防がれてしまった。もしかしたらあの長剣、かなりの業物なのかもしれない。とはいえ好機に違いはない。秋斗は追撃しようとして、だがその前に騎士王が立ち上がる。そして左手の王笏を剣帯に差し挟み、両手で長剣を構えた。
圧が、剣気が増している。どうやら一人の騎士に戻ったらしい。手強そうだ、と秋斗は思った。
騎士王さん「ウサ耳生やした痴女が主君とか、御免被る」




