付加とアイディアと新商品2
「今後は付加が施されたアイテムが迷宮の外でも増える」。奏はそう断言した。ただ、反論こそしなかったが、秋斗は少々懐疑的だ。そりゃ、潜在的な需要は大きいだろう。だが果たして供給がそれに追いつくのか。付加を施す素材は付加ガラスで良いとして、付加の大元となる素材は必ず次元迷宮由来でなければならないのだが。
(なんでも良いわけじゃないだろうに。そんなにあるのかね?)
秋斗は内心でそう首を捻ったが、その疑問は口には出さなかった。需要が大きければ、特定のモンスタードロップを狙った攻略が活発になるかもしれない。それは魔素の消費という次元迷宮の存在目的と合致する。上手く行けば喜ばしいし、上手く行かなくても今のまま。損はないのだから別にいいや、と思ったのだ。それで彼は奏にこう尋ねた。
「まあじゃあ増えるとして、LABYRINTH.comの新商品はどんな方向性で行くつもりなんだ?」
「……付加ガラスとは別の、付加用素材はできないかと考えています。考えているんですけど……」
そう言って奏は困ったようににへらと笑った。目の付け所は良いだろう。付加が施されたアイテムが迷宮の外でも増えるとして、使いやすい付加用の素材が付加ガラスしかないのはいかにも不便だ。
だが、では具体的にどんな素材があるのかと言われると、すぐにはこれというのは出てこない。だからこそ奏も秋斗のところへ相談に来たのだ。そして秋斗も腕を組んで難しい顔をしながらこう呟いた。
「う~ん……、そうだなぁ……」
まず大前提として、付加を施すのであるから、そこには何かしら次元迷宮由来の素材が使われていなければならない。さらに奏は付加ガラスを念頭に置いているわけだから、その付加用素材には使いやすくて比較的廉価であることが求められる。
「大量生産はできなくても良いのか?」
「ある程度の生産量は欲しいですけど……。いえ、するしないはともかく、目途が立てやすいものが良いですね」
「目途ねぇ……」
「あと、オリジナリティを出しやすいモノが良いです」
「オリジナリティねぇ……」
だんだん条件が厳しくなるなぁ、と秋斗は内心で苦笑した。頭を捻って考えてみてもすぐにアイディアは浮かばない。それで秋斗は少し発想を変えてみることにした。付加ガラスの欠点、もしくは使いづらいのはどんなところだろうか。
「アクセサリーとして考えると、安っぽいというか、子供っぽいですよね」
奏の言葉に秋斗も頷く。ガラスにしろアクリルにしろ、廉価で手に入りやすい素材だからこそ、悪く言えばチープで子供っぽい。仮にペンダントトップに使うとしたら、アクセサリーとしての格は間違いなく低くなる。
ある程度の格を求めるなら、やはり宝石を使いたい。そして次元迷宮からは宝石も見つかっている。どんな形で見つかるかは様々で、原石が見つかるパターンや裸石がドロップするパターン、装飾品などにはめ込まれているパターンなどがある。そういう宝石類は今後、付加用素材として需要が増えるかもしれない。
「じゃあ、原石仕入れて研磨して売る?」
「アイディアとしては面白いですね」
奏のその答えに秋斗は苦笑を浮かべた。まあ口で言うほど簡単でないことも分かる。第一に原石の数自体そんなに多くはないし、第二に腕の良い職人に伝手がない。
やると決めれば何とかなる問題なのかも知れないが、その前に他のアイディアも聞きたいだろう。視線で次のアイディアを催促する奏に、秋斗は肩をすくめてから腕を組み、しばし考えてからこう答えた。
「加工のしやすさで言えば、やっぱり金属か? 金属インゴットを安定的に仕入れられれば、色々作れるんじゃないのか?」
「金属は何をするにも専用の設備がいるんですよねぇ。それに迷宮産のインゴットは量の確保が難しそうで……」
「まあ、敬遠されがちだからな」
そう言って秋斗も難点を認めた。設備は外注すればなんとかなるかも知れないが、それでもある程度の量でなければ引き受けてもらえないだろう。そしてそれはたぶん、キロではなくトン単位になる。金属インゴットをそれだけ揃えられるかは分からないし、そこをクリアできたとしてもそれだけの在庫を売りさばけるのかは別問題だ。
「じゃあ木材はどうだ?」
「木材……。量の確保もそうですけど、金属よりは加工しやすそうですし……」
そう言って奏は少し考え込んだ。木材なら、加工のハードルは金属と比べてずっと下がる。丸太を一本持ち込んで、「適当な大きさにカットしてください」という頼み方もできるだろう。
それを、例えば「付加可能なウッドアクセサリー用の素材」として販売する。あるいはウッドアクセサリーそのものを売ることもできるかもしれない。奏は小さく頷いた。
「それ系で言えば、ビーズみたいなのも良いかもしれませんね」
「ああ、良いかもな。骨とか牙とか爪とかはドロップとしては定番。大きさが揃うことは滅多にないんだけど、それだって逆に個性がでるかも」
奏が出したアイディアに秋斗もそう答える。つまり「不揃いで安定供給に難がある」という迷宮素材のデメリットを逆手にとって、「一点物」を売りしてしまうのだ。ビーズなら基本的に穴を空けるだけで良いし、そこからアクセサリーを作るのも容易だ。
「そういう意味では、革なんかもビーズみたいにしてしまえばある程度の量を確保できますし……。いけるかも……?」
奏がさらにアイディアを掘り下げる。革もドロップとしては定番だ。ただやはり、同じ革が安定的に手に入らないでは、商売としては使いづらい。それでこれまでは骨や牙や爪と同じく、納品用にする以外はあまり使い道がないとされてきた。だが一つしかなくても小さなビーズならある程度の数を作れる。
「うふふ、良いですねぇ……。いろいろアイディアが出てきました。他にはどうですか?」
「他、ねぇ……」
簡単に言ってくれるなぁ、と思いつつ秋斗はまた頭を捻る。ビーズの話をしていたせいか、思考もそちらに引っ張られがちだ。ビーズでアクセサリーを作る時のことを考え、足りない物をこう答えた。
「糸、とか?」
「糸、ですか……。良いかもしれません。染色の技術がそのまま使えますし、布生地にもそのまま応用できます。あ、レザーを糸、いえ紐状にするのもいいかも……」
「それで言えば、逆に染料って手もあるかもな」
「染料、ですか……?」
「そ。つまり普通の糸や布を迷宮素材で染めるの」
「それ良いですね! 迷宮産の糸を集めてくるより、ずっと量を確保できそうです。それに色なら混ぜることができますから、組み合わせ次第ではオリジナリティも出せそうです。あ、それに糸だから組紐みたいにして売るっていうのもありかも……。レース編みとかもできそうだし……」
奏は目を輝かせながら思いついたアイディアを次々にメモしていく。もちろん今の段階では、どんな素材からどんな色が出るのかまったく分からない。参考にできる知見はあるだろうが、実際に商品化するには試行錯誤を重ねなければならないだろう。ただ上手くやれば、他社が容易には真似できない商品を開発できるかもしれない。
その後、二人はさらにアイディアを出し合った。ただ良いアイディアというのはそう何個も出てくるモノではない。「トレントの栽培は可能か否か」という具合に、盛大に話が逸れたところで二人は一旦休憩することにする。奏は時計を見上げてこう言った。
「ああ、もうこんな時間ですね。よしっ、今日はわたしがご飯を作りましょう。アイディア料の先払いです」
「え~、だったら外に食べ行こうよ。新商品の開発会議ってことにすれば経費で落とせるじゃん」
「節約ですよ、節約。だいたい、稼ぎでいうなら秋斗さんの方が稼いでるじゃないですか。先月の収入、おいくらなんですか?」
「えぇっと、1億……、何千万だったかな……?」
「覚えてない分だけで家が建ちそうじゃないですか!」
「あ、ごめん。2億超えてたわ」
「むしろ秋斗さんが奢ってくださいよ! まったくもう……。オムライスで良いですか?」
「任せる」
秋斗がそう答えると、奏はエプロンをしてから食材を用意し始める。冷蔵庫から卵を取り出したところで、彼女はふとこんなことを尋ねた。
「そう言えば、卵って迷宮からも出るんでしたっけ?」
「近所の迷宮だと、ドロップなら見たことがあるな。他所だとクエスト報酬もあるらしいけど」
「こういう時、流通が禁止されているのは面倒ですねぇ」
そう言って奏はタマネギのみじん切りを始めた。「目がぁ~、目がぁ~」と騒ぐのはお約束。そうして完成したチャーハンを二人は差し向かいで食べた。
「美味しいよ、うん。ホントホント」
「はい、ありがとう、ございます……」
やや意気消沈しながら、奏はスプーンを動かす。デザートは次元迷宮産のマンゴーだった。
奏「花嫁修業はしている時間がないんですよっ!」




