パワーレベリング
「田沢亮一、といいます」
次元迷宮の4階層で秋斗が助けた男性はまずそう名乗った。彼の装備は初心者丸出しで、話を聞く限りでも本当に初心者だ。秋斗はお節介と思いつつ、彼にこうアドバイスした。
「稼ぐなら1階層のほうが良いですよ。下に行くにしても、ある程度レベルアップしてからにしないと」
ちなみに1階層“卒業”の目安は、スライム2万匹だと言われている。1日200匹、一ヶ月4000匹として、だいたい5ヶ月だ。余裕を見て半年くらいはスライムハントを頑張ると、その後のリスクを下げられると言われている。だが亮一は首を横に振ってこう言った。
「お金が欲しいわけでも、下に行きたいわけでもないんです。食材を集めたくて……」
「食材……?」
秋斗は首をかしげた。お金が目的ではないということは、収入はそれなりにあるのだろう。下に行くわけではないということは、遠征の準備というわけでもない。それなのになぜわざわざこの4階層で食材を集めるのか。ここで集められるのはスーパーでも買えるモノばかりだし、特別高いわけでもないのに。まあ、松茸は高いが。その理由を亮一はこう説明する。
「恋人に食べさせてあげたいんです」
亮一には結婚を考えている恋人がいるという。だが彼女は身体が弱く、子供は諦めた方がいいと医師から言われている。亮一はそれでも良かったのだが、それを知った彼の両親が結婚に反対しているのだそうだ。
「孫の顔を見たいという両親の気持ちも分かるんです。でも僕は彼女以外と結婚するなんて考えられない」
悩んだ末に彼が思いついたのがいわゆるレベルアップ現象だった。つまり恋人がレベルアップして身体が丈夫になれば、子供も生めるようになるというわけだ。ただ現在の彼女の状態では1階層でのスライムハントも難しい。
「それで迷宮産の食材ですか……」
「はい。迷宮産なら食材からでも経験値が得られるらしいので」
それは石版からの情報である。だから情報それ自体は正しいのだろう。だが秋斗の体感からすると、食材から得られる経験値はごく僅かだ。件の恋人の身体がどの程度弱いのか分からないが、十回や二十回の食事でどうにかなるとは思えない。
もちろん食材だけで健常者以上になる必要はない。身体が弱くてもスライムハントができるようになれば、あとは自分で経験値を稼ぐことができる。だがそのレベルに達するには最低でも一ヶ月か二ヶ月、ともすればそれ以上の期間、食べ続ける必要があるのではないか。
そうなるとその間、亮一は定期的に食材を調達する必要がある。この次元迷宮で言えば、最低でも4階層まで来る必要があるわけだ。だがつい先ほど、彼は死にかけている。今回は秋斗がいたから良かったものの、次は本当に死んでしまうかも知れない。
「やっぱりまずはスライムハントをして、自分のレベル上げをしてからの方が良いと思いますよ」
「それは重々承知しているんですが、本業のほうもありまして……。それにうかうかしていると見合いを持ち込まれそうで……」
亮一は小さく首を振りながらそう答えた。実は一度、母親から見合いの話が出たことがあるのだという。その時は軽い感じで、そもそも相手も決まっておらず、彼も簡単に断ることができた。ただそれで両親が完全に諦めたかは分からない。仕事がある以上スライムハントの時間はなかなかとれず、彼は焦りを覚えていた。
(それでいきなり4階層か。チャレンジャーだなぁ)
[勇気と無謀は紙一重というが、これは無謀の方だろう]
シキの評価は手厳しい。だが秋斗も同じ意見である。ただそれでも彼は亮一を見放す気にはなれない。それは多分、今朝受け取った紗希の結婚報告のメッセージが原因なのだが、秋斗は「気まぐれ」ということにして深く考えようとはしなかった。代わりに彼は亮一にこう告げる。
「今日みたいな事を続けていたら、結婚する前に死にますよ?」
「それは……」
「だからどうせなら、効果の高いヤツを狙いませんか?」
「え?」
亮一が驚いた顔をして秋斗を見る。そんな彼に秋斗は「5階層のトレントを狙いましょう」と提案した。トレントは樹木型のモンスターだ。このモンスターを倒すと、「トレントの実」というアイテムがドロップする。この実を食べると少量ながらも経験値が手に入るのだ。ただし少量とはいえ普通の食材よりは多い、というのが秋斗の考えだ。
「……どのくらいの経験値が手に入るんですか?」
「鑑定してみた結果だと、だいたいトレント0.1~0.3体分くらいですね」
「なるほど……。ですがそれだと、他の人たちも狙ってるんじゃありませんか?」
「いえ、トレントはあまり人気がないんです。特に5階層は」
秋斗はそう答えた。5階層のトレントが不人気なのには幾つか理由がある。まず5階層は攻略上、特に重要な階層ではない。だから通り過ぎるだけの者が多かった。またトレントは樹木に擬態している。ぱっと見では見分けが付かず、探すのが面倒なのだ。
レベルが上がっていけば、何となく分かるようにはなる。だがそこまでレベルが上がったのなら、15階層を目指す方が稼げる。ドロップは「トレントの実」と「トレントの材木」が主だが、実から得られる経験値は微妙だし、材木は重くてマジックポーチがなければ捨てていくしかない。要するに旨みが少ないのだ。
だが今回に限れば、トレントは手頃な相手だ。秋斗なら擬態を見破れる。経験値量としては微妙なトレントの実も、食材よりはマシだろう。ただ秋斗の主な狙いは、実はそちらではない。亮一のパワーレベリングをして、今後彼がちゃんと食材の調達をできるようにすること。それが秋斗の狙いだ。
「恋人さんが自分でスライムハントできるようになればそれで良し。ならなくても今後の安全性は高まります。どうです、やりますか?」
「どうして、そこまでやってくれるんですか……?」
「気まぐれです。自分の用事は終わったし、今日一日くらいなら付き合いますよ。あ、でも魔石は貰いますからね」
秋斗がそう言うと亮一は少し逡巡し、やがて意を決したように頷いた。彼が心を決めたところで、二人はまず5階層へ向かう。そしてメインルートを外れてトレントのいる森に入った。
森に入ったところで秋斗はマジックポーチから得物を取り出して亮一に渡した。斧だ。両手で扱う大きめの斧を渡され、亮一は少し困ったように秋斗を見る。だが秋斗はにっこりと笑って反論を封じた。
亮一はごくりと唾を飲み込んだが文句は言わなかった。どのみち、トレントを倒すためには相応の武器がいるのだ。その点で言えば、木を伐採するのに斧を使うのは納得できる。そしてその後すぐ、秋斗が最初のトレントを見つけた。
「アレですね」
そう言って秋斗が指さしたのは一本の木。少なくとも亮一の目では他の樹木と見分けが付かない。さらに警戒しながら近づくが動きはない。半信半疑になりながら、しかし彼は唾を飲み込んで斧を握りなおし大きく振りかぶった。
「……っ!」
そして思いっきりトレントの幹に打ち込む。次の瞬間、木が悲鳴を上げながら不自然に大きく振れた。トレントが擬態を止めたのだ。亮一は思わず後ずさり、そこへトレントの枝が襲いかかる。それを鉄パイプで弾きながら、秋斗はこう叫んだ。
「手を止めるな! 攻撃を続けて!」
亮一がハッとしてまた斧をトレントに叩きつける。正直へっぴり腰だが、ちゃんとダメージは蓄積されている。トレントの反撃は全て秋斗が潰したので、彼は攻撃に専念できた。そして斧を振るうこと十数回。亮一はトレントを討伐した。
「お疲れ様です。実、ドロップしましたよ。幸先が良いですね」
「あ、ありがとうございます。秋斗さんのおかげです」
秋斗が座り込んでしまった亮一に声をかけると、彼は笑顔を浮かべてそう答えた。ドロップはひとまず秋斗のマジックポーチで保管する。それから秋斗は亮一を立たせて彼にこう告げる。
「さ、次に行きますよ」
亮一はやや顔を引きつらせながら頷く。それから彼らは森の中を歩き回り、トレントを見つけては伐採に勤しんだ。斧を振るう亮一の姿も、徐々に様になっていく。経験値が蓄積されているおかげなのか、それとも彼に木こりの才能があったのか。どちらにしても結構なことである。ちなみに材木は捨てていくしかなく、シキが残念がっていた。
何度か休憩を挟みながら、秋斗と亮一は時間の許す限りトレントの実を集めた。最後は亮一が斧を上げられなくなってハントは終わった。集めたトレントの実は全部で42個。一人で食べるのだとしたら結構大変な量だ。
「秋斗さん、本当にありがとうございました」
トレントの実が入った布袋を大事そうに抱えながら、亮一が秋斗に頭を下げる。秋斗は「いえいえ」と答えながら、さらに彼に1階層の転移石を渡した。亮一は驚いて固辞したが、秋斗は押しつけるようにして彼に転移石を持たせた。
「体力も限界でしょう? 途中で倒れられても後味が悪いですから」
「本当に、何から何まで……! この御恩は一生忘れません!」
「気をつけて帰って下さい。恋人の方とお幸せに」
亮一は涙を流しながら転移石を使用。彼の姿はその場からかき消えた。彼が転移したのを見届けると、秋斗は「さて」と呟いてニヤリと笑う。そしてシキにこう言った。
「んじゃ、やりますか」
[ああ。先ほどから大きな反応が出現している。おそらくトレント・キングだ]
その反応は少し前に突然現われた。以前に秋斗がこの森でトレント・ハントをしたときには現われなかったが、今回は現われた。と言うことはトレント・キングの出現には何か条件があるのだろう。
「素人が連続で何体以上とか、そんな感じかな」
秋斗のその推測に、シキも「多分そうだろう」と言って同意する。これは結構重大な情報だった。これまでボスモンスターが確認された中で最も浅いのは6階層。それが5階層に更新されるのだ。さらにこの次元迷宮以外でも何か条件を満たせば、浅い階層であってもボスモンスターを出現させることができるかもしれない、という可能性を秘めている。
とはいえ秋斗はこの情報をしかるべき所へ報告するつもりはなかった。条件を確定させるのは手間だし、何より浅い階層で満足されては攻略の進捗によろしくない。それは彼の望むところではないのだ。
「ま、今回限りのボーナスって感じだな」
[うむ。良いことをしたからな。情けは人のためならず、だ]
シキの言葉に秋斗は笑いながら頷いた。トレント・キングからは1.0kg以上の大型魔石を期待できる。そして現在の大型魔石の換金レートは9800万円/kg。秋斗は足取りも軽くトレント・キングのもとへ向かうのだった。
亮一「トレントにチェンソーは効くでしょうか?」




