次元迷宮攻略事情2
ボスモンスター、もしくはボスクラスモンスター。
これは1.0kg以上の魔石をドロップするモンスターの総称であり、人類側が設けたモンスターの区分である。ではなぜ、わざわざそんな区分を設けたのか。それは1.0kg以上の魔石が人類にとって重要な戦略物資となったからである。
事の発端は日本国政府が公表した「ゲート簡易封印魔法」。この魔法はゲートを十日程度閉じておくことのできる魔法なのだが、その際に必要になるのが1.0kg以上の魔石なのだ。ちなみに1.0kg未満の魔石を使うと、ゲートは閉じられず魔石も消えてなくなる。まったくの骨折り損なわけで、1.0kgが絶対の区分になっているのだ。
ゲート簡易封印魔法が公表される以前、どれだけ大きくても魔石は魔石でしかなかった。しかしその魔法が公表され、各国においてその効果が確かであることが確認されると、1.0kg以上の魔石(大型魔石)には新たな価値が生じた。安全保障も絡み、大型魔石は国防上の戦略物資の一つと考えられるようになったのである。
安全保障や国防が絡むと言うことは、その買取り予算は防衛費から捻出されることになる。そのことが大型魔石の買取り価格を一気に高騰させた。一時期は350万ドル/kgの値を付けたが、ゲートの出現が落ち着くと買取り価格も下がり、現在では高くても150万ドル/kg程度となっている。
とはいえ、魔石一個の買取り価格としては破格も破格である。当然ながらこれをターゲットにする者たちが現われた。「トッププレイヤー」や「ボスハンター」、「ボス専」と言われる者たちである。
各国政府としても、大型魔石の確保は安全保障と直結している。精鋭を集めて専門の部隊を創設し、大型魔石の確保に力を入れた。またその過程で得られた情報を公開。また民間のハンターたちからも情報を集めて公開することで、その動きをサポートした。
もちろんそれらの情報はそれぞれの次元迷宮ごとの情報。次元迷宮Aの情報が次元迷宮Bでそのまま通用するわけではなく、他所の迷宮についてはあくまで参考にしかならない。さらに次元迷宮ごとに情報格差が生じ、それが人の出入りに大きく影響したりと、新たな問題が生じたりもしている。
ただ多くの情報が集まれば、全体の傾向も見えてくる。その情報はボスモンスターを狩る上で有用で、25階層のセーフティーエリアまで一人で到達したどこかの狂人も参考にしたとか。ここではそれらの情報について幾つか紹介したい。
まず当然の話だが、ボスモンスターは一般のモンスターと比べて明らかに強い。これはドロップする魔石の大きさとモンスターの強さが比例することを示している。なおモンスターを倒す前に魔石の大きさを判別する方法はまだなく、苦労して倒したモンスターの魔石が1.0kgに僅かに届かなかった場合など、ハンターたちは血の涙を流すことになる。
ただしモンスターの強さにはもう一つ、階層という要素も関係してくる。基本的に下の階層へ行けば行くほど、モンスターは強力になっていくのだ。だから例えば2階層と20階層では、当然ながら20階層のほうがモンスターは強い。だがドロップする魔石の大きさは同程度だったりする。そしてこれはボスモンスターにも同じ事が言える。
では何が違うのかと言えば、まず決定的に違うのは得られる経験値の量である。この経験値の存在について、人類はそれこそ経験則的に知ってはいるが、しかしながら観測することはまだできていない。2階層と20階層でどれだけの差があるのかを明確に説明する事はできず、それがモチベーションを低下させる一因となるのは確かだ。
ただ目に見える差もある。ドロップアイテムだ。こちらにはハッキリとした差が出るし、なんなら買取り価格にも差が出る。「下の階層の方が宝箱が出やすい」なんて話もあるし、それらは間違いなくモチベーションを上げる要因だった。
話が逸れた。ボスモンスターの話である。魔石の大きさ(重さ)にこだわるなら、浅い階層の方がモンスターは弱い。これはボスモンスターも同じだ。ただでさえボスモンスターは強力なのだから、できるだけ浅い階層のボスを狙いたいと考えるのは当然だろう。それに浅い階層なら遠征も必要ない。
ただやはりというか、そう上手くはいかない。これまでボスモンスターの出現が確認された中で最も浅いのは6階層。ただしこれはたった一つの次元迷宮での話で、しかも三年間で二件しか報告されていない。要するに継続性という意味ではアテにならない。
実際、大型魔石の入手、つまりボスモンスターの出現については、その95%以上が10階層より下で確認されている。15階層より下に限ってみても全体の87%以上。このデータはある程度深い階層でなければボスモンスターが出現しにくいことを示している。
では実際のところ、ボスモンスターの強さとはどの程度なのか。これも最初に言っておくが、モンスターは個体差や相性の差が大きく、階層と関連付けて一概にこうだとは言えない。なのでここではあくまでも全体的な傾向としての話をする。
ボスモンスターの強さを計る上で指標となるのは、やはり「AMBがどの程度効くのか?」である。これも使用される銃器の口径などによって変わってくるのだが、細かい要素は割愛して話を進めたい。
まずボスモンスターに対して「AMBが通用する」と言えるのは10階層程度までと言われている。つまりここまでなら、おおよそどんなモンスターでもAMBとそれを使用する銃器さえあれば倒せることになる。
だがここより下の階層になると、特に防御力の高いボスモンスター(身体が鱗や甲殻で覆われているモノなど)に対してはAMBが効きづらくなっていく。そして15階層を超えたあたりでほぼ完全に効果がなくなると思って良い。
ただ防御力の高いボスモンスターというのは、全体で見ればそれほど多くはない。それで15階層を超えても銃器とAMBを使うというのが、世界のスタンダードである。この点、銃器を使用できない日本の一般のハンターたちにはハンデがあるわけだが、それはそれぞれの国の問題としか言い様がない。
ただしずっとAMBが通用するほど次元迷宮は甘くない。ボスモンスターに対しては通常のモンスターよりも早くAMBが通用しなくなっていく。完全に通用しなくなるのは24階層から26階層と言われている。つまり特別防御力が高いわけではないボスモンスターにたいしても、15階層あたりから徐々にAMBが効きづらくなっていき、30階層では完全にアウトというわけだ。
今後の見通しとしては、AMBが通用する範囲でのボス狩りが過熱するだろうと言われている。階層でいうと、だいたい20階層までの範囲だ。ただこの範囲内で出現するボスモンスターの数というのは決して多くない。するとハンター同士の競争が起こることになる。
銃を持つ者たち同士の競争だ。流血沙汰になるのは容易に想像が付く。しかもそこは次元迷宮の中。例え殺してしまっても、仲間内で口を閉ざしてしまえば露見することはほぼない。また露見したとして、裁判所が納得するだけの証拠を揃えられるかは別問題だ。
次元迷宮内でのトラブルと未帰還者の増加は現在でもすでに問題となっており、つまり今後さらにそれに拍車がかかると言われているわけである。為政者側からすれば頭の痛い問題だろう。
ちなみに日本の次元迷宮は治安が良いと言われているが、その要因について同国の厳しい銃規制を上げる者は少なくない。これをボスモンスターと絡めて考えると、次のように推論することができる。
つまり日本のハンターたちはそもそも銃器とAMBを用いない。よってボス狩りが可能なハンターの数はどうしても少なくなる。だがそれが可能なハンターについて言えば、「20階層まで」という範囲に縛られることなくボスモンスターを狩ることができる。つまり需要に対してリソースが多い。よって人間同士でパイを奪い合う必要がない、というわけだ。
今後、次元迷宮の攻略や探索を進めて行く中で、AMBはどのような扱いになっていくのだろうか。30階層より下に行こうと思うなら、AMBに頼ることはできない。だがスタンピードの抑止という面では、AMBは非常に有用だ。また次元迷宮の外でもモンスターは出現する。それを考えれば、消費量の推移はともかくとしても、AMBの使用自体は続くだろう。
ただゲートの出現が落ち着いても、大型魔石の需要は増え続けている。これは主に30階層で手に入るアイテムが要因だった。つまり納品するべきアイテムとして大型魔石が指定されている場合があり、報酬として得られるアイテムも高額の買取りが期待できる物ばかりなのだ。
例えば緑ポーション。これは「経口状態異常回復薬」なのだが、要するにこれを服用すると病気が治る。現代の医学、特に薬と比べて奇跡としか思えないような結果を次々と出しており、当然ながら需要は大きいのだが、これまでは宝箱からしか手に入らなかった。
それが30階層では納品クエストの報酬として手に入るようになったのだ。リキャストタイムとの兼ね合いもあるのだが、あるクエストでは大型魔石1つにつき緑ポーションが5つ手に入る。ちなみにリキャストタイムは24時間。緑ポーションの相場は一つ30万ドルから50万ドルとなっている。
ただし緑ポーションにも治せない病気がある。先天性疾患だ。緑ポーションはあくまで「状態異常」の回復薬であり、どうやら生まれつきの疾患はそれで「正常な状態」と判断されるらしい。そのことにガッカリした者は多いが、それでも緑ポーションが非常に有用な回復薬であることに疑問の余地はない。
このほかにも需要の大きなアイテムはあり、例えば秘薬。これはモンスターを倒さずに経験値を得られるアイテムで、主な客層は高齢の資産家やトップアスリートら。あるオークションでは「ゴブリン100体分の経験値」を得られる秘薬に249万ドルの値段が付いた。ちなみに「スライム○○体分の経験値」の秘薬は安くなる傾向にある。自分で倒した方が早くて安上がり、と思うのかも知れない。
さらに別の例で言えば銀ポーション。これは某黒幕も初めて見たアイテムで、その鑑定結果は以下の通り。なお大型魔石1つでどれくらい手に入るかは、おおよそ緑ポーションと同じだった。
名称:銀ポーション
48時間以内に失った四肢を健全な形で回復する。
つまり48時間以内であれば失った手足が生えてくるのだ。これは赤ポーションを超える効力だ。しかも健全な形であるから、例えば病気などで手足を切断しなければならなくなったとしても、手術後に銀ポーションを使えば健全な手足が生えてくるわけである。
ただ病気なら緑ポーションという選択肢もある。どちらを使えばより効果的なのかは現在研究中だ。とはいえ話を次元迷宮内に限れば、これは「この先、手足を失うような場面が多くなるぞ」という警告とも受け取れる。それで自分用に保管しておくハンターは少なくなかった。
ちなみに「銀があるなら金ポーションもあるんじゃね?」という話が広まっており、その効力はいかほどなのかと関心が高まっている。また最上位の回復アイテムとしては「エリクサー」の存在が明示されており、その効力に対しては夢が膨らむばかりだ。
少し話が逸れた。いずれにしても次元迷宮の攻略においてボス狩りは重要であり、そして重要であり続けるだろう。どの階層でボスを狩れるか、もしくは狩ったことがあるかはハンターを評価する上で大きな指標になるに違いない。
シキ「ちなみに『ボスを狩れるかどうか?』というのは、あくまでパーティーでの話だからな」
秋斗「え?」




