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World End をもう一度  作者: 新月 乙夜
オペレーション:ラビリンス

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253/286

売り込み2


「はじめまして。宗方秋斗と言います。今日はお忙しい中、時間を取っていただきありがとうございます」


 そう言って頭を下げる男、いや青年の姿を見たとき、前川昇は自分が落胆するのを感じた。彼はこれまでずっとモンスター対策に従事してきたのだが、その経歴を買われ、今は新たに設立された「モンスター・次元迷宮対策庁」で仕事をしている。


 ゴールデンウィーク翌週の今日、彼が訪れているのは佐伯邸。この家の主である佐伯勲から「ゲートと次元迷宮について、どうしてもお話したいことがある」と言われ、仕事の予定をやり繰りして何とか時間を作って来たのだ。それなのにこんな若造の話を聞けというのか。それでも勲の手前、彼は失礼にならない程度の態度でこう答えた。


「前川です。それで今日はどんなお話でしょうか」


「……そうですね、さっそく本題に入りましょう。見ていただきたいのはコレです」


 そう言って秋斗はテーブルの上に魔法を書き込んだ魔道書と鑑定のモノクルを置いた。そして昇に魔道書を鑑定してみるように勧める。昇は怪訝な顔をしたが、面倒事はさっさと終わらせようと思ったのだろう。ため息を吐きながらモノクルに手を伸ばし、魔道書を鑑定する。次の瞬間、彼の顔色が変わった。


 名称:ゲート簡易封印魔法

 10日/kgの割合でゲートを封印する。ただし1.0kg以上の魔石を使用。


「これはっ!?」


 驚愕を顔に貼り付けたまま、昇は秋斗の顔と魔道書の間で忙しく視線を行き来させる。そんな彼ににっこりと笑顔を向けると、秋斗はこう言った。


「前川さんもお忙しいようですし、今日はここまでにしましょうか?」


 この瞬間、昇は主導権を相手に握られたことを理解した。しかしだからといって、日を改めるわけにはいかない。彼は真剣な目をしてこう言った。


「……いえ、これ以上に重要な仕事はないようです。詳しい話を聞かせていただけるでしょうか?」


「分かりました。ではまず……、魔法の石版というアイテムはご存じですか?」


「知っています。例のパキスタンの……」


「はい、それです。それから封印石というアイテムは?」


「そちらも把握しています。まさか……」


「攻略中に宝箱から魔法の石版が出まして。それで、魔法で封印石を再現できないか、というのが最初でした。それで魔法の石版を使って魔法を覚えたわけなんですが、ちょうど白紙の魔道書と鑑定のモノクルを持っていまして。魔道書に書き込んでそれを鑑定してみたところ、まあ、ああいう結果になったと言うことです」


 秋斗はそう語った。もちろん魔法の石版のくだりはウソだ。だが昇に真偽を見分ける術はない。そもそも疑ってもいないようで、彼は生唾を呑み込みながら大きく頷いた。ただ気になる点は別にあったようで、彼はそれをこう尋ねた。


「白紙の魔道書と鑑定のモノクルは、どうやって手に入れたのですか?」


「攻略中に未確認のクエストの石版を見つけまして。その報酬です。ああ、その石版のことはもう報告済みですよ」


「ありがとうございます。それで、どこの次元迷宮ですか?」


「八王子市の迷宮です。実は近所なんです」


 秋斗がそう答えると、昇は「なるほど」と言ってもう一度頷いた。後で確認するつもりなのだろう。これは本当のことなので、調べられても問題は無い。昇が納得したところで、秋斗はいよいよ本題に入る。彼は勲が淹れてくれたコーヒーを一口飲んでから、魔道書を手に取ってこう言った。


「最初思ったのとは違いましたが、これもゲートの封印魔法には違いありません。個人が独占して良いモノではないでしょう。前川さん、私にはこれを日本政府に提供する用意があります」


「……条件をお伺いしましょう」


「話が早くて助かります。まず前提ですが、例のパキスタン人の魔法の件からして、書き込んだ白紙の魔道書から未使用の白紙の魔道書への魔法のコピーは可能です。それで私の求める条件ですが、日本政府にはこのゲート簡易封印魔法のコピーの要請に、無条件かつ無償で応じて欲しいのです。この条件を呑んでいただけるなら、この魔法は無償で提供いたします」


「…………」


「ああ、無条件とは言っても、テロ組織や反社会的組織ははじいて貰って大丈夫ですよ」


「……逆を言えば、国家などからの要請には必ず応じるように、と?」


「はい、そうです。白紙の魔道書は、相手に用意してもらう形でも構いません。とにかくコピー自体は無条件かつ無償でやってもらいたい。それが私の条件です」


「……もし、日本政府が約束を反故にした場合は?」


「その場合は仕方がありません。どこかの国の大使館に駆け込むことになるでしょう。アメリカ、中国、ロシア、この魔法に興味を示す国は多いでしょうし、何より私も自分の身が惜しいですから」


「なるほど……。いや、宗方さんの懸念は理解できます」


 昇はやや残念そうにそう答えた。日本政府がこのゲート簡易封印魔法を独占すれば、各国の諜報機関はこの件について調べ上げ、遠からず秋斗のことを探り当てるだろう。そのとき彼の命が危険にさらされるかも知れない、というのは十分にあり得ることだ。


 そしてそのことを勲に指摘されたか、もしくは二人で話し合ったのだろう。だからこそこんな条件を出してきたのだ。日本政府が魔法のコピーを無条件かつ無償で行うと発表すれば、わざわざ彼の身柄を確保する必要は無くなるのだから。


「外交カードにできないのは残念ですか?」


「まあ、そういう気持ちはあります」


「ですが諦めてもらうしかありません。それに、これはあくまでも個人の感想ですが、日本政府はそういう駆け引きが下手なんじゃありませんか?」


「さあ、私の口からはなんとも……」


 昇は苦笑を浮かべながらそう答えた。事実上肯定しているようなもので、秋斗も勲も笑い声を上げた。それを聞きながら、昇は内心でこんなことを考えた。


(どのみちアメリカに提供を求められれば、日本は断れない。そして一度外に出せば、コピー品は必ず生まれる。その上で「新たなゲート簡易封印魔法を開発した」とでも主張すれば、コピー品であろうとも使い放題だ)


 要するに独占するのも外交カードにするのも無理がある、ということだ。ならば最初から全てオープンにしてしまった方が、国際社会からのウケは良いだろう。


(ただ問題は……)


 問題は政府与党内部の意見だ。このカードはあまりにも魅力的すぎる。「このカードを上手く使えばアレもコレもできるんじゃないか」。そう考える政治家が出てくるのは想像に難くない。そしてそういう連中ほど、声だけは大きい。


 昇は一人の官僚でしかなく、彼に最終的な決定権はない。であれば、秋斗の条件を呑ませるために、政治家連中を納得させる別のエサが必要になる。さてそれをどうしたものか、と昇は頭を捻った。そして慎重に口を開いてまずこう言った。


「宗方さん。仮にあなたから魔法の提供を受けたとしても、政府が魔法のことを公表するのは、まず詳しい調査を行ってからになります。これは必要なことです。そのことは、ご理解いただきたいのですが……」


「はい。検証が必要だというのは、勲さんからも言われて理解しているつもりです。その間は、どこかの国の大使館に駆け込むようなことはしないでおきます」


「ありがとうございます」


「ですが、ずっと検証中というのも困ります。検証にはどれくらいの時間がかかるんでしょうか?」


「さて、私も専門家ではありませんので、なんとも……」


「では、今年いっぱい、ということでどうですかな?」


 そう口を挟んだのは、これまでずっと黙っていた勲だった。昇は驚いて彼の方を見たが、彼はいつも通りの様子。一方の秋斗はやや不満げにこう言った。


「今年いっぱいって、長くないですか? まだ半年以上もありますよ」


「こういう事には、時間がかかるものさ。それに半年以上も時間があれば、全ては分からなくても、実用段階には持っていけるはずですよね?」


「それは、はい、もちろん」


 勲に視線を向けられ、昇は頷いた。頷かざるを得なかった。それを見て秋斗も「勲さんがそう言うなら」と言って納得を示す。それを聞いて、昇はグッと拳を握った。そこへ秋斗が笑顔を浮かべながらさらに話をこう進める。


「ところで前川さん。この魔法を使うためには一キロ以上の魔石が必要なわけですが、政府や自衛隊にそういう魔石の備蓄はあるんでしょうか?」


「それは……、いえ、恐らくはないと思います」


 これまでは大きかろうが小さかろうが、魔石は魔石でしかなかった。1.0kg以上という区分に意味はなく、わざわざ備蓄しておく必要などなかった。探せば一つや二つはあるかも知れないが、まとまった数が保管されているとは考え辛い。


 昇がそれを認めると、秋斗はにっこりと笑みを浮かべて大きめの手提げ鞄をテーブルの上に載せた。そして中身を見せながらこう言う。


「でしたら、こちらも一緒にどうぞ。合計で十個、全て一キロ以上の魔石です」


「……っ、どう、やって……!?」


「実力です」


 驚愕を顔に貼り付ける昇に、秋斗はさらりとそう答えた。そして絶句している彼に、秋斗はさらにこう言った。


「ただこちらは無償でお譲りすることはできません。結構命がけでしたから。一個一億、十億円でどうでしょう?」


「……なるほど。宗方さんの狙いはコチラですか」


 昇がそう言うと、秋斗はもう一度にっこりと微笑んだ。ゲート簡易封印魔法が世界中に広まれば、キーアイテムである1.0kg以上の魔石の需要は大きく増える。つまり値段が上がるわけだ。自分の身の安全のために魔法で稼ぐのは断念したが、代わりに魔石で稼ぐことにする。それが秋斗の狙いであろうと昇は考えた。


「……いいでしょう、分かりました」


 少し考えてから、昇はそう答えた。今のレートで言えば、1.0kg以上の魔石が一個一億円というのはぼったくりに過ぎる。だが魔法の提供も込みだと考えれば格安だ。それに実際問題、魔石がなければ検証を行うことができない。魔石はすぐにでも必要なのだ。


 ただ十億円ものお金を動かすとなると契約書を交わす必要があるし、事が事だから長官に報告する必要もある。それで昇はこの件を一旦持ち帰ることにし、魔法と魔石の受け渡しは後日契約書を交わしてからと言うことになった。


「本日は大変有意義なお話をありがとうございました。すぐに予算と契約書を用意して、またご連絡いたします」


 最後にそう言って昇は足早に佐伯邸を後にした。これで日本の、いや世界のスタンピード対策は変わる。彼はそれを確信していた。


昇「いい仕事をした。悪くない気分だ」

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[一言] 久しぶりに読者の血が騒いだ
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