表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
World End をもう一度  作者: 新月 乙夜
オペレーション:ラビリンス

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

252/286

売り込み1


 名称:ゲート簡易封印魔法

 10日/kgの割合でゲートを封印する。ただし1.0kg以上の魔石を使用。


「おお、久しぶりに鑑定さんがちゃんと仕事してる」


 ゲートの簡易封印魔法を書き込んだ魔道書。アリスが去った後、それを鑑定した結果を見て、秋斗はそう呟いた。一方でシキは思案気な声でこう言った。


[これは、検証が必要ではないか?]


「検証? どんな?」


[つまりだ、1.2kgの魔石を使った場合、12日間封印されるのかとか、そういうことだな]


「それは……、どうなんだろうな……?」


 シキの指摘に秋斗は首を捻った。正直に言ってその答えは分からない。そこまでイメージして魔法を作っていないからだ。だがこれまでの経験上、イメージしていないからと言ってその部分が存在しないということはない。むしろイメージと矛盾しない範囲で補完される傾向がある、ように思う。


 それに考えてみれば、ぴったり1.0kgの魔石というのは滅多にない。大抵の場合は端数が付いてくる。であれば「1.2kgの魔石を使った場合、12日間封印されるのか」というのは重要な疑問だ。ただ秋斗はそれを自分で検証しようとは思わなかった。


「前提としてさ、オレがどれだけ検証してもそれを誰か、特に政府関係者に教えてやることはできない」


[そうだな。どこで検証したのか、という話になる]


「だからさ、そういう検証は他の人にやってもらおうぜ」


 秋斗は気楽な調子でそう言った。他力本願で無責任にも思えるが、実際問題として検証結果を公表する気がないなら検証を行っても意味がない。ゲート簡易封印魔法を公開してから改めて検証して貰うことになるのだから、二度手間だ。


 ただこの魔法が本当に簡易封印魔法なのか、秋斗もそれだけは確認した。まかり間違って恒久的封印魔法だと、アリスに殺されかねないからだ。とはいえ確認と言ってもやることはひたすら待つだけ。問題があるとすれば、アナザーワールドとリアルワールドで時間の流れにムラがあると困るので、十日以上の泊まり込みをすることになった事。


「ま、ゆっくりするさ」


 肩をすくめながらそう呟き、秋斗は時間を潰した。アッシュに跨がって遠出もする。主な用事は食糧調達。十日以上の泊まりこみをするには、ちょっと準備不足だったのだ。ただ苦ではない。むしろキャンプみたいでちょっと楽しかった。


 そして泊まり込み十一日目。マッシュルームっぽいキノコのアヒージョを食べながら、「ギムレット飲みたい」とぼやいていた秋斗の目の前で、唐突に、音もなく、ゲートが再び現れた。それを見て秋斗は「おっ」という顔をしてこう言った。


「出てきたか。恒久的な封印じゃなくて、良かった良かった」


[うむ。それに十一日目だ。どうも100gで一日という計算らしいな。あるいはもっと細かいのかも知れんが]


「その辺の検証は、実際に使う人たちにやって貰おうぜ」


 そう言いながら、秋斗は荷物をストレージに片付ける。そしてダイブアウトを宣言した。リアルワールドに戻ってくると、彼は早速ギムレットを作り、食べかけのアヒージョで一杯。ゲート簡易封印魔法完成の祝杯だった。


 さて何はともあれ、こうしてゲートの簡易封印魔法は完成した。白紙の魔道書にも書き込み、世に出すための準備も完了している。ただ実際に世に出すためには、この魔法のことをしかるべきところに知らせなければならない。そして秋斗が頼ったのは勲だった。


 ゴールデンウィークのある日、秋斗は佐伯邸を尋ねた。そして勲にゲート簡易封印魔法と自分の思惑について説明する。最後にその魔法が書き込まれた魔道書を手に取って鑑定すると、勲は大きく息を吐いた。


「なるほど……。コレが、君の答え、か」


「まあ、そうなりますかね。で、どうでしょう?」


「どうもこうも、大変なことになると思うよ。たぶん、いや確実に秋斗君が思っている以上に、ね」


 勲がやや不穏なことを言うと、秋斗は顔に困惑を浮かべた。よく分かっていないように見える秋斗に、勲は自分の予想をこう話した。


「良いかい、秋斗君。君はこの魔法のことを、まずは日本政府に伝えるつもりでいる。そのこと自体は私も順当だと思う。だが日本政府がこの魔法を外交カードにしたらどうなると思う?」


「いや、外交カードって……。一度外に出せば、コピーし放題なんですよ? それこそカラシニコフみたいに」


「公的機関には体面があるからね。違法なコピー品を大っぴらには使えないよ。日本の自衛隊だって、どれだけ安くてもコピー品のカラシニコフ銃なんて使っていないだろう?」


「それは……」


「最初に権利を主張してしまえば、それで十分に外交カードにはなるんだ。実際にそれを握っているのが日本政府だけならなおさらだ。それでそのカードを盾にエネルギー分野や領土問題で譲歩を要求する。どうなると思う?」


「どうって……、どうなるんでしょう?」


「センシティブな問題ほど、相手国もなかなか譲歩はできない。……間違いなく、君の身柄を狙う国が現れるだろうね」


「っ!」


 勲の話を聞いて、秋斗は表情を険しくした。現在、日本を含む各国はゲートの管理に、ひいてはスタンピードの発生防止に苦心している。そこに地理的な条件やイデオロギーは関係がない。世界の国々は否応なしにこの問題に対処しなければならない、というのが現状なのだ。


 そこへゲート簡易封印魔法が公表されたらどうなるか。各国は喉から手が出るほど、その魔法を欲しがるだろう。それなのに日本がこの魔法を外交カードにしてしまい、そう簡単には手に入らなくなってしまったら、そういう国々は次に何を考えるのか。より狙いやすいところへターゲットを移すだろう。


「各国の諜報機関がしらみつぶしの調査をするだろうね。そうなれば、彼らは遠からず君にたどり着くだろう」


 勲はそう断言した。オリジナルの魔法が使える一般市民。各国政府の目にはさぞや容易い獲物に見えるだろう。鴨が葱をしょっている、というレベルではない。歩く油田にさえ見えるだろう。その時、彼らはどう動くだろうか。


 白紙の魔道書を手に、「ここへ書き込んでくれ」と頼みに来るくらいなら別にいい。だが拉致や暗殺を企てられると、事は一気に不穏になる。秋斗は強張った顔で「まさか」と呟いたが、勲は首を横に振った。彼はこの魔法にそれくらいの価値があると見積もっている。


「……どう、しましょう?」


「釘を刺しておく必要があるね」


 勲はさらりとそう言った。そのセリフと口調のギャップに、秋斗は思わず生唾を呑み込む。そういう発想は彼にはない。というか、そういう発想がさらりと出てくるところに、空恐ろしさを感じる。おかしな話かもしれないが、秋斗はこの時初めて勲が大企業の創業者であることを意識した。


「……釘を刺す、というのは、その、具体的にはどうやって……?」


「そうだね……。まず秋斗君のスタンスとしては、この魔法をどう使って欲しいんだい?」


「なるべく広く使って欲しいです」


 秋斗はすぐにそう答えた。ゲートの簡易封印魔法が広く使われるようになってこそ、1.0kg以上の魔石の需要が増え、それに伴って次元迷宮の攻略が進むのだ。彼はそもそもそういうつもりでこの魔法を開発したのである。


 加えて勲の話を聞いた今では、身の安全のこともそこに絡んでいる。ゲートの簡易封印魔法が広く使われるようになれば、オリジナルを使える秋斗の価値は相対的に下がる。各国の諜報機関が身柄を狙う理由もなくなるだろう。


「であれば、そのことをハッキリと伝えるべきだろうね」


「でも伝えても、向こうがそれをどう使うかまでは……」


「だから一緒に伝えておくのさ、自分には別の選択肢もある、ということをね」


「別の選択肢、ですか……?」


「この世界に国家は日本だけじゃないだろう?」


「……!」


「他の国にも売り込んでしまえ」と言われ、秋斗はさすがに驚いた。だが同時に納得もする。複数の国にばらまいてしまえば、この魔法の外交カードとしての力は大きく失われる。日本にその気がなかったとしても、魔法は徐々に世界中へ広がっていくだろう。


(それに……)


 それに、何も本当にそこまでやる必要は無い。勲が言っているのは「他にも選択肢があるんだぞ」と伝えておくことで、政府が我が物顔で暴走するのを掣肘するということ。「外交カードにしようとしても無駄だぞ」と、あらかじめ伝えておくのだ。「釘を刺す」とは、つまりそういうことである。


 その後、勲はさらに幾つかのテクニックを秋斗に伝授する。自分の身の安全がかかっていることもあり、秋斗も意欲的にそれを学ぶ。若干悪い笑みを浮かべる二人を見て、奏は呆れていたとかいないとか。そして勲のレクチャーが一段落すると、秋斗は彼にこんなことを尋ねた。


「……ところで勲さん。この魔法が公表されたら一キロ以上の魔石の値段が上がると思うんですけど、どれくらいになると思いますか?」


「……難しいね。ただそうだね、各国がスタンピードの抑制を国防や安全保障の一部として考えるかどうか、それ次第だと思うよ」


 国防や安全保障の一部として考えるなら、防衛費から魔石の購入費用を捻出することになる。その場合、かなり高額になったとしても買うのではないか。勲はそう話した。


「例えば、1億とか?」


「ゲート一つを一年間閉じておくためにだいたい36億か。戦闘機より安いね」


 秋斗は難しい顔をした。と言うことはもっとふっかけても良いのだろうか。だがいくら大型の魔石とは言え、一個一億円でもかなりのぼったくり価格だと思うのだが。悩む彼に勲は気楽な調子でこうアドバイスする。


「どうせ最終的な価格は需要と供給のバランスで決まるんだ。今から悩んでも仕方がないよ。最初なんだし、売るつもりがあるならふっかけてしまえば良い。それもフロントランナーの特権さ」


「……分かりました。それも考えておきます」


 秋斗がそう答えると、勲は一つ頷いた。それから二人はまた別のことを話し合う。実際に政府の役人と会うのは来週ということになり、セッティングは勲がやってくれることになった。


 夕食を御馳走になってから、秋斗は佐伯邸を辞する。いよいよ引き返せないところまで来た。そう思う。いや、一線はとっくの昔に超えている。ならこれでようやく責任を果たせることになるのだろうか。そんなことを考えながら、彼はバイクを走らせた。


勲「ふふふ、久しぶりに商人の血が騒ぐね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 戦闘機よりやすいね、で吹き出してしまった そりゃそうだけどもw
[一言] この魔法をネットとかで公表した上で各国の大使館に白紙の魔導書にコピーしたものを大々的に寄贈して、「広く世界中に広めて欲しい」とかそんな感じにやったら歴史の教科書に名前が残りそうですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ