ゲート簡易封印魔法開発
ゲートの簡易封印魔法。アリスからホームエリアにゲートを開設して貰い、その開発の準備は整った。秋斗はさっそく開発に取りかかったのだが、しかし思いがけず難航している。ゲートの簡易封印魔法は四月の末になってもまだ成功していなかった。
(イメージしろ……!)
秋斗は自分にそう言い聞かせる。ゲートが閉じる光景。鍵となるのは大型の魔石。彼はイメージと一緒に魔力を魔石に込めていく。そして十分に思念と魔力を練り上げたところで、彼はトリガーワードを口にした。
「シール」
次の瞬間、彼が手に持っていた大型の魔石が光の粒になって弾ける。その光の粒がゲートに吸い込まれ、ゲートの存在感が徐々に薄くなっていく。だがゲートは完全に消えて無くなることなく、それどころかある時点からまた元に戻っていく。それを見て秋斗は肩を落としながらため息を吐いた。
「なんでかなぁ……。ホントにもう、上手くいかない」
[見た限り、イメージの方向性は間違っていないと思うのだがな。途中で巻戻ってしまうと言うことは、出力不足か?]
「ずっとそれじゃんか。今回だって、結構魔力込めたぜ?」
頭をやや乱暴にかきながら、秋斗はそう愚痴った。思えばこれまで、彼は魔法で失敗したことがない。いや、今回も発動はしているのだ。そういう意味では魔法の開発は成功している。ただ肝心のその魔法がまったく役に立たないだけで。
「あ~、なんかもう、負のループに入っちゃってる気がするなぁ」
[負のループ、というと?]
「ほら、このやり方って、重要なのはイメージだろ? 失敗しすぎてそっちのイメージが焼き付いちゃってるって言うかさ」
[ああ、そういうことか]
失敗しすぎてそのイメージが強くなり、そのイメージが反映されてまた失敗し、それがまたイメージを強化する。なるほど、確かに負のループだ。だがだからといってこの魔法の開発を諦めるわけにはいかない。
「よし……! もう一回……!」
[気合いを入れているところ申し訳ないが、大型魔石のストックが切れた]
「はぁ!? マジかよ……」
一気にテンションが下がり、秋斗は近くの瓦礫に腰を下ろした。ストレージから麦茶を取り出して一服する。草餅を食べながら、彼はシキのいう「出力不足」について改めて考えてみた。
「思念も魔力も、十分以上に込めてると思うんだけどなぁ。っていうか、足りなければそもそも発動しないわけだし」
[そうだな。ということは、足りていないのは別のモノ、ということになる]
「ええぇ~、それってつまり、魔石ってことか?」
[うむ]
頭の中でシキが肯定するのを聞いて、秋斗は渋い顔をした。使っているのは1kg以上の魔石。これ以上のモノ、例えば1.5kg以上の魔石となると、滅多に手に入らない。それでも秋斗に限れば手が無いわけではない。だがリアルワールド、つまり次元迷宮の場合、かなり深い階層まで潜らなければならなくなる。
「使えねぇモン開発しても仕方ないだろ」
秋斗は渋い顔をしたままそう言った。現在開発中のゲートの簡易封印魔法だが、彼はこれを世界中で、一万個以上のゲートを日常的に封印し続ける、というような使い方を想定している。だが肝心要の魔石が手に入らないでは、魔法だけあっても仕方がない。
「あ~、なんか行き詰まってきたなぁ」
[では、相談してみたらどうだ?]
「相談、ねぇ……」
相談と言われて秋斗の頭に浮かぶのは、アリス、ゼファー、シドリムの三人。だが実際に相談するとしたら、やはりアリス一択だろう。秋斗は肩をすくめてマイボトルをストレージに戻し、それから「よしっ」と声を出してから立ち上がった。
「まずは魔石を用意しよう。相談するにしても、段取りが悪いとグダグダになるからな」
[了解した]
そう答えると、シキがストレージを操作して大きな魔法陣を取り出す。かなり複雑な魔法陣だ。これまでの研究成果を全てつぎ込み、さらにゼファーとシドリムに色々と相談して作り上げた、ボスクラスのモンスターを呼び出すための魔法陣である。
シキはさらにドールを数体、ストレージから出す。ドールはそれぞれ魔石の入った袋を持っている。そしてシキはドールを操り、魔法陣の各所に魔石をセットしていく。準備が整いドールが魔法陣から離れると、秋斗がそこへ魔力を込める。すると魔法陣が淡く輝き、魔石が魔素へ還元され、そして再集束していく。
最後に強い光が輝き、モンスターが出現する。出現したのは三面六臂のアシュラ・オーガ。ちなみにこの魔法陣は「乱数を組み込んだ」とかで、毎回違うモンスターが出現する。経験を積めるのはいいが、毎回違うモンスターと戦わなければならないのはちょっと面倒くさいな、と秋斗は思っている。
「ま、素材もドロップするから良いけど」
そう呟きながら、秋斗は麒麟丸を構えた。彼はアシュラ・オーガの猛攻を落ち着いてさばき、反撃の度に相手の腕を一本ずつ減らしていく。そして半分まで減らしたところで胴を大きく袈裟斬りにした。
「ガァ……!」
短く絶息し、アシュラ・オーガは魔素へ還る。ちなみに素材のドロップ率は三割ほどで、今回は外れた。大型の魔石を回収すると、シキが操るドールたちがまた魔法陣の各所に魔石をセットしていく。そして秋斗はまた魔法陣へ魔力を送った。
全部で十四個の大型魔石をゲットすると、秋斗は「ふう」と息を吐きそこで一区切りにした。そしてお茶の準備をしてからアリスと連絡を取る。「相談したいことがある」というと、彼女はすぐに来てくれた。
「……それで、相談とは何事じゃ?」
いつも通り砂糖でドロドロになった紅茶の上にさらにホイップクリームを追加で載せながら、アリスが秋斗にそう尋ねる。「ホイップクリームはパウンドケーキに付けて欲しいんだけどなぁ」と思いつつ、秋斗は行き詰まっている魔法の開発について彼女に話した。
「実は……」
「……ふむ。一度見せてみよ」
アリスにそう言われ、秋斗は未完成の魔法を披露する。その様子をじっくりと観察したアリスは、イスに座り直した秋斗にこう言った。
「見た限り、魔法は発動しておる。効果も確かじゃ。封印しきれぬのは、やはり出力不足であろう」
「だから、それをどうするのかって話なんだけど」
「解決策としては大きく二つ。出力を上げるか、効果を下げるか、そのどちらかじゃな」
「出力を上げるってのは分かるけど。効果を下げるってのはどうなんだ?」
効果を下げたら、そもそも封印魔法として成り立たないのではないか。秋斗がそう尋ねると、アリスは首を横に振りながらこう答えた。
「そうではない。おぬしは以前、目安として『一ヶ月くらい』と言っておったな。それを例えば二十日とか二週間とか、もうちょっと短い期間にするのじゃ。そうすることで、単位時間あたりの封印強度を増すわけじゃ」
「……!」
秋斗は思わず目を見開いた。これまで彼は封印期間については特に意識せずに試行を繰り返してきた。だが簡易封印魔法なのだ、封印期間が重要になるのは当たり前。それなのにそこを意識していなかったせいで、最初に考えていた一ヶ月という期間が無意識のうちにイメージに織り込まれていた、というのは説得力がある。
ゴクリ、と唾を飲み込んでから秋斗は立ち上がった。そして大型の魔石を手に、もう一度ゲートの簡易封印魔法を実演する。ただし今度は封印期間を二十日間にした。魔石に思念と魔力を十分に込めてからトリガーワードを口にする。しかし結果はまた失敗。だが秋斗の顔に落胆の色はない。
「ほう、さっきよりは良さそうではないか」
実験を見守っていたアリスのその言葉に、秋斗も手応えを感じながら頷く。ゲートの封印には失敗した。だがゲートの存在感は今までで一番薄くなった。つまり効果はあったのだ。これで方向性は見えた。
「よし、もう一回!」
俄然やる気を出して、秋斗はまた大型の魔石を手に持った。今度は封印期間を十五日にして魔法を発動させる。これも失敗したが、彼は諦めずさらに数回試行を繰り返した。一日ずつ期間を短くしていき、そして封印期間十日でついに魔法は成功した。
「やった……!」
秋斗は思わず両手の拳を握りしめた。さっきまでゲートがあった場所には、今は何もない。かつてカナダ政府が公開した映像のように、ゲートはまるで最初から存在していなかったかのように、綺麗さっぱり無くなっている。
もちろん、今回使ったのはゲートの簡易封印魔法であるから、想定した封印期間が過ぎればゲートは再び開く。だがそれでいい。重要なのは、ゲートの封印を魔法に落とし込んだというその点だ。
「これで、白紙の魔道書に書き込める……!」
そう言って秋斗はストレージから白紙の魔道書を取り出した。それからもう一度、ゲートの封印魔法を発動させる。ゲートはないが魔法自体は発動し、そしてしっかりと白紙の魔道書に書き込まれた。
さらに彼の実験は続く。彼はさらにもう一冊、白紙の魔道書を取り出した。先ほど使ったのは次元迷宮の石版から手に入れたモノで、こちらはかつて物々交換で百合子から譲って貰ったモノだ。そして彼は先ほど術式を書き込んだ魔道書に魔力を流し、ゲートの簡易封印魔法を発動させた。
封印するべきゲートはないし、そもそも魔石を使っていないので効果など現れるはずがない。言ってみればアイドリング状態でエンジンを吹かしているだけの状態だ。だが魔法それ自体は発動している。そしてその魔法は、しっかりと白紙の魔道書に書き込まれた。
「よっしゃ、大成功!」
秋斗は歓声を上げた。これでゲートの簡易封印魔法を量産して世界中へばらまく目途が立ったのだ。もちろん実際に世界中へ普及させるには幾つかの壁がある。だがその壁を越えるのは彼でなくても良い。ともかくこれで、彼は彼にしかできない部分をやり終えたのだ。
「アリスもありがとな。おかげで形になった」
「役に立てたのなら何よりじゃ。ではな」
そう言って紅茶を飲み干すと、アリスは軽く手を振ってその場を去った。ちなみにパウンドケーキとホイップクリームは全て無くなっている。さすがだ、と秋斗は思った。
アリス「我が辞書におのこしの文字はない!」




