ゲート簡易封印魔法開発準備
三月。秋斗の大学でも卒業式が行われた。卒業式のあとは記念の会食があり、さらにそのあとは一度大学に戻り、研究室のメンバーで飲み会だ。ただ秋斗ら四年生は全員研究室に残る。それで飲み会は修士の二年生を送る会と言った感じだった。
「オレも卒業かぁ~。正直微妙なタイミングだよな」
「そうなんですか?」
「だって今の会社、十年後にどうなってるのか分かんねぇじゃん。ま、去年の先輩たちよりはマシだけどな」
「あ~、確かに。内定出てからもドクターに行くか、ワリと真剣に悩んでましたもんね」
そんな話をしながら夜はふけていく。最後に教授が締めて、飲み会はお開きになった。駅へ向かう先輩達を、秋斗は手を振って見送る。ちょっとだけしんみりとした夜だった。
そして四月、秋斗は大学院へ進学する。百合子は八月を目途にいよいよヨーロッパへ留学するという。奏も大学の二年生になり、夢だった起業へむけて動き始めていた。
「次元迷宮攻略のグッズみたいなのを売りたいんですよね。この分野はまだ新しいですから。参入しやすいかと思って」
「へぇ、良いんじゃない?」
「それでですね、秋斗さん。やっぱり現場を知らなきゃだと思うんですよ。だから迷宮に連れて行って下さい!」
奏にそう強請られ、秋斗は彼女を自宅近くの次元迷宮No.12752に連れて行き、一階層で一緒にスライムハントをした。一時間ほど魔石を集め、それから手頃な岩に腰を下ろして一服する。水を飲みながら彼女はこう呟いた。
「火バサミは良いですね。でも先端に滑り止めがあると良いかも……。秋斗さんは何か気付きましたか?」
「気付いたって言うか、ビニール袋は片手で持つと口が細くなっちゃってちょっとやり辛いよね。あと魔石をいっぱい入れると破けちゃうこともあるし」
「ああ、そうですね。一階層でスライムハントする人たちは、基本的にマジックポーチなんて持ってませんもんね。良い着眼点かもしれません……。あとは、その、トイレですね」
「トイレかぁ……。男はそのへんですればいいかもしれないけど、女の子は大変かもね」
秋斗がそう言うと、奏は少し恥ずかしそうに頷いた。ただ彼も次元迷宮における女性のトイレ事情など詳しく知らない。それでこの後、奏が買取所の受付のお姉さんから聞いた話だと、女性の場合、わざわざ二階層まで降りて人気の無いところへ行ってから用を足すことも多いらしい。
「皆様やっぱり、トイレは苦労されているようです。一階層がメインでも、男性と比べて女性は少ないのですが、それにはそういう事情もあるのかも知れませんね」
「なるほど……。仮設トイレもそんなに数があるわけじゃないですしね……」
そう言いながら奏は受付のお姉さんの話に何度も頷いていた。ちなみに次元迷宮の外に置かれるトイレは将来的にちゃんとしたモノが建てられる予定だが、今はまだ仮設トイレが並べられているだけで、その前には主に女性が列を作っていた。
そんな話も聞けて、奏的には成果があったらしい。彼女は「やっぱり現場を知らなきゃダメですね」と何度も頷いていた。聞くところによると、それは勲のアドバイスだったという。何となく納得した秋斗だった。
「それから秋斗さん、二階層以降も行ってみたいです。今度連れて行って下さい!」
「まあ良いけど。でもトイレはどうするの?」
秋斗がそう尋ねると、奏は顔を真っ赤にして彼のみぞおちに正拳突きをねじ込んだのだった。
新学期が始まると、秋斗は修士の一年生になり、研究室には新たに学部の四年生が入って来た。中学も高校も真面目に部活動をしてこなかった彼にとっては、人生で実質的に初めての後輩だ。歓迎の飲み会で初々しく自己紹介をする四年生達を見ていると、一年前に自分たちがその立場だったことがひどく昔の事のように感じられた。
そして四月半ばのある日、秋斗はいつも通りにアナザーワールドへダイブインした。見慣れたホームエリアには、しかし少し前まではなかったモノがある。ゲートだ。次元迷宮への入り口がなぜこんなところにあるのかというと、それはもちろんアリスに設置して貰ったからだ。ただ秋斗がそれを頼んだとき、彼女もやはり首をかしげてこう尋ねた。
『しかしなんでゲートがここに必要なのじゃ?』
『新しい魔法を開発しようと思ってさ』
『どんな魔法なのじゃ?』
『ゲートの簡易封印魔法』
『……ほう、詳しく聞かせよ』
アリスはやや視線を鋭くしてそう言った。彼女の纏う雰囲気が少しだけ剣呑なものになる。秋斗は唾を飲み込むと、「落ち着けよ」と前置きしてから、自分の意図をこう説明した。
『これはゲートを恒久的に閉じるための魔法じゃない。一ヶ月とか、それくらいの間だけ閉じるための魔法だ』
『使い続ければ、恒久的に閉じるのと同じではないのかえ?』
『大型の魔石、つまり一キロ以上の魔石を使うことにしようと思ってる』
『……なるほど。ボスを狩らせようと、そういうわけじゃな』
そう言うと、アリスの雰囲気が柔らかくなる。彼女も秋斗がこの魔法を開発しようとするその意図を理解したのだ。
現在、リアルワールドではゲートの出現が多発している。そして封印石が大きな注目を集めたことからも分かるように、各国政府はできる事ならこれをどうにかしたいと思っている。そこにゲートの簡易封印魔法が発表されたらどうなるか。
簡易封印であろうと、使い続ければ恒久的になる。アリスがまずそれを懸念したように、各国政府も同じ事を考えるだろう。だがそのためには1kg以上の魔石が必要であり、それを手に入れるにはボスクラスのモンスターを討伐する必要がある。
となれば、各国政府は「ボスクラスのモンスターを倒せ!」と旗を振るだろう。つまり次元迷宮の攻略が進むことになる。次元迷宮を封じておくために、次元迷宮の攻略が進むのだ。それが秋斗の狙いだった。
『しかしの、逆に全く興味を示さなかったらどうするのじゃ?』
『いや、興味は示すはず。行くだけでも大変な場所に出現したゲートとか、閉じておきたいはずだしな』
『ふぅむ……。まあ、良いわ』
興味を示さないとすれば、ゲートは閉じられないわけで、人類はスタンピードを防ぐために次元迷宮の攻略を継続しなければならない。その場合、アリスには何の不都合もないわけで、彼女はそれ以上の追求は止めた。ただ気になることはもう一つある。それで彼女はこう尋ねた。
『ゲートの簡易封印魔法が完成したとしてじゃ。公表しなければ、注目を集めるも何もあるまい? だがおぬしは今まで目立つことを避けてきたはずじゃ。もう良いのか?』
『目立ちたくないって言うのは、もちろん今でもあるけどさ。でもこれはもう、オレの責任だと思うんだ。それに……』
『それに?』
『今まで目立たないようにしてたのは、コイツのためでもある』
次元迷宮に関するイノベーションが個人に集中すれば、それを不審に思う者は必ず現れる。少なくとも「何か理由があるはずだ」と考えるだろう。だがイノベーションが一つだけなら、幸運や偶然で納得させることができる。
『なるほど、の』
そう言ってアリスは大きく頷いた。そして話は最初に繋がる。ゲートの簡易封印魔法がしっかりと効力を発揮するのかを確認するためには、実際にゲートを閉じてみるより他にない。だがリアルワールドのゲートで試してみるわけにはいかない。それでアナザーワールドに実験用のゲートが欲しい、というわけである。
『事情は分かった。ふむ、そうじゃな……』
『あ、それでオレも一つ聞きたいんだけど、コッチにゲートを開いたらスタンピードも起きるかな?』
『いや、アナザーワールドはすでに魔素の濃度が十分に高い。スタンピードというのは基本的に次元迷宮から魔素を排出するための現象じゃからな。外のほうが濃度が高ければ排出する意味がないわけで、スタンピードは起こらぬじゃろう』
むしろ魔素の流れ的には、次元迷宮への流入が起こるはずだ、とアリスは言う。ただ一つのゲートから流入する魔素の量など、現在の量と比べれば微々たるもの。特別気にする必要はないだろう、と彼女は言った。
『そっか。じゃあ本当にゲートの開設を頼みたいんだけど……』
『ふむ、まあ良かろう。ただし! もう一度東京で食べ歩きをしてからじゃ!』
『ええぇ!? まあ、いっか』
秋斗はアリスの要求を呑んだ。何事も二回目はハードルが下がるものなのである。そして彼はアリスを食べ歩きに連れて行った。新学期が始まる少し前のことである。ちなみに彼女が一番目を輝かせたのは桜餅だった。
東京のスイーツをたらふく食べて満足したアリスは、約束通り秋斗のホームエリアにゲートを開設してくれた。ただしこのとき彼女はちょっと手を抜いていて、秋斗はそのことを事後報告でこう知らされた。
『階層数は大幅に少なくしてある。攻略するわけではないのだから、別に構わぬじゃろ?』
『ああ、別にいいけど。どれくらい少なくしたんだ?』
『一階層の下は、六六六階層に繋いでおいた』
『はあぁ!?』
『良かったな、これでいつでもバハムートに挑めるぞ』
『いや、挑まない、挑まないから!』
秋斗が慌てた様子でそう主張する。だがアリスは笑うだけで、階層の手直しはしてくれなかった。
『絶対、一階層の下には行かねぇ』
秋斗はそう心に決める。ともかくこうして彼のホームエリアにはゲートが開設された。ゲートの簡易封印魔法の開発、その準備は整ったのである。
バハムートさん「カモ~ン」




