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World End をもう一度  作者: 新月 乙夜
オペレーション:ラビリンス

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245/286

大学四年生3


「ぐぁ~、くっそ~、いいなぁ~。帰省なんかしてる場合じゃなかったかぁ」


「いや、帰省はしろよ」


 ゴールデンウィーク明け、秋斗が神奈川県の次元迷宮に行ってきたことを誠二に話すと、彼は講義室の机に突っ伏して悔しがった。16万円以上という稼ぎが、彼の物欲にクリーンヒットしたらしい。


「ホントにさ、政府もさっさと一般開放を進めればいいのに」


 机に顎をのせたまま、誠二は愚痴るようにそう呟いた。日本政府は今後も次元迷宮の一般開放を進める予定だが、彼に言わせれば「ペースが遅い」らしい。だが隣でそれを聞いていた秋斗はこう指摘した。


「ミッチーは、自分が稼ぎたいだけだろ?」


「う、いやまあ、そうだけどさ。でもゲートが現れるペースと比べても遅いじゃん。スタンピードが起きてからじゃ遅いってのにさ」


 机から身体を起こし、誠二はそう話した。現在でもゲートはだいたい三日に二つのペースで日本各地に現れている。だが次元迷宮の一般開放のペースは、彼の言うとおり出現ペースに追いついていない。


 つまり自衛隊のみで攻略するべき次元迷宮は増え続けているわけである。人員不足が叫ばれているのに、これでは自衛隊の負担軽減には繋がっていない。このままでは最悪街中でスタンピードが起こるのではないか。そんな懸念は日本中に広がっている。


 そしてそういう懸念をさらに加速させているのが、連日報道されている世界各地のスタンピードによる被害である。世界各地でもゲートの出現は続いていて、その数に比例するかのようにスタンピードも増えていた。


 中央アジアのある国では、大型トラックのコンボイがスタンピードに遭遇。全滅した。中国では山奥の少数民族の村がスタンピードのために壊滅的な被害を受けたとされている。東ヨーロッパやオセアニア、南北アメリカにアフリカと、スタンピードによる被害は世界中で報告されている。


 ただ勘違いしてはいけないのは、モンスターによる被害そのものは、ダークネス・カーテンが猛威を振るった時期と比べて明らかに減っている、という点だ。世界中でスタンピードが多発しているのは事実だが、同時にスタンピードは報道しやすいコンテンツなのだ。そのためか報道はどうにも過熱気味だった。


 その影響は日本でも如実に表われている。少し前まで、次元迷宮の一般開放が叫ばれる大きな理由の一つは経済的なモノだった。国民が怒ったのも裏で国会議員が赤ポーションを身内に使っていたから。「利権を民間にも開放するべし」というのが大きな主張の一つだったわけである。


 それが最近はより重要な理由として「安全保障」が語られるようになってきた。「スタンピードを起こすな」というわけである。先ほどの誠二の言葉も、そういう時勢の流れに乗ったテレビなどのコメンテーターの受け売りだろう。


(安全保障が絡むのは、悪くない)


 秋斗はそう思っている。次元迷宮を攻略する理由が経済的なモノだけなら、「採算が合わなくなったから止める」というリスクがつきまとう。だが意識が安全保障にも向いているなら、次元迷宮が放置されることはないだろう。


(でもまあ、もっと本気になってもらうには、もっと被害が出ないとなんだろうな)


 秋斗はそう割り切っている。被害が、犠牲が出るのは痛ましいことだ。それを「コラテラルダメージだ」などとは言いたくない。しかしその一方で、ここまで進んだ計画を止めることはできない。いや、止めることはできるが、止めたら全てが無駄になってしまう。


 成功する人間というのは、決断が早く、そして一度決めたことを軽々しく変えない人間だという。そういう意味では、自分は成功するタイプの人間ではないのだろう。秋斗はそう思っている。何しろ散々迷い、決断が遅くなった。


 しかしだからこそ、一度決めたこの方針を簡単に変えることはできない。それは結局、失敗するパターンだ。そして失敗したらしただけ、被害も犠牲も増えることになる。ゼロにできないなら、最小限に留めなければならない。たとえ偽善であっても、それが自分の責任だと秋斗は思っている。


[あまり気負うな。ゲートの管理と次元迷宮への対応はそれぞれの国家主導で行われている。スタンピードで被害が出たとして、それはその国の対応が悪かったからでもある。アキだけの責任ではない]


 シキの言葉に秋斗は心のなかで頷いた。とはいえスタンピードは起きない方が良い。それは確かなのだ。それで秋斗は誠二にこう提案した。


「よし。じゃあミッチー、今度一緒に迷宮に行こう」


「え、マジ!?」


「うん、連れてってやる。その代わり、火バサミは自分で用意しろよ? あと身分証明書を忘れると入れないからな」


「オッケー、オッケー。で、いつ行くよ?」


「そうだな……」


 講義が始まるまでの間、二人は次元迷宮に行く計画を立てる。教授が来る頃には、誠二はウキウキだった。


「オレ、迷宮で稼げるようになったらバイト辞めるんだ」


 なお、この発言がフラグになったかどうかは不明である。



 - * -



 六月、東京に二つ目のゲートが出現した。場所は東村山市。幸い、比較的人目に付きやすい場所で、近隣住民によってすぐに発見された。ただ自衛隊による攻略はすぐには始まらず、まずは消防などが投入されて一階層でスライムハントが行われた。


 これはスタンピードを起こさないための措置だったが、実情から言えば苦肉の策と言って良い。すぐさま自衛隊を投入できなかったことは人員の払底を露呈するもので、政府の対応方針ではもう現場が立ちゆかなくなっていることを如実に示す例となった。


 政府もそのことは感じているのだろう。次元迷宮の一般開放のスケジュールを前倒しし、以前から予定していたおよそ四〇カ所について七月中に一般開放を完了するとした。政府はさらに九〇カ所以上の次元迷宮について一般開放のための準備を開始するとし、こちらは来年の八月までに終えたいとした。


 だがこのスケジュールも前倒しされることになる。国内で四例目となるスタンピードが起きたのだ。二例目と三例目は、一例目と同じく山奥で起きたために人的な被害はほぼなかった。人里に降りてくるまでにモンスターがある程度拡散するからだ。


 だが九月に起こった四例目のスタンピードでは、ゲートの位置が比較的人里に近かったせいで多数の死者が出た。さらにおよそ二〇〇〇体のモンスターが幹線道路を我が物顔で走る映像は、全国に大きな衝撃を与えたのだった。


 その映像はテレビで何度も放映され、さらにネット上でも猛烈な勢いで再生回数を増やした。それまで日本では他国と比べてスタンピードの被害は決して大きくなく、そのために日本人がスタンピードをいわば軽く見る原因となっていたことは否めない。だがこの映像によって日本人の意識は大きく変わることになる。


 さらにここで政府の不手際が明らかになる。四例目のスタンピードを起こした次元迷宮について、実は二ヶ月以上も前に近隣住民から通報されていたことが明らかになったのだ。その間細々としたスライムハントは行われていたものの、自衛隊による攻略は行われず、結果として最悪の結末を招いたわけである。


 世論は怒った。そして怒れる世論を背景に野党は政権を追及。ついに内閣総辞職へと追い込んだ。だが「行政に空白を作らず、粛々と次元迷宮の攻略と一般開放を進めるため」として衆議院の解散総選挙は行われなかった。そのため新政権の支持率は低く、逆風が吹き荒れるなかでの船出となった。


「現在、我が国は危機的な状況に直面しております」


 新首相は就任会見でそう語った。そして次元迷宮の一般開放を加速させると表明。「一階層のスライムを念頭に置いた上で」と前置きしつつ、「スタンピードを起こさないためには、攻略に関して国民の皆様の協力が必要です」と呼びかけた。


 さらに「次元迷宮に関わる問題は、もはや安全保障と直結しております」と発言。攻略を後押しするために予算を投じることを宣言した。具体的には、魔石の最低買い取り価格の保証、利便性向上のための買取窓口の設置、税制面での優遇措置などを上げた。


「ともかく、今後どれだけゲートが出現するのか分かりませんが、まずはスタンピードを起こさないことが第一であります。この点に関して政府は力を尽くして参りますが、一方でどうしても国民の皆様の協力が必要です。重ねてお願い申し上げる次第でございます」


 最後にそう語って、新首相は就任会見を終えた。秋斗はその会見をリアルタイムで見ていたわけではないが、同日中のニュース番組で取り上げられ、その概要を知ることができた。そしてそれを見た後、彼は少し考え込んでからこう呟いた。


「そろそろ、いいかな……?」


 そう呟いてから、秋斗はさらにもう少し考え込んだ。シキとも相談して大きく頷く。そして外出するために上着を羽織った。


 バイクには乗らない。用があるのは、歩いて十分ほどの場所にある雑木林。八王子市の辺境にはこういう場所が多いのだ。


 目的地に到着すると、秋斗は木々に紛れるようにして雑木林の奥へ進んだ。そして街灯の明かりが届かなくなったくらいの場所で立ち止まる。彼は周りを見渡してからシキにこう尋ねた。


(シキ、周囲に反応は?)


[オールグリーン]


 それを聞き、秋斗は一つ頷いた。そしてストレージからあるモノを取り出す。次元結晶だ。ただしただの次元結晶ではない。アリスに頼んで特別に用意して貰った、いわば鍵とも言える機能を持った次元結晶である。


 秋斗はもう一度周囲を窺ってからその次元結晶をポイッと投げる。次元結晶は地面に落ちると一回バウンドし、もう一度地面に触れる前に淡い黄金色の光を残して消えた。周囲がまた闇に包まれると、彼は一つ頷いてからその場を離れる。そしてそのまま帰宅した。


 四日後、秋斗の家の近くでゲートが発見された。例の雑木林の中だった。

 

幹線道路を暴走するモンスターさん「ヒャッハー!」

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― 新着の感想 ―
[一言] 政府の対応は、お約束のアタフタドタバタ振りだったか 新しいゲートがどんな展開をもたらすか、楽しみだけど、 新政権政の対応も、安定のド鉄板なんだろうなぁ・・
[一言] >大型トラックのコンボイがスタンピードに遭遇。全滅した。 トランスフォーマーのコンボイしか知らんから!?ってなったw
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