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World End をもう一度  作者: 新月 乙夜
オペレーション:ラビリンス

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242/286

次元迷宮一般開放事情3


 十一月の初旬。日本で初めてのスタンピードが確認された。ただしスタンピードが起こった正確な日時は分かっていない。


 どういう事かと言うと、まず確認されたのはモンスターだった。それも、墨を塗りたくったように真っ黒でモヤッとした感じのモンスター、ではない。色彩とディティールのはっきりした、いわゆる「迷宮型」と呼ばれるモンスターだ。つまりどこかの次元迷宮からモンスターが出てきたということで、これによってスタンピードが確認されたのである。


 モンスターが確認されたのはとある山の麓。つまりゲートは山中にあるものと思われた。世論を考えれば放置することもできず、ゲート探索のために山狩りが行われた。ただし山中には多数のモンスターがいると考えられる。山狩りは武装した自衛隊によって行われた。


 投入された自衛隊員はおよそ二百名。ただしこの人員はかなりの無理をして集めた。そのため多数の次元迷宮が一時的に攻略できなくなった程だ。しかしだからといってこちらも放置するわけにはいかない。それで地元の消防などが攻略のためにかり出された。


「一階層のスライムだけでいい」


 そういう話で消防など多数の自衛隊以外の人員が次元迷宮の攻略を担うことになった。攻略自体は順調に行われ、自衛隊が空けてしまった次元迷宮でもスタンピードは起こらなかった。山中のゲートも無事に発見され、この件は満足のいく形で終わった。だが話はこれで終わらなかった。


「自衛隊だけが攻略を担う必然性は無いのではないか」


 そういう声が広く聞かれるようになったのである。少なくとも一階層のスライムなら、戦闘訓練を受けた自衛隊でなくとも簡単に倒せることが分かった。そしてその期間中もスタンピードは起こらなかった。


 ならば次元迷宮が国と自衛隊に「独占」されている現状は、国民がレベルアップする機会を奪い、国民の利益を侵害している。世論を背景にそういう主張が国会でもなされた。つまり次元迷宮の一般開放要求である。しかし政府の回答は相変わらず後ろ向きだった。


「一階層だけ攻略しておけばスタンピードは起こらない、というのはまったくの憶測なわけですから、政府としましてはスタンピードを絶対に起こさないためにより下の階層の攻略が必須であると考えています。下へ行けば行くほどモンスターは凶暴性を増していきますから、これに対処するためにはやはり自衛隊を持って当たるのが最善であろうというのが政府の立場でございます」


 首相の国会答弁を要約するとそういう事になる。この方針は世論受けすることなく、政権支持率は低迷したまま推移した。ただし急落することもなかった。これまでの政府の対応に一定の評価をする、いわゆる岩盤支持層が支持率を支えていたのだ。


[政府の方針は一貫している。それにゲートや次元迷宮はあからさまに不穏だからな。スタンピードが頻発しているならともかく、問題がないならこのまま政府に任せれば良い。そう考える人間が一定数いるのだろう]


 岩盤支持層について、シキはそんな分析をした。ダークネス・カーテンが空を覆っていたころと比べて、モンスターの数は明らかに減った。シキの言うとおりスタンピードも押さえ込まれている。つまり安全になったのだ。人々が欲しいのは安全と安心であり、政府がそれに応えてくれているのならいたずらに変える必要は無い。つまりはそういう考え方だ。


「ってことは、政府方針が破綻するまでは一般開放はナシかなぁ」


 秋斗は残念そうにそうぼやいた。だが彼が思うより早く、政府は次元迷宮の一般開放へ舵を切ることになる。そのきっかけになったのは与党の不祥事。重鎮議員による赤ポーションの私的流用が明るみに出たのだ。彼は孫の骨折を治すために赤ポーションを使ったのだが、それを週刊誌にすっぱ抜かれたのである。


「赤ポーションの効用をより詳しく調べるための、いわば人体実験的な側面が大きく、そのために孫、つまり身内を協力させたことは、むしろ国家国民への奉仕であると考えています」


 件の重鎮議員はそのように答弁したが、それが国民に受け入れられることはなかった。むしろ大多数はこれを利権の独占と受け取った。一部の、いわゆる特権階級だけが良い思いをしていると、そのように感じたのだ。法整備がされておらず、明確には違法と言えないことが、さらにその世論を燃え上がらせた。


 世論の矛先は政権にも向けられた。赤ポーションをはじめとする次元迷宮由来のアイテムを管理しているのは政府と自衛隊であり、ここへ掛け合わなければ件の重鎮議員もブツを手に入れることはできない。つまり政府は最低でも黙認したわけだ。さらに言えば同様の事例は他にもあるのではないかと疑われた。


 政府は当然ながら否定したが、国民はそれを信じなかった。その結果は支持率の急落である。政府与党は件の議員を離党させて問題の沈静化を図ったが、議員辞職させなかったことが国民の目には手ぬるいと映った。そして進退窮まった政府が支持率回復のために打ち出した一手が、次元迷宮の一般開放だった。十二月末のことである。


「よっしゃ! これで就活しなくていい!」


[どういう喜び方だ。それに全ての迷宮がすぐに開放されるわけではないぞ]


 シキの言うとおり一般開放は来年度からで、比較的人を集めやすいと判断された次元迷宮から開放されていくことになった。システム作りのために多少の時間がかかるのは仕方がないだろう。また山奥の次元迷宮を開放されても困る。そういうわけで政府方針には納得感があり、特に若者層を中心に支持を集めた。


「ついに来たぞ、アキ! 迷宮の一般開放だ!」


 興奮気味にそう話す友人の三原誠二を、秋斗は苦笑しながら宥めた。彼も家で似たような喜び方をしたのだが、あることに気付いてしまったのだ。それを彼はこう指摘する。


「落ち着けって、ミッチー。この近くには迷宮無いんだからさ」


「そうなんだよなぁ~」


 興奮から一点、誠二はガックリとうなだれた。その落差に秋斗はまた苦笑する。東京にはまだゲートが一つしかなく、それは海の近くにある。八王子市から足を伸ばすには少々距離がある。また人も沢山集まってごった返すに違いない。


 もっとも、例えば神奈川との県境や埼玉との県境にもゲートはあり、それらが一般開放されれば人出は分散されるだろう。ただそれにしても秋斗や誠二にとっては行きやすい場所とは言い難い。一回や二回ならともかく、次元迷宮で生計を立てたいと思うなら、大学を卒業してからになるだろう。


「にしても、間に合うのかね?」


「何が?」


「そりゃ、いろいろ?」


 秋斗は首をかしげた。次元迷宮の一般開放にあたっては、簡易的ではあるがロードマップが示されている。それによると、次元迷宮を一元的に管理するための組織が立ち上げられたり、入場資格の検討や研修を行ったりすることなどが盛り込まれている。素人考えだが、それを全て行うには決定的に時間が足りないように思えた。


「……うまくいかないかな?」


「最初のころは混乱するんじゃね?」


 二人とも政府の事務能力をあまり信用していない。そして実際、ロードマップ通りには行かなかった。そもそも組織の立ち上げが間に合わなかった。さらに研修も「今までさんざんモンスターは出現していたのに、今更研修が必要か?」とかいう意見が出たりして、また時間が足りないこともあって、結局お流れになった。出だしからしてもうグダグダと言って良い。


 だがそれでも政府は新年度の次元迷宮の一般開放を断行した。選挙が近く、断行しなければ与党は死屍累々であったろうと言われている。当然ながら「選挙対策だ!」という声が上がったが、それでも与党は何とか与党であり続けることができた。


 それで実際、どのような形になったのかというと、最初に一般開放された次元迷宮は全部で十二カ所。入場資格は「満十八歳以上の日本人」とされた。ちなみに年齢制限は後に十五歳以上に引き下げられる。なお入場料は必要ないが、顔写真付きの身分証明書が必要とされた。


 少し話は逸れるが、次元迷宮の一般開放に先立ち、防衛省は一つのホームページを公開している。自衛隊が集めた、各地の次元迷宮の情報を発信するためのサイトだ。地図などをダウンロードすることも可能で、まずはこのサイトで情報を集めてから攻略を行うことが推奨された。動画も多数用意されていて、これが実質的な「研修」と言って良い。


 この中に、秋斗を驚愕させた動画があった。一階層のスライムを退治する動画なのだが、その中で隊員はなんとスコップではなく清掃用トング、つまり火バサミを使っていたのだ。火バサミを使ってスライムの体内からサクサクと魔石を回収していくその動画に、秋斗は思わず「ブラボー!」と叫んでしまった。


「スッゲーな! こんな方法があったのか!」


 対スライムならスコップが一番だと、秋斗はこれまでずっと確信していた。だが動画を見る限り、火バサミを使った場合はスコップを使った場合よりも効率がいい。片手で魔石を抜き取って行くのだから、それも納得である。ただしシキはこう指摘する。


[この方法が通用するのは、一階層だけだろうな]


 シキの意見に秋斗も頷く。火バサミで魔石を引き抜くのは、相手がほぼ無抵抗だからこそ可能な裏技。二階層にもスライムがいるが、こちらはよりアグレッシブだ。同じようにはできないだろう。実際、動画でも二階層ではスコップを使っている。


 ただこの動画の反響は大きかった。次元迷宮が一般公開されると、人々は火バサミを手にゲートを潜って行ったのだ。明らかに自衛隊の動画を参考にしたものと思われ、さらにこの方法は海外にも広がった。


 さらにこの動画には思わぬ効果もあった。火バサミが通用するのは一階層のスライムだけだと、動画の中でもハッキリと説明されており、また納得もしやすい。それで火バサミしか持っていない者が二階層へ降りていくことはほぼ無かった。二階層以降へ行こうとする場合には相応に装備を調えることが常識になり、それが無謀な攻略と無用な犠牲を減らす結果に繋がったのだ。


 また火バサミさえあれば、少なくとも一階層のスライムはサクサクと倒せるということになり、次元迷宮を攻略するハードルは大きく下がった。一階層でもスライムをたくさん倒せば転移石がドロップするからだ。


 転移石は売ればそれなりの金額になる。下の階層、特に十五階層を目指すパーティーが、帰還用にそれを求めるからだ。結果として一階層でもそれなりに稼げるようになり、それがまた次元迷宮に人を集めることに繋がる。このあたりは秋斗の目論見通りだった。


 もっともそれはもう少し先の話である。次元迷宮の一般開放は、少なくともその当初は色々と混乱した。ガバガバになってしまった部分も多くなったが、結果的にそれが日本の次元迷宮政策に大きな影響を与え、日本はこの分野では世界的に見ても開明的と言われる路線を進むことになる。とはいえそれももう少し先の話であるが。


 ともかくこうして日本でも次元迷宮の一般開放が実現した。そして一般開放される次元迷宮は、今後も順次増えていく予定である。その方向性に秋斗はひとまず頷くのだった。


秋斗「スコップが負けちまったぜ」

シキ「二階層以降には出番があると思うぞ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 創意工夫ですねえ
[一言] そのうちどっかの業者が迷宮探索品として楽にスライムから核を抜ける専用グッズとかを作りそうですね。
[一言] そこまで簡単になったら一般開放されてない迷宮は 自動ロボットが作られて主流になりそう。
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