次元迷宮一般開放事情1
九月の半ば、ビッグニュースが世界を駆け巡った。アメリカが世界に先駆けて次元迷宮の一般開放を約束したのである。実際に一般開放されるのはもう少し先になるが、これによりアメリカでは一般人が次元迷宮の攻略を行うことや、さらには所有や管理を行うことさえできるようになる。
噂では、「全米ライフル協会がロビー活動にウン億ドルをつぎ込んだ」とか、「複数の製薬会社が大統領に直談判した」とか、「次の大統領選を見据えた対策である」とか、「難民と不法移民を使って迷宮の攻略を行うつもりだ」とか、いろいろ言われている。ただ、どこにどんな思惑があるにせよ、次元迷宮の一般開放を決断するその思い切りの良さは、秋斗をしても感嘆せざるを得ない。
「早いなぁ!」
[アキとしては、早い方が良いのではないのか?]
「まあそうなんだけど。なんて言うか、金と利権の匂いには敏感だよな、あの国」
秋斗はやや皮肉っぽくそう話した。一方でアメリカとは正反対の対策を取っているのが中国である。つまりガチガチの国家主導だ。一般人を次元迷宮に入れないどころか、出す情報もかなり制限している。
中国で広がっているのは、「ゲートを管理し、国家と国民を守る力強い共産党」というイメージ。「中国ほどゲートと次元迷宮を適切に管理している国は他にない」と国家主席が演説していた。中国からすれば、次元迷宮さえプロパガンダのネタでしかないらしい。
「コッチとしては、あんまり面白くないなぁ」
[国家として管理したいというのは分からない話ではないと思うがな。成果物の独占やモンスター対策もあるだろうが、民衆が勝手にレベルアップしていくというのは、全体主義国家としては面白くないだろう]
「ああ、そういう側面もあるか……。じゃあ北朝鮮なんかもガッチガチの管理体制かな。情報は入ってこないけど」
[あり得るな。……いや、あの国の場合、むしろ管理がザルで未確認の迷宮でスタンピードを起こさないかが心配だな]
「あ~、ありそう」
そんな二人の無責任な論評はともかくとして。日本について言えば、現在は中国に近い立ち位置を取っている。ゲートと次元迷宮は厳しく管理され、一般人の立ち入りは許されていない。攻略がどの程度進んでいるかの情報は公開されているが、それも全てがオープンになっているかは不明だ。
ただしアメリカの件もあって、日本でも次元迷宮の一般開放を求める声は日増しに高まっている。国会でも野党がそれを声高に求めているが、政府は「攻略は自衛隊が主に担う。ゲートと次元迷宮を適切に監視・管理することで、国民の生命と財産を守っていく」という従来の答弁に終始していた。
「なんかもう、意地になってる感じもするけどな」
[最初の対応は世論も支持していたからな。いまさら引っ込みがつかないのだろう。それにいま一般開放に舵を切れば、野党に押し切られたとみられる。それでは与党の面子がな]
「メンドくさいなぁ」
[まあ、世論を無視した政策を続ければ、いずれ選挙で痛い目を見ることになる。それが民主主義というモノだ]
「そうだな」
[そして合法的に政権交代が可能だからこそ、権力者は身の安全を心配することなく迷宮の一般開放に踏み切れる、とわたしなどは思うのだがね]
「おお、シキさん、なんか学者っぽい」
ただそういう日本の方針だが、問題も起こっている。一つは攻略を行う人員の払底だ。つまり自衛隊の人手不足である。ゲートの数が増えるごとに、自衛隊はそちらへ人手を割かなければならない。だが自衛隊の任務は次元迷宮の攻略だけではない。通常の任務をこなしながら攻略も行おうとすると、はっきり言ってすでにギリギリなのが実情だった。
一部では警察も動員されているが、警察も警察で仕事がある。攻略にかかりきりになることはできない。そもそも日本社会は少子化。攻略の実戦力となる若者が少ない。つまり人員の払底の根本的な理由は社会構造にあるのだ。表面的な対応ではどうにもならない。
またゲートと次元迷宮をいわば独占したことで、政府は大量の魔石を安定的に手に入れることができるようになった。これにより魔石の買い取り価格は大幅に下がる。一部では買取を止めるという話も出たくらいだ。
これにより金銭目的でモンスターハントをするハンターがほぼいなくなった。しかしゲートの外では、数は減ったとは言え変わらずモンスターが出現している。結果として警察への通報が増え、警察の業務を圧迫する大きな要因になっていた。しかも全ての事案に速やかに対処できるわけではない。被害が出る場合も多い。そしてこの状況に噛付いたのが野党だ。
「総理は『国民の生命と財産を守る』とおっしゃいました。しかし現状、まさに国民の生命と財産が脅かされています。このことはデータからも明らかであります。総理はご自分の発言の責任を取り辞任するべきであると考えますが、そのお考えはおありでしょうか?」
「ゲートを適切に管理してスタンピードを起こさせないこと、またモンスターに対応するための体制を構築すること。これによって国民の生命と財産を守っていく。これが内閣総理大臣としての私の責任であると考えております。その職責を鋭意はたしていく所存であります」
「自衛隊が大量の魔石を稼いでくれば、魔石の買い取り価格は下がる。これは分かりきっていたことです。つまり政府の方針のために出なくて良かったはずの被害が出た。これが問題なんです! 政策を決めたのならその影響についても考察するべきで、善後策をセットで出すべきなんですよ。政府はそれを怠った。その責任についてはいかがお考えでしょうか!?」
「方針としては間違っていなかったと考えております。民間の、いわゆるモンスターハンターが活動しなくても良いようにこの国の治安を維持していく。それが政府に課せられた使命でありますから、それを果たすためにこれからも邁進して参ります」
「神出鬼没なモンスターに警察だけで対応するのは不可能です。むしろ、自衛を含めれば民間の撃退数の方が多い。これが現実です。政府はこの現実を無視しています。これでは国民の生命も財産も守れるはずが無いじゃないですか! 国民は自衛している状態ですよ。この現状をどうお考えですか!?」
「極めて遺憾であり、国民の皆様に対しては深く責任を痛感しております。一刻も早く状況が改善するよう、全力を尽くして参りたいと思いますので、国民の皆様におかれましても政府へのご協力を是非お願いしたいと、そう思う次第であります」
国会答弁の抜粋はこんな感じである。秋斗はスナック菓子を食べながらそれを見ていたのだが、そんな彼にシキがこう尋ねた。
[実際どうなんだろうな。次元迷宮の攻略が進めば、リアルワールドにモンスターは出現しなくなるのだろうか?]
「どうだろうなぁ。いや、少なくはなるだろうけど、ゼロにはならないんじゃないかな。ゲートが開いている以上は、魔素は大気中に放出され続けているわけだから」
[そうだったな。完全に封じ込めてしまおうとすると、技術的な難易度が格段に高くなるという話だった]
「そうそう。あとはスタンピードを簡単に起こさせないための、安全弁的な意味もある。抜けを作って溜め込ませない的な」
そういうわけだから、この先もずっとリアルワールドではモンスターが出現し続けると思われる。とはいえダークネス・カーテンのときのような、酷い状況にはならないだろう。ゼファーとシドリムが打った手についても聞いた。だからその点については、秋斗も楽観していた。
[そもそもアキとしてはどうなのだ? 迷宮の一般開放については。自衛隊で事足りるなら現状のままでも良いのか、それとも……]
「そりゃ、一般開放して欲しいさ。迷宮で稼げるなら、就活しなくて良いし」
[そっちか。だが分母が増えれば、迷宮が完全攻略されるリスクも上がるのではないか?]
「ある程度深いところまでは行ってくれるだろうけど、完全攻略は無理だろ。この前、666階層にバハムート放流してきたし」
ニヤリと悪い笑みを浮かべながら、秋斗はそう答えた。バハムートを倒さなくても667階層へは行ける。だがバハムートにお出迎えされたら回れ右するだろう。秋斗はそう思っている。
ちなみに、次元迷宮は深層へ向かえば向かうほど、徐々に階層が共通化していく設計になっている。完全に一本化されるのは500階層からで、ここへたどり着くだけでもかなり困難だ。ゼファーとシドリムが行ったシミュレーションだと、「一年間迷宮に寝泊まりして攻略を行っても無理」という結果が出ている。
「でもユリは、一般開放はしないで欲しいって感じだったな。ライバルが増えるからって」
[ユリ嬢らしい]
「ホントな。いまさら追いつける差じゃないと思うんだけど」
[しかしそうなると、今後レベルアップしたい者は、みんなアメリカを目指すことになるのか?]
「迷宮強化合宿ってか? 治安とかどうなんだろ。ナショナルチームなら、国が迷宮を使わせてくれそうな気もするけど。人手不足の解消もかねて」
[それで人手不足が解消されるなら、日本での迷宮の一般開放は遅れそうだな]
「げっ、じゃあナシで」
秋斗は顔をしかめながらそう答える。結局、彼も自己本意だった。
秋斗「30話で終わらなかった!?」
シキ「ほら、この作者、最終章が長くなるから……」
作者「というわけでもうちょっと続きます」




