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World End をもう一度  作者: 新月 乙夜
オペレーション:ラビリンス

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239/286

麒麟丸


 九月に入ると、世間一般には夏休みという空気ではなくなる。だが大学生にとっては、むしろこれからが夏休みの本番である(秋斗調べ)。ただ秋斗はバイトをしているわけではないし、帰る実家があるわけでもない。旅行に行くわけでもなく、彼はほとんどいつもと変わらずに日々を過ごしていた。


 もっとも彼の「いつも通り」は世間一般の「いつも通り」とはかけ離れている。この日も彼は家事を終えると、アナザーワールドへダイブインした。そしてニンジンでアッシュのご機嫌をとり、次元結晶の調達へ向かう。ちなみにアッシュはゴーヤには見向きもしなかった。次は秋ナスを試して見る所存である。


「後出しで数を増やすの、止めて欲しいんだけどなぁ」


 次元の壁の前、オークを蹴散らしてひとまずの安全を確保すると、秋斗はそうぼやいた。ゼファーとシドリムから求められている次元結晶の数だが、なんやかんやと理由をつけては増えていき、今では合計で三千個を要求されている。残数は増える一方で、このまま結局は一万個になってしまうのではないかと彼は警戒していた。


 普通ならもうウンザリしているところだろう。アリスにスペシャルスイーツを献上して肩代わりしてもらった方が、全体の効率としてもプラスになるようなレベルだ。ただぼやきつつも、秋斗の表情はどこか楽しげである。これから新しいオモチャ、つまり新装備を試すつもりでいるのだ。


 新装備が完成したのはつい先日のことである。さらにそれに先立ち、秋斗はバイクで奥多摩へ向かった。ガソリン代が下がったこともあり、趣味のツーリングを兼ねて、ずっと放置していた納品クエストを終わらせようと思ったのだ。宇宙船の残骸の下に隠されていた、あの納品クエストである。


 奥多摩の、それも山奥の方は、かつての静けさを取り戻していた。モンスターハンターもいることはいるが、その数はかつてに比べてかなり少ない。決してモンスターが出現しなくなったわけではないのだが、現状彼らの大多数は開店休業状態だった。


 その理由は主に二つ。一つはダークネス・カーテンが縮小を続けていること。これによりそもそも出現するモンスターの絶対数が減った。獲物が少なくなってしまったわけで、モンスターハンターたちにしてみれば文字通り仕事にならない。


 さらにゲートが出現し、現在その攻略は自衛隊が担っている。そしてモンスターを倒せば魔石が手に入る。さらに一階層のスライムは激弱だ。見方を変えれば、自衛隊は大量の魔石を確保する手段を得たわけで、これにより魔石の買い取り価格が一気に下がった。


 これが二つ目の理由であり、この二つが重なってしまうとモンスターハンターにとっては致命的だ。何しろ獲物が少なく、魔石を手に入れても金にならないのだから。そのため今では自衛目的以外でモンスターを狩る者はほとんどいなくなってしまったのである。


 それを不満に思う者は多い。また政府がゲートを、さらに言えばそこから得られるアイテム(魔石を含む)や経験値を独占していることを快く思わない者も増えている。それで最近ではこの日本でも、次元迷宮の一般開放を求める声が高まりつつあった。


『政府はゲートを、次元迷宮の利権を独占している!』


『アメリカじゃあもう赤ポーションの研究が始まってる。日本はまた出遅れるぞ!』


『内部の環境だとか未知のウィルスだとかは、問題ないんだろ? それが確認できたところから開放すればいいじゃないか』


『今までモンスターハントやってた連中なら、自衛隊に遅れは取らないと思うけどなぁ』


『ていうかレベルアップさせろって。オリンピックで日本人、メダル取れなくなるぞ?』


『自衛隊もゲートの管理だけやってればいいわけじゃないんだからさ。このまま数が増え続けたら、他の任務に支障が出るんじゃないのか?』


『オレ、自衛隊に入ろうかなぁ。で、任務でお金貰いながら経験値稼いで、スポーツ選手に転身する』


『インドの大富豪がエリクサーに100億出すって話、ホント?』


 色んな人間が好き勝手言うのはいつものことだが、概ね「不満」というベクトルは一致している。それを反映してか、政権支持率は右肩下がりの傾向が続いていた。


 閑話休題。秋斗がクリアした納品クエストのことである。何を納品するのかはメモしてあったし、そのためのアイテムも揃っている。それで石版の場所に到着すると、彼はすぐに納品を済ませて報酬を手に入れた。


 手に入れたアイテムとしては、まずは「セキュリティカード」。宝箱(黒)のトラップを解除するためのアイテムだ。秋斗はこれを使い、宇宙船の残骸にいたマザーから手に入れた宝箱(黒)を開封した。


 そこから手に入れたのは「閲覧権限カードキー」。これはアカシックレコード(偽)の閲覧権限レベルを上げるためのアイテムだ。そして権限レベルを上げたことで、アリスとテキストでのやり取りができるようになった。


 もともとアリスとは通話でのやり取りをしていた。だから「いまさらテキストでやり取りできても……」というのが秋斗の最初の正直なところだった。だが彼はすぐに認識を改めることになる。アリスを介することで、ゼファーとシドリムからもテキストを受け取れるようになったのだ。


 そして報酬で手に入れたもう一つのアイテムが加わることで、この成果は大きく結実することになる。まずアイテムだが、見た目は金属インゴットだった。鑑定してみた結果は以下の通りである。


 名称:アーシェルン・ダイト

 錬金鋼。


 相変わらず説明が説明になっていないが、ともかく名前は分かった。そしてちょうどこの頃、ゼファーとシドリムから次元結晶の追加発注があった。それに対して秋斗は「イヤだ、したくない、面倒なんだぞ」という趣旨の返事をしたのだが、二人からは次のような趣旨の返信が来たのである。


 曰く「次元結晶を素材に武器を作れば、切り出しの効率は上がると思われる」


 この話に秋斗より食い付いたのがシキだった。シキはすぐに使えそうな素材の一覧などを作成し、具体的な製法についてゼファーとシドリムに尋ねた。やり取りを重ねること十数回。仲介をやらされたアリスは「お前らいい加減にせぇよ」とキレ気味だったが、スペシャルなスイーツを献上して機嫌を取りつつ、何とか新装備完成の目途は立った。


 そしてできあがったのは、美しい刀身を持つ片刃の剣。「麒麟丸」と名付けた。名前通り麒麟の角を使っており、他にはアーシェルン・ダイトと次元結晶を使っている。素材的にも技術的にも、これまでの装備とは一線を画す装備だ。


 麒麟丸は竜牙剣よりも一回り程度刃渡りが長い。厚みもありその分重いのだが、竜牙剣はちょっと軽すぎたので、かえってちょうど良い感じだ。魔力を通すと、その量に応じてオーラのようなモノを纏う。


 この現象はゼファーとシドリムにとっても予想外だったようで、「是非調べさせて欲しい」と頼まれたが丁重にお断りした。代わりにレポートを書く約束をさせられてしまったが、そちらはシキに丸投げだ。


 ちなみに和風なネーミングだが麒麟丸は刀ではなく剣だ。シキは「刀もできる」と言っていたが、刀と剣では扱い方が異なる。秋斗はこれまでずっと剣を使ってきたので、いまさら刀に変えるのも不都合が多い。それで剣にしてもらった次第である。


『カッコいいんだけどなぁ、刀』


[勲氏に習ったらどうだ?]


『ゲート関連が落ち着いたら考えてみっかなぁ』


 そんな将来の予定はともかくとして。次元の壁の前に立ち、ストレージから麒麟丸を取り出した。麒麟丸を使うのはこれが初めてではない。何度かモンスターで試し切りはしている。少なくとも武器としての性能は極めて高い。


 ボス・コボルトと戦った時には、分厚い山刀をほんの数回打ち合っただけでへし折った。少々多目に魔力を喰わせたとは言え、全身が岩石でできたゴーレムをまるでバターか何かのように切り裂いたときには、あんぐり口を開けてしまったものだ。


『いや、凄いな。竜牙剣のときも凄いと思ったけど、麒麟丸コレはそれ以上だわ』


麒麟丸コレがあればバハムートにも勝てるのではないか?]


『それは……、いや、ないな。勝てるとしてもやりたくない』


 秋斗は肩をすくめてそう答えたのだった。それに、そもそも麒麟丸は対バハムート用の装備ではない。前述した通り、次元の壁からより効率的に次元結晶を切り出すための装備である。


 秋斗は一度深呼吸をすると、麒麟丸を上段に構えた。集中力を高め、ゆっくりと麒麟丸に魔力を流していく。するとその美しい刀身は徐々にオーラを纏い始めた。これまでに百回以上も繰り返してきたので、イメージはすでに固まっている。彼は「ふっ!」と鋭く息を吐きながら、麒麟丸を斜めに振り下ろした。


 ――――リリリィィィィィィィンンンン……!


 次元の壁が破られたとき特有の、まるで鈴を鳴らしたかのような涼やかな音色。その音色が何重かに重なって聞こえた。次元の壁の欠片がいつもより多く飛び散り、そして数個の次元結晶になって彼の足下に転がった。


「おお、一回で四個か! 一気に四倍だな!」


 秋斗が歓声を上げる。今までは一振りで切り出せる次元結晶は常に一個だった。それが武器を変えただけで一気に四個。もちろん麒麟丸を用意するのに色々と苦労はあったが、確かに次元結晶の切り出しの効率は上がったのだ。


「やっぱり、素材に次元結晶を使ってるからかな? 次元を切り裂いちゃう、みたいな?」


[厳密に言えば違うがな。まあ相性が良いというか、干渉しやすくなっているのは確かだ]


 秋斗の適当な推測に、理論から手ほどきを受けたシキがそう答える。もっとも秋斗にとって重要なのは理屈ではなく結果。そして良い結果が出たのだから言うことはない。秋斗は気炎を上げた。


「よぉし、やる気出てきた!」


[1000個切り出すのに250回だな]


「あ、具体的な数字言われるとやっぱり果てしない感じが……。いやでも減ったよ、うん!」


 秋斗はそう答えてモチベーションを維持する。そしてまた次元の壁に向き合うのだった。


ゼファー&シドリム「新しい研究素材!?」

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― 新着の感想 ―
[一言] 伝書鳩ならぬ伝書天使。 伝書天使「報酬は勿論、スイーツじゃ!」
[一言] 次元の壁を修復を上回る速度で掘っちゃったら次元の狭間に落ちたりして……
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