東京スイーツ食べ歩き
「来ちゃった」
「来ちゃったかぁ」
七月の初め。インターホンが鳴ったので玄関を開けると、そこに立っていた人物を見て秋斗は苦笑した。眩いブロンド、整った顔立ち、そして赤い瞳。アリスだ。秋斗はともかく彼女を家の中に入れた。
「で、なんで来たの?」
「スイーツの食べ歩きじゃ! 早う連れて行け、連れて行ってくれるまで今日は帰らんぞ!」
「だよなぁ。だと思った」
秋斗は苦笑しながらそう答える。「そのうち、そのうち」と先延ばしにしていたのだが、とうとうアリスの方がしびれを切らしたらしい。ちょうど良いというか、今日は大学の講義はない。大した用事も無かったので、秋斗はアリスに付き合うことにした。
ちょっと待ってて、と言って秋斗は身支度を整える。スマホをストレージに突っ込んでシキにお店をピックアップしてもらいながら、彼はバイクに跨がり後ろにアリスを乗せた。ヘルメットをかぶりエンジンをかけると、シキが二人にこう声をかけた。
[暑いし、まずはかき氷でいいか?]
「何でも良いぞ!」
「異議なーし」
そう答えて秋斗はバイクを発進させた。現在までにリアルワールドの物流と経済活動はかなりの程度回復している。二大モンスターが姿を消し、さらにダークネス・カーテンもかなり規模を小さくしたことが主な理由だ。
そのおかげで、東京のスイーツ店にも彩りと活気が戻って来ている。食べ歩きをするにはちょうど良いタイミングだろう。もしかして狙ったのだろうかと秋斗は訝しんだが、辛抱しきれなくなっただけだろうと勝手に納得した。
バイクを走らせることおよそ十分。シキに案内されたのは、レトロな雰囲気の隠れ家的な喫茶店。夏になると季節限定でかき氷を出すという。入店すると、二人は奥まった席に案内された。メニューを見るとかき氷以外にもスイーツがある。それを見てアリスは悩ましげな顔をした。
「あ~。オレ、かき氷じゃなくてもいいから。好きなの二つ選んで良いよ」
秋斗がそう言うと、アリスはパッと顔を輝かせた。美人の笑顔は破壊力が高い。秋斗は思わず視線を逸らした。だがアリスのほうは気にもしていないようで、ニコニコしながらメニューを何往復もしている。そして注文が決まると店員を呼んだ。
「この宇治金時かき氷と、カスタードプリンを頼むのじゃ!」
「畏まりました。……のじゃ……?」
「あ~、彼女、どうも漫画とかアニメで日本語を覚えたみたいで……」
小首をかしげた店員さんに秋斗がそう言うと、彼女は納得の表情を浮かべ「失礼しました。日本語お上手ですね」と言って厨房へ向かった。その背中を見送ってから秋斗は内心で安堵の息を吐く。ビバ、日本のサブカルチャー。それで誤魔化せてしまうのもどうかと思うが。
「……それで、コチラの様子はどうじゃ?」
「まあ、今のところは順調なんじゃないの」
やや声を抑えて尋ねるアリスに、秋斗は肩をすくめながらそう答えた。二大モンスターやダークネス・カーテンの代わりに、この世界には次元迷宮なる新たな脅威が出現した。そして今のところスタンピードによる大規模な被害は報告されていない。
それは内部のモンスターの駆除が進められているからだ。石版から「モンスターを継続的に倒すことでスタンピードは防げる」という情報は得られていたが、それが正しかったことが確認された格好である。それも含め、今のところ人類は次元迷宮に対応できていると言って良い。
「攻略はどの程度進んでおるのじゃ?」
「日本の場合だと、9階層まで達したって、この前のニュースでやってたな。各国が公表している分も含めて、結構情報が出てきてる」
例えば「15階層毎に石版エリアが設定されている」とか、「25階層毎にセーフエリアが設定されている」とか。中には「完全回復薬」や「若返りの秘薬」についての情報もあり、人類は大いに欲望を刺激されていた。
「ほう、信じておるのかえ? 普通に考えれば眉唾モノじゃろう?」
「ポーションが出てきたからな」
ポーションがポーションと判明したのは、言うまでもなく【鑑定の石版】を使ったからだ。最初はこの謎仕様の石版に人類は戸惑っていたが、今では攻略のためのなくてはならないツールになっている。
鑑定されたのは赤ポーションで、その結果は「経口外傷回復薬」。動物実験でその効果は確認され、科学者たちを大いに驚かせた。ただ、だからといって人間への使用には高いハードルがあるわけだが、次元迷宮内で大怪我を負った者への緊急使用によって、図らずも人間への効果や安全性が確認された。
『どうやらポーションは安全らしい』
というのが今のところの認識になっている。そして効果の方は今更論じるまでもない。となれば「完全回復薬」や「若返りの秘薬」への期待が高まるのは、もはや避けようのない必然であったと言って良い。
「アメリカなんかじゃ、もう一般開放の要望が出てるって話。日本は自衛隊の管理下に置かれていて、世論もそれを支持するのが多数派って感じだけど」
「一般開放か。できるかのう?」
「さあ? でも自衛隊の手が足りなくなれば、せざるを得ないんじゃないの」
そう言って秋斗とアリスは揃って悪い笑みを浮かべた。ちょうどそのタイミングで店員さんがかき氷とプリンを持って来る。それを見てアリスが満面の笑みを浮かべた。
「お、お待たせしました。宇治金時かき氷とカスタードプリンでございます」
ドギマギした様子で、店員さんが注文した品をテーブルに並べる。それを見ながら秋斗は「やっぱり破壊力高いよな」と心の中で呟いた。アリスは早速スプーンを手にかき氷を口へ運び至福の表情。それを見てしまった店員さんはうっかり何かに目覚めてしまいそうな様子で、やや上ずった声で「ごゆっくりどうぞ」と一礼し、そそくさと退散した。
「たまらんのぅ、この氷、ふわっふわじゃ!」
「それは良かった」
そう言いながら、秋斗もプリンに手を伸ばす。もちろん彼が食べたのは一匙二匙で、大部分はアリスが食べた。そして食べ終えると長居はしない。手早く会計を済ませ、またバイクに跨がった。
それからも二人はシキのナビで、あちこちスイーツの食べ歩きを楽しんだ。タピオカ、クレープ、パフェ、焼きいもなどなど。途中から秋斗は胃もたれ気味だったが、アリスは終始ご満悦だった。ちなみに途中、彼女の赤い瞳に怪訝な顔をされてしまったが、「カラコンです。お気に入りのキャラがいるみたいで」と言って誤魔化した。ビバ、ジャパニーズサブカルチャー。
そして何件目かの喫茶店。こちらはモダンで開放的な雰囲気のお店だ。アリスはフルーツサンドを頼み、秋斗はクッキーシューとアイスコーヒーを注文する。なおクッキーシューはアリスの要望による。
「……そう言えば先ほどポーションの話が出ておったが、実際のところ、どんな扱いになっておるのじゃ?」
「オレも詳しくは知らないけど。今のところは数も少ないし、研究試料って感じみたいだぞ」
「ふぅむ。民間には出回らんか。ネックは数かの?」
「数が少ないのはあるだろうけどさ。最大の問題はやっぱり信頼性じゃないの?」
秋斗は肩をすくめながらそう答えた。「次元迷宮由来の、得体の知れない薬」。今のところ、一般人が思うポーションの印象とはソレだ。客観的な評価はともかく、拒否反応が先に立ってしまっているのが現状である。
「まあでも、そのうち受け入れられるとは思うけどね」
「ほう、そう思う理由はなんじゃ?」
「だって便利だから」
秋斗はさらりとそう答えた。赤ポーションの即効性は魔法じみている。既存の傷薬とは比べものにならないその効き目は、「便利」という言葉では言い表せない。そして人間は便利なモノが大好きで、あるならば使わずにはいられない。
実際、赤ポーションはすでに一部では大きな注目を集めている。アメリカの大手製薬会社が一億ドルを投じて確保に動いた、なんていう報道もあったくらいだ。リアルワールドの技術で赤ポーションを再現できるとは思えないが、しかしだからこそ赤ポーションは受け入れられる。秋斗はそう考えている。
「それに迷宮の攻略を進めて行くなら、使わないではいられないだろ、たぶん」
「そうじゃな。骨折しても救急車が来てくれるわけではないからの。その時に赤ポーションを持っていれば、そりゃ使うじゃろうな」
アリスの言葉に秋斗も頷く。そうやって「使用実績」が積み重なっていけば、次元迷宮の外での使用もハードルが下がるだろう。
「でもまあ、一億ドルなんて値段じゃ、気楽には使えそうにないな。なんなら金欲しさに使うのを躊躇うとかありそうだ」
「はは、そうじゃな。ではどのくらいならば良いと思うのじゃ?」
「そうだな……。一個10万円くらいなら、既存の薬とイイ感じに棲み分けができるんじゃないかな」
秋斗はそう答えた。一個10万円というのは適当な数字だが、しかし普段使いできるほど安くはならないだろう。そういう意味ではわりとアリなラインではないだろうか。彼は自分で言っておいてそう思った。
「あとはそうだなぁ、保険が利くかなぁ」
「それこそ先は長そうじゃな」
アリスの言葉に秋斗は頷く。国家というのは、特にこの日本という国は、こういう事に関しては腰が重い。そんなイメージだ。
「お待たせしました。フルーツサンドとクッキーシュー、アイスコーヒーです」
店員さんが注文した品を持ってきてくれたところで、二人はその話を切り上げた。いずれにしても現状では赤ポーションの数は絶対的に少ない。一般人が使うなんて夢のまた夢だ。だが需要量を満たせるかはともかく供給量は増える。それも近いうちに。言葉には出さないが、秋斗もアリスもそれを確信していた。
アリス「案外気付かれんもんじゃの」
秋斗「ビバ、ジャパニーズサブカルチャー」




