初めてのスタンピード
「来るべきものが来てしまった、というところでしょうか。我が国においてもゲートと呼ばれるモノが現れました。まず防衛大臣にお聞きしたいのですが、現在までに分かっていることと対応についてお答え下さい」
「ゲート周辺については精密な調査を行いましたが、放射線量など異常は認められませんでした。現在は自衛隊による封鎖と監視を行っております。ゲート内部、というのが正しいのかは分かりませんが、ともかく向こう側については調査はまだ行っておりません」
「ありがとうございます。少なくともゲート周辺に異常がなかったことは幸いでした。次に総理にお伺いしますが、今後ゲートをどのように扱うおつもりでしょうか?」
「え~、ゲートはこれまでに世界各国に現れておりますが、今のところゲートのために何かしらの被害が出たという事態は起こっておりません。各国の対応も封鎖と監視がメインとなっております。将来的により詳しい、特に内部の調査も必要とは考えますが、下手に触った場合の影響が不明ですので、各国と足並みを揃えて行っていきたいと考えております」
「あのゲートが瘴気やモンスターと何かしらの関わりがあることはほぼ確実でしょう。封鎖と監視とはおっしゃいますが、それは放置ということでもあります。巷ではスタンピードが起こるのではないかと心配されていたりもします。国際協調は重要ですが、我が国独自の調査も必要ではないでしょうか?」
「我が国のゲートは最初のゲートではありません。封鎖と監視を続ける事で何かしらの変化が起こるのであれば、それはより初期に出現したゲートの方が先であると思われます。どのような変化が起こるのか、それはそれで重要な情報でありますから、それを知り得てから動くことがリスクマネジメントであると考えています」
「変化が起こるのであれば出現した順番であろうというのは、総理の憶測でしかありません。また総理の物言いは、『他所でスタンピードが起こってから考えればいい』と言っているようなもので、大変無責任であると考えます。率先した調査こそ国際貢献であると考えますが、いかがお考えでしょうか?」
「議員の発言は、まるで『世界のために日本が犠牲になるべきだ』と言っているように聞こえます。日本国民に選ばれた国会議員の一人としていかがかと思いますが、まあそれはそれとしましても、この現象が有史以来前代未聞であることは確かなのです。慎重を期した調査こそが、日本と国際社会の利益であると考えます」
以上がゲートに関する国会答弁の抜粋である。日本政府の基本方針としては、「触らぬゲートにたたりなし」といったところだろうか。しかし仕掛け人の一人である秋斗からすると、その対応は決して上策とは言えない。
「放置していると本当にスタンピード起こるんだけどな。いや、そろそろ起こそうかな、スタンピード」
[時間的にはまだ猶予があるのではないのか?]
「そうだけど。でも、猶予がなくなって立て続けに起きるよりは、一回起こしておいて対応を促した方が良くないか?」
[なるほど。そういう考え方もあるか]
シキと相談し、さらにアリスとも相談して、秋斗は人為的にスタンピードを起こすことにした。場所は、最初にゲートが出現したサハラ砂漠。ゲートの監視に当たっていたのはエジプト軍なのだが、24時間体制で監視していたわけではなく、一日に何度か近くをパトロールするだけの監視体制だった。
そのためスタンピード発生の瞬間については何も資料がない。ただ周囲に誰もいなかったおかげで、人的な被害もなかった。そしてパトロールに出たエジプト兵が、砂漠に跋扈するモンスターの大群を見つけたのである。
「おい、なんだアレ!?」
「モンスター、なのか……? いや、しかし……」
「何でもいい! こっちに来るぞ、撃てっ!」
彼らは急いでジープをUターンさせた。そして無線で報告を入れる。こうしてスタンピードが明らかになったのだった。
このとき、スタンピードによって現れたモンスターは、これまでリアルワールドで目撃されていたモンスターとは様子が違った。これまでリアルワールドに現れたモンスターは全て、墨を塗りたくったような真っ黒で影のような身体で、眼だけが禍々しく赤いという姿をしていた。
だがスタンピードで現れたモンスターはそれよりもずっと生物に近い。要するにアナザーワールドのモンスターだった。赤い目だけが共通していたが、パッと見て同じ存在だと判断するのは難しいかもしれない。後に倒すと魔石を残すことが確認され、これもモンスターなのだと判断された。
閑話休題。エジプトのサハラ砂漠で起こったスタンピードの件である。報告を受け、エジプト軍はすぐに部隊を動かした。モンスターは砂漠の広範囲に広がってしまっていることが予想されたため、攻撃ヘリも四機飛ばして掃討が行われた。
モンスターの掃討はその日の夕方までに終了。全てのモンスターを処理できたわけではないだろうが、ともかく危険な状態ではなくなったと判断された。これは少しあとの話になるが、このスタンピードで現れたモンスターの総数はおよそ2000から3000とされた。
この数をどう考えるのか。例えばダークネス・カーテンが通過した地域では、合計で一万を超えるモンスターが現れることも珍しくない。それを考えれば、「多くても3000程度」というは少ないようにも思える。
ただダークネス・カーテンの場合、一万体と言ってもそれは比較的広範囲に、それも時間差を付けて出現する。一方スタンピードの場合は、3000体とは言ってもそれが狭い範囲に、それも一度に現れるのだ。今回は砂漠だったから良かったようなものの、これが街中だったら、と考えない為政者はいない。
このスタンピードをきっかけとして、各国政府は急いでゲートの向こう側の調査を始めた。その中には日本政府も含まれている。国会答弁から日を置かずしての方針転換であり、支持率を下げる結果になってしまったのは、政権の辛いところかも知れない。
さて、スタンピードからおよそ一週間後。各国の調査結果が、速報という形ではあるが、続々と公表され始めた。まずゲートをくぐったその先は、全て洞窟のような場所になっていた。光源はないはずなのだが、視界は確保されている。「壁面が薄く発光しているのではないか」とされたが、これはまだ仮説の域を出ない。
次に空気であるが、組成は地球上の空気と同一。未知のウィルスも確認されなかった。細菌類が確認された例もあったが、見つかったのはその地域ではごく一般的な種。気圧もほぼ1気圧であり、「ゲートは空気の行き来を遮断していないのではないか」とされた。
重力はほぼ1G。精密に計れば場所毎に数値に差は出るが、これも地球上ではごく普通のこと。大気の件と合わせて考えれば、ともかく普段通りに動けることが確認されたわけである。少なくとも特別な装備はいらないのではないかとされた。
さて、防護服に身を包んだ調査隊がゲートの向こう側で最初に見つけたのは、壁にはめ込まれたかのような石版だった。何やら文字のようなモノが刻まれているが、一般的に使われているどの文字とも違う。写真を撮って調査がされたが、該当する文字は見つからなかった。
「何なんだ、コレは……」
そう呟きながら、調査員の一人が石版に触れる。次の瞬間、彼は反射的に石版から手を離した。まるで電撃でも喰らったかのようなその反応を、他のメンバーが訝しむ。「どうしたんだ?」と尋ねるメンバーに、最初に触った調査員は「お前も触ってみろ」と答える。二人目がおっかなびっくり石版に触れると、彼もすぐに手を離す。そしてこう呟いた。
「頭に……、直接……」
頭に直接言葉が浮かんだ、と言うのだ。最初に触れた調査員も同じ事を言う。「そんなのウソだろ」と信じなかったメンバーも、石版に触った瞬間に前言を撤回した。本当に頭に直接言葉が浮かんだのである。ちなみに、触れた人間のネイティブな言語で言葉が浮かんでくるということが後に明らかになった。そして頭に浮かんだ言葉だが、それは次の通りだった。
【ここは次元迷宮No.○○】
○○にはそれぞれ固有の数字が入る。日本の北九州市に現れたゲートの場合は、No.67だった。この数字はゲートが出現した順の通し番号であることが確認され、まだ発見されていないゲートの確認のために使われることになる。
さて、各国の調査では様々なことが判明した。「次元迷宮は積層構造になっている」こと、「次元迷宮を放置するとスタンピードが起こる」こと、「モンスターを継続的に倒すことでスタンピードは防げる」こと、などなど。
これらの情報は全て石版から得られたもので、裏が取れているとは言い難い。だが次元迷宮を放置してスタンピードが起こったことは事実。それで「概ね正しいのだろう」というのが各国の反応だった。
なお石版からの情報だが、これは同一の情報が多数の迷宮で確認されている。これは偶然ではなく、そうなるように秋斗がオーダーを出したのだ。その理由は「重要な情報が特定の国家に独占されないようにするため」だった。
「知って欲しい情報は拡散しないとね」
仕掛け人はそう嘯いたとか何とか。とはいえこの方針は当たったと言って良い。情報を独占できないと知った各国政府は、積極的に情報公開する方針へ舵を切ったのだ。独占できないならオープンにして共有したほうがメリットが大きいと判断したわけである。
また全ての次元迷宮に共通している点としては、一階層に【鑑定の石版】が置かれている点がある。もちろんコレも秋斗のオーダーだ。この先、様々なアイテムが出てきた時に、この【鑑定の石版】は大いに役立つだろう。
[とはいえ、肝心の攻略はあまり進んでいないようだな]
シキの言葉に秋斗も頷く。攻略がどんな具合なのかは、今のところニュースではあまり報道されない。手こずっているのか、あまり進めていないのか、それとも情報を出していないだけなのか、ちょっと判断が付かない。
「一階層は弱っちいスライムだけだから、そこで手こずることはないと思うんだけどなぁ」
秋斗がそうぼやくとおり、次元迷宮の一階層で出るモンスターはスライムのみに固定されている。これは全ての迷宮で共通の仕様だ。さらにこのスライムは非常に弱く設定されている。どれくらい弱いかというと、そもそも自分から攻撃してくることがなく、スコップが一本あれば小学生でも倒せるほどだ。
日本の場合、次元迷宮に突入したのは自衛隊の精鋭だという。各国でも軍が投入されていて、そんな彼らがこの弱いスライムに遅れをとったとは思えない。なら情報を出していないだけなのか、あるいは避けて通っているのか。秋斗にはちょっと判断がつきかねた。
[彼らが装備していたのは銃だろう? スライムとは相性が悪かったのではないのか?]
「ああ、その可能性もあるか」
スライムと相性が良いのはスコップだ。秋斗はそう確信している。何ならフライパンでも良い(秋斗調べ)。
[さすがにフライパンはないだろうが……。何にしても二回目からは対策を練るだろう。続報を待てば良いのではないか?]
「ま、そうだな。あんまり手を出しすぎるのもアレだしな」
シキの言葉に秋斗も頷く。彼はもう少しリアルワールドの動きを見守ることにしたのだった。
シキ「そもそもアキはスライム相手に死にかけたのだろう?」
秋斗「う……。あの頃はオレも弱かった……」




