次元回廊迷宮化計画1
「World Endをもう一度、ってな」
そう呟くと、秋斗はバイクを車庫に入れてから家の中に入った。そしてすぐにアナザーワールドへ向かう。帰宅したのは夜だから、アナザーワールドも夜だ。またたく星空の下、呼び出されたアリスが秋斗の顔を見ると、彼女は「ほう」と呟いてニヤリと笑った。
「どうやら腹を決めたらしい」
「うん。でもまあ、アリスに結構頼っちゃうし、可能なのかも良く分かんないけど……」
「ふむ? まずは聞かせてみよ。……と、その前に茶を所望じゃ」
そうのたまうアリスのために、秋斗は紅茶を用意した。さらにストレージに入れておいたスイーツを取り出す。いつもの個包装の焼き菓子、ではない。有名な専門店で買ったアップルパイだ。それを見てアリスは眼を輝かせた。
一時期はお菓子屋さんのショーケースもガラガラだった。物流の停滞によって原材料が手に入らず、お菓子を作ろうにも作れない状況だったのだ。だが二大モンスターの脅威が去ったことで物流も動き始めた。その結果、お菓子屋さんのショーケースも輝きと彩りを取り戻したわけである。
ちなみに秋斗がわざわざコレを用意したのは、物流の回復を暗に伝えるため、だけではない。アリスの野望は東京でスイーツの食べ歩きをすること。だが東京の名品をこうして饗しておけば、その衝動を宥めておけるのではないか。そんな悪あがきである。果たしてアリスの反応は……。
「んん~、うまい! これはますます食べ歩きが楽しみじゃな!」
[逆効果のようだぞ?]
秋斗は諦めたように肩をすくめ自分用のアップルパイを一口食べる。先ほど佐伯邸でご飯を食べてきたばかりなので、彼のお皿に載っているのはワンホールの八分の一。残りは全てアリスが平らげた。そしてアップルパイが綺麗になくなったころ、アリスは改めて秋斗にこう言った。
「では、そろそろおぬしの腹案を聞こうではないか」
「うん。その、一言で言っちゃうとさ、次元回廊を迷宮化できないかな、って……」
「迷宮化? 次元回廊を? 何のために?」
「つまりさ、魔素がリアルワールドに流れ込んじゃうから色んな問題が起こるわけでさ。だったら流れ込む前に処理できないかな、って」
「ふぅむ。で、その“処理場”が迷宮、というわけか……」
「そうそう、そんな感じ」
「じゃがどうやって処理させる?」
「基本的にはモンスターを倒して経験値を得させたり、魔石を持ち帰らせたりする。クエストを設定したりできればなお良いな」
「う~む……。まあ突っ込みどころは山ほど有るが。まずは一つ聞かせよ。なぜそんな方式を提案する? おぬしは魔道炉のことを知っておるじゃろうに」
小さく首をかしげながらアリスはそう尋ねた。魔道炉は魔素をエネルギーに変換する装置。アナザーワールドでは魔道炉が普及することで、一度はモンスターの脅威を根絶している。いわば実績があるわけで、それを知っているのであれば、まずは魔道炉のリアルワールドへの導入を考えるはずではないのか。
「そりゃ、魔道炉も考えたけどさ。でも魔道炉が広がったら、リアルワールドは結局アナザーワールドの二の舞になるんじゃないかと思ってさ」
秋斗はそう答えた。アナザーワールドの人々が宇宙へ逃れなければならなくなった直接の原因は魔素の大量流入のためだが、ではなぜそんなことが起こったのかというと、端的に言って魔素が足りなくなったからだった。魔素不足を解消するために次元抗掘削計画を推し進め、その結果取り返しの付かない事態を招いたのである。
リアルワールドに魔道炉を導入すれば、瘴気(魔素)を資源化することができる。また常に瘴気が消費されるようになるのだから、かつてのアナザーワールドと同じようにモンスターの脅威も払拭できるだろう。だがだからこそ、瘴気の不足は起こりえると言わなければならない。
その時、人類はどうするのだろうか。アナザーワールドと同じ轍を踏むのではないか。秋斗にはそう思えてならない。もちろん瘴気(魔素)と共存していく中で、人類は自力で魔道炉を開発することは十分にあり得る。だが自分がそのきっかけになるのは、少し違う気がするのだ。
「理由は他にもある」
魔道炉を導入するとして、一朝一夕にいくものではない。リアルワールドにはベースとなる技術や知識が何もないのだ。箱を造っても運用できるかは分からないし、そもそも箱を造れるかも分からない。箱を造る前にタイムオーバー、ということも有り得るだろう。水力発電の原理を知っていることと、水力発電所を造って運用することとは全くの次元の異なる話なのだ。
また造る以前に受け入れられるのか、という問題もある。まず信じてもらえるかが大きなハードルになるし、信じてもらえたとして、それを商業ベースに落とし込むとなると、今度は様々な利権が絡んでくる。魔道炉を快く思わない者たちによる妨害工作はあると思った方が良いだろう。
「まあ要するにさ、魔道炉だと俺たち以外の連中にかなりの部分を任せないとになるだろ? それだとこっちの思うようには絶対に進まない。人類が一つになるなんて事はまずないわけだからさ」
「ほう、モンスターという脅威を目の前にしても、かえ?」
「モンスターを前にしても、だな。言ってて悲しくなるけど」
そう言って秋斗が肩をすくめると、アリスも苦笑を浮かべた。彼女は秋斗の懸念を「悲観的に考えすぎだ」とは笑えない。彼女のデータベースには、むしろそれを肯定するような事例が山ほど記録されている。
「……あともう一個言うなら、逆侵攻させないため、かな」
つまりリアルワールドによるアナザーワールドへの逆侵攻である。そんなことが本当に起こるのか、秋斗も確信はない。だが次元回廊が「回廊」のままでは、そんなこともいつか起こるのではないか。少なくとも可能性はゼロにならない。
そこで次元回廊の迷宮化だ。複雑な内部構造にすることで、行き来自体は不可能ではないにしても、大きな兵器は持ち込ませない。それが迷宮化の目的の一つであり、秋斗がアリスに提示するベネフィットだった。
「ふむ。なるほど、の」
秋斗の話を聞き、アリスは小さく頷いた。そして思案気にしばらく沈黙する。それからゆっくりと秋斗と視線を合せ、彼にこう言った。
「次元回廊の迷宮化、もう少し詳しく説明してみよ」
「えっと、まず目的だけど、大きく四つ」
一つ目は、リアルワールドへの魔素の流入を防ぐこと。完全に防ぐことは無理かも知れないが、最低でもダークネス・カーテンは消したい。D.Cが消えれば、モンスターへの対応はかなり楽になるはずだ。
ただ魔素の流入を防いだとして、魔素そのものが消えてなくなるわけではない。魔素はなんらかの形で処理する必要があり、前述したとおり秋斗はモンスターの討伐をメインの手段と考えている。
そのためには迷宮化した次元回廊内へ入れるようにしなければならない。仮にその入り口を「門」と呼ぶが、秋斗はゲートを世界中に設置するつもりだった。そうやって世界中の人々をモンスター退治(魔素の処理)に関わらせるのだ。
またゲートは固定化される。つまりモンスターを求めてあちこち彷徨う必要はない。これによりモンスター退治の効率は格段に上がるだろう。諸々の対処もしやすくなり、これによって魔素の処理も進むわけで、それが二つ目の目的となる。
三つ目は次元回廊を迷宮化し、それを維持することで、魔素を消費させること。つまり大きなランニングコストをあえて作り出すのだ。これは次元回廊という、これまでなかった場所が生まれたからこそ可能になった手法である。
これにより処理するべき魔素の量を減らすことができる。また迷宮を作り出す際には大量の魔素が必要になると考えられるので、一時的にとはいえその分アナザーワールドの魔素量を減らせるだろう。
そして四つ目の目的は、前述した通りアナザーワールドへの逆侵攻の阻止。将来的にアナザーワールドとリアルワールドが対立する可能性は、リスクの一つとしてアリスの頭にもあるだろう。そして仮に逆侵攻が行われた場合、彼女は頑としてそれに立ち塞がるに違いない。
その時、リアルワールド側の戦力がどの程度になっているのか、秋斗には分からない。だがどう転んでも大きな被害が出る。それもアナザーワールドとリアルワールドの双方に。その目を初期の段階で摘んでおくことには大きな意味があるはずだ。
「それと、これは目的と言っていいのか分からないけど……」
「なんじゃ、言ってみよ」
「……魔素の流入は大事件で、今のところ被害とかリスクの方が圧倒的に大きいけど、レベルアップみたいなリターン、いやベネフィットもあると思うんだ。だからリスクを減らしつつベネフィットを得られる場所を作りたかったっていうか……」
「ふむ。なるほどの」
秋斗の話を聞き、アリスはまた少し考え込んだ。そして顔を上げて秋斗に視線を向ける。
「おぬしの話では、迷宮内のモンスターを討伐させることで魔素を処理するということじゃが、そもそも迷宮内に誰も入ろうとしなかったらどうする?」
「スタンピードを起こす」
秋斗は端的にそう答えた。分かりやすい災厄を設定することで、人類に危機感を持たせるのだ。その上で迷宮から利益が得られることが分かれば、人々は迷宮を攻略してくれるだろう。
「攻略させるのは良いとして、完全攻略されるとそれはそれで困るんじゃなぁ」
「じゃあ超巨大な迷宮にしてやろうぜ。1000層くらいの。で、666層にバハムートを放とう」
楽しげに秋斗はそう言った。完全攻略させる気のないその提案に、アリスも思わず苦笑する。ちなみに秋斗が想定している迷宮の管理者はアリス。その時点で完全攻略させる気など微塵もない。それを聞くと、アリスは肩をすくめながら別の点をこう指摘した。
「ところで肝心なことがもう一つある。どうやって次元回廊を迷宮化するつもりなのじゃ?」
「システムを使えないかな」
秋斗はそう答えた。システムというのは、アナザーワールドでクエストやダンジョンを用意している“システム”のことである。これは惑星規模であるから、かなり大がかりなシステムであることは間違いない。規模に比例した潜在能力を持っているはずで、彼はそれを使えないかと考えていた。しかしアリスの答えは渋い。
「どうかのぅ。次元回廊がシステムの守備範囲に入っておるか分からぬし、入っておったとしても我にそこまでのアクセス権があるかどうか……」
「無理かな」
「分からぬ。だが確かにシステムを使わねばそこまで大きな迷宮を造って維持することはできまい。それにシステムそのものは使えなくても、参考にして模倣することはできるかも知れぬ」
アリスの話を聞いて秋斗は顔を輝かせる。それでまずシステムについて調べられるだけ調べようということになった。
アリス「クエストの納品物に東京スイーツを入れても良いじゃろうか?」
秋斗「良いけどさ……」




