魔石強盗団1
宇宙船の残骸内に残る残敵の掃討と探索。それにはおよそ30時間を要した。マザーを倒したのでモンスターは増えなかったはずなのだが、結構な数が残っていたことと、探索範囲が広かったことが、時間を必要とした要因だった。
「ブルゥゥ」
「アッシュもご苦労さんな」
秋斗はそう言ってアッシュをねぎらったが、アッシュも幾分疲れた様子。ホームエリアに戻って馬具を取り外すと、すぐにいつもの木陰で横になってしまった。この様子だと、しばらくは背中に乗せてもらえないかもしれない。秋斗はそう思って苦笑した。
さて肝心の探索の成果だが、今のところはまだ確定していない。宇宙船の残骸の中には、宝箱や石版はなかったのだ。いや当初はあったのかも知れないが、奥多摩からダイブインした際に持ってきたことで、今は別々の場所に別れてしまっている。
(あの石版もコンプリートしちゃいたいんだよなぁ)
秋斗はずっと放置していたゲームの存在を思い出した時のような気分になったが、それはそれとして。ともかく今のところ、魔石やドロップを別にすればコレと言った成果はない。だが彼は楽観している。それはなぜか。何かしらの成果は出るだろうという見通しが立っているからだ。
「んで、シキ。どんな感じ?」
[大変興味深い。だが時間がかかる]
そう答えるシキの声はいつもより浮き立っているように感じられた。シキは今、ストレージに収納してきた戦利品の精査を行っている。持ち帰った戦利品は膨大。手当たり次第に持ってきた、というレベルではない。なんと宇宙船の残骸を全て、丸ごとストレージに収納してしまったのだ。
「しっかし、良く入ったもんだよな」
[うむ。プールしていた経験値のほとんど全てをつぎ込んだからな!]
得意げなシキの声が頭の中に響く。秋斗は苦笑するしかない。発想もそうだが、それが可能なだけの経験値をプールしていたことにも驚く。いやむしろ引く。そして稼いだのが自分であることを思い出して、彼はやや黄昏れるのだった。
まあそんなわけで。戦利品の精査には時間がかかる。それで当初の目的だった、「麒麟の角を使って何か武器を作る」のもしばらくは棚上げだ。もしかしたら後回しにさえなるかもしれないが、現状武器に困っているわけではないので、「好きにやってくれ」というのが秋斗のスタンスだった。
さて三月になった。二月二十八日と三月一日に、気候的な差はほとんどない。だが三月と聞くと春めいて感じるから不思議だ。二月を二十八日までにしたのは、「冬を少しでも短くしたい」という昔の人の願望のためだったのかもしれない。そしてそんな三月のある日、秋斗は勲からある頼まれごとをされた。
「秋斗君、少し手伝ってくれないか」
「いいですけど。またアッチ絡みですか?」
「いや。まあ、モンスターが絡みではあるのだが。実はね……」
勲の孫娘である奏が通う高校の近くには、大きな公園がある。勲が言うには、その公園に強盗が出るそうなのだ。
「公園に強盗、ですか?」
そう聞き返して、秋斗は訝しんだ。強盗というのだから、何か金目のモノを狙うのだろう。だが公園にそんな金目のモノがあるだろうか。通行人の財布を狙うのかも知れないが、それなら高級腕時計店でも狙ったほうが確実に思える。
「公園での被害は、これまでに二件。どちらも金銭ではなく魔石を狙われている」
「え、魔石が?」
思わず秋斗が聞き返すと、勲は重々しく頷いた。被害者の証言によると、モンスターハントをしていたら目出し帽を被った集団に囲まれ、手に入れた魔石を要求されたのだという。
「で、拒否したら力尽く、ですか……」
やや深刻な顔で秋斗はそう呟いた。被害者はこのとき五人でパーティーを組んでいたという。目出し帽の集団も人数は同じくらい。何より被害者たちは定期的にモンスターハントをしており、つまりそれ相応に経験値を溜め込んでいる。レベルアップも実感していたという話で、だからこそ要求も拒否したのだ。
しかし結果はボロ負け。一方的にボコられ、最終的には稼いだ魔石を献上して見逃して貰ったという。つまりそれだけ実力差があったのだ。もちろん目出し帽の集団のほうが格上である。あるいは隠れていた仲間が途中から参戦したという可能性もあるが、それはそれで厄介だ。
(ただ……)
そう、ただ。こう言ってはなんだが、モンスターハンター同士のイザコザはありふれている。レベルアップした連中が曲がりなりにも武器を持ち、その上戦闘後ともなれば気が立っている。ちょっとしたきっかけで暴力沙汰に発展するのはむしろ当然と言って良い。その際のオトシマエとして魔石をやり取りするのはハンターの常識だとかなんとか。
秋斗もその辺の知識は持っている。主に顔の広い友人経由で。彼自身はそういう現場に遭遇したことはないが、良く聞く話ではある。だからこそあまり危機感は抱かない。ただ今回の件がただのケンカというわけではなさそうなのも、話を聞いて分かっている。
[全員が最初から目出し帽を被っていたということは、計画的な犯行ということ。正確な人数は不明だが、ハンター五人を一方的に制圧できるなら、腕は立つ方だろう。同じ公園で二回という話だが、これは別の場所でもやっていると思った方がいいな]
シキの簡単な分析に、秋斗も心の中で頷く。ただ分からないのは、「なぜ魔石を狙うのか?」という点だ。最近の買い取り価格は初期のように高くはない。また魔石を奪うだけでは経験値は稼げない。換金目的では無いと思うのだが、では一体何が目的なのか、ちょっと見当が付かない。とはいえいま重要なのはそこではない。
「……それで勲さんとしてはそいつらを捕まえたい、ってことですか?」
「うむ。まあそうだね。その公園は奏も良く通るし、ちょっと心配でね」
おじいちゃんの顔をしながら、勲はそう答えた。前述した通り、モンスターハンター同士のイザコザはありふれている。警察も傷害や「魔石のやり取り」くらいだとなかなか動いてくれない。もっともこれは警察が怠惰なのではなく、他の案件で忙しすぎて手が回らない為だが。ともかく何とかしたいのなら「自衛」するしかない、ということだ。
「良いですよ。付き合います」
「ありがとう。助かるよ」
ほっとした顔で勲が礼を言う。そして次の日、お昼過ぎから秋斗と勲は件の公園へ向かった。二人はまず普通にモンスターハントを行う。この公園は広く、そのためか東京でも有数の狩り場だと聞いている。だが二人が歩き回って見た限り、人影は少ない。勲は顔をしかめながらこう呟いた。
「これは……。二回という話だったが、実際にはもっと多いのかも知れない……」
つまり強盗団が跋扈するようになり、ハンターが他の場所へ逃げたということだ。秋斗も険しい顔をしながら頷く。表に出ていない犯行が多数あるというのは、ありえる話だ。ただ周囲に人がいないというのは、二人にとってはありがたい。強盗団を返り討ちにする光景は、あまり見られたいものではないのだ。
「それにしても……、その眼鏡はすごいね」
勲が秋斗の方を見ながら苦笑気味にそう言う。秋斗は普段はかけない眼鏡をかけていた。それもただの眼鏡ではない。アナザーワールドで手に入れた、「認識阻害メガネ」である。その効果は「メガネしか印象に残らなくなる」というもの。その効果を勲は実感していた。
何しろ秋斗の顔を見ても、「ああ、メガネをかけているな」としか思えないのだ。秋斗の事をよく知っていて、メガネのことも知っているにも関わらず。しかもそのことに違和感を覚えない。不思議だと思わない。気を抜けばスルーしてしまいそうになる。そのことを恐ろしく思う一方、「なんでメガネにそこまでの能力を……?」とも思ってしまう。
「こんな時でもないと使い道がなくって……。勲さんはこういうアイテムは持っていないんですか?」
「『パーティー用グルグル眼鏡』というのがあるよ。効果は『違和感がない』。奏相手に使ってみたことがあるけど、『違和感ない』と言っていたね。ただ、ここで使うのは躊躇われるよ」
「たしかに。でもなんでこんなにメガネ推しなんですかね?」
「それだけ顔面が人の第一印象を決めるということではないかな」
そんなことを話しながら、秋斗と勲はモンスターハントを続けた。二人とも経験値は十分すぎるほど稼いでいる。二人は危なげなくモンスターを狩り、魔石を集めた。徐々に日が陰り、少なかった人の姿がさらに少なくなる。完全に日が沈むと公園内は一気に暗くなった。破損している街灯が多いからだ。そしてついに、獲物が網にかかる。
[アキ、来たぞ。囲まれている]
シキがそう言うのと同時に、秋斗の視界に俯瞰図が映し出される。そこには赤いドットが七つ映っていた。六つが距離を取りながら二人を囲んでおり、もう一つがさらに離れた場所にある。秋斗は勲と並び、小声で「七人です」と告げた。勲が小さく頷くのと同時に、最初の一人が彼らの進行方向から現われた。
聞いていた通り、目出し帽を被っている。ヘルメットとヘッドライトはこの暗さでは必要かも知れない。ただ俯瞰図では周囲の赤いドットも一緒に動き始めている。「明かりで相手の意識を引きつけるという意図もあるのかな」と秋斗は思った。
「どうもこんばんは。稼げましたか?」
相手の男はまずそう親しげに話しかけてきた。手には鉄パイプを持っているが、昨今この程度の武器は普通である。実際に手を出してきたならともかく、話しかけてきただけでは強盗団とは断定できない。それで勲がこう応じた。
「こんばんは。稼ぎは、まあボチボチだね」
「ははは、ご謙遜を。見てましたよ、結構長くハントをされてましたよね?」
「……少し疲れたのでね。暗くなってしまったし、そろそろ帰ろうかと思っていたところだよ」
「では、魔石は置いていってもらいたい」
目出し帽の男がそう言うと、仲間が一斉に距離を詰めて二人を囲んだ。ただし七人目だけは動いていない。六人中ヘッドライトを付けているのは最初の一人だけで、後の五人は暗がりに紛れながらプレッシャーだけかけてくる。
「君たちが噂の強盗団か」
「魔石さえ置いていって貰えれば、痛い思いをせずに済みますよ」
「……なぜ魔石を? 換金したところで、今のレートでは大した額にはならないだろう」
事実上の自白が取れたところで、勲は目出し帽の男にそう尋ねた。すると彼は身体を仰け反らせながら笑い声を上げる。そしてバカにした口調でこう答えた。
「これだから老害は……。教えてあげますよ。今の文明は遠からず滅びます。そうなれば円もドルもただの紙切れ。金だってどうなるかわからない。その時、価値のあるモノは一体何か。魔石ですよ。唯一モンスターに対して有効であることが確認されている、ね」
「なるほど」
「あとは狩り場の独占という意味もあります。魔石も稼げますし、レベルアップしておくことに越したことはありませんから。で、これだけ喋ったんです。さっさと魔石を寄越して下さいよ」
口の端を歪に歪めながら、男はそう要求した。
リーダー「夏どうしようかなぁ。目出し帽、暑いんだよなぁ」




