ゼファーとシドリム3
「シドリム、これを見てくれないか」
「ゼファー、どうしたんだ?」
自分の仕事部屋でデータをまとめていたシドリムは、友人に名前を呼ばれて顔を上げた。そしてゼファーが差し出すタブレットを受け取る。そしてそこに書かれた内容を確認していく。画面をスクロールする彼の表情は徐々に真剣なものになっていった。
「なるほど、システムを利用するのか。考えたな」
「考えたというほどのものじゃない。ボツになった案を見直しただけだ」
肩をすくめながらゼファーはそう答えた。ただ彼の眼に卑下する色は浮かんでいない。むしろ彼はここ最近気落ち気味だったのに、今は活力を取り戻している。「分かりやすいヤツめ」と、シドリムは内心で苦笑した。
ゼファーがシドリムに見せたモノ。それは、アナザーワールドとリアルワールドを繋ぐ次元抗に差し込むはずだったフィルターの、その機能の代わりを用意するためのプランだった。
本来用意されるはずだったフィルター、それはリアルワールドに強力なモンスターが出現するのを抑制するためのものだった。しかし何者かの陰謀によって、計画の最終段階でそのフィルターに関する部分はごっそり削除されてしまった。
アナザーワールドはモンスターの物量によって押しつぶされた。だが強すぎて討伐できなかったモンスターはいない。綱渡りであろうとも、ともかく全てのモンスターは討伐可能であったのだ。
アナザーワールドにそれだけのポテンシャルがあったのは、一言で言えば歩んできた歴史のおかげである。だがリアルワールドにはモンスターに対抗するためのノウハウも、魔素を利用するための技術の蓄積も何もない。言い方を変えれば、討伐可能なモンスターのレベルはどうしても低くなる。
アナザーワールド的にはどうと言うこともないモンスターでも、リアルワールドに出現すれば「破滅の使者」になりえるのだ。だからこそフィルターはどうしても必要だとゼファーは考える。そしてフィルターが取り除かれていたことを知ったその日から、彼は代替案についてずっと考え続けていた。
彼が利用すること考えたのは、シドリムが言うところの「システム」。正式名称はもっと長いのだが、要するにリアルワールドの人たちをコチラへ招いて活動させるために用意した、あのシステムである。
システムに多数の機能があるが、ゼファーが着目したのはクエストなどで人為的にモンスターを出現させるための機能。この機能を使えば、出現させるモンスターをかなり詳細にデザインすることができる。
無論、普段からそこまで細かくモンスターをデザインすることはまずない。大雑把な条件だけ設定して、あとはオートでプログラムを走らせるというのが、通常の使い方だ。つまり弱いモンスターばかりを出現させることも、理論上は可能なのだ。
ただアナザーワールドに関して言えば、理論上は可能でも実際には不可能である。なぜなら魔素の量が多すぎてシステムでは扱いきれないからだ。余った魔素から強力なモンスターは自然発生してしまう。かといって全てを制御できるようなシステムを用意しようとすると、巨大になりすぎてそもそも構築不可能。ゆえにこの案は意味がないとされてきた。
だがリアルワールドに限ればどうか。リアルワールドに限れば対象とするべき魔素の量は少なくなる。なぜなら「リアルワールドに迂回させるべき魔素の量」というのは、「アナザーワールドに流入する全魔素量」から「アナザーワールドで消費される魔素量」を差し引いた分だからだ。
もちろんこれも決して少なくはない。いや大量であると言わなければならないだろう。さらに今後も流入量は徐々に増えていくことが予測されている。だがそれでもシステムを使って最低限の条件付けをすることは可能に思われた。
「なるほどな。迂回路の入り口がほぼ固定された今なら、システムの変更は最小限で済む、か。アップデートはこれまでもしてきたし、確かに不可能ではないな」
「だろう? ただここがちょっとな……」
「どれ。……これなら……」
「ああ、そうか、その手があったか……」
二人はしばらく技術的な会話を続けた。そうやって案をブラッシュアップして、プランの完成に目途を付けていく。そして技術的な検証が一段落したところで、シドリムは一服するためにコーヒーを淹れる。それを飲みながら、彼はこのプランのもう一つの課題をこう指摘した。
「ところでゼファー。このプランだがどこに持ち込むつもりだ」
「そりゃ、まずは上に見せて……」
「多分だがな、上に見せたら握り潰されるぞ」
シドリムにそう言われ、ゼファーは難しい顔をした。だがその言葉を否定することはしない。彼自身、その可能性は考えていたのだ。
何しろ正規の報告書に堂々とフィルターを削除したことを載せているのだ。手続き自体は正規の手順を踏んだわけで、少なくともそれが可能な権限レベルの者が賛同していることになる。その者がゼファーの案を握り潰すというのは、十分にあり得ることだ。
「なら、シドリム。どうすればいい?」
「握り潰させないために、同等以上の権限を持つ方のところへ話を通しておいた方がいいだろう。むしろその方から話をしてもらった方が良いかもしれない」
「そういう政治ゲームは嫌いなんだが……」
「私だって嫌いさ。むしろ好きな科学者なんていないだろ」
「言いだしたのは君じゃないか」
「嫌いでもやらなきゃ研究に予算が回ってこないのさ。そもそもこの程度のことは初歩だぞ。ゼファーにも是非覚えてもらいたいものだ」
「人には得手不得手があるものだよ。……それで、誰に話を通す?」
「バルフェット議員はどうだ?」
「バルフェット議員か。評議会の良識派だな。良いと思う」
ゼファーは一つ頷いてそう答えた。この世界の人々はスペースコロニーで生活している。そして一つ一つのコロニーが自治権を持ち、行政が行われている。そしてさらにコロニー間の対立の調停や、多数のコロニーひいては人類全体が関わる問題を扱う為に「人類議会」が置かれていた。
バルフェットはその人類議会の議員である。そして人類議会の重要な機関である「安全保障評議会」のメンバーだった。ちなみに第二次次元坑掘削計画に予算執行しているのはこの安全保障評議会である。
ゼファーとシドリムもバルフェットとは面識がある。ゼファーが言ったとおり彼は良識派として知られており、第二次次元坑掘削計画についてはその必要性を認めつつも心を痛めていた。
ゼファーは例のフィルターについて説明したときに、彼が何度も頷いていたのを覚えている。また彼は人類議会の重鎮と言って良く、確かに彼が味方になってくれるなら、二人は妨害を心配せずにプランを実行できるだろう。
二人は早速、バルフェットと面会するためのアポを取った。計画に関する話だと思ったのだろう。彼はすぐに時間を取ってくれた。そして約束の時間、二人は慣れないスーツを着てバルフェットの事務室を訪れた。二人を出迎えると、バルフェットはまずコーヒーを出す。そしてそれを一口啜ってからこう切り出した。
「お二人が揃ってこちらにいらっしゃるとは。何かありましたかな?」
「バルフェット議員、お時間を取っていただきありがとうございます。まずはこれをご覧ください」
そう言ってシドリムはタブレットをバルフェットに見せる。画面をスクロールしていくと、あるところで彼の表情が強張った。例のフィルターが削除されていることに、彼も気付いたのだ。
「これは……!」
「はい。今日はその件でお伺いしました」
「お伺いしましょう」
そう言ってバルフェットは身を乗り出した。彼の眼には義憤が浮かんでいる。その反応に、ゼファーとシドリムは手応えを感じる。そしてまずはシドリムがこう切り出した。
「この件を咎めるのは、残念ながら難しいと考えています。この程度の変更であれば、責任者の職権の範囲内と言い張るでしょう。追求したとして、のらりくらりとかわされる」
「確かに、明確に黒とは言い難い。グレーだが計画の性質上、追及しようにも大っぴらにはできない。結果、時間だけが過ぎ、最終的には有耶無耶にされる。恐らくはそこまで織り込み済みです」
「はい。そして我々が手をこまねいている間に、向こうでは被害が出るわけです。これを画策した者の思惑通りに」
「ではどうしますかな?」
「追及云々はこの際重要ではありません。重要なのは善後策。ただ今の段階から新たにフィルターを追加することは難しいと言わざるを得ません。計画全体に悪影響が及びかねない。提案してもそれを理由に却下されるでしょう」
「でしょうな」
「それで代わりのプランを用意しました。システムを利用します。こちらをご覧ください」
そう言ってゼファーは自分のタブレットをバルフェットに見せた。そしてシドリムと考えてきたプランを説明する。バルフェットは何度も頷きながらその説明を聞いた。
「なるほど。良くできたプランだと思います。ただ一つ、懸念があります」
「何でしょうか?」
「システムを利用するのであれば、今後のアップデート次第では、強力なモンスターばかりを出現させることも可能なのではありませんか?」
「それは……、確かにそうです。ですが私は人間の良識というものを信じたい」
「ロマンチストですな、博士は」
バルフェットの口調はゼファーを揶揄するようではなかった。むしろ好意的ですらある。そして彼はコーヒーを一口飲んでから、真剣な顔をしてこう言った。
「プランのことは分かりました。それで、私は何をすれば良いのですかな?」
「根回しをお願いしたいのです。今度こそ邪魔が入らないように」
「分かりました。やりましょう」
バルフェットはそう即答した。ゼファーとシドリムが「ありがとうございます」と言って頭を下げる。そんな二人に彼はふっと表情を緩ませてからこう語り始めた。
「私たちの世代は、宇宙移民の一世から直接話を聞くことができた最後の世代です。私が良く話を聞いたのは祖父でした。祖父は良くいっていましたよ、『人も国も自分の事ばかり考えていた。だが世界というのはどうも、それで上手くいくようにはできていないらしい。だからこその今なのだ』と。私はもうすぐ八十になりますが、最近ようやくこの言葉の意味が分かるようになってきました」
「身につまされるお言葉です」
「そう言えるだけご立派です。私も信じられそうな気がしてきましたよ、人間の良識というものを」
そう言ってバルフェットは穏やかに微笑むのだった。
ゼファー「研究だけしていたい」
シドリム「残念ながら研究には予算が必要だ」




