二大モンスター1
アナザーワールドは魔素によって滅びた。それは間違いない。ただ魔素による環境の変化は滅亡の要因の一つではあるが、より直接的に人々を苦しめたのはやはりモンスターだった。
ではどのようなモンスターが、あるいはモンスターのどのような性質が、人々を苦しめ文明を崩壊へ追いやったのか。主に三点を挙げることができる。
一点目は出現数に際限がないこと。モンスターはどれだけ討伐しようとも絶滅するということがない。対処しきれなくなった瞬間に崩壊が始まるのだ。端的に言ってアナザーワールドはモンスターの物量に耐えきれなくなったと言って良い。
ただし滅亡を早めた要因は別にある。それが二点目と三点目だ。まず二点目だが、モンスターの出現場所が完全にランダムであることが挙げられる。もちろんモンスターが出現しやすい場所、しにくい場所というのはある。そういう意味では出現率には偏りがあった。
だがまったく出現しない場所、というのはなかった。アナザーワールドにおいてはモンスターの出現率を下げるための研究もされたが、魔素の絶対量が増えるにつれて開発された装置も効力を発揮しなくなった。どこもかしこも等しく危険になったのだ。
すると、出現してはいけない場所にもモンスターは出現することになる。公共交通機関の司令室、発電施設の中枢、危険物の保管庫などなど。クリティカルな場所にモンスターが直接出現することで、それは単純な人間への攻撃というだけでなく、社会そのものへの攻撃という側面を持つようになったのだ。
三点目は強力なモンスターの出現である。アナザーワールドにおいて、討伐できないモンスターというのはついぞ出現しなかった。ただし討伐に苦労するモンスターというのは、何体も現われている。そしてこの場合の「苦労」というのは、「多大な犠牲を伴う」という意味だった。
多くの場合、このようなモンスターには名前が付けられ「ネームド・モンスター」と分類された。そしてネームドは通常兵器が効かないことがほとんどで、さらに特殊な性質を持っている場合などには、特注の「決戦兵器」が必要になる場合さえあった。
多大な犠牲を払って足止めしつつ、その間に決戦兵器を急造し、完成したならばテストもそこそこに実戦投入して討伐を試みる。そんな綱渡りの作戦が繰り返された。これが物語なら、討伐が成功してめでたしめでたし、で終わるだろう。
だが現実はそうそう上手く行くものではない。討伐に失敗し、新たな決戦兵器の製造からやり直さなければならないことも多々あった。当然、その間にはまた追加の犠牲を払うことになる。
さらに討伐に成功しても「めでたしめでたし」では終わらない。現実には続きがあるのだ。一週間後くらいに同格のモンスターが新たに出現したりすることもあり、「ふざけんなバカヤロウ!」の叫びが世界中にこだました。
アナザーワールドが経験した歴史は、リアルワールドにとっては目の前に敷かれたレールといえる。つまりこれからたどる歴史だ。だがアナザーワールドとリアルワールドでは前提が異なる。リアルワールドのほうが置かれた状況はともかく、手持ちのカードは厳しいと言わざるを得ない。
アナザーワールドにおいて魔素は有史以来ずっと存在しているエネルギーだった。当然、大昔から研究が行われていて、関連分野も含めて知識や技術は分厚く蓄積されている。そしてそれらの知見は間違いなく活用された。
それらが大きく結実した分野の一つが、魔道兵器である。つまり魔素をエネルギー源とする兵器だ。これらの兵器はモンスターと相性が良く、その討伐に大きく力を発揮した。前述した決戦兵器は全て魔道兵器の類いであり、その点からもこれらの兵器がアナザーワールドの人々の命脈を保つことに寄与したのは明らかである。
一方でリアルワールドはどうか。瘴気(魔素)が存在するようになったのはここ数年のことである。つまり知識や技術の蓄積はない。何もかもが手探りの状態だ。そして使用している兵器のほとんど全てが瘴気とは関係のないもので、つまりモンスターとの相性が悪い。
幸いにしてこれまでのところは、「討伐できないモンスター」は現われていない。相性が悪いとはいえ、リアルワールドの兵器はモンスターにも通用しているのだ。だがダークネス・カーテンが現われ、瘴気の量は爆発的に増加している。今後、これまでになく強力なモンスターが出現する可能性は否定できない。
強力なモンスターを相手にする場合、討伐の難易度を上げるのは敵の攻撃力よりもむしろ防御力である。攻撃力が高いだけなら、犠牲を覚悟すれば討伐はできる。だが防御力が高くて手持ちの兵器が通用しないとなると、対抗策(決戦兵器)を開発するところから始めなければならなくなる。
アナザーワールドについて言えば、兵器の出力を上げることは比較的容易だった。魔道兵器のエネルギー源である魔素は溢れかえっていたからだ。筐体の強度などの問題はあったにせよ、「エネルギー源をどうするか?」について科学者達が頭を悩ませる必要はなかったわけである。
リアルワールドの場合はどうか。前述した通り、リアルワールドの場合、瘴気(魔素)やその関連分野についての知見の蓄積は何もない。つまり当面、モンスターを討伐するには破壊力でゴリ押しするしかない。
ではリアルワールドにおいて最強の破壊力を誇る兵器は一体何か。それは核である。よって通常兵器が通用しないモンスターが現われた場合、リアルワールドでは核兵器が使用される可能性があるわけだ。
核兵器を使用して、それで対象モンスターを討伐できるならまだ良い。だがもしも討伐できなかったら? その時、リアルワールドの人類にはもう対抗策がないことになる。人類はパワーバランスの頂点から陥落するのだ。
あるいはその時こそ、世界の終わりが始まるのかも知れない。
- * -
夏休みが終わった。秋斗にとっては大学二年生の二学期が始まる。ただしその幕開けは、残念ながら幸先の明るいものとはならなかった。
日本においてはダークネス・カーテンの影響が色濃い。物価の上昇は今更として、今年の夏は電力が足りず、東日本大震災以来の計画停電を行う事態になった。
それでも夏はまだ太陽光発電の稼働率が上がるのでマシである。問題は冬だ。今年の冬、果たしてエネルギーは足りるのか。関係者のみならず、国民の大多数も今から頭を痛めている。
「このままは日本社会が死んでしまう!」
「原発を動かすべきだ!」
「だが稼働中の原発にモンスターが出現したらどうする?」
「安全は確保できるのか?」
色々な意見は聞こえてくるが、結論は一向にでない。メディアは「丁寧な議論」を呼びかけるが、その時間が残されているのか、秋斗はちょっと疑問だった。
このほかにも食糧問題など、瘴気(魔素)とモンスターに由来する問題は山積みである。世間の雰囲気が暗くなるもの無理はない。そしてそれらの問題は秋斗の周囲にも確実に影を落としていた。
「アキ、聞いたか?」
秋斗の隣に座るなりそう切り出したのは、彼の友人の三原誠二だった。秋斗が苦笑しながら「何を?」と聞き返すと、誠二は続けてこう語った。
「西岡のヤツ、休学するらしいぞ」
「え、初めて聞いた。なんで?」
「なんでも親父さんがモンスター関連の事故で死んじまったらしい。いや、関連とは言ってたけど、もしかしたら殺されたのかもな。それで地元に戻って工場を継ぐとさ」
「そっか……」
「ただこのご時世だし、工場も経営が厳しいから、他所に迷惑かけるまえにたたもうか、みたいな話もあるんだと」
「でもたたむんなら、わざわざ継がなくてもいい気がするけど」
「そこはまあ、いろいろあるんだろ。実際にたたむかも分かんねぇし。あとはほら、後継者って肩書きが必要なんじゃねぇの?」
誠二がそう言うと、秋斗は「なるほど」と言って一応納得した。全ての事情を知っているわけではないのだ。当事者が決めたことにとやかく言うことはできない。
だがもしも瘴気やモンスターのことがなければ、西岡の父が死ぬことも彼が休学することもなかっただろう。そう思うと秋斗はやるせなかった。
「欠席者が多いな……」
講義が始まり出欠を取ると、担当の教授はそう呟いた。軽く教室のなかを見渡せば、明らかに一学期の頃よりも出席人数が減っている。彼らは単に体調を崩したわけではない。有り体に言ってしまえば、彼らは学ぶ意義を見失ってしまったのだ。
(分からなくは、ないよなぁ)
秋斗としてもそう思ってしまう。彼自身、「こんなことをしている場合なのか?」と思ってしまうのだ。最近はバイクにもあまり乗っていない。だがその一方で何をすれば良いのか、よく分からない。またアナザーワールドへ行けば時間はいくらでもある。それでこうして講義に出ている次第だった。
ちなみにだが、この点で言えば百合子は強かった。
『音楽をやる。そしてバイオリンを弾く。それが私の生き方よ』
彼女はそう言い切っていた。「それでいいのか」と思う反面、秋斗はその迷いの無さがうらやましい。ハッキリとした目的意識を持っているので、彼女はぶれない。それを「強い」と思うのだ。
勲はと言えば、彼も嘆くばかりではない。会長職に退いた彼だが、この緊急事態にあって再び経営に深く関わり、会社の舵取りを行っている。一代で会社を大きくしたその手腕は健在で、佐伯商事は少額ながらも黒字を維持していた。
また彼は孫娘の奏を鍛えることにも力を注いでいて、何と彼女のモンスター討伐数はクラスで一番だという。そのせいなのか、「同性から告白されると困っちゃいます」と彼女は語っていた。
そんな中で、秋斗は自分だけが足踏みをしているように感じてしまう。周りの環境も人々も、どんどん変わっていく。もがくようにして生きている人たちを見ると、自分は核心の近くにいるはずなのに、何もしないでいることが申し訳なくなってくる。
(でも……)
そう、でも。軽々しく決めるべきではないとも思うのだ。一度決めれば、たぶんその影響は大きい。だからしっかりと考えなければと思う反面、それは逃避ではないかとも思ってしまう。頭の中がグチャグチャになって何もまとまらないまま、時間だけが過ぎていく。そしてそのことに焦るのだ。
だが世界の情勢は彼の決断を待ってはくれない。いや、彼に決断を迫る、と言えばいいのか。
ついに現われたのだ。人類の手にあまるモンスターが。それも二体が同時期に。後に「バハムート」と「リヴァイアサン」と呼ばれる事になるこれらのモンスターは、人類を絶望させるだけの力を持っていた。
秋斗「ガソリン代も高くってさ……」




