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World End をもう一度  作者: 新月 乙夜
決壊

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悲しみのアリス3


「……それで?」


 説明を終えたアリスが口を閉じると、秋斗は彼女にそう尋ねた。ここまでで彼女が語ったのは、いわば現状に至るまでの説明。確かに重大な情報だが、音信不通になるほどだとは思えない。


 なによりアリスは次元結晶の研究をしていたはず。そして彼女は「次元結晶を使えば次元の坑を塞げるかもしれない」と言っていた。ならばあるはずなのだ。その話の先が。そう思いながら秋斗が視線に力を込めると、彼女は諦めたように息を吐いてから再び口を開いて話し始めた。


「……結論から言えば、次元結晶を使えば次元抗を塞ぐことは可能じゃ」


「っ!」


 アリスがずばりと口にしたその結論に、秋斗は大きく目を見開いた。怒りもどこかへ吹き飛んでしまった。彼はアリスへ期待に満ちた視線を向けながら、上手く回らない口で言葉を紡ぐ。


「ほ、本当、なのか……!?」


「うむ。これまでの研究の成果じゃ。そのための術式も開発した。受け取るが良い。お主にはその権利がある」


 そう言ってアリスはテーブルの上に分厚い紙の束を載せた。そのレポートを秋斗は震える手で恐る恐る受け取る。ありがたいことにレポートは日本語で書かれていた。もっとも斜め読みした限りちんぷんかんぷんだが。だがシキの声が彼の頭の中に響いてこう言う。


[凄いぞ、アキ、コレは]


「そんなに凄いのか?」


[ああ。もちろん精読する必要はあるが、いやしかし本当にこれは……!]


 シキは感嘆しきりだった。シキがこれほどの反応を示すのだから、このレポートの内容が画期的であることは間違いないのだろう。そしてアリスがウソをついているとは思えない。ということは本当に、次元結晶を使えば次元抗を塞ぐことができるのだ。


「じゃ、じゃあ、すぐに……!」


 満面の笑みを浮かべて、秋斗は立ち上がった。方法論は目の前にあるのだ。あとはそれを実行するだけである。もしかしたら次元結晶が足りないかもしれないが、それなら必要なだけ切り出してくればいい。


 彼は前のめりになっていた。先走っていたと言っても良い。だがそれも仕方がない。リアルワールドの状況は悪くなる一方だし、その原因の片棒を彼も担がされていたことが明らかになったのだ。知らなかったこととは言え、知ってしまえば責任を感じずにはいられない。


 そんな中で示された希望。飛びつくなと言う方が無理だろう。だが現実は彼が思う以上に理不尽だった。なぜ術式まで開発したアリスがこうも沈痛にしているのか。彼はそれを考えていなかった。そしてついに、彼女から決定的な一言が告げられる。


「じゃが、それをさせるわけにはいかぬ」


「アリス……? 何を言って……」


「術式はある。次元結晶もある。じゃがそれを使って次元抗を塞ぐことは許さぬ。他でもない、この我が許さぬ」


「アリスッ!」


「次元抗、すなわち魔素を逃がすための迂回路は、この世界の人々が生き延びるためにどうしても必要じゃ。ソレを塞ぐことを看過するは、すなわちこの世界の人類が滅亡するのを看過するに等しい。そのようなことを認めるのは、守護天使たれと願われた我の存在意義に反する」


「アリスッ、お前、何を言っているのか、分かっているのか!?」


 激情のまま、秋斗はそう叫んだ。しかしアリスも退かない。言葉も態度も荒げることはしないが、彼女はもうすでに覚悟を決めている。彼の視線を真っ直ぐに受け止め、そのまま押し返すかのように重々しくこう告げた。


「故に、お主がどうしてもそれを願うというのなら、我は必ずやそれを妨げるであろう。場合によっては、命を奪ってでも」


 アリスが放ったその言葉は、秋斗の心臓を痛烈に打ち据えた。一瞬血の気が引き、怒りも萎む。だが上手く処理できない感情の渦が彼を叫ばせる。


「っ!? 殺すって言うのか、オレを!?」


「そうじゃ。二つの願いは相容れぬ。お主が自分の願いを押し通すというのなら、お主は我を殺さねばならぬ。なあなあにして済ませられるなどとは思うなよ。そのようなこと、我が許さぬ。我は守護天使。救い給えと請われし者である」


 そう言ってアリスは立ち上がり、背中に眩い光の翼を広げた。同時に凄まじいプレッシャーが放たれる。そのプレッシャーは秋斗の怒りを力尽くで押し込めた。アリスの血のように赤い双眸が彼を射貫く。秋斗は彼女がモンスターであることを久しぶりに思い出した。


 そして秋斗は理解した。いや、理解させられてしまった。アリスは本気であると。もし対立することになれば、アリスは間違いなく本気で秋斗を殺しにくるだろう。


 思わず膝をつきそうになるのを堪えながら、秋斗は何とかアリスと殺し合いをしなくて良い道を模索する。そして思いついたアイディアを口にした。


「そ、そうだ! 大元! 魔素が流れ込んでくる大元の次元抗を閉じればいい! そうすればアナザーワールドもリアルワールドも、どっちも助かる!」


「残念ながら不可能じゃ。できるならばすでにやっておる」


「二人でやれば!」


「そういう問題ではない。近づくことすらできぬのじゃ。加えて魔素の濃度が高すぎて術式が干渉を受ける。大元を塞ぐというのは、現実的ではないの」


「……っ」


「それにの、宇宙で暮らすの世界の人々は、エネルギーのほぼ全てを魔素に依存しておる。大元を閉じれば、いずれ彼らの生活が成り立たなくなる。その前に地上へ帰還するという手もあるが、それも難しかろう。そして宇宙でエネルギー不足に陥れば、待っているのは文明の崩壊、すなわち死じゃ。それを認めるわけにはいかぬ」


「じゃあどうしろって言うんだよっ!」


 秋斗は苛立って叫んだ。それじゃあ本当に、もうどうしようもないではないか。アリスと敵対するのか、それともリアルワールドに魔素を流し込むのを看過するのか。そのどちらかしかない。


 秋斗は逃げ出したかった。ダイブアウトして、布団に潜り込んでしまいたかった。そうすれば何もかもなかったことにできるのではないか。彼は本気でそう思った。だがその幼稚な逃げをアリスは許さない。


「選択はいつも突然じゃ。しかし選ばねばならぬ。世界を救う鍵はそこにある。誰が立ち塞がるのかも知った。なぜ立ち塞がるのかも。我はもう選んだ。さあアキトよ、次はお主が選ばねばならぬ」


 アリスは秋斗に選択を迫る。秋斗はもうどうしたらいいのか分からなかった。誰かに改めて言われる必要もない、これは世界の命運を左右する選択だ。それを今、迫られている。その重さに目眩がした。色々な感情がせめぎ合って、頭の中がグチャグチャになる。足下さえグラグラと揺れているような気がした。


「理不尽だっ!」


 秋斗はそう叫んだ。アナザーワールドの人々の身勝手な所業も、それを承知の上で立ち塞がるアリスも、いま選択を迫られているのが自分であることも、何もかもが理不尽で不条理に思えた。彼は顔を歪ませながら奥歯を噛みしめる。力んだ身体が緩慢に動き、右手が竜牙剣の柄を掴んだ。


 アリスはそれを静かに見守る。彼女の顔に苛烈さはなく、かといって能面のように無表情というわけでもない。その瞳は僅かな憂いを帯びながらも、しかし決して揺らぐことはない。翼を広げながらも武器を持つことはなく、ただただ彼女は秋斗の選択を待っていた。


「……なんで、オレにこんな話をしたんだ?」


 目を伏せ、竜牙剣の柄を握ったまま、秋斗はアリスにそう尋ねた。少し考えてみればおかしな話である。彼女の側からすれば、何も知らせずにいた方が都合は良かったはず。それなのに彼女は事情を説明し、その上「次元結晶を使えば次元抗を塞げる」という重大な情報まで公開した。


 それらの情報が秋斗を敵対に至らせるかも知れないことは、アリスも重々承知していたはずだ。彼女が明らかにしなければ、秋斗がそれらの事情を知ることはなかっただろう。つまり彼が敵対することもなくなる。それは分かっていたはず。それなのに彼女は全てをつまびらかに明かした。それは一体なぜなのか。


「全てを秘密にしておく。それを考えなかったわけではない。だがそれはお主に対して不誠実であろうと思った。お主は二つの世界に関わった。お主には選択する権利がある。それを侵すべきではないと思ったのじゃ」


「なんだよ、それ……」


 視線を落としたまま、秋斗はそう呟いた。アリスのやっていることはチグハグで、不器用で、真っ直ぐだ。合理的じゃなくて、理不尽で、不条理で、けれども誠実だ。彼女はすでに覚悟を決めている。だがその覚悟は、決して安易に固めたものではない。そのことはスッと秋斗の腑に落ちた。


(なら、オレは……? オレはどうする……?)


 覚悟を決めなければならない。どのような決断を下すにしろ、それがアリスに対する誠意だろう。ではどの道を選択するのか。


 アリスがこれ以上譲歩することはない。「魔素を逃がすための次元抗は塞がせない」というのが、彼女の譲れない一線だ。その一線を越えることは彼女との敵対を意味している。そして一度敵対すれば、彼女は宣言したとおり容赦なく秋斗を殺すだろう。


 だが流れ込んでくる魔素を遮断しなければ、リアルワールドはいずれアナザーワールドのようになるだろう。いや、それ以前に大きな混乱が起こり多くの人が死ぬ。それを考えただけで、秋斗は心臓を締め付けられるように感じる。


 秋斗にとっては受け入れがたいことだ。何とかそれを避ける方法はないのか。しかし考えても考えても、良いアイディアは出てこない。動悸がして、視界がグラグラと揺れる。その中で右手に握った竜牙剣の柄の感触だけが鮮明だった。


 アリスを殺せば、リアルワールドは助かるのだろうか。グチャグチャになった秋斗の頭の中から、しかし否定の言葉は出てこない。かといって「助かる」という確信があるわけでもない。不確実で不鮮明な未来像。それでも選ばなければならない。


「…………っ」


 秋斗は石畳に膝をついた。そしてそのまま、額を地面にぶつける。“ゴツンッ”と鈍い音がして、アリスは思わずパチクリと目を瞬いた。そんな彼女の視線の先で、秋斗はゆっくりと顔を上げた。額から血を流しながら、彼は激しい目を向けてこう語る。


「力を、貸せっ。魔素の迂回路を塞ぐことはしない。だから、リアルワールドがこの世界の二の舞にならないように、アリスの力を貸せっ!」


「それがお主の選択か。良かろう、そなたが立ち塞がらぬ限り、我はそなたに力を貸そう」


 小さく微笑んで、アリスはそう答えた。そして彼女は秋斗に右手を差し出す。彼はその手を握った。


 手を剣の柄から離して。


シキ「さて、これでどう転ぶかな」

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― 新着の感想 ―
主人公は世界が変わっても身バレしてまで現実に干渉したくない……というスタンスから少し前から極力身バレはしたくないが世界を救いたいという思考になってきた。 物語を進めるためだろうが、話が進むにつれその演…
安全弁を外して禍根を断とうとしたりアキに勝算が1%もないだろうことを把握しておきながら解決手段を図ろうとするなら殺し合いを迫るのを誠意としようとするのはアナザー側は単に罪悪感から逃れたいだけだなあ…
[一言] 誠実とは違くないかなぁ 大体アリスは悩んで結論出しただろうにお前はいますぐ結論だせ!は卑怯に思えます。 まぁ強者の理屈はそんなものでしょうけど。 そも、加害者側が被害者側に加害者の命の為…
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