ニューノーマル2
秋斗が誠二から「スゲー動画」を見せてもらったその日のお昼。午前の講義を終えた二人はどこで昼食を食べようかと話していた。
「購買で弁当買う?」
「いや、学食にしようぜ。昨日ちょうど魔石を換金してきたんだ」
誠二がそう言うので、二人は連れ立って学食へ向かった。彼らが通う大学には学食が二つあり、第一学食は食堂的な雰囲気で、第二学食はカフェ的なイメージとなっている。この日、二人が向かったのは第一学食の方だった。
学科棟の外へ出て、歩き始めて百数十秒後。彼らの向かう先から悲鳴が上がった。何かから逃げるかのように、人の流れが逆流する。彼らは口々に「モンスターだ!」と叫んでいた。それを聞いて秋斗と誠二は顔を見合わせた。
「モ、モンスターかよ!? アキ、ちょっと待って」
誠二はそう言ってリュックサックを地面に下ろす。そしてその中からナイフを取り出そうとした。だが焦っているからなのか、ちょっと手間取る。秋斗はそんな彼に、顔を険しくしながらこう声をかけた。
「……お客さんは待ってくれないみたいだぞ」
「ぅえ!?」
誠二が素っ頓狂な声を上げる。秋斗が睨む先には一体のモンスターがいた。トカゲのようなモンスターで、尾も入れた全長は50cm程か。さほど大きくはないが、そのぶん動きは素早い。そしてそのモンスターの赤い双眸が、動きを止めている二人を捉えた。
「ジャァァァァアアア!」
トカゲのようなモンスターが雄叫びを上げる。そして二人目掛けて突進した。秋斗が誠二を庇うようにして一歩前に出ると、モンスターはまず彼に飛びかかった。秋斗はその体当たりじみた噛付きをヒラリとかわす。さらにモンスターの背中に拳を叩きつけて地面に落とし、そのまま足で踏みつけて動きを封じた。
「ミッチー、止め!」
「お、おう!」
ようやくナイフを取り出した誠二が、その刃をモンスターの両目の間にねじ込む。モンスターは力を失い、そして形も失って黒い光の粒子になって消えた。こうして秋斗と誠二はモンスターを討伐したわけだが、混乱はまだ続いている。どうやら複数のモンスターが出現したらしかった。
「で、どうする? 君子危うきに近寄らずとも言うぞ」
「いやいや、ここは行かないと!」
誠二がそう言うので、二人は逃げてくる人の波に逆らって進んだ。全部で何体のモンスターが出現したのか、それは分からない。だが二人が到着したときには、暴れるモンスターは残り一体だけになっていた。ただその最後の一体はなかなか手強そうである。
「ウシ……?」
「ウシだな。三つ首だけど」
唖然とした様子で呟く誠二に、秋斗は見たままの様子を答える。構内で暴れるモンスターは、四つ足でウシのような頭を三つ持っていた。さらにその身体も大きい。さすがにゾウほどの大きさはないが、それでも普通のホルスタインと比べて一回り以上は大きいように見えた。
その三つ首のモンスターを、何人かの男子学生が武器(金属バットや鉄パイプなど)を構えて囲んでいる。だが彼らが攻めあぐねているのはすぐに分かった。だいたい、秋斗から見たら全員ひどいへっぴり腰だ。仕方がないとは言え、ビビっているのが丸わかりだった。
ただモンスターの方も動くに動けずにいるようだ。しきりに背後を気にする様子を見せている。それを見て秋斗は一旦足を止めると、梱包用のベルトを取り出した。そして先端の金具を使い、手早く輪っかを作る。その輪っかを右手に構えて、彼は駆け出した。
ウシの様なモンスターがいるのは、階段を幾つか上がった先の広い踊り場。モンスターが駆け回って暴れたのか、幾つか崩れた箇所がある。秋斗は足を取られないように階段を駆け上がった。そしてモンスター目掛けて輪っかを投げる。輪っかは見事に三つの首の内の一つを捕らえた。
「ブモォォォォオオオ!?」
三つの内の一つとはいえ、いきなり首を絞められてモンスターは暴れた。秋斗は一瞬だけベルトを引っ張って拮抗状態を作り、それからすぐに手を離す。突然力がすっぽ抜けた格好になったモンスターはバランスを崩して転倒した。
「今だ!」
モンスターを囲んでいた学生のうちの一人が声を上げる。そして得物を振り上げてモンスターへ吶喊した。一拍遅れて他の学生達も動く。秋斗が誠二の方を見ると、彼は迷っている内に出遅れたようだった。
(なんだかなぁ)
秋斗は苦笑しつつも少しホッとした。彼はすぐにモンスターのほうへ視線を戻したが、学生たちの戦い方はなかなか巧みだった。最初に声を上げた学生の指示だろうか、脚を重点的に狙ってまずは起き上がらせないことを徹底している。その間に別の学生が胴体や頭を叩く。やがて袋だたきにされたモンスターは、黒い光の粒子になって消えていった。
学生たちが歓声を上げる。周りで見ていただけの学生達も一緒になって歓声を上げていた。その歓声の中を、秋斗はスルスルと動いた。そして今さっきモンスターを討伐したばかりの学生たちの間に割って入り、こう声をかけた。
「すみません。そのベルト、取って良いですか?」
「あ、ああ! アレは君だったのか。ありがとう、おかげで倒せたよ。あのモンスターの体当たりは結構強烈でさ。何人か弾き飛ばされて、それでなかなか動けなかったんだ。いや、本当に助かった」
例の最初に動いた学生が秋斗にそう答える。まだ興奮が冷めないのか、やや早口である。見たことのない顔なので、他学科の学生だろうか。もしかしたら先輩かもしれない。彼は梱包用ベルトを拾うとそれを秋斗に渡し、それからやや探るような目つきをしてさらにこう続けた。
「それでその、まあ要するに、魔石は一つしかないわけなんだが……」
彼は少し言いにくそうにしながら苦笑を浮かべた。秋斗はすぐに彼の言いたいことを察した。要するに報酬の分配だ。魔石は一つしかないのに、討伐参加者は複数人いる。事はお金が絡むだけに、全員を納得させるのは面倒だろう。そしてそこへ首を突っ込むのも面倒だ。それで秋斗はこう答えた。
「あ~、それならオレはいいですよ。遠慮します」
「そうか。いや、助かる。いや助かるというのもヘンかな」
男子学生がホッとした表情を浮かべる。もしかしたら彼はプライベートでもモンスター・ハントをしていて、取り分や報酬のことでもめたことがあるのかも知れない。秋斗は何となくそう思った。
これから話し合うらしい彼らのところを離れ、秋斗は誠二と合流した。誠二はもうナイフを片付けている。ただ表情は少し居心地が悪そうだ。秋斗は「はて?」と首をかしげ、それから「ああ!」と手を打った。どうやら秋斗と男子学生の会話が聞こえたらしい。秋斗はわざとらしくにっこりと笑い、誠二にこう声をかけた。
「ミッチー。あのトカゲっぽいモンスターの魔石だけど」
「ちゃ、ちゃんと回収してあるぞ」
「じゃあソレ、ミッチーにやるから。今日の昼メシ奢れ」
「お、おう! 任せとけ!」
誠二はパッと笑顔を浮かべた。秋斗は現金な彼に苦笑する。誠二はそれを誤魔化すようにしながら、秋斗の背中を押して第一学食のほうへ向かった。
幸いにして第一学食はモンスターの被害を受けておらず、平常通りに営業していた。ただ学生の入りはいつもより少ない。逃げたのか、もしくは野次馬に行ったのか。何にしてもこれはモンスターのせいだろう。
とはいえモンスターはもう全て駆除されたようだし、これからすぐに多数の学生が押し寄せるだろう。秋斗と誠二は手早く日替わりランチを頼み、会計を済ませて席を取る。二人は向かい合って昼食を食べ始めた。話題に上るのはやはりさっきのモンスター騒動だ。
「さっきのモンスターだけど、全部で四体が現われたらしいぞ」
「へえ。一体ずつ?」
「そこまで聞かなかったけど。あ、いや、一気に現われたって言ってたな」
と言うことは、一体ずつではなく一度に四体全てが現われたのかもしれない。モンスターがそういう現れ方をしたところを、秋斗は見たことがない。瘴気(魔素)が増えているせいかな、と彼は思った。
「それはそうとさっきのアレ、アキはやっぱスゲーな」
「いや、オレが倒したわけじゃないぞ」
「カウボーイみたいだったぜ。動画撮ってたら、『カウボーイマン』で投稿してやったのに」
「やめろください」
秋斗が本気でイヤそうな顔をすると、誠二は楽しそうにニヤニヤと笑った。まあ彼の場合はただの冗談だ。だがもしもあの場面を誰かがスマホで撮影していたら、そしてそれを勝手に投稿されてしまったら、冗談では済まなくなるかもしれない。
[わたしの知覚できる範囲では、スマホを構えている者はいなかったぞ]
(そいつは朗報)
内心で肩をすくめながら、秋斗はシキにそう答えた。だがシキの知覚範囲外、例えば建物の二階や三階から撮影されていた可能性はゼロではない。誰もが発信者になれる世界は、こういう時にはひどく厄介だ。
「アキ、そんなにイヤなのか?」
顔をしかめっぱなしにしている秋斗に、誠二が苦笑しながらそう尋ねる。秋斗は大げさに肩をすくめてこう答えた。
「ああ。オレの肖像権を守って欲しいね」
「大げさじゃね? むしろ有名になれるかも知れないんだぜ?」
「じゃ、次にミッチーが戦ってる場面をオレが撮影しておいてやるよ。で、投稿して広告収入で稼がせてもらう」
「あぁ~、そこまでいくとイヤかも」
「だろ?」
誠二の賛同を得たところで、秋斗はご飯を口に運んだ。もっとも、彼が本当に嫌がっているのは自分の本当の実力が露見することなのだが。それを避けるために、リアルワールドでは全力の戦闘はしていない。さっきもずいぶんと手を抜いた。だから仮にあの様子を公開されたとしても、それですぐに彼の本当の実力がバレてしまうことはないだろう。だが……。
(ま、これ以上は気にしても仕方がない、か)
どのみち、秋斗にできる事は何もない。そう思い秋斗は頭を切り替え、おかずのメンチカツに箸を伸ばす。カラリと揚がった衣がサクッと割れるその食感は、彼の心を軽くしてくれた。
秋斗「シキさんはいいよな、肖像権は関係ないから」
シキ「今度AIで作成するかな」




