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World End をもう一度  作者: 新月 乙夜
決壊

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ダークネス・カーテン後2


「さて、どうしたものか……」


 官僚としてモンスター対策に従事している前川昇は、パソコンの前で腕組みをしながら悩ましげにそう呟いた。パソコンの画面に表示されているのは、彼が書いている報告書。ただし最終的なものではなく、中間報告書的な位置づけだ。そこには首都圏を直撃したダークネス・カーテンに関するアレコレや、海外の事例を調べてまとめてある。


 色々と書いてあるが、彼を悩ませているのは主に二つ。「モンスターの大多数は屋外に出現した」、そして「モンスターは屋外にいる人間を優先的に襲う傾向がある」という点である。


 前提として、日本政府はダークネス・カーテンへの対応として、国民には屋内退避を推奨している。上記の二点を踏まえれば、これは正しい対応だと言えるだろう。だがパーフェクトとは言い難い。なぜなら屋外に誰もいない場合、モンスターは屋内の人間を襲うからだ。実際、先日のダークネス・カーテンではこの例が多発している。


 つまり屋内退避した民間人の安全を守るためには、屋外で囮となる者が必要なのだ。そしてその囮となるべきなのは、警察や自衛隊。討伐を担う彼らにモンスターが引き寄せられるのは、かえって都合がよい。それで彼らに自分たちだけでモンスターを掃討できるだけの力があるのなら、この報告書には大きな価値があると言えるだろう。


『モンスターは警察と自衛隊が全て退治します。国民の皆様は安心して屋内に退避していて下さい』。そう言うことができるからだ。


 だが実際には、そんなことは不可能である。致命的に人手が足りていない。また突如として現われるダークネス・カーテンに即応して被害を出さないというのは不可能だ。となればこの報告書はまた別の解釈を生むことになるだろう。


『屋外に誰かがいれば、屋内の人たちは守られる。警察や自衛隊が間に合わないのなら、大を生かすために小を切り捨てることはやむを得ない』


 コラテラルダメージ、あるいはトリアージとでも言おうか。率直にそれを口にする者はいないだろう。だが多くの者がそれを考えるに違いない。とはいえそれはもう囮というより生け贄だ。


(この報告書が引き金となって、誰かが生け贄として外へ放り出されるかも知れない……)


 誰だって自分はかわいい。誰だって自分は助かりたい。それが人間の醜い一面というヤツだろう。そして極限状態に置かれた者たちは「誰が死ぬべきなのか?」を考え始める……。まるで出来の悪いスリラーだ。だが昇はその懸念を捨てきれない。


(それを避けるためには……)


 それを避けるためには、結局のところ戦力を拡充するしかない。方策としては二つ。一つ目は民間人の武装を強化すること、そして二つ目は民間のモンスター・ハンターにも協力を要請すること。


 一つ目は主に立て籠もる側の防衛力を強化するのが狙いだ。襲われても跳ね返すだけの力があれば、生け贄うんぬんという話にはならない。また政府としても「籠城戦のほうが安全だから屋内退避をお願いします」と言える。


 二つ目はもっと分かりやすい。つまり警察や自衛隊の人手不足、いや戦力不足を民間の戦力で補うのだ。戦力が足りないのだからそこを補う。発想としては単純だ。ただし現在の政府の方針とは相容れない。


(とはいえ……)


 そう、とはいえ。政府の方針など今現在すでに有名無実と化している。警察と自衛隊だけでは対処仕切れず、民間のモンスター・ハンターたちが多数の戦果を上げているのが現状だ。そしてそのために救われた命は、多分多い。


 救われたのは命だけではない。屋外で戦うハンターたちは、同時に囮の役割も果たしている。彼らがモンスターを引き寄せることで、例えば家屋やインフラ設備などへの被害は軽減されているはず。それも加味すれば、彼らの存在はやはり大きいと言わざるを得ない。


(やはり……)


 ならばやはり、今後は彼らのことも頭数に入れておくべきだろう。そもそも「モンスターの討伐」という観点からすれば、現在すでにハンターの存在はなくてはならないものになっている。それなのにダークネス・カーテンが発生した場合だけ彼らを排除するというのはナンセンスだ。


 仮にモンスター・ハンターを該当地域から排除するのだとしたら、そのための法令が必要になる。だがそのような法令を成立させることは果たして可能なのか。難しいと言わざるを得ない。憲法上可能なのかという問題もあるが、それ以上に「なぜ被害を増やすような法案を通すのか」と野党のみならず国民からも非難を浴びるだろう。


 それに、モンスター・ハンターたちが他の地域から稼ぎに来るのを禁止したとして、該当地域内にいる住民達が自発的にモンスターを退治することは禁止できない。それは「自衛するな」と言うに等しいからだ。つまりモンスター・ハンターは規制できても、自警団は規制できないということになる。そして両者を区別することはほぼ不可能だろう。


 海外に目を向ければ、「積極的自衛」とでも言うべき対応が目立つ。つまり住民が家族や家、地域を守るために行動しているのだ。ただそれが成り立つのは銃を持っているからという点が大きい。だから海外の例をそのまま日本に当てはめることはできない。


 しかしそうだとしても、日本のように「戦わないでください」という対応は極めて異例だ。いや政府が言っているのは「身の安全を守って下さい」ということ。だがそのための具体的な行動が「屋内退避」では、それは「戦わないでください」と言っているのと同じだ。


 いや、無理に「戦え」と強制するよりはマシなのかも知れない。基本方針としての屋内退避はやはり正しいだろう。だがモンスターのように積極的に襲ってくる敵性体の場合、集めた情報からしてもそれだけで上手く対応できるとは思えない。


「さて、どうしたものかな……」


 昇は報告書を前にもう一度そう呟いた。報告書を出さないということはあり得ない。それは彼の職責に反する。だが中途半端に事実だけを書き連ねても、それは建設的とは言えないだろう。


(情報は情報。問題はどう使うかだ)


 昇は報告書にさらに記載を加える。気がかりだった二点を踏まえた上で、今後の対応策を提案するのだ。願わくばこの報告書が被害の軽減に役立つことを。そう思いながら、彼は提案をまとめた。



 - * -



 ――――アリスと連絡がつかない。


 秋斗がそのことに気付いたのは、五月の末頃のことだった。その間、日本はもう一度ダークネス・カーテンの襲来を経験している。ただこの時ダークネス・カーテンが発生したのは海上で、上陸までには時間があったので、警察や自衛隊の移動には幾分かは余裕があった。


 とはいえ上手く対応できたかは怪しい。比較的人口の少ない地域だったこともあり、ひたすら人手(戦力)が足りないという状況だった。駆けつけたモンスター・ハンターも多数いたが、それでも人手は足りずモンスターの掃討には時間がかかった。


 また山地の上空をダークネス・カーテンが通過したことで、人里離れた山林部にも多数のモンスターが出現した。これらのモンスターはいわば時間差を付けて襲来し、その時にはすでに警察や自衛隊の部隊が移動していたために大きな被害が出てしまい、また対応を長引かせることになった。


 さらに厄介だったのは、山林部にどれだけのモンスターが残っているのか分からないことだった。山狩りをするべきか議論され、結局はその余裕がないということで見送られたが、後日登山客がモンスターに襲われるという事件が発生している。ただしそのモンスターがダークネス・カーテン由来であるかは不明。そのため適切な対応であったかは意見が分かれている。


 さてこの時の政府のダークネス・カーテンへの対応には批判が集まった。山狩りに関して、ではない。該当地域の近くの都市部には警察や自衛隊が別に待機していたのだ。これらの戦力は結局投入されることなくダークネス・カーテンは消滅し、それが後日明らかになって批判に繋がったのだ。


「過疎地域の切り捨てだ!」


 批判を一言で要約すればそう言うことだった。巨視的な視点で見れば、あるいは合理性のみを追求するのなら、政府の対応は正しかったかもしれない。だが感情的に受け入れがたいと感じる人が多かったのは仕方がないだろう。


 加えて、都市部に警察と自衛隊を待機させることになった、その経緯も良くなかった。その選挙区から選出されている与党の大物が、首相に直談判して部隊を動かしていたのだ。しかも前述したとおりその部隊は、実際にモンスターを討伐することがなかった。


 政治家の利益や保身のために部隊が動かされ、しかし党内や政権内のパワーバランスのために有効に運用されず、それが被害の拡大に繋がった。そう考える者が多くなるのは当然だろう。政権支持率は危険域であると、あるニュース番組は報じている。


 そういう報道からしても、また実際に肌で感じる空気からしても、ダークネス・カーテンに上手く対応できていないと考える者は多い。そういう人たちは当たり前に不安を感じていて、その不安は社会を萎縮させていた。これは日本に限った話ではない。世界中で不安が社会を蝕んでいる。


「秋斗君。アリス嬢と連絡は……?」


 そう尋ねる勲に、秋斗は無言のまま首を横に振る。勲は力なくうなだれた。少しでも情報が欲しいという彼に頼まれて、秋斗はアリスを呼び出しているのだが、一向に連絡がつかないまますでに一ヶ月以上が経過している。


「秋斗君は彼女にダークネス・カーテンのことを話したのだよね?」


「はい。それで塞げないかっていう話になって、もしかしたらできるかもとは話していたんですけど……」


「もしかしたら、彼女も何か関わっているのではないのかな……?」


「もしそうなら、はっきりそう言うと思いますよ」


 アリスの気っ風を考え、秋斗はそう答えた。勲は小さく「……すまない」と呟く。それから彼は少し寂しそうにこう言った。


「今年の夏休みは、あまり遠出はできそうにないね」


 勲と別れてから、秋斗はバイクを走らせる。連絡の取れないアリスに対し、秋斗も不信感とは言わないが引っ掛かるモノは感じている。検証中ならそれでいいし、塞げないというのであればそれも受け入れるしかない。だが連絡がつかないとはどういうことなのか。トラブルかとも思うが、それよりは「避けられている」と考えた方がしっくりくる。


 では、なぜ?


「くそっ」


 ヘルメットの下で秋斗は小さく悪態をついた。


昇「人手が足りていない。こんなところにも少子化の影響が……。いや違うか」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 祝200話 [一言] 勲さん!そいつめっちゃ情報伏せてますよ!
[一言] どっかに空間跳躍したか……?
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