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World End をもう一度  作者: 新月 乙夜
進学

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推薦入試3


 秋斗が推薦入試を受ける大学は、「都立理工科大学」という。二十三区内ではないとはいえ、東京都内では有数の敷地面積を持つ大学で、調べた限りレベルはまあまあ、設備はなかなかだ。


 推薦入試の課題は三つ、英語、数学、面接である。ちなみに秋斗の通う高校から都立理工科大学の推薦入試を受けた生徒はこれまでになく、そのため学校にはなにも情報がなかった。


(ぎゃぁぁぁぁぁ! まさか英語と数学の課題があるとは……!?)


 当日、その場でその事実に直面し、秋斗は内心でおののいた。今までに調べたことを頭の中でひっくり返してみても、そんな情報はどこにもない。もっとしっかり調べておけば良かった、と彼は内心で激しく後悔した。


[過去問があるわけでもないのだし、準備できることは結局変わらないんじゃないのか?]


(心構えが違うだろ!)


[今日までちゃんと勉強してきた。アキなら大丈夫だ]


(い、いざとなったら頼って良いか?)


[…………本当にどうしようもないなら、な]


 秋斗のテンパり具合があまりにも哀れだったのか、シキはため息を吐きながらそう答えた。いつものシキなら「テストは自分でやれ」と突き放すはずだから、これは大きな譲歩だ。秋斗はようやく平静を取り戻したのだった。


 さて、推薦入試試験は英語、数学、面接の順番で行われ、一つずつ会場を移動して試験を受けることになる。英語の課題では三つの短い例文を与えられ、そのうちの一つを訳してみるようにと言われた。


 秋斗が選んだのは仮想通貨とブロックチェーンシステムについて簡単に解説した例文。実のところ読めない単語が幾つかあったのだが、基礎知識があったので推測しながら答えることができた。英語の能力としてはどうなのかと思ったが、ここは総合力で勝負である。


 数学の課題では、与えられた二次関数のグラフを描くように言われた。因数分解や微分を行う必要があるわけだが、こちらは似たような例題を山ほどこなしてきたので、秋斗は落ち着いて回答することができた。


[自力でできたではないか。だから言っただろう、大丈夫だ、と]


 秋斗の頭の中で、シキの声がからかうように響く。英語も数学も、結局秋斗はシキの力を借りなかった。だから試験は間違いなく彼の実力で受けたことになる。事前に(内心で)大騒ぎしたのに、終わってみれば大したことがなかったわけで、秋斗は苦笑しながら肩をすくめた。


 もっともだからと言って、事前にシキの協力を取り付けていたことが無駄だったとは秋斗も思わない。そのおかげで気持ちに余裕ができたのは事実なのだ。テンパったまま試験を受けていたら、頭の中が真っ白になって何も答えられなかった可能性もある。まあともかく無事に終わって良かったと彼は思うのだった。


 さて、最後は面接だ。面接は事前にちゃんと準備をしてある。不意打ちの試験はすでにこなした後で、手応えもある。気持ち的にはずいぶん余裕があった。それで彼は緊張しつつも落ち着いて試験官らの前に座った。


 質問される内容は、志望動機や自己評価など、事前に想定しておいたモノばかり。入学すれば授業料を払ってくれる相手に圧迫面接するはずもなく、秋斗はスラスラと質問に答えた。ただ最後に一つだけ、試験官は彼が想定していなかった質問をした。


「最近ではモンスターと呼ばれる存在が問題になっています。この問題について、あなたはどう考えていますか?」


「……今までにない災害で、何もかもが手探りなんだと思います。この先、モンスターの問題が解決するにしろ常態化するにしろ、世界は大きく変わらざるを得ないのではないでしょうか。その変革期とでも言うべき期間に大学で学べる機会を得られたことを、わたしは幸運だと思っています。その上でこの都立理工科大学で学べる機会をいただけるなら、それを最大限に生かしたいと思っています」


 最後にちゃっかりアピールして、秋斗の面接は終わった。面接が終わると、秋斗はまっすぐに佐伯邸に帰った。高校の制服を着ていたので、その格好であちこちへ行く気になれなかったのだ。


「やあ、お帰り。試験はどうだったかな?」


「英語と数学の課題があるなんて、聞いてませんでした」


 秋斗がそう答えると、勲は目を丸くしておかしそうに大声で笑った。そうやって気持ちよく笑われてしまうと、秋斗ももう苦笑するしかない。彼は肩をすくめて家の中に入った。勲はケーキを用意してくれていて、さらに手ずからコーヒーも淹れてくれる。礼を言ってからそのコーヒーを一口啜ると、秋斗は思わずこう呟いた。


「おいしい……!」


「はは。それは良かった。そうだ、開けてないのが一袋あるから持っていくと良い」


 そう言って勲は粉のコーヒーを一袋(500g)、お土産にくれた。ただ秋斗がコーヒーをドリップ式で淹れるためにはまず道具から揃える必要があったのだが、それまた別のお話。そして一袋を一人で飲みきるのにどれだけ時間がかかるのかもまた別のお話。


「ふうむ……。モンスターの問題についてどう思うか、か……。ずいぶん抽象的な質問だね」


 濃厚なガトーショコラを食べながら秋斗が面接について話すと、勲は最後の質問に興味を持ったらしかった。そんな彼に秋斗はこう尋ねてみる。


「勲さんはどう思いますか?」


「そうだねぇ……。全てが手探り状態、というのはその通りだと思う。ただ、従来のいわゆる科学的調査をしたとして、分かることは少ないんじゃないかな。こちら側でモンスターを調査するためには、そのための技術開発が必要だと思うよ。……まあ、これは私たちの間だから言えることだけどね」


 勲の言葉に秋斗も頷く。二人はアナザーワールドのことを知っている。だからそういう発想ができる。だが知らない人にとってはあまりにも異質な意見だろう。となれば黙っているのが一番、と秋斗などは思ってしまう。


「……市場、経済のほうはどうだと思いますか?」


「ん? 今はモンスターを前提に動こうと試行錯誤している段階だと思うが……。珍しいね、秋斗君が経済のことを気にするなんて」


「あ、いえ……。この前、父と話したときに言っていたんです、人も市場もピリついているって」


「なるほど。まあ、ピリピリしているのは確かだね。モンスターが出る場所次第では、株価が急落するなんてこともありえるからね」


 しかもモンスターがどこに出現するかは予測不能。モンスターが発電所に現われ、そのために発電機が停止。電力供給量が下がってブラックアウトが起こる、などという事態も考えられるのだ。ピリピリするのも当然だろう。ただ勲は秋斗の「父」のほうに興味をひかれたらしく、少し聞きにくそうにしながらこう尋ねた。


「その、答えたくないなら別に構わないのだが、秋斗君は一人暮らしと言っていなかったかい?」


「はい。電話で話したんです。推薦入試のことを一応報告しておこうと思って」


「……お父さんのお名前を聞いてもいいかな?」


「宗方茂です」


「ああ、茂君か! 同姓だからもしやとは思っていたが」


 勲は納得した様子で何度も大きく頷いた。一方で秋斗は彼が茂のことを知っていたことに驚く。しかも口ぶりからしてある程度親しい間柄のようにも聞こえる。


「父を知っているんですか?」


「ああ。何度か一緒に仕事をしたことがある。なかなかのやり手だよ、彼は」


 勲はニコニコしながら茂のことをそう話した。勲の表情に険は見られず、彼が茂を高く評価していることが窺える。秋斗はそのことがなんだかちょっと不思議だった。


「……父のことは、ほとんど何も知らないんですよね。一緒に暮らしたこともないですし」


 空になったお皿に視線を落としながら、秋斗は呟くようにそう話した。彼は茂のことを「やり手のビジネスマン」だと思っていたが、それは自分で調べたわけでも誰かがそう言っているのを聞いたわけでもない。あくまで彼の印象だ。


 今回、勲のおかげでそれが正しかったことが分かったわけだが、それくらい彼は父親である茂について何も知らない。周囲に教えてくれる人が誰もいなかったというのもあるが、本人にあれこれ尋ねることもしてこなかったのだから、そもそも彼自身がそれを避けてきたためと言っていい。


「……寂しいのかい?」


「いえ、別に。……いや、どうなんだろ……。いや……」


 一度即答してから、しかし自信なさげに秋斗は視線を彷徨わせた。寂しいと思った事はたぶんない。いや、母が死に父とは離れて暮らすことが決まったあの日、彼は「突き放された」と感じた。それは寂しかったからなのだろうか。


「……良く、分かりません。今は、寂しくはないと思いますけど……」


 結局、秋斗は曖昧にそう答えた。気付いているのかいないのか、口元は自虐的に歪んでいる。そんな彼に勲はこう声をかけた。


「なあ、秋斗君。これは歳くったジジイの言うこととして聞いて欲しいのだが……」


「はい……」


「男というのは、いや大人というのは、多かれ少なかれ責任を背負って生きているものだ。そしてその責任を果たせないというのは結構辛い。テストで赤点を取るようなものさ。表面上は笑って流しているように見えても、内心ではいろいろある。それが人間というのもだと、私は思っている」


「…………」


「親というのは、子供に対して責任がある。もちろん親子や家庭の形というのは様々だし、だから責任の果たし方もいろいろあるんだろう。何が正解だとか、正しいだとか、そんなことを言うつもりはない。ただ親としての責任を果たせていないと感じてしまうなら、それはかなり忸怩たるものだろうね」


「……父が、そうだ、と?」


「さて、それは分からない。だがそういう親の心情からしても、子供は親に頼って良いんだ。秋斗君がヘンに遠慮することなんてないと思うし、その方が存外、茂君も気持ちが楽だと思うよ」


「……そんなモン、ですかねぇ」


 秋斗はそう呟いた。表情はまだ自虐的だったが、それでもいくぶん明るくなっている。そして彼は残っていたコーヒーを飲み干してから立ち上がった。


「お世話になりました、勲さん。そろそろ行こうかと思います」


「もう行くのかね? 奏は話し足りないようだったが」


「明日も学校なので」


 秋斗がそう言うと、勲はそれ以上引き留めなかった。彼に見送られて、秋斗はバイクを発進させる。フルフェイスのヘルメットが、今は少し鬱陶しい。脱げたら気持ちいいのにな、と思いながら彼はバイクを走らせた。


 ちなみに。


「あ、紗希の土産買うの忘れた」


[サービスエリアはついさっき通り過ぎたぞ]


「あ~、じゃあ次で」


[了解だ]


奏「東京編なのにわたしの出番少なくない!?」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 信頼できる年上の男である勲に、父との関係を話せたのは良かったですね。 [気になる点] 推薦入試の課題について 募集要項に科目は明記されるので、知らなかった!聞いてなかった!は不自然です。 …
[一言] ロクに連絡もしてこない、一度も同居したことがない、という時点で、親の責任を果たせていないことへの存念、なんて語る資格ないよな、と。 理解ある息子、とでも思っているのだろうけど、単に期待できな…
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