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World End をもう一度  作者: 新月 乙夜
Alice in the No Man's Wonderland

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お茶会4


 膨大に流入し続ける魔素のために、秋斗がアナザーワールドと呼ぶこの世界、つまり惑星は人類の生存に適さない星になってしまった。ゆえに人類が生存し続けるためにはこの惑星を離れる必要がある。それが「惑星脱出計画」だった。だがこの計画は立案段階から紛糾した。


「まあ、当然じゃの。ちょっと考えただけで問題は山積みじゃ」


 第一に「どこへ脱出するのか」という問題がある。この当時、人類はすでに宇宙へ進出していたが、二番目の居住可能惑星は見つかっていない。幾つか候補はあったが、そのどれもが「他よりは可能性が高いかもね」という程度のもの。とてもではないが人類の命運を賭けることはできない。


 第二に「どうやって脱出するのか」という問題もある。全人類を脱出させるだけの移民宇宙船を建設するのは現実的ではない。仮にできたとしても、今度は耐久性の問題がつきまとう。つまり移住先へ無事にたどり着けるのか、という問題だ。そしてこの時点での技術力では、十年を超える宇宙航行は現実的ではないとされていた。


「ワープ航法とか、なかったのか?」


「フィクションの中になら、あったのぅ」


「フィクションって……。でも魔素は時空を歪めるんだろ? 魔素があるなら、できそうな気がするけど」


「逆じゃ。魔素があるからこそ、人類はこの星から離れる必要がなかったし、また離れることができなかったのじゃ。それではワープ航法など開発されぬよ」


 人類が宇宙へ進出する理由はなんだろうか。いろいろあるのだろうが、共通するのは「必要だから」という理由だろう。つまり逆を言えば、必要がなければ人類は宇宙へ進出しないのだ。少なくとも大がかりには。


 余談になるが、ここで言う「大がかり」とはつまり「宇宙移民」のような規模を指す。この時代のこの世界では、人類はまだ宇宙を生活の場とはしていなかった。宇宙で働く人たちはいたが、エネルギーを含めた補給は全て惑星に依存しており、人類はまだ発祥の地を離れて文明を発達させる段階にはなかったのである。


 その大きな理由の一つが、宇宙では魔道炉を使えないことである。魔素が存在しないからだ。よって宇宙に進出した場合、魔素というとても便利なエネルギーを使うことができなくなる。これは大きなデメリットだった。代わりに何を動力源とするかは大きな問題で、大がかりな宇宙進出が前へ進まない理由の一つだった。


 要するに、ワープ航法の段階まで話が進んでいなかったのだ。これでは予算が下りるはずもない。細々と研究している研究者はいたが、どれも机上の空論の域を出ない。実用段階で使用可能なワープ航法は、この時代のこの世界には存在しなかった。


 移住先や移住方法の他にも、大小様々な問題はそれこそ山のようにあった。この世界で一番高い山は標高が九〇〇〇メートルに迫るが、ある科学者は「全ての問題点を書き出した紙を重ねたら、それをはるかに超えるだろう」と書き残している。


 この全てを解決し、なおかつ人類全体の合意を得るのは、もはや不可能に思えた。合意を得るために戦争が起こりそうな情勢で、逆に合意が得られなかったとしても戦争が起こるだろう。だが一度戦争が起これば人類は本当に滅亡しかねず、その危機感が人々に最後の一線を守らせていた。


「モンスターは再び人類の主敵となり、そのおかげで人類は一致団結することを思い出したのじゃ」


 口の端に嘲笑を浮かべながら、アリスはそう語った。この場合の「人類」とは、たぶん大国や先進国の意味合いなのだろう。そう思いながら秋斗は小さく肩をすくめた。


「さて、惑星脱出計画はその当初から暗礁に乗り上げた。しかし代案は見つからず、ゆえに計画を放棄するわけにもいかない。そんな事をすれば本当に戦争が起こるからの。だが計画はいっこうに前進しない。にっちもさっちもいかなくなった時、ある計画案が持ち込まれた。その計画こそが『惑星炉計画』じゃ」


 どういう形であれ惑星脱出計画が完了すれば、惑星は無人となり放棄されることになる。その放棄されるはずの惑星を動力源として活用しようというのが、惑星炉計画の大筋だった。


 具体的に言えば、宇宙に魔道炉プラントを建設し、惑星から魔素を汲み上げて魔道エネルギーを得るのだ。一度魔道エネルギーの形にしてしまえば、それを電気エネルギーに変換することは容易い。またカートリッジに詰めるなりしてそのまま使うこともできる。惑星の周囲に限定されるものの、宇宙におけるエネルギー供給に目途が立ったのだ。


「宇宙に魔道炉プラントを建設するって、そんなことできたのか?」


「うむ、可能じゃった。そもそも地上でも新たな魔道炉プラントは建設されておったからの。まあ、魔素溜まりには無理じゃったが。それにこの時代、宇宙船はすでに何隻も建造されておる。小さくても良いのなら、宇宙にプラントを用意することはすぐにできた」


 何より宇宙であれば、モンスターの脅威を考えなくて良い。後は魔道炉プラントの数を揃えれば、人類が必要とするエネルギー全てを賄うことができるだろう。何しろ魔素は有り余っているのだから。


「惑星炉計画はすぐに実行されることになった。何しろ当時はどの国もエネルギー問題に頭を痛めておったからの。それに宇宙へ本格的に進出する上でも、十分なエネルギーはどうしても必要じゃ。脱出計画を進めるためにも、まずは惑星炉計画が推進された」


[アリス女史。そうやって魔素を消費することで、魔素の影響やモンスターの発生は抑えられなかったのか?]


「良い指摘じゃな。結論から言えば抑えられなかった。魔素溜まりが解消されるわけではなかったからの。それに魔素の流入量は相変わらず増え続けておった。要するに消費しきれなかった訳じゃ」


 ただそれでも惑星炉計画によって宇宙に建設された魔道炉プラント群は、タイムリミットを数十年伸ばしたとも言われている。その意味では魔素の影響を多少なりとも抑える効果はあった、と言えるかもしれない。


「さて、肝心の脱出計画じゃ。惑星炉計画の持ち込みによって、惑星脱出計画には大きな変更を加えることになった。居住が可能な別の星に移住するのではなく、現在住んでいる惑星の周囲にスペースコロニーを建設することになったのじゃ。ようやく現実的な落し処が見つかったわけじゃな」


 惑星脱出計画の変更は確かに現実的なものだった。確かにスペースコロニーの建設は人類史上類を見ない巨大プロジェクトだ。だが少なくとも移住先を求めて宇宙を彷徨うような、そんな狂気的な計画よりは成算が高い。また目標がはっきりしているために、民衆の賛同も得やすかった。


 またこの変更には別の大きなメリットもあった。それは物資の、特に有機物の補充である。長期間宇宙を旅する移民船の場合、特に有機物の補給は難しい。補充しようにも周囲にモノがないからだ。


 だがスペースコロニーであれば、惑星から有機物を採取してくることが可能だ。もちろん惑星に降りるのなら、モンスターとの戦闘を考慮する必要がある。だが少数の部隊を比較的短期間派遣するだけなら、成算は十分にあると考えられた。


「こうして惑星脱出計画もまた動き始めた。そしておよそ一五〇年後、人類のスペースコロニーへの移住が完了した」


 アリスはさらりとそう語ったが、もちろんこれは苦難と困難に満ちた一五〇年だった。特にモンスターの脅威は年々増大し、惑星炉計画が持ち込まれた時点と比べると、移住が完了した時点でなんと世界人口の六割弱が失われていた。まさに人類は身をすり減らしながら宇宙へ逃れたのである。


 宇宙においても物事は順調に進んだわけではなかった。一例を挙げるなら、あるスペースコロニーの外壁の一部が突如として崩壊、中にいたおよそ二〇〇万人の住民が全滅するという悲惨な事件があった。ちなみに原因は手抜き工事。この他にも大小様々な事件と事故と障害を乗り越えて、宇宙への移民は完了したのだ。


「移民が完了すると、惑星炉計画は第三段階へ移された」


「第一段階と第二段階は?」


「第一段階はともかくプラントを建設してエネルギー需要を満たすこと。第二段階はスペースコロニーへのエネルギー供給を視野に入れて、プラントを再編すること。これにはより大規模なプラントの建設が含まれる。そして第三段階では惑星の封印が行われた」


 封印と言うと仰々しいが、要するに魔素が宇宙空間へ流出しないようにするための措置である。これをしておかないと、せっかく手に入れた安住の地にまでモンスターが現われかねない。当然の措置だった。


「ま、そのようなわけで人類はこの星から去ったわけじゃ。そして今にいたる、というわけじゃな」


 最後はずいぶんざっくりとした感じでアリスは話を終えた。出された菓子を食べ尽くしたからじゃないだろうかと秋斗は思ったが、それはそれとして。


「……この星が無人になった訳は、まあ分かった。他にもいろいろと聞きたいことがあるんだけど……」


「ふむ。何が聞きたいのじゃ?」


「アリスはどうして『殺せ』なんて言いだしたんだ?」


「……ずいぶん遠慮のない尋ね方じゃのぅ」


「今更遠慮してもしょうがないだろ」


 苦笑するアリスに秋斗がそう答えると、彼女は肩をすくめて視線を逸らした。そしてポツポツと語り始めた。


「……別に、モンスターとなったことを嘆いているわけではない。いや、ないわけではないがそこは割り切れる。特別、破壊衝動があるわけでもないしの。今の我の意識が本来の我の意識であるかは分からぬが、そもそも我は起動すらできなかったのじゃ。今の意識が本物か偽物かなど、些末な問題であろう。第一、確かめようもない」


 アリスは一旦そこで言葉を切る。そして数秒してから、また淡々と話し始めた。


「……目覚めた時、自分にも何ができることがあるはずだと、我は思っていた。この身がモンスターであることが分かっても、その思いは変わらなかった。そのことに安心したりもした。我は守護天使。『そうあれかし』と願われた我でいられる、と。だが我にできることは何もなかった」


 人類は己の力で滅亡を回避した。そしてこの先、社会と文明を維持する目途も立っている。アリスが人類のためにできる事はなにもない。


「むしろ、我は何もしてはならぬのじゃ。自分でいうのもなんじゃが、我の力は強すぎる。下手に動いて、例えば星の封印に悪影響が出るようなことがあれば、それこそ本末転倒。人類のことを想うのなら、我は何もしてはならぬのじゃ」


 アリスは自嘲するようにそう言った。そしてそのままこう続ける。


「我はモンスター。もはや人の世には馴染めぬ。そして力を振るう先もない。全ては無駄だったのじゃ。我が目覚めたことに意味はなかった。これでは生きていても仕方があるまい?」


 世界中を飛び回り、自らの役割を探し回った果ての結論がそれだった。その結論にアリスは絶望したのだ。


 全て語り終えたと言わんばかりに、アリスは口を閉じた。秋斗はそんな彼女に掛ける言葉が見当たらない。だがそれでも何か言わねばならない。そう思い、彼は口を開いた。


「オレは……、オレは少なくともこうしてアリスから話を聞けて良かったと思ってる。アリスが色々調べてくれたから、オレはこの世界のことをちゃんと知ることができたんだ。だから、そのなんて言うか、無駄だったなんて言うなよ」


「……そうか。我も少しは役に立ったか。重畳じゃ」


 そう言ってアリスは笑った。夜の星空のように、透き通った笑みだった。


秋斗「アースノイドとスペースノイドの戦争は起こらなかったのか」

シキ[スペースコロニーの独立戦争はあったかもしれないな]

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― 新着の感想 ―
[良い点] 仕事無くなったし仲間になるフラグ来たか? [一言] 人類が助かって仕事もしないで済んで万々歳ですね(違う)
[一言] 下手に地上の魔素問題解決すると戻ってきて先住権主張してきそうな まあ解決されたらエネルギー供給失くすから死活問題だが
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