レディースエルフ
俺はとりあえず、エクレアを頭に乗っけた感じのリーゼントヤンキーエルフに話しかける。
「あの、そちらの代表にお会いしたいのですが?」
「ああんっ。てめぇ、名乗りもしねぇで調子ぶっこいてんじゃねぇぞ!! あははぁ~ん!」
「あ、ごめんなさい。俺はっと、私はこの隊を預かる代表のヤツハと申します。今日はプラリネ女王陛下の命により、エルフの皆様方と交流の再開を求め訪れました」
「おいおい聞いたかよっ。さがりぼんぼの代理がこんな小便くせぇスケだとよっ。ジョウハク国も焼きが回ったもんだなっ! あははははは」
エクレアエルフが笑い声を上げると、他のエルフたちも呼応するように笑い声を上げ始めた。
フォレは言葉の意味は分からずとも、女王と国を侮辱されたと感じ取り、剣へ手を掛ける。
「貴様らっ、我らを侮辱するつもりか?」
「ぶじょくぅぅぅ! ナメてんのはそっち方だろおぉがぁ! 俺ら緑風の導き手、獲瑠怖組に、てめぇらみたいな下の毛も生えそろわねぇ餓鬼どもがナシつけに来たんだからよぅ! 木っ葉くらわすぞ、オルゥラァ!」
「しるふぁの死神? こっぱくらわす?」
頭の悪そうな名称と、聞いたことのない言葉にフォレは戸惑っている。
それは他のみんなも同じだ。
パティに至っては、下の毛という下品な言葉に気分を害したようで、扇子で口の部分を押さえている。
しかし、みんなが戸惑うのは仕方のない話。
俺だって、頭が痛い。ツッコミどころが満載で……。
シルファーという名はシルフからとったんだろうけど、死神ってなんだ? エルフ関係ないし。
そのエルフもイントネーションが何かおかしいし。
どう考えても、響きがかっこいいという理由で使ってるだけの気がする。
(はぁ~、ヤンキーって中二病っぽいな。案外、それの走りなのかも……さて、どうしようか、この状況)
エルフは馬上で木刀や鉄製のチェーンを振り回して、俺たちに罵倒を浴びせ続ける。
こちらはそれに対して、嫌悪感を露わにしたり理解不能で首をかしげたりしている。
交渉のこの字も始まっていないというのに前途多難どころじゃない。
何でもいいから交渉の糸口を見つけねば。しかし、糸口が全く見えない。
どうしようかと困り果てているところに、突然、女性の声が響いた。
「おい、おめぇら、餓鬼ども相手にいつまで遊んでんだっ!?」
「これは、頭!」
「は? へ、へっどぉぉぉ!?」
ヘッドという言葉に、思わずバカっぽく復唱してしまった。
俺はエルフたちの視線を追うように、森へ目を向ける。
森の奥から、漆のように艶やかな黒馬に跨ったエルフの女性が現れた。
葉っぱのようにピンっととんがった耳。腰まで届く、金の絹糸のような繊細な髪。
彫刻のように均整の取れた顔。
目は切れ長で、新緑を映し出す瞳は三白眼。さらに、サメのような激しいギザギザの歯を持つ。
耳や髪色や美貌はエルフだけど、目や歯にとてつもない攻撃性を感じさせる。
彼女は他のエルフと同じように木刀を手にしている。
そして、真っ赤なロングコートに、同じく真っ赤でとび職が履いてそうなズボンを着用。豊満なお胸には下着代わりにサラシを巻いている。
エルフとは、どこまでもかけ離れた格好……。
(ほんと、誰だよっ? エルフにこんな文化伝えたのは!)
サシオンとの会話で価値観の影響の話をしたけど、こんなわけの訳の分からないことを引き起こすとは……。
俺はこめかみを押さえる。
頭を抱える俺をよそに、エルフの女性が名乗りを上げた。
「あたいは緑風の導き手! 獲瑠怖組の頭クレマ=ノッケルン! 夜露死苦~!」
「「「夜露死苦~!!」」」
クレマと名乗ったエルフの女性がよろしくと檄を飛ばすと、周りのエルフたちもオウム返しのように言葉を飛ばした。
俺も小さく言葉を返す。
「よろしくぅ……」
「応っ、代表はてめぇか?」
「頭ッ! こんな下っ端に話しかける必要なんてないぜ!」
「そうだぜ。こんな小娘どもが代理だってよ。俺たちをナメてやがる!」
「なるほどな。おい、女!」
「な、何でしょうか?」
「てめえらはな、あたいたちのソウルを傷つけちまったのさ。そのハクい顔が整形じゃ追いつかなくなる前に帰んなっ!」
クレマは一方的に言葉を言い放ち、馬首を森へと返す。
このままだと、なんの成果を上げられずに王都へ戻ることになってしまう。
だが、彼らの言い分には一理ある。
たしかに、代表として俺たちが見たいな若造がやってきたら、下に見られていると感じて当然だ。
ここは俺たちにもそれなりの肩書きがあることを伝えないといけない。
俺はともかく、他のみんなはそれぞれ何かしらの名を背負っている。
みんなに一言謝って、名前を利用することを願い出る。
「こちらが無名で向こうが不満みたいなんだ。みんな、ごめん。肩書きを利用してもいいか?」
「フィナンシェ家の名を出すのは構いませんわ。どちらにしろ、今後の交易を考えると出てくる名前なので」
「人猫族代表クイニー=アマンの名がどこまで通じるかはわかりませんが、ご自由にお使いください」
「王都近衛騎士団『アステル』副団長フォレ=ノワール。私の役職がお役に立つのならどうぞ」
「ありがとう、みんな。アプフェルは?」
「え、わたし?」
アプフェルはキョトンと首を傾ける。
俺はそれに対して語気を強める。
「お前、人狼族の長セムラの孫娘だろうがっ。この中でお前が一番、お偉いさんなんだぞっ!」
「ああ、そっか。全然大丈夫。使って使って」
「……ありがとう」
アプフェルはしっぽの先をクイクイと前に揺らし、軽~い感じで肩書きを利用することを許す。
いつもなら、いろいろツッコみたいところだけど、エルフたちはすでに森へ帰ろうとしている。
ツッコミは我慢して、彼女たちを呼び止めなければ。
「あの、待ってくださいっ」
クレマたちは足を止めない。
もう一度、呼びかける。
「あのっ、話はまだ終わってないからっ、待ってくださいっ!」
大声を上げて呼び止めるが、黒馬のしっぽが揺れるだけでクレマは何の反応も示さない。
周りにいる男のエルフたちは狼狽する俺を見てニヤニヤと笑っている。
「くそ~、完全にバカにされてるな」
「ヤツハさん、ここは私が!」
と言って、フォレは剣に手を掛ける。
「いやいや、ダメだろ。それは」
「威嚇だけです。これならば、さすがの彼らも反応を示すでしょう」
「たしかに恫喝も一種の交渉手段だけどさ。ここは使う場面じゃないでしょ」
「ですが、このまま何もせずに立ち去られるよりマシでしょう」
「ちょっと待って、彼らが気の引く言葉を考えるからっ」
俺は目を瞑り、ヤンキーエルフが立ち止まりそうな言葉を探す。
深く意識を集中したことにより、例の箪笥の空間へやってきた。
同時に背後から影の女の声が響く。
俺は慌てて後ろを振り返る。
「大変そうね」
「え!? ったく、びっくりさせんなよ。影の女」
「もう、影じゃないんだけど」
「だったら、名前教えろよっ」
「そうね、柚迩でどうかしら?」
「それ、俺の妹の名前だよ。てゆーか、妹の名前を知ったのか?」
「いくつか、開けられる引き出しがあったらね」
「くそ、薄気味悪い。よし、今度からお前は覗き女にしよう」
ピシリと人差し指を突きさして、影の女に新しく名前をくれてやる。
すると彼女は、新たな名付けに不満を覚えたようで、ため息を交えつつ名を明かす。
「ふぅ……ウード。私の名よ」
「ウード、ねぇ。どうせ、本当の名前じゃないんだろ?」
「さあね」
「まぁいい。あ、そうだ。お前に頼りたくはないけど、一応聞いとく。あのエルフたちと交渉するアイデアってある?」
「まともな相手ならいくらでもあるけれど、今回ばかりは……エルフって変わった種族なのね」
「いや、あれは一般的なエルフとは違うし……」
「そう」
「へぇ~。エルフのほかに、ああいった連中のことも知らないんだ。ふふっ」
俺は一つ情報を引きずり出したことに、薄く笑みを浮かべた。
だが、ウードは僅かにピクリと眉を跳ねただけで、口元は涼し気な笑みを見せている。
彼女の様子から、心中は窺い知れない。
少なくともまだまだ余裕と見える。
ウードの反応は癪だがそれはさて置き、彼女のことを軽く考える。
彼女はエルフを知らずにヤンキーも知らない。
ヤンキーを知らないところから、昭和程度から先の知識はない。もしくは日本人ではない。
さらに、ゲルマン神話や北欧神話に出てくるエルフを知らないということは、西洋出身の可能性は低い。
エルフという存在が登場する前の西洋人という可能性もあるが……加えて、俺が思っているほどエルフの存在がメジャーじゃない可能性も……。
(くそ、ある程度情報を無視して、ウードの正体を追うか)
仮定や憶測塗れの状態で押し進めれば、こいつの正体は西洋人以外の人種である可能性が高い。
そして、昭和より前の前世。
ただし、日本人じゃなければヤンキーなんて知らないだろうから、俺が生まれる直前、平成時代に没した可能性も。
年代の特定は数千年前から平成と幅が広く、今のところ特定は不可能。
まだまだ、情報が足りない。
もっとも、どんな人種でいつ存在したか知ったところで、大きな意味があるとは思えないけど……いや、こいつがどんな罪を犯したか、そのときの時代背景で見えてくるか?
(ダメだっ、材料が足らな過ぎて、推理のかたちも取れやしない。考えても無駄だな)
とりあえず、彼女のことを考えるのはここまでにしておいて、エルフとの交渉に意識を戻そう。
彼らが思わず立ち止まり、興味を引きそうな言葉を探さないと。
箪笥を見上げて、引き出しを覗き込んでいく。その途中で、どうでもいい知識を手に入れた。
リーゼント――ポマードなので後ろ髪を左右から撫でつけて、ぴったり合わせた髪形。前髪の膨らんだ部分はポンパドールと呼ぶ。
「へぇ~、そうなんだって、いらないよっ。そんなヤンキー知識! もう、この能力は! 使い勝手の悪い、もうっ」
余計な知識は無視して、さらに深く情報を探る。
「え~っと、あのエルフたちは、アクタでは変わった言語と価値観を持つ……ということは、同じような奴が現れたら驚くよな。じゃあ、漫画辺りからっと」
引き出しに顔を突っ込み、昔見た漫画を探す。ヤンキーが登場する漫画を……。
読み込み……引き出しを閉じる……。
「え~、こんな言葉を使わなきゃならないの。恥ずかしい~。でも、やんなきゃ……」
評価点を入れていただき、ありがとうございます。
これからもハードラックとダンスをしないように気をつけて、ペンをバリバリ走らせていきますので夜露死苦お願いします。




