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マヨマヨ~迷々の旅人~  作者: 雪野湯
第十章 アクタ

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悲しみを乗り越えて

皆が楽しみにしていた英雄祭――しかし、マヨマヨたちの襲撃により悲劇で幕を閉じた。

 

理由のわからぬ襲撃。

その中でマヨマヨとして現れた、ヤツハの同級生だった近藤。その姿は老人。

ヤツハを『地球人』と呼んだサシオンの言葉。

謎に塗れた『アクタ』という世界。

ヤツハはその謎に触れる。



 襲撃より、四日が経った。

 街は塞ぎこみ、(けむり)くすぶる灰色の空に息を詰まらせる。


 俺はサシオンの依頼で街の様子を見て回る。

 街の人たちの声をまとめるために……。


 色褪せた街中を歩きながら、四日前、俺を地球人と呼んだサシオンの姿を思い起こす。




――四日前



「ようこそアクタへ。地球の方よ」



「え、な?」

「ここより別の世界から訪れたことを隠していたようだが、()うに存じ上げている」

「い、いつから?」


「初めて会った時から……は、言い過ぎだが、薄っすらと感じていた。アクタの住人とは違う何かを」

「……言われてみれば、あのとき俺を珍しそうに見てたな。いや、そこじゃない。俺が別世界の人間と知っていて、さらに驚かないところを見ると他にも?」


「ああ、アクタにはヤツハ殿以外にもそういった人間がいる。そして、そのことを一部の者は知っている。さらに加えるならば、私自身もアクタの人間ではない」

「はっ!?」


「詳しい話は後日。今はやるべきことが山積みでな。そうそう、ヤツハ殿には別途依頼を要請するので。そうだな。そのこともまとめて、五日後に詳しい話を」

「えっ? この状況で普通に仕事させる気? ここまできたら、全部説明するでしょ?」

「騎士団団長としての仕事が優先だ。申し訳ない。では、失礼する」


 そう言って、サシオンは各代表に声をかけていき、彼らを引き連れて、どこかへと消えていった。


「ええ~、気持ちぐっちゃぐちゃなんだけど。なんなんだ、あのおっさんはっ?」



 

――現在


 四日前の出来事で頭の中がごちゃ混ぜになってろくに眠れないのに、サシオンは容赦なく騎士団からの依頼ということで、街の人々の声を聞き、足りない物資や女王への声をまとめてこいと言ってきた。

 そんなわけで、街の中を歩き回っている。

 でも、これはこれで丁度よかったかもしれない。

 

 近藤の存在。マヨマヨの襲撃。街の惨状。そして、サシオン。


 気持ちを落ち着かせる時間が欲しかったから……。


 

 街の人々から話を聞いていく。

 フォレを中心とした、騎士団、学士館、商工会、教会などの活躍により、怪我のケアなどにはおおよそ問題はない。

 

 そして、女王への非難もあまり聞かない。

 でもそれは、急な出来事でみんな空っぽになっているだけ。

 時が経てば、心に不満の(おり)は溜まっていく。

 

  

 襲撃により、家を失い、財産を失った人たちがいる……大切な人を失った人たちがいる。

 そういった人たちに対する援助はまだまだ先。

 陰鬱な空気が晴れるのは遠い。



 裏通りを歩きながら、話を聞いていく。

 途中で足を止めて、ある場所を見つめた。

 そこにはいつもあったはずの光景がない。


 ぼーっとそこを見ていると、そばを通りかかったおじさんが声を掛けてきた。


「ヤツハちゃん、どうしたんだい?」

「あの、いつもあそこの縁石に腰を掛けていた、白髭のおじいちゃんは?」

「ああ、あのおじいちゃんか。あの日に崩れた家の下敷きになってね」

「えっ? そ、そんなっ」

「お孫さんとお祭りを楽しむんだと、まるで自分が子どもに戻ったかのように楽しみにしていたのにねぇ。でも、お孫さんとも会えずに……ひどい話だよ」

「そう、ですか……じゃあ、あの、はい……」


 ぽっかりと心に穴が空く。

 まるで大切な肉親を失ったかのような虚無感……。

 俺は挨拶もあやふやに、ふらふらとそこから離れていく。

 


「ヤツハちゃん?」


 誰かが俺を呼んだ。

 力なく顔を向ける。

 声の主はいつも掃除の依頼してくるおばさん。彼女は家の前で、椅子に腰を掛けていた。

 顔の半分を包帯に覆われて……。


「おばさんっ、その怪我!?」

「ちょっとね、火の粉を被ってしまってね」

「ちょっとって、大怪我でしょう!」

「大丈夫だよ、命は助かったから。やけどの跡は残っちゃうけどね」


 おばさんはそっと、包帯のある場所を隠すように押さえる。


「あ、あの、知り合いに腕のいい魔法使いがいます。そいつに頼めば、きっと傷もっ」

「ふふ、ありがとう、ヤツハちゃん。でも、もう、学士館の先生やお医者様に見てもらって、これ以上は治せないって言われてね……」

「そんな……すみません、俺、余計なことを」

「何を言ってるの、ヤツハちゃんの優しい気持ちはとても嬉しいよ。それに傷は残るのは辛いけど、支えてくれる人がいるから」


 おばさんが後ろを振り向き、柔らかな笑みを見せる。

 おばさんの視線の先には、頑固そうなおじさんが頬を赤く染めて、わざとらしく咳き込んでいた。


「ゴホン、ゴホン。ったく、余計なこと言いやがって。はんっ、お前がそんなになってしまったら、俺ぐらいしか相手にしてやれねぇからなっ。ありがたく思えってんだ!」

「全く、あんたは素直じゃないんだから。ふふ、ありがとうね、お前さん」

「ば、ばっか、若い(むすめ)っ子の前でっ! ああ~、やってられねぇ。俺は奥で休んでるからなっ」



 おじさんは足を踏み鳴らして、家の奥へと引っ込んでいく。

 おばさんはおじさんの背中をとても嬉しそうに見つめる。


「怪我は負ったけど、あの人がいるから大丈夫。支えてくれる人がいるって、本当に嬉しいね」

「……ええ、そうですね。俺もそう思います」


 おばさんは瞳に涙を浮かべる。

 俺はその清らかな涙から、元気をもらう。

 おばさんからもらった暖かな気持ちを胸に抱いて、陰鬱な空気を前に歩く。


 

 聞き取りを行いながら歩いている途中、いつも纏わりついてくる女の子を見かけた。

 女の子は一人で涙を浮かべている。


「おい、どうした? どこか、怪我でもしたのか?」

「ううん、違うのっ。私の大切な、大切なお友達が!」

「お友達っ? まさかっ!?」


 慌てて辺りを見回す。

 だけど、いつもやんちゃしている男の子がどこにもいない!


「ウソ……そんなことって」

「ヤツハ~、キッ~ク!」

「ぎゃっ!?」


 後ろから尻を蹴り上げられた。

 尻を押さえながら後ろを振り向くと、いつものクソガキがっ!


「おま、痛っ。尻が……無事だったのかっ?」

「おうよ、俺様はマヨマヨごときに負けたりしないぜ!」

「だろうなっ。まったく!」

 

 街の雰囲気をものとしない元気の良さ。小生意気だけど、こういうお調子者ほど将来大物になるのかもしれない。

 

 男の子を目にした女の子は涙声を上げ始める。

「うわ~ん、わたしのぬいぐるみ返してよ~」

「ぬいぐるみ?」

 

 よく見ると、やんちゃな坊主はアマンにそっくりな黒猫のぬいぐるみを手にしていた。

「お前な~、女の子のおもちゃ取り上げて何やってんだよっ?」

「うっせい、ぬいぐるみで遊んでばっかで俺を無視するからだよ!」

「あっそ。とにかく、返せや!」


 俺はぬいぐるみを取り戻して、女の子へ手渡す。


「はい」

「ありがとう、ヤツハおねえちゃん」

「うん。おい、ガキんちょ。こっちこいっ」

「うえ~、説教かよ」


 逃げようとする男の手を引っ張って、女の子の隣に立たせる。

 そして俺は、二人を抱きしめた。


「無事でよかった。安心したよ」

「え、あ、ヤツハ」

「おねえちゃん……」


 俺は抱きしめていた両手をほどき、軽く男の子の頭を小突く。


「ったく、こんな時なんだから、男のお前が女の子泣かしてどうするんだよ?」

「う~、悪かったよ」

「その言葉は俺じゃないだろ」

「わかってるよ……ごめんな」

 

 男の子は頬をポリポリ掻きながら女の子に謝った。

 女の子はぬいぐるみを抱きしめて、小さく「うん」と頷く。


「じゃあな、ふたりとも。俺は行くよ」

「仕事かよ?」

「まぁな」

「そっか、じゃあ仕方ねぇな」

「え?」


 あっさり引き下がられるとは思いもしなかった。いつもなら、一言二言文句を言うのに。

 男の子は俺を見つめながら、一人の男としての言葉を伝えてくる。


「頑張れよ、ヤツハ。俺は……こいつのこと守ってるから」

「ふふ、そっか。それじゃな」

「ああ」

「またね、おねえちゃん」




 俺は子どもたちから元気を分けてもらい、街の中を歩いていく。

 焼け落ちた家。壊れた道。崩れた井戸。

 力なくうな垂れている人。傷みに苦しむ人。悲しみに明け暮れる人。


 でも……近くには支えてくれる人がいる。

 街の人たちはみんなで手を取り合い、絶望と悲しみに立ち向かおうとしている。

 なんて、強い人たちだろう。なんて、尊敬すべき人たちだろう。


 そして、それらを強く感じるたびに、心に爪立てるような痛みが広がる。

(近藤……なんで、こんなバカなことをしたんだよっ!?)


 その答えは本人から聞くしかない……いや、彼なら知っているかも。

 サシオンなら……。



 俺は街の声をまとめて、明日、サシオンがいる屋敷へと向かう。




前日の活動報告にて、評価点を入れて頂いたお礼を申し上げましたがこの場を借りて改めて、お二方にお礼申し上げます。

頂いた評価のご期待に沿うよう、執筆活動へ更なる熱を込めてまいります。

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