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マヨマヨ~迷々の旅人~  作者: 雪野湯
第九章 英雄祭

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近衛騎士団・副団長フォレ=ノワール

 トリアージの説明を受けたフォレは肩を震わせ首を横へ振る。



「黒を受けた人はどうするんですか? まだ、愛する人が生きている。苦しんでいる。それを見捨てろと?」

「見捨てるんじゃない。もう、助からないんだ。その人を治療する余裕があれば、他の誰かを助けないと!」

「だけどっ、そんなもの……受け入れられるはず……」


 

 フォレは火傷や出血のために、力なく無言で横たわる人。必死に生きようと足掻き、擦れた声で助けを呼ぶ人を目に入れる。

 そばには、愛する人のために救いを求めて泣いている家族、恋人、友人たちがいる。

 

 彼らはこの救いの手段をどう感じるだろう?

 もし、俺が彼らの立場ならどう思う?

 ピケが大怪我負い、助からないとわかっていたとしても、きっと俺は医者に縋る――助けてくれと。


 でも、その医者は助かる人のために、泣き苦しむピケから離れる。

 そして、別の誰かを治療し始めたら……。

 

――恨むに決まっている! それが理不尽なことだとわかっていても!!


 だから、わかる。

 フォレの気持ちが……だけど、迷っている暇は――。


「フォレ、ここは!」

 俺は無理やりにでもフォレを納得させるため声を上げようとした。

 そこへ老紳士の言葉が飛び込む。



「ふむ、たしかに、大勢を救うためなら仕方がない。しかし、区分け用の道具を用意している余裕はないから、ひとまず歩ける者や軽い骨折程度の者はひとまとめに集めよう。重篤(じゅうとく)者の選別はトルテが医者を集め次第、判断してもらい、ヤツハさんの言うとおりに治療をしてもらおうかね」


 俺はすんなりと決断を下した老紳士に驚き、彼へ顔を向けた。


「え、提案を受け入れてくれるんですか?」

「うん、有用な方法だと思ったからね」

「ありがとうございます。えっと……」

「ああ、紹介がまだだったね。東地区の商工会の会長を務めさせてもらっている、リント=カタラホだ」

「ありがとうございます。リントさん」


「いやいや。ではフォレ殿、指示を」

「しかし、これを行えば、人々は嘆き苦しみ、恨みの声は我々を呑み込みます」



 フォレは拳を握りしめて、ガクガクと震えさせる。

 多くを救っているはずなのに、憎しみの刃を向けられる。

 こんなに悲しくて恐ろしいことはない。


 でも……。


「フォレ、このアイデアは、俺のアイデアだ。ヤツハが提案し、無理を押した。だから、俺が全てを受け止める」

「ヤ、ヤツハさん?」

「俺一人が恨まれるだけで多くの人が助かるんだ。だったら、いいじゃん。ま、もっとも、恨まれたからって、知らんけどなっ。あはははは」


 精一杯の虚勢を張って笑い飛ばす。

 正直なところ、不特定多数の人間から恨まれると思ったら小便ちびりそう。でも、考えない!

 どうせ何をしたって後悔するなら、やるだけのことやってからにしよう。

 そうだ、考えても仕方ないことは考えない。それが俺の流儀のはずっ。

 なら、やるべきことをやろう!


 俺は今できる、最高の笑顔をフォレに見せる。

「よし、フォレ。みんなを救うぞ!」

「ヤツハさん……私は、情けない……クッ!」

「フォレ?」



 フォレは奥歯を噛みしめ、少し(うつむ)き何かを唱え始める。


「民の安寧のためなら、汚泥を啜ることも近衛(このえ)騎士団としての役目。綺麗ごとだけでは事は進まぬ、か。ヤツハさん!」

 フォレはまっすぐ俺の瞳を見つめる。

 彼の眼は今までになく、力強く輝いている。


「街を守るのは近衛騎士団の役目。ですから、今から行うのはすべて、フォレ=ノワールの名に()いてによるものです!」

「え、でも」

「ふふ、ヤツハさんはトルテさんの名代でしょう。あまり勝手なことはできないはずですよ」

「あ……そこ突かれると、困るなぁ」


「それに、私は騎士であり、男であります。人々の非難を恐れ、女性の影に隠れたとあっては、今後、陽の下を歩けませんっ!」

「フォレ……」



 フォレは大きく胸を張り、サシオンのように重厚に構える。


「代表の皆様、これより私の指示に従ってもらいます。よろしいですね」

「ふむ、もちろんです。フォレ殿。いえ、フォレ様……ですが、一つだけよろしいでしょうか?」

「なんでしょう?」

「街を守っているのは近衛騎士団だけじゃありません。我らもです」


 リントさんは他の代表者に向かい、コクリと頷く。

 皆もコクリと頷き返す。


此度(こたび)の案件、皆が背負いましょうぞ。街のために。多くを救うために!」

「皆さん……ありがとうございます。では、よろしくお願いします!」


 

 東門より、フォレの檄が飛ぶ。

 騎士団、学生、教会、手助けをしてくれる街の人々。

 皆は彼の迷いのない指示に勇気をもらい、場に秩序が生まれていく。



 逞しいフォレの姿を見て、俺は安堵の声を漏らす。


「ふふ、格好いいじゃねぇか、フォレ」

「彼を変えたのはあなたですよ、ヤツハさん」

「え? リントさん」

「フォレ様は素晴らしい才能をお持ちだ。しかし、サシオン様という太陽の輝きの前で、彼は自分に自信を持てなかった。また、自分の出自が彼の心に影を落としていた。しかし、御覧なさい。今の彼は、まごうことなき騎士団の副団長。サシオン様の後継ですよ」


  

 フォレは一切の迷いを見せずに的確な指示を与えていく。

 彼の自信に皆は心を落ち着かせ、混乱などすでにない。

 リントさんはフォレから視線を外し、俺へ向ける。


「フォレ様が副団長と成り得たのは、ヤツハさん、あなたのおかげですよ。噂は聞いておりましたが、本当に素晴らしい女性ですね」

「え、いや、まぁ、なんでしょうね? 偶然みたいな感じですよっ。あ~っと、とりあえず、俺も何かできないか手伝ってきますんで、失礼します」


 気恥ずかしくなって、俺はそこから逃げ出すように駆けだした。

 何だかよくわからない複雑な感情が心を駆け巡る。

 

 フォレは変わった。いいことだ。

 きっかけは俺? そうであるなら、うれしい。友達として、彼の助けになれたことを……。

 でも、素晴らしい女性という褒め言葉に心が揺らぎ、ある奇妙な感情を呼び起こす。


(うう~、気持ち悪いような、うれしいような。なんだろうね、これ?)


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