六龍将軍ノアゼット=シュー=ヘーゼル
光の帯が王都の空を割り、彼方へと消え去る。
眩い閃光に引き寄せられたのか、空より五人のマヨマヨが現れ、ノアゼットの頭上にて漂う。
ノアゼットが彼らを睨みつけると、右手に宿る黒き砲台は光の粒子に還元され、次に現れたのは漆黒の巨大な剣。
砲台は彼女の身の丈を超える幅広の大剣へと変化した。
その武装の変化に魔力は一切感じない。
(あれは女神の黒き装具? でも、今のは魔法じゃない! まさか、科学技術!?)
俺は打ち付けな出来事に言葉を失い、じっとノアゼットの剣を見つめるだけ。
彼女は朱く猛る気焔を纏い、大剣の柄をグッと握り締めるや、俺の視界から消えた。
俺は驚き辺りを見回そうとしたが、混乱の暇もなく、上空より悲鳴が降り注ぐ。
ノアゼットは空に舞い、二人のマヨマヨの胴を薙いでいた。
二つのマヨマヨは四つに分かれて地面に叩きつけられる。
それに驚いた別のマヨマヨが彼女へ光線を放つ。
彼女は剣で光線を切り裂き、その風圧のみでマヨマヨの中心を割った。
空から地面に降り立ち、ノアゼットは残りの二人のマヨマヨに剣先を向ける。
一人のマヨマヨは空に浮かんだまま降りず。
もう一人のマヨマヨは果敢にも地面に降り、ボロボロの外套から僅かに素手を見せ構える。
布地の隙間から見えるは、襤褸の外套を纏う者には似つかわしくない、極限まで鍛え抜かれし巨石の如く頑強たる前腕。
彼は地面を蹴り上げ抉り取り、地を飛ぶようにノアゼットへ襲いかかった。
マヨマヨが拳を打てば空気は爆ぜ飛び、蹴りを見舞えば空が裂かれる。
その力、速さっ。
それはどれをとっても俺の力を越え、先を歩くフォレさえも遥かに凌駕するもの。
まさに人知超える攻撃――そうであるにも関わらず、ノアゼットはまるで赤子をあやすかのように、とても大きな剣で容易くいなしていく。
周囲には攻撃の衝突により、鼓膜を怯えさせる衝撃波が広がり続ける。
マヨマヨは一度、正面からノアゼットにぶつかろうとしたが、地面を蹴り横へ飛ぶ。
そして、家の横壁を蹴り上げて、彼女の死角から強襲をかけた。
蹴り上げた壁は吹き飛び音が遅れて彼の後を追う。
音すら追いつかぬ攻撃……しかしっ、ノアゼットの瞳にはマヨマヨの姿が瞭然と宿っている!
「ふんっ!」
「ぐがぁっ!!」
マヨマヨの上半身が霧のように紅く散る。
――いつ戻したのか。彼女の右手に納まっていた大剣は消え去り、巨大なガントレットへと戻っていた。
彼女はそのガントレットをもって、マヨマヨを塵も残さず吹き飛ばしたのだ。
残ったマヨマヨはノアゼットの圧倒的な強さの前に躊躇いを見せる。
しばし、睨み合う二人。
マヨマヨは不意に何かに反応し、体をピクリと動かす。
そして、数度呟き頷くと、光のカーテンが彼を覆い消え失せた。
彼に続くように、ノアゼットによって屠られたマヨマヨの遺骸にも光のカーテンが降りて、彼らは皆、跡形もなく光の中に掻き消えた。
ノアゼットは周囲を見回して、警戒を緩める。
俺も彼女の態度を見て、辺りに意識を向けた。
「爆発音が、止んでる?」
先ほどまであちらこちらで響いていた爆発音がぴたりと止んでいる。
ノアゼットはこちらへやってきて、アレッテさんが守る壁の向こうに一度視線を送り、続いて片膝をつき頭を垂れた。
「ブラン殿下、危急の事態ゆえ、挨拶が遅れてしまい申し訳ございませぬ」
「え……? あ、ああ、いや、良い。見事な働きであった」
「ははっ、勿体無きお言葉」
「それで、ノアゼットよ。かあさ、プラリネ女王陛下の御身は?」
「心配御無用でございます。私は女王陛下の命により、殿下の御身を守るべく参上仕りましてございます」
「そ、そうか。母様……」
ティラは母親が無事であったことに安堵して、体から力が抜け落ちていく。
それをピケが支える。
「大丈夫、ティラちゃん?」
「ああ、すまぬ」
アレッテさんは二人を様子を見て表情を少し崩すが、すぐにノアゼットへ向き直り正す。
「ノア、城は無事なのねぇ」
「ああ、城に入り込んだマヨマヨどもはほぼ掃討した。残党も他の将軍らや近衛団長たちが処理しているだろう。それに、城にはサシオンと六龍筆頭クラプフェンがいる。心配は無用だ」
ノアゼットは立ち上がり、城を見つめながらそう答える。
「そう……。ありがとう~、ノアちゃん。助けに来てくれてぇ」
「女王陛下の命だ」
「ふふふ~、それでもぉ、ありがとう」
仏頂面を表したままのノアゼットに、アレッテさんは微笑みを見せる。
ノアゼットは軽く息を漏らして、俺の方に顔を向けてきた。
俺はバツが悪そうに視線を避ける。
「すみません。俺、全然役に立たなくて」
マヨマヨに攻撃が通じず、殺意を向けられたとき、俺は目を閉じて、恐怖から逃れようとしてしまった。
そのことを恥じて、手の平に爪が食い込むほど両手を強く握り締める。
しかし、ノアゼットはそんな情けない俺に、思いもよらない言葉を掛けてきた。
「何を言う。お前の抵抗があったからこそ、間に合ったのだ。礼を言うぞ。ヤツハよ」
ノアゼットは深く頭を下げる。
俺はそれに対して、何も答えることができずに、ただ自分の情けなさに唇の端を噛み締めるだけだった。




