英雄たちは練り歩く
賑やかな表通りに入る前に、アプフェル、パティ、アマンと合流する。
アマンは人猫族の代表として行事に軽く顔を出せば、あとは自由だそうだ。
アプフェル、パティは今日の午前中は自由。
午後は武闘祭会場の結界を張るために駆り出される。
結界は観客に怪我人を出さないため。
大変そうな仕事だけど、二人はこの仕事を楽しみにしている。
理由は……。
「間近でフォレ様の雄姿を見れるなんて、最高ね!」
「ふふ、フォレさんが華麗に舞うさまを目に焼き付けないといけませんわ!」
と、こんな感じで……。
ただ問題は、華麗なる雄姿を見せる予定のフォレ。
彼は午前中の間、街の警備をしているのだが、今は人のいない街角で胃を押さえながら俺たちの前でうめき声を上げていた。
「うう、どう戦えば。はぁ~、武闘祭なんてどうしてあるんだろう」
何もない場所を見ながらぶつぶつと愚痴を唱えている。
普段のフォレからは考えられない姿だ。
こんな姿を目にしたら、アプフェルやパティはさぞ幻滅するんじゃないだろうか?
そう思って、彼女たちに目を向けるが。
アプフェルはにこやかに笑っている。
パティは扇子で口元を押さえ、静かに佇む。
「あれ、お前たち、あんなフォレの姿を見て残念だと思わないの?」
「ふふ、フォレ様を只の理想の男性としてしか見てない人はそう思うかもね。フォレ様はみんなの期待に応え、理想であろうとしている。でも、私たちには弱さを見せてくれるから」
「フォレさんといっても、普通の男の人。弱い部分もある。それを恥ずかしげもなく見せてくれるのですから……」
「私は嬉しい」「わたくしは嬉しい」
「そっか……」
フォレとの距離がぐっと近づいたことが、二人は嬉しいようだ。
しかし、あのまま放っておくわけにはいかない。
俺の隣ではピケが心配そうに声を上げているので……。
「だいじょうぶかな、フォレ様」
「あ~あ、いくら素直な自分の姿を見せているからって、ピケを心配させたら駄目だよな~」
俺はフォレに近づき、思いっ切り背中を叩いた。
「こら! いつまでうじうじしてんだよっ」
「ぐほっ、ヤ、ヤツハさん?」
「武闘祭、俺たちにカッコいいところ見せてくれよな!」
「ヤツハさん……はい、最高の戦いをプレゼントします!」
「うむ、その意気だ…………アプフェル。なぜ、後ろから蹴る?」
「ほんっとムカつく。いいところ全部持っていって!」
「全くですわ。ヤツハさんのそういう無頓着なところは腹立たしいですわね」
「なんでだよっ?」
こいつらが何を言っているのかさっぱりだけど、とりあえず睨み返しておく。
そこにアマンの軽やかな笑い声が降ってきた。
「クスクス、先を越されましたね、お二人とも。でも、まずは行動。これがすべての基本ですよ」
アマンに何かを諭された二人は、仏頂面をして、ふいっと横を向いた。
いまいちよくわからないけど、落ち着いたから良しとしよう。
俺はフォレに視線を戻して、東地区の警備責任者であるサシオンのことを尋ねた。
「そういや、サシオンは? どっかで見回ってんの?」
「いえ、城にいるそうです」
「城?」
「はい、他の近衛騎士団団長も城へ。学士館の先生方やエクレル先生に他の高名な魔導師の方々も。さらに六龍将軍のうち四名が、英雄祭に合わせて戻ってきているみたいですね」
「へぇ~、何かイベントでもやるのかな?」
「さぁ、そういったことは聞かされていませんが。最終日の四日目にプラリネ女王陛下の演説が行われますから、警備の最終調整かもしれませんね」
「ふ~ん。じゃ、お前ひとりで、この場を仕切らなきゃいけないんだ」
「はい……胃が痛いです」
「ははは。それじゃ、武闘祭のある午後の警備はどうすんの?」
「それは部下たちが。ほとんどの人々が武闘祭の行われる城前に集まりますから、午後の警備は幾分か楽になりますし」
「なるほどねぇ。うん?」
袖口をキュッキュッと引っ張られる。
「ねぇねぇ、ヤツハおねえちゃん。お祭りいかないの?」
「ああ、そうだね。悪い悪い。それじゃ、俺たちは行くけど、フォレも警備がてらにちょっと付き合えよ」
「ふふ、それでは少しだけ」
俺たち六人は、屋台立ち並ぶ通りを歩いていく。
途中途中で、出店の食べ物を購入したり、出し物を見ながら歩いていると、見覚えのある二人の姿が映った。
一人は金髪の三つ編みをバンダナのように巻いた村娘姿の少女で、串焼きを口いっぱいに頬張りハムスターのようにほっぺを膨らませている。
ハムスターもどきを目にしたピケが声を上げる。
「あ、ティラちゃん!」
「もも~、みけか。ほほのようはほころでふぁえるとはな」
「ティラさ~ん、何を言っているのかさっぱりですよぉ。お口の中のものを~、喉に通してからねぇ」
「もぐもぐ、ごくんっ。ピケ、宿に行こうと思っていたのだが、まさかこのようなところで会えるとはな」
「うんっ。これはうんめいだね」
「そうだな。我らの絆は見えない強固な糸で結ばれておる」
串焼きを振り回し、なんかいい感じの言葉を吐いているティラに、俺は鋭くツッコむ。
「串焼きに目が行って立ち食いしてたくせに、よく言うな!」
「黙れ、ヤツハっ。感動の再開に水を差すでない!」
「へいへい、さーせん」
ティラの文句をテキトーに受け流す。
俺の隣では、ピケがなにやらスカートのポケットをごそごそとしている。何をしてるんだろう?
「ねぇねぇ、ティラちゃん。これは持ってる?」
「うん? ああ、もちろんだ!」
ピケが取り出したのは、ガガンガの髪飾り。
二人はガガンガの髪飾りを見せ合う。
これは二人の深い友情の印。
それを目にした俺は、そ~っと、その場から離れようとした。
しかし、ティラの声ががしりと掴む。
「ヤツハはどうした、髪飾り?」
「え~っとですね。机の中に大事にしまっていますよ……」
「はぁ~、言葉もない」
「うぐっ」
「もう~、お守り代わりにするって言ってたのに~。おねえちゃんはすぐ忘れるから、毎日つけててよ」
幼い子どもたちから氷のように冷たい視線で刺されます。
俺は慌てて逃げだし、アレッテさんに話しかけた。ある懸念をぶら下げて。
「あ、あのアレッテさん。ティラのことですけど、人通りが多いお祭りの日はさすがにまずいと思うんですが、大丈夫なんですか?」
「ええ、そう私も進言したのだけどぉ、女王陛下から祭りを見学させるよう命を受けましてぇ」
「女王陛下が? 母の思いやりってこと?」
「どうでしょうかぁ? そういった感じもしましたがぁ、何か違うようなぁ」
「はぁ」
女王も母。我が子を思う優しさかと思ったけど、アレッテさんの雰囲気では違うみたいだ。
(まぁ、考えても仕方ないことか。人様の家庭のことだし)
ティラたちと合流した俺たちは、大所帯で街を練り歩く。
街のみんなは、フォレを見て声を掛け、アレッテさんを見て驚いている。
普段はぽやんとしたアレッテさんだけど、教会ではかなりのお偉いさんらしい。
掛けられる声の中には、ヤツハの名前も混じる。
なんとなく照れくさいけど、うれしくもある。
俺は一歩前に出て、みんなを見る。
人狼族の天真爛漫なアプフェル。宿屋の元気な女の子、ピケ。
麗しき貴族のお嬢様、パティ。人猫族の代表、愛くるしいアマン。
教会の美しき司教アレッテ。幼くも美女の片鱗醸す、将来性たっぷりなブラン王女。
そして、その中で唯一の男、近衛騎士団・副団長フォレ……。
俺はフォレの肩にポンッと手を置く。
「美人に囲まれる気分はどうかね?」
「え?」
「お前はハーレム系主人公か!」
「え、えええっ!? いきなり何を言っているんですかっ?」
「いや、なんとなくそう思っただけ。そして、羨ましくもムカつく。ていっ」
「いたっ。いきなり額を突かないで下さいよ。ヤツハさんは時々妙ですよね」
「妙で悪かったな。もうすぐ、お昼になるけど、フォレは大丈夫なの?」
「そうですね。そろそろ、会場に向かい準備をしないと」
「そっか。お~い、お前ら。フォレが武闘祭に行くってさ」
みんなはわかったと返事をする。
「じゃあ、行こっか。フォレくんっ、期待してるよ」
「はは、精一杯頑張ります」
俺たちはフォレの活躍を見届けるべく、城へ向かう。
――しかし。
(うん?)
大勢の人々が行き交う隙間に、奇妙な人影が見える。
人々は、そいつのことが目に入っていないようだ。
そいつは俺を手招きしている。
目を凝らして、見る。
そいつは青いボロボロの外套を頭から被っている。
(あれは、マヨマヨっ!?)
以前、時計塔と出会った奴とは色違いの格好だが、たしかにマヨマヨ。
そいつが、手招きをして俺を呼んでいる。
(何の用だ?)
俺はみんなへ視線を投げる。
みんなの目にはマヨマヨの姿は映っていない様子。
どんな方法を使ってるかわからないが、俺以外、誰もマヨマヨに気づいていないみたいだ。
(完全に俺ご指名ってこと? 怪しいけど……でも、一度、話をしてみたいと思っていたし。ここは誘いに乗るか)
「あの、みんな、俺ちょっと遅れていくから」
「え、ヤツハおねえちゃん、どうしたの?」
「えっと、お、お花を摘みに」
「おはな?」
「ああ~、ヤツハ、食べ過ぎたのね。それでお腹を」
「アプフェル、やんわり包んだのにはっきり言葉に出すなっ。とにかく、ちょっと席外すから」
色々不本意だが、うまく誤魔化し、みんなの輪から離れることになった。




