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マヨマヨ~迷々の旅人~  作者: 雪野湯
第三十章 それは何者にも覆すことのできない、絶対と奇跡の物語

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運命を操る者

 フォレの声に応え、空間が黄金色こがねいろを見せる陽炎の如く揺らぐ。

 揺らぎは次第に大きくなり、渦を産み、その中心に一人の少女が姿を現した。



 服装はとても地味な赤茶色主体の村娘の姿。

 しかし、容姿は性別問わず、心を捕えるもの。

 髪は腰にまで届く、(からす)の濡れ羽色のようにしっとりとした黒の直毛。

 瞳の色も同じ黒。黒翡翠の輝きが潤んだ瞳と合わさり、実に妖艶な色気を醸し出している。

 肌は雪のように白く極め細やか。

 唇はとても健康的な色味で、ただ目にするだけで瞳に弾力を伝える。

 

 美女……と、称するがもっとも的を射ているが、緩みきった雰囲気から受ける印象は純朴な少女。


 少女は黄金の風を纏い、アクタの大地に降り立つ。


「やっぱり、アクタに来るならこの姿だよな」

 

 少女は、初めてアクタの地に訪れた姿のまま佇む。

 その少女の名は――ヤツハ。



「なぜっ!?」

 


 ウードはヤツハを目にした途端、心を蝕む何かに恐れ上空へ舞い上がり距離を取る。そこから言葉を振り下ろす――その声には怯えがあった。

 震えがあった。

 確かな恐怖がウードを刻んでいた。


 しかし、ヤツハはウードの言葉を受け取ることなく、仲間たちに瞳を動かした。

 ゆらりと(たお)やかに揺れる瞳に、皆が一瞬息を飲んだ。

 次に、息を吐き出す時には、僅かな驚きを交えた。


 フォレは自身の手を見る。

「傷が、ない……」


 ウードとの戦いで傷ついていた肉体。

 だが、その傷は一つもない。

 それどころか、ボロボロになっていたはずの鎧さえも、煌びやか光沢を放っていた。

 

 それらに驚いた心が、すぐに落ち着いていく。

 まるで、この事象が当然であるかのように……。



 ヤツハは視線を仲間たちから激しい戦いの末に傷だらけになってしまった草原へ向けた。

 すると、草原は初めからそうであったかのように、青々とした大地を広げている。

 このような奇跡を、この場にいる者たちが当然のように受け入れる。

 ウードを除いて……。


「なに? なに? 何が起こっているの?」

 

 美しい青空の中に浮かぶ異質な存在は醜き怯えを見せる。

 ヤツハはここで初めて、ウードを瞳に入れた。



「大したことじゃない。ちょっと、世界に自分の姿を思い出してもらっただけだ」

「な、何を言って……あなたは何をしたの!? どうやって戻ってきたの!?」

「ウード、無の世界ってやつは、想像を反映する世界だ」

「え?」

「今、お前が所有する身体はどうやって生まれた?」


「それは……まさかっ。だけど、それであなたの姿は説明できても、いまの出来事はどう説明するのよっ!?」

「俺は無を通して、その先に在る世界の全てと繋がった。そのおかげで、俺にできないことは無くなった」


 彼女の言葉に、キタフが小さな声を産んだ。


「運命……」

 ヤツハはキタフに微笑む。

「当たり。全ての存在が絶対禁忌とする力、『運命』。全てを矛盾なく『そうだ』とさせる力。俺はその力を操れるようになった。おかげで、こんなこともできる」



 

 ヤツハはウードに手をかざす。

 すると、彼女の手の平に光の円環が生まれる。


 その円環を目にした全ての存在が恐怖に言葉を失った。

 ウードもフォレたちもマヨマヨたちも、大地も、空も、草木も、水も、空気も、全てが恐怖に凍りつく。


 円環を正面に向けられているウードは言葉にならぬ呻き声を上げ続ける。

「あ、ぐぐ、ああ、いい、げげ、ここ」

「怖いだろ、これ」

「な、なな、なん、なの?」

「これ? サシオンの世界の兵器。あらゆる存在を否定する力。いや~、すごいわ。今の俺でもこんなもんまともに食らったら、しっぺされたくらいの痛さはあるし」


 

 ヤツハは円環の力を行使することなく消した。

 ウードの束縛は失われる。

 だが、恐怖は言葉に残り、震える。


「さ、サシオンの世界の……どうやって?」

「言ったろ。俺は無の先にある全ての世界と繋がっている。いま、俺の頭の中には無限の宇宙、世界の知識、情報が詰まっているってことさ」


 ヤツハはニヤリと笑みを浮かべ、人差し指でこめかみを二度叩く。

 ウードはそれを否定する。

「そ、そんなことできるはずがないっ! そんな馬鹿げた量の知識を人が宿せば、宿せば!!」

「脳が壊れる……そう言いたいんだな。そのとおりだ。普通なら耐えられるはずもない」

「ならば、どうやってっ!?」

「作ったのさ」

「作った?」

「この無限の情報に耐えられるだけの脳を。あの想像を反映する無の世界にな」

「えっ!?」



 ウードは、瞳が零れ落ちそうになるくらいに目を開いた。

 そして、口を震わせ、何度も小刻みに首を横に振るう。

 彼女のそんな姿に、ヤツハはとても軽快な笑いを返す。


「あはは、まぁ、わかるよ。馬鹿げてるからな。今、無の世界には一つの宇宙よりでかい脳みそが浮かんでいる。それを補助するようにいくつか機械もくっつけてるけどね。因みに、この肉体の頭には脳みそがない。無の世界から情報を得るための受信機みたいのがあるだけだ」


「なによ、それ? そんな、ふざけた真似がっ!」

「できちゃったんだよ、これが。俺はその脳と受信機を使い、大量の情報を有の世界から無の世界に届けている。これらができるようになったのは、彼女の訓練をおかげかな?」



 ヤツハは彼女と呼んだコトアに意識を向ける。

 しかし、コトアは全力で己の姿を隠し、ヤツハの視線から逃れようとしていた。

 ヤツハと無を繋げる場所で、彼女の気配を僅かに感じられるのみ。

 そこで彼女は何やらもぞもぞとした異質な動きを見せている。

 

(コトア、何を? クッ!)


 ズキリと痛みが頭に走る。

(くそ、もう、脳が崩壊し始めた。万能感に浸れたの一瞬だけだったな)


 全次元・全宇宙の情報はヤツハの想像の力よりも膨大な情報を持っており、その処理速度が追いつかず、宇宙よりも巨大な脳を傷つけ始めていた。


(やべぇ、自分が何をしているのか、何をすべきなのかが曖昧になってきた。必要事項を隔離して、守らないと)



 自分のやるべき事柄だけを抜き出して、ヤツハは物語の全てを誰にも覆されぬよう固定する。

 それらが終え、彼女はウードを瞳に入れた。



「ウード。勝負はお前の勝ちだった。すごいよ、お前は。笠鷺燎やヤツハでは敵わなかった。残忍な存在だが、その努力は認める。素直に悔しい。笠鷺である俺の思いは悔しさと嫉妬に塗れている……だが、結末はお前の敗北で終わる」

「そ、そんなもの認めないっ!」

 

 ウードは魔力を高めようとした。

 だがっ――


「ど、どうして、力が出てこないっ? なぜっ!? あっ!?」

 ぐらりとよろめき、ウードは地上へと落下し、地面に叩きつけられた。

「ぐはぁっ! ひぎぃぃぃ!」

 彼女は折れた足を抱え、悶え苦しむ。

 

「わるいな、ウード。力を消した」

「け、けした? あがぃぎぎっ」

「痛いか?」

「このぉぉぉ!」


 ウードは痛みに涙を浮かべ、土に塗れた顔をヤツハに向けた。

 その姿にヤツハは憐れみの光を瞳に宿す。

「ひどい姿だ。でも、お前のその足掻き苦しむ姿を見たかったのは、おそらく俺自身なんだろうな。いまとなってはよくわからない」


 膨大な情報が人格や感情を薄めている。

 今の彼が行っていることは隔離した情報によって、物事を進行しているだけ。

 ヤツハは痛みにのたうち回るウードに言葉を送る。


「もしかしたら、どこかにお前が勝利した場面があるかもな。だが、それはもう決して訪れない。俺がそれを決して許さない。これは絶対の運命として固定した。如何なる存在も、この出来事は覆せやしない」

「このっ、あぎぎ、あがっ! ぐぅぅっ」


 ヤツハはウードに言葉を送り続けるが、彼女は全身を痛みに苛まれ声を返すことすらできない。

 そんな憐れな女に、ヤツハは死という名の安らぎを贈る。



「最期は、俺たちが得意とする魔法で(おく)ろう」



 ヤツハの身体が、空間の力を宿す紫の光に包まれていく。

 ウードの周囲には彼女を中心とした紫の渦が生まれた。


「消え去れ、ウード。お前の居場所など、この三千世界のどこにも――ない!」

「か、か、かささぎ~!!」


 紫の渦はウードを言葉ごと飲み込む。

 だが、ウードは最後まで足掻き続ける。

 その姿に、隔離されたはずの情報から感情が飛び出す。

 それは、憐憫と嫉妬が混じり合う複雑な感情……。

 

 この戦いに勝利したのは人を超えし存在であって、ヤツハや笠鷺ではない。

 ヤツハは笑みを浮かべる。それはとても邪悪な笑み。笠鷺の心を表す笑み。

 彼の心とヤツハの心は一体となり、ウードの姿を瞳の奥深くに宿す。


 ウードは暴虐たる空間の渦に呑み込まれ、それは存在を切り裂き、やがては霧散した。

 そこには何もなく、草と小さな花々が風に揺れている、穏やかな草原だけが広がっていた。

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