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マヨマヨ~迷々の旅人~  作者: 雪野湯
第二十七章 笠鷺燎として

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フォレの見ていた背中

 延々と響き渡る少女の嘆き……。 

 これらのことはもちろん、フォレは知らない。

 彼が知るのは、自身の胸に顔を(うず)めて震えていた想い人の姿……。


 フォレは悲鳴と煙が交わり合う町へ顔を向ける。


「覚悟は決めたはずなのに現実を前にすると私はっ! なんと、卑劣な。ヤツハ様の、ヤツハさんの、大切な人の思いに応えないと!! そうしないと、彼女は孤独になってしまう!!」


 フォレは大きく息を吸い、伝令を呼び戻そうとした。

 だが、そこに、懐かしくも意外な人物の声が響く。



「やめときなさい。後戻りできなくなるわよ、フォレ」

「え?」


 林の中から長身の影が現れた。

 その影の足元には前かがみの小さな緑の存在……種族はガブ。


 フォレはそのガブに見覚えはなかったが、長身の影には見覚えがあった。


「カ、カルア……様?」

「様はいらないでしょう。今はヤツハに追われる身なんだから。それに、二人のときは呼び捨てだったでしょう」


 長身の男の名は、カルア=クァ=ミル。

 かつてのフォレの友であり、今は追われ人。

 王族である彼はヤツハとなったウードに、地下賭博場や人身売買の咎を問われていた。

 しかし、カルアは王都からの脱出に成功し、諸国を彷徨っていたのだった。



 フォレは声を震わせながら、カルアに問う。

「ど、どうして、お前がここに? というか、どういう格好なんだ? 追われてるんだろう?」


 カルアはコナサの森とメプルを繋ぐ街道で見せた革のジャケットを纏い、顔には白粉(おしろい)にアイシャドウとチークを乗せて、髪形は緑の髪の上に紫色のトウモロコシのような髭が飛び出したという派手な様相だった。


 どうやら、フォレはこの姿のカルアを見たことがないようだ。

 カルアは姿格好に対する指摘へ気にするなと返す。



「私の衣装はどうでもいいでしょっ」

「いや、だけど、それじゃすぐにみつか……わ、わかった。それはいい。しかし、どうしてここに?」

「たまたまよ。ま、西方に逃げてたところに、あなたが来るって聞いたから。ちょっと顔を出してみたんだけど。まさか、こんなことになってるとわね」


「何を言っている?」

「何もどうしたもないでしょ。ヤツハの過激な粛清とあなたの性格を合わせればわかるわよ。悩んでるんでしょ。その命令に従うべきかどうか」

「それは……」

「やめときなさい。気の乗らない命令なんて従うもんじゃないわよ」

「だけど、それではっ」

「やめときなさいって言ってるのよっ!!」



 カルアは声に刃を乗せて、フォレを貫いた。

 そこから彼は声音(こわね)を落とす。同時に懇願を籠めた表情も見せた。


「一線を越えたらおしまい。後戻りはできないの。フォレ、あなたは私のようになっちゃダメよ」

「カルア……」

「これは昔、あなたの親友だった私からの忠告。ここだけでもいい。お願いだから踏みとどまって」



 二人は語りを納め、無言で見つめ合う。 

 そこにカルアの足元にいたガブが話しかけてきた。

「カルア様、先程の大声で他の兵士どもが」

「はぁ、私としたことが。長居は無用ね。それじゃ、フォレ。あなたは自分の正義を貫きなさい」

「カルア、待ってくれ!」

「待たないわよ、捕まっちゃうじゃない」


 カルアは踵を返し、フォレに背を向ける。

 だが、顔だけをこちらに向けて、小さな微笑みを見せた。


「ふふ、あなたの憧れだったサシオンならどうしたかしらね?」

「え?」

「じゃあね」

「カルア、どこへ?」

「知らないわ。テキトーに野垂れ死にでもするわよ。罪を犯し続けた私にはお似合いの最期でしょ」


 そう言葉を残して、カルアはガブと共に林の中へと姿を消していった。

 ぽつりと残されたフォレは目標としていた憧れ人の名を呟く。

「サシオン、様……」



 もし、サシオンだったなら、どうしたであろうか?

 フォレはサシオンの思いに触れる。


「あの方なら、このような命令には従わない。己の正義を貫き、決して屈しなかったっ。私は、どうしてこんな大切なことを忘れていたんだ? 私はっ、俺はっ、サシオン様を目指していたのにっ!!」


 まっすぐと前を見つめ、先に在るサシオンの背中を捉える。

「俺はサシオン=コンベルの後継と黒騎士に宣言した。それなのに、この体たらく……サシオン様も黒騎士も、草葉の陰で笑っているだろうな……」


 フォレは口元を引き締め、迷いなど一切なく、足を前へと踏み出す。

(ヤツハさんを止める。もっと、別のやり方があるはずだ。たとえ、そのせいで彼女と反目することになろうと、俺は、俺の正義を貫く!!)

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