三人目の空間の魔法使い
先生は俺との間に、魔力を増幅するというオリハルコンの力宿る魔導杖を地面に突き刺す。
「杖を通し、互いの力を増幅します。そして、魔力を共鳴させて、消失に当たる。できるわね、ヤツハちゃん!」
「もちろん!」
俺と先生は同時に全身から魔力を放つ。
二つの魔力は同一の波長となり、互いに結び合う。
そして、両手に魔力を集める。
こちらの覚悟が終え、トーラスイディオムは大きく顔を天に掲げた。
「まさか、生涯最初にして最期の身魂投げ打つ力を人に向けようとは……ふふ、長きを生きてきたが、これほどの驚きと喜びを味わったことはない」
トーラスイディオムの全身に紫と黄金混じる稲光が迸る。
彼から放たれる強大な魔力に空間は悲鳴を上げて歪められる。
持てる力は全て、龍の顎に集まり、黄金の輝きが辺りを染めていく。
その力はあの黒騎士との戦いでも感じることのなかった、絶対の力。
俺の全身に寒気が走り、汗が一気に噴き出す。
「先生……」
「どうしたの?」
「ちょ~逃げたい」
「あのね、いまさら何を言ってるの?」
「いや、だって、あれ、人の受ける力じゃない。触れた瞬間消滅するっ」
「そうね。ここで私たちが受け止めることができなかったら、後ろにいるピケちゃんたち。そして、コナサの森のみんなも消えちゃうでしょうね」
「まぁ、そうでしょうね。それにほっとくと、もっとひどいことになるんでしょ?」
「力の暴走による爆発。ここはもちろん、王都サンオンを含めて甚大な被害が出ちゃう……」
「まったく、何で静かに死ねないかな」
「その身に膨大な力を持つ者の宿命。常に力を産む龍は危険と引き換えに至高へ立つのよ。鎮め方を誤れば、ご覧の通り」
「危険が他の種族に及んでるっ。ちきしょう!」
俺と先生は両手を前に出し構える。
トーラスイディオムは一度大きく仰け反り、首を前に戻すと、顎より咆哮を放った!
その咆哮を最後に大きな唸り声を上げて、彼は地面に倒れた。
黄金の一閃が周囲を光に染め駆け抜けていく。
光に怯えた地面は捲り上がり、その場から逃げ出す。
転がっていた大岩も羽を生やし、我先にと離れていく。
そんな馬鹿げた力を相手に、俺たちは正面から挑む!!
「ヤツハちゃん、最初の一撃で動きを止めるわよ。流れに集中!」
「はい!」
「流れは単純! 私が右上と右中を受けるから、ヤツハちゃんは左上と左下!」
「わかりました!!」
光の塊が近づく。
塊の表面では魔力の波紋がゆっくりとしたうねりを見せ、それらがぶつかり合い、緩やかな流れが産む。
俺たちはその流れに沿い、まず塊の動きを止めた。
「うらぁぁぁ!」
俺と先生の両手は流れのポイントを射抜く。
一時は動きを止めたが、放たれた光線は魔力の洪水となって次々と押し寄せる。
塊の中に新たな流れが出現する。
その流れを、一度の過ちも犯さずに一つずつ丁寧に押さえ、受け流す。
右手で上を押さえると、下に流れが生まれる。
下を左手で押さえると、次は中央に生まれる。
中央を押さえると、流れが三つに。
それら瞬時にして押さえると、また新たな流れが……。
忙しなく動く四本の腕。
俺は悲鳴を上げる。
「むりむりむりむりっ! 間に合わないっ!」
「間に合わなかったら消えてる。頑張って!」
「そんなこと言われても、一撃一撃が重くてしんどいっ」
「口を動かす暇があったら、手を動かす!」
「その手が疲れてきてきっつい。これって、体力も使うんだけど~」
「もう、命が掛かってるのに、我儘ばかり言って……でも、そんな余裕があるのが驚きね」
「え?」
「普通はこんな強大な力を前にしたら身が竦むものよ。それなのに」
「黒騎士とやり合って、死線というやつを知りましたからね。おかげさまで死は怖いけど、必要以上に恐れることはなくなりました」
「ふふ、大変な怪我を負ったけど、ヤツハちゃんを大きく成長させる良き出来事だったようね」
先生は柔らかな笑みを浮かべる。
しかし、その顔には汗が張りつく。
それは俺も同じ。
今はお喋りしている余裕があるものの、徐々に光線が俺たちを押し込んでいる。
「くそっ」
流れの乱れる箇所が八つ現れる。
うち三つを俺が処理をして、四つを先生が処理をするが、一つが間に合わないっ!
「先生っ」
「もうっ!」
先生は膝に魔力を籠めて打ち込み、流れを潰した。
「おお~、器用っすね、先生。そんなこともできるんだ」
「できなかった。でも、できるようになっただけよ!」
「この土壇場でそんな機転が? さすが、先生!」
「ええ、まさか私も、こんな妙な成長を遂げるなんて思わなかった。でも!」
先生は光を見つめる。
光の塊は列となって、いまだ続いている。
俺たちが消失させた力はまだ折り返し程度。
このままでは先に、俺たちの体力と魔力が尽きてしまう。
――やはり、龍の今際の際の言葉は、人には受け止めてやることができないのだろうか……。
「このままじゃ……」
<仕方がない。力を貸してあげるわ>
「え?」
ふわりとウードが隣に立った。
彼女は相変わらず人を小馬鹿にしながらも、心を魅了する妖艶な笑みを見せている。
俺は頭の中で彼女に問いかける。
(何の用だ? こっちは忙しんだよ)
(これを凌ぐには二人では足らない。だから、私が力を貸してもいいわよ)
(わかった、力を貸せ!)
(あら、あっさりと……)
俺はチラリと隣を見る。
そこにはエクレル先生がいる。
後ろにいる、守りたい人たちのことを思う。
荷馬車にはピケやトルテさん、サダさんにノアゼット。
さらに後ろにはクレマたちがいる。
そして過ぎるは、近藤を失ったときの思い。
(俺はもう、失う後悔をしたくないんだ)
(そう。理由はどうあれ、私には好都合だけど……わかるでしょ。私の力を借りる意味?)
(心の浸食が進むんだろ。でも、ここで死んだら意味がないからな。それよりも、お前の力とやらでどうにかなるのか?)
(もちろん)
ウードは両手に魔力を籠める。
そして、即座に俺と先生の魔力に同調した。
(お、お前……?)
(フフ、驚いた?)
(どうして? いや、どうやって?)
(アクタへ来て以降の知識や経験はあなたと共有している。だから、魔力とやらを産む術を得ている。もちろん、空間魔法もね)
(てめぇ、俺が苦労して手に入れたものにただ乗りしやがって!)
「ヤツハちゃん……?」
「ん?」
先生が俺の名を呼ぶ。
意識を先生に向けると、彼女は目を大きく開き、俺を見ていた。
「二種の魔力を感じる……ヤツハちゃん、あなた一体?」
先生の様子から、俺の内側から二人分の魔力を感じているだけで、ウードのことを感じ取っているわけじゃなさそうだ。
俺は説明を交えず先生に指示を飛ばす。
「先生、不思議に思うでしょうが、今は目の前にあるものを、ですっ」
「え? そ、そうね。私とヤツハちゃんと、もう一つの魔力を使えば何とかなるかも!」
「はいっ!」
(ウード!)
(フフ、わかってる)
ウードは俺の隣に立ち、両手に魔力乗せて流れを迎え撃つ。
四から六に増えた腕。流れを見る目も六。
もっとも、先生は俺たちと違い、器用に膝や肘へ魔力を集めて、エクササイズをしているかのように忙しなく動いているけど……。
とにかく、これならば乗り切れる!




