謎の生命体・カルア=クァ=ミル
出口に目を向けると兵士に交じり、何やら奇妙な男が立っている。
男はトウモロコシの髭のような髪形をしていて、髪の色は基本が緑で毛先は紫色。
革ジャンと革のライダーパンツに身を包み、パンツには銀のアクセサリーをジャラジャラとたくさんくっつけている。
そんな出で立ちなのに、腰にはレイピアという奇妙な組み合わせ。
ただし、レイピアの様相は格好に合ったもので、持ち手には髑髏の意匠が施され、鞘には苦しみ悶える裸の人間たちの模様が刻まれている。
身長は結構高く、180cmはあるだろうか。トウモロコシの髭なしで……。
男はこちらに気づき、近づいてきた。
「あら、あなたたち、旅人? それとも、交易かしら?」
男は品を作りながら、腕を組み、黒色のマニキュアの付いた人差し指の爪先を噛んでいる。
唇には髪の毛先と同じ紫色のルージュ。さらには輪っかのピアスが二輪ついている。
顔には白粉でもつけているのか異常に白く、そのため青のアイシャドウが異様に浮かんで見える。
頬には薄い赤のチークも乗っている。
あまりにも奇抜すぎる格好に、俺を含むみんなは絶句した。
奇抜な男はエクレル先生へ目を向ける。
「あら、あなたは、エクレル=スキーヴァー」
「え、あの、もしかして……カルア様ですか?」
この先生の言葉に、俺は思わず大声を出しそうになった。
(こ、これがっ!? こんな訳の分からない生き物が!?)
俺は驚きが漏れないように、両手で口を押さえる。
そしてそのまま、先生とカルアの会話を黙って聞くことにした。
「ええ、そうよ」
「その、大変、ご様子がお変わりのようで」
「そうでしょう~。三か月ほど前に北地区にある『デルニエアンプルール』ってお店で、この衣装を手に入れたのよ。化粧の方もその店の店主に教わってね」
(サバランさ~ん!)
俺は両手で顔を塞ぎ心の中で叫んだ。
今、とんでもない影響がアクタで起こっている。
サシオン、マヨマヨ、本当に取り締まらなくていいのか!?
俺はこっそりと先生に尋ねる。
「三か月前にって言ってましたけど、先生の驚きようから、以前はあんな姿じゃなかったんですね?」
「ええ、そうよ。少々、女性っぽいところはあったけど、あんな妙な格好は」
「因みに、前はどんな格好で?」
「フリルの付いた真っ白なシャツの上に赤いジャケットを好んで着ていたわね」
「それって、肩にピラピラした紐の乗っかった、お芝居に登場する男装の麗人的な」
「言われてみれば、そんな感じだったような気がする」
「そっかぁ。素養があって、サバランさんとの出会いでこじれたのか……」
俺は視線をカルアへ向ける。
地球でも、ある意味上位のファッション。
アクタなら天上を飛び越えて宇宙のファッションだろう。
そのはずなのに、奇抜な異星のファッションを興味深げに見つめる一人の女の子がいる。
「サバランおばあちゃんのお店のだ~」
ピケです。ピケがカルアのファッションに食いつきました。
カルアはサバランさんの名前を口にしたピケに目を向けた。
「おばあちゃん? あなた、サバランの孫なの?」
「違うよ~。でも、本当のおばあちゃんみたいな人だよ」
「ふ~ん、その割には地味な格好ね」
「いつもは普通で、特別な服は特別な日に着るの」
「へぇ~、そうなの」
微妙に会話が盛り上がっている気がする。
トルテさんが慌ててピケを止めに入る。
「ピケっ。あまり失礼なことは」
「あら、別にいいわよ。子どもだし」
カルアは軽く肩を竦めて、ピケの非礼を許した。
とても人身売買を行っている親玉とは思えない意外な寛大さに俺は驚く。
ピケは視線をカルアの腰元にあるアクセサリーに向けて、首を傾げた。
「う~ん」
「あら、どうしたの?」
「どうして、銀のチェーンを提げてるの?」
「ああ、これ。この方がアンニュイさが出て、いいでしょ」
カルアの腰には長めの銀のチェーンがだらしなくぶら下がっていた。
ピケはそれを見つめつつ、ちょっと怒った顔をする。
「駄目だよ、それじゃ! 全然なってない!」
その声に全員が凍りついた。
カルアは自分のセンスに文句があるのかと、こめかみをひくひくさせながらピケを睨みつける。
「い、いったい、私の何がなってないのかしら……?」
ピケは荷馬車から飛び降りて、カルアのアクセサリーを手に取った。
それに驚いたカルアはたじろいでいる。
「ちょ、ちょっと、なに?」
「これを、こうして、こう。はい、これでいいよ」
「え?」
ピケは何かをやり遂げたように手をパンパンとはたく。
みんなの視線はカルアの腰にあるアクセサリーに集まる。
アクセサリーは相変わらず、だらしなくぶら下がっている。
だけど、そこには先ほどまでなかったものが見える。
俺はそれを見て呟いた。
「十字架?」
その十字架の中心には血のように真っ赤な宝石の装飾があった。それを逆さ十字にして、正面から見えるようにぶら下げている。
ピケは逆さまの十字架を指さしながら、風が流れるように淀みなく説明を始めた。
「世紀末を表す服装としてはアンニュイさは大切だけど、見せるべきところは見せないと。その銀のチェーンには十字架がついてる。それをちゃんと見せつつ、世界に対するアンチテーゼの表れとして逆さにするの」
「そ、それは……」
カルアは説明を受けて、言葉を失っている。
これは二人だけにわかる世界。
世界から放り出された俺たちは、黙って見ているしかない。
カルアは奥歯を噛み締め、白粉でわかりにくいがたぶん顔を真っ赤にして、ピケが着付けたチェーンを崩そうとした。
だけど、途中で手を止めて、指先をわなわなさせつつ、ゆっくりと降ろしていく。
たぶん、悔しいながらも、ピケのファッションセンスを認めたというところだろう。
カルアの態度に、ピケは両手を組み、武の極みに立つ老師のような貫禄ある頷きを行った。
そして、エクレル先生の手を借りて、荷馬車へ戻った。




