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マヨマヨ~迷々の旅人~  作者: 雪野湯
第十六章 盲目流転

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見えざる流れ

 サシオンの前に立ち、話しかける。


「それで、話したいことと聞きたいことって?」

「そうだな。()ずは尋ねよう。ヤツハ殿。いや、笠鷺燎(かささぎりょう)がいったいどのような経緯で、アクタへ訪れたのか? そして、女神コトアが邪魔をして、話させようとしなかった内容は?」

「女神が邪魔したことまで知ってんだ?」

「君たちと比べると私もまた、人外の存在だからな……ヤツハ殿」



 サシオンは俺を真っ直ぐと見つめる。

 彼の強い視線を受けて、スッと息を飲む。

 そしてそこから、アクタへ至る道を語っていく。

 

 

 笠鷺燎は殺人鬼によって刺されて死んだ。

 死後、裁判を受ける。

 判決は『前世の罪を償っていないため宇宙追放刑』。

 これによって狭間に捨てられる。

 そこは想像が反映する世界。

 俺は女性に化けて遊ぶが、結局途方に暮れる。

 そこへお地蔵様が訪れ、彼の慈悲により女性の姿のままでアクタへ。


 その際、脳の奥に眠る知識に触れる能力と、身体機能の向上。さらにはアクタの言語や文字などの知識を貰い受けた。

 ただ、そこには余計なノイズが混じる。

 

 前世の存在――ウード

 

 どういうわけか、彼女が脳に棲みついたのだ。

 ウードは日々力を増し、俺の身体を乗っ取ろうとしている。

 いまの俺には、それに抗う術はない。


 

 

 いままでの経緯を話し終えて、俺はサシオンと近藤を見る。

 近藤は何と言葉をかけていいのかわからない様子で、考え込むような態度を見せている。

 一方サシオンは目を見開き、化け物を見るかのような目で俺を見ていた。



「サシオン? どうしたの?」

「ヤツハ殿は、あの狭間の世界で無事でいられたのかっ?」

「え? いや、無事っていうか、お地蔵様が来ないと消えるところだったけど」

「生身どころか魂が剥き出しの状況下であの狭間っ、無の世界の境界線に!?」


「ん、無の世界の境界線って?」


「狭間と呼ばれる世界とは、無と有の間にある世界を差す。そこに何の対策もせずに漂うなど不可能のはず。想像の反映は無より脆弱とはいえ、己の想像で押しつぶされるか闇に呑まれるかをして、全ては消え去るものだが」


「いや、そんなこと言われても……前情報がなかったから、あんまり過激な想像しなかったからじゃない? いま行ったら、ヤバいこと想像してあっさり死にそうだけど」


「たしかに話を聞く限り、馬鹿な想像して楽しんでいたようだが」

「バカで悪かったなっ。たしかにバカだけどさ!」

「これはすまぬな、言葉が過ぎたか……にしても、ふふ、あの世界で生き延びる方法の一つがふざけた妄想だとは……地蔵菩薩はさぞ君の姿に驚いただろうな」


「え、いや、普通の感じだったけど」

「なに? ふむ……なるほど、見えてきたな」

「なにが?」

「うむ……」



 聞き返すが、サシオンは腕を組み、小さな唸り声を上げるだけで答えを返す気配はない。

 それどころか、代わりに質問をぶつけてくる。

 


「話の中で前世の話が出たが、あの奇妙な脳波は前世の存在というわけか?」

「ああ、そうだね、たぶん。あ、そうだっ。ねぇ、サシオンの科学力で何とか分離なり消したりできない」

「それは……」


 不意に彼は、表情から色を消した。

 そこから何を考えているのか全く読めない。

 彼は何度か考えを巡らせて、答えを出した。

 それは俺の期待を大きく外すもの。


「やめておいた方がいいだろう」

「ん? それはできるけど、しない方がいいってこと?」

「ヤツハ殿は大きな流れの中にいると見える。下手な横やりは流れを搔き乱し、思わぬ事象を引き起こすやもしれぬからな」

「流れ? サシオン……あんたには何が見えてんだよ?」

「すまぬ。これ以上の発言は私の手に余る……」


 彼は俺のいきさつと、お地蔵様の存在。そして、ウードの存在を知って、何かの確証を得たようだ。

 俺にはこれらの情報から『流れ』の正体が全く見えない。

 見えないのは、『流れ』の中心にいるのが女神コトアだからだ。

 サシオンは彼女に近しい存在。

 だからこそ、見えているのだろうけど……その彼から話せないと言われてしまっては、手も足も出ない。



「くそっ、腹立つわ~。俺のことなのに、俺の知らない場所で盤面が動いているなんて……駒扱いかよ」

「神とはそういうものだ」

「あんたもそっち側だろ!」

「ふ、皮肉なことにな。神々を否定し、支配下に置いた私が神へ手を貸しているとは」

「は、今の話は?」


 

 サシオンはピクリと口端を動かす。

 それは漏れ出してしまった言葉に対する後悔。

 口を僅かに開けて、舌先を動かし、戸惑いを見せている。

 

 視線をチラリと上に向けた彼は、言葉を落とす。

「まだ余裕があるか……ん、いいだろう」

 彼は息を飲み込み、少しだけ自分たちの世界のことを話し始めた。



「我々の宇宙は進化の極点に達していた。全てを自在に操り知る我々は、それに(るい)する存在を危惧し、排除することに決めた。また、彼らの独特な感性についていけぬところもあったからな」

「類する存在……あんたらは神の横に並んだのか!?」


「並ぶ? ふふ、遥か先を超えた。彼らは我々の敵ではなかった。我々は宇宙を治め、神々の世界をも支配し、次に手を伸ばすは多次元宇宙……」

「話がでかすぎてピンとこないけど、とんでもない存在になっていたんだ……でも、どうしてそんな存在が滅んだの?」


「地球……足元を見ていなかった」

「もしかして、サシオンの宇宙が無に帰ったのは、地球が原因だったり?」

「そのとおりだ。火星独立戦争以降、凋落した地球人は起死回生の一手に、絶対禁忌である『運命』の研究に手を出した」

「運命?」


 この言葉を問い返すと、サシオンは眉を折り曲げ、身体全体に緊張を走らせる。

 そして、ゆっくりと息を落とし、言葉を産む。



「あらゆる事象を自在に書き換え、さらには矛盾を生じさせない絶対的な力にして知識の集合体……それを我々は『運命』と名付けた」


「なんか、聞き覚えがあるな。それって、世界の事象が何でも書いてあるとかいう、アカシックレコードみたいな感じ?」

「そうだな……だが、『運命』それよりも遥かに強力で危険な力だ。全てを『そうだ』とする力。誰も触れることの許されない力。神々もまた、その力に畏れ触れようとしなかった」


「世界を書き換えても矛盾は生じずに存在が許される力、か。具体的にはわかんないけど、ヤバいってのはわかる」

「大変危険な力だ。いや、危険では足りぬもの。結局、地球の研究は失敗に終わり、我々が築き上げたものは全てっ、無に消えた……」


 言葉の途中で故郷を思ったのだろう。

 彼の言葉が跳ねる。

 しかし、すぐに冷静さを取り戻し、艦長席をそっと撫でる。


「私はこの船に救われた。宇宙最強と名高い『インフィニティ』のシールドで無に抗えた。残念ながら、その時いたはずの船員(クルー)は皆、無に呑まれてしまったがな……火星に住んでいた私の家族は言わずもがな……」

「家族が、いたんだ……」



 サシオンは無言で頷き、艦長席のひじ掛けにあったパネルを操作する。

 目の前の巨大なスクリーンから宇宙の映像が消えて、見たこともない無機質な文字の羅列が現れる。

 彼はその文字の羅列を見ながら、寂しげに言葉を漏らす。


「いくら私が過去の記録に触れても、データには何も残っていない。全ての存在は無に消えて、記録など初めから存在しないのだ。私の宇宙は、もう、私の記憶の中にしかない……」


 語りを終え、サシオンは静かに文字を見つめ続ける。

 俺は掛ける言葉もなく、ちらりと近藤へ視線を送る。

 彼もまた何も言えずに、サシオンの背中をただ見つめていた……。




 サシオンは文字の映像を宇宙の映像に戻し、振り返る。

「すまぬな、貴重な時間を自分の語りに費やしてしまい」

「いや、いいよ。お前のことを知ることができて良かった」

「そうか……」


 サシオンは小さな笑みを零し、すぐに引き締める。

 次に右手を前にかざす。

 すると、光の線が現れて、光は剣の形となり、彼の右手に納まる。


「この剣は急遽造り上げたものだ。女神の装具のような力はないが、あれらと打ち合うだけの強固さを備えてる。受け取ってくれ」

「え、うん」


 剣を受け取り、その感触を味わう。


「見た目は何の変哲もない長剣なのに、羽のように軽いね」

「造形に拘っている余裕がなかったのでな、そのような単調なものになってしまった。だが、性能は保証する」

「そう、ありがとう。そういや、あの日本刀は俺に渡すつもりだったんだろ。なんで、フォレに?」

「それは……フォレにこそ必要と悟ったからだ」


 サシオンは小さな戸惑いを見せて答えた。

 彼の姿を見て、宿でのフォレとのやり取りを思い出し、なんとなく理解する。

 

(フォレは俺を守りたいと熱い思いを伝えてきた。だから、サシオンは……まったく、親バカだな)

 俺は気づかれないように小さく笑い、口元を戻し、サシオンを見つめる。

 彼は視線を僅かに上に向ける。



「もう、これ以上、コトアの目を誤魔化すのは難しそうだ。最後に何か聞きたいことはあるか?」

「ん~、今のところは。そんなわけで、前みたいに思いついたらあとで聞くよ。ウードや女神様が訝しがらないように気を付けてさ」

「あとで……」


 彼は一瞬、声を産もうとして飲み込んだ。

「サシオン?」

「いや、なんでもない」

「そう? ならいいけど。そうだ、サシオンの方こそ、他に聞きたいことってある?」

「それは……あるにはあるのだが……」


 急に彼は言葉を淀ませ、そわそわし始める。

 実にサシオンには不似合いな態度。

 俺はそれに深く突っ込む。




評価点を入れていただき、ありがとうございます。

心に宿る見えざる想像を文字として表し、一語一句余すことなく物語を伝えられるよう、努力をしてまいります。

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