近藤――3-3
殺人鬼の断末魔とも言える悲鳴が響き渡る。
しかし、笠鷺くんは悲鳴など無視して、文句をぶち撒けながら殺人鬼の腹部に何度も蹴りを入れている。
「このっ、ボケがっ! よくも俺を殺しやがったな! 死ね、今すぐ死ねっ! ほりゃ、折れたところ踏んづけてやんよっ」
殺人鬼に対する容赦のない攻撃に周りの人が驚き、止めに入った。
だけど、彼は周囲の制止を振り払い、殺人鬼の折れた手をブランブランと振って痛みにのた打ち回らせている。
しばらくして、数人の警察がやってきて、彼らは殺人鬼ではなく笠鷺くんを取り押さえた。
「ぷぎゃっ。おい、刃物持って襲いかかったのあいつだぞ。なんで俺がこんな目にっ!」
「わかったから静かにしなさい。君は傷一つ負っていないんだから、やりすぎると過剰防衛になるよ」
「過剰なもんか! 刃物持って襲いかかったんだから殺されたって文句言えねぇはずだろ!」
「はいはい」
「うっわ。その受け流しよう、ムカつく~」
と言いながら、彼は右手で警察官の腰のあたりを弄っているように見える。
私は何が起こっているのわからず、ふらふらと彼に近づいていった。
「笠鷺……」
「あ、近藤」
「え? 笠鷺……だよな?」
私を見つめる彼の瞳は、私の知る笠鷺燎のものではなかった。
彼の瞳に宿る光は、少年のものとは思えないほどに重厚なもの。
歴戦の戦士であるかのような鋭い光が、私を貫く。
彼は左手の人差し指で私を差してくる。
その指の爪は、金のラメ混じる紫色に染まっていた。
そして、笠鷺くんが何かを口にしようとした瞬間、その紫の爪は紫と黄金混じる光を放つ。
「近藤、あんま過去の、ぐわっ! またかよっ!?」
太陽の光を受けて煌めく宝石のような輝きが笠鷺くんを包み込み、彼はこの場から完全に体を消失させた。
笠鷺くんを取り押さえていたはずの警官や周囲の人々は、忽然と消えた笠鷺くんにどよめきを走らせる。
それは私も同じだった。
何が起こったのかわからず、笠鷺くんがいた場所へ近づこうとした。
しかし、動かしたはずの身体は緩慢な動きとなり、途中で固まった。
周囲の人々も皆、同じく固まっている。
その中で、思考ができているのは私だけのようだった。
<永遠回廊かぁ~。ひどい刑だよねぇ~>
突如、少女らしい声が響く。
その声の出所は、目の前から聞こえているのか、頭の中で響いているのか、はたまた世界全体から降り注いでいるのかすらわからない。
「だ、だれ?」
<誰でもいいよ。笠鷺のおかげで隙が付けたけど、あんまりもたないから単直で聞くね>
「聞く? 何を?」
<このままずっと、この刑を繰り返すか、笠鷺のために頑張っちゃうか? どうする?>
「笠鷺のために……それは?」
<あ~、もうダメっぽい。ねぇ~、君。理由はわからなくても、答えは出ているはずでしょ。どうする?>
「それは……わかった、この刑から離れたい。そして、私は笠鷺のために尽くしたい!」
<おっけ~、交渉成立。じゃあ、おいで。私の世界へ>
幼い子どもの手が私の前に現れる。
私はその手を握り締めた。
手は私を引いて、暗闇渦巻く世界へ引きずり込んだ。
景色はぐにゃりと螺旋を描き、視界にパースが戻ると、私は草原に一人立っていた。
「ここは?」
「アクタ……と、私が名付けた世界」
背後から、幼い少女の声が響く。
しかし、声には少女のものとは思えぬ圧があり、畏れが四肢を満たし振り返ることができない。
私は全身に汗を浮かび上がらせて、空気に押されるように下を見た。
目に入ったのは皺だらけの手に、病院で眠っていた時の服装。
後ろから人ならず者の声が響く。
「あ~あ、何も老人に戻らなくても。ま、それだけ、罪悪感が大きいってことかなぁ」
「あ、あなたは、一体?」
「さ~ね。ねぇ、近藤」
「何でしょうか?」
「今から三年の後に笠鷺燎がアクタへやってくる。それまでに君が何をすべきが探しておきなよ」
「三年? 笠鷺? それは?」
「全ては今から出会う、マヨマヨに聞くといいよ」
「まよまよ?」
「たぶん、君は私の殺害という選択を選ぶんだろうけど、そのときを楽しみにしてる」
「私が、あなたを!?」
「その選択を選んでくれると流れは……もう~、遠見が使えないのは不便だなぁ。使うと他の連中に見つかるから仕方ないけど。まぁ、いいや。じゃーね、近藤」
圧が消える。
私は恐る恐る後ろを振り向いた。
しかし、そこには風でさざ波を立てる草原が広がっているだけ。
「いったい、何が? わけがわからない」
「そこのお前、異界の者か?」
「誰っ?」
驚きとともに声が聞こえた場所を見ると、赤い襤褸を纏った奇妙な存在が立っていた。
「私は迷い人、マヨマヨと呼ばれている。君と同じ、異界からアクタへ訪れた者だ」
今更ですが
魔導士=魔法使い=魔導生(学生のこと) 魔導師=魔法の先生
こんな感じの区分けです。




