表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マヨマヨ~迷々の旅人~  作者: 雪野湯
第十四章 絶望の先にあるもの

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

138/286

英雄たち

 黒騎士の背中を見送りながら、部下がバーグに戸惑いの声を掛ける。

「ど、どうします?」

「どうって、帰るしかないだろ」


「いいんですか?」

 部下はちらりとヤツハたちを目にする。


 バーグはその視線に対して、首を左右に振った。

「あいつらに止めを刺すのは簡単だ。黒騎士殿も何も言わんだろ。だけどな、それができるか?」


 果敢に黒騎士へ挑んだ、五人の英雄。

 絶望を前に目を閉じることなく、最後まで真っ直ぐと前を見続けた。

 そして、掴み取った勝利。

 これを蹂躙できる者などあろうか。


 バーグは口端を微かに上げる。その笑いは、己を恥じるもの。

「ただでさえ、情けない仕事で糞浴びてる気分なのに、これ以上糞に塗れてどうすんだってんだ」

「たしかに……気分のいいもんじゃありませんね」

「そういうことだ……総員、撤退! これより、ルシロに帰投する!」


 

 バーグの命を受けて、兵士たちは列を組み、南へと行進を開始した。

 部下はバーグに向かい、小声で話しかける。


「隊長。どう、報告するんですか?」

「村は襲ったし、物資も燃やしている。作戦としては最低限のことは(こな)した。それでも、難癖つけられたら」

「つけられたら?」

「黒騎士殿のせいにしよう。あの人が勝手なことをしたってな」


 バーグは拳を握り、ぐっとガッツポーズを決める。

 部下はその姿を見て愉快そうに笑う。

「ははは、さすが隊長っすねっ」

「おう、褒めろ褒めろ。んじゃ、俺たちも帰ろうぜ」

「はい」


 二人は自軍の兵士の後ろを追うように歩き出す。

 その途中で、バーグはヤツハたちへ振り返った。


 体中を土と血に塗れ、息も絶え絶えな若者たち。

 しかし、最後の最後まで屈することはなかった。

 彼らの雄姿を目にして、バーグは思う。


(あいつらは強くなる。ここで()っとかないと、近い将来、キシトルの脅威になる。俺の判断はとんでもない間違いを犯そうとしているんだけどな。俺は馬鹿だねぇ……)


 心は冷たく、思考も冷静。

 だが、彼らから受けた熱き血が、全てを焦がす。


(ま、いっか)



 バーグは愚かな選択をした自分と彼らを讃え、微笑みと共に去っていった。




 黒騎士、バーグ以下、キシトル軍が退却の意志を見せたところで、アプフェルは足を引きずりながらもヤツハの元へ駆け出した。

 彼女は癒しの魔法使い。

 誰よりもいち早く傷を癒すことができる。

 

 アプフェルは両手に魔力を宿し、地面に伏し痛みに蹂躙され続けるヤツハの前に腰を屈めた。

 彼女の姿を見て、フォレは叫ぶ!


「アプフェル! 回復魔法は駄目だ! ヤツハさんの右手は魔力の乱れで!」

「そんなことくらいわかってる! 黙ってて!!」

「ア、アプフェル」


 アプフェルはフォレに向かい怒鳴りつけた。

 彼女は何もフォレに怒っているわけではない。

 ただ、己に対する悔しさが苛立ちとなって漏れ出てしまうのだ。

 


 彼女は両手に白き魔法を宿す。

「ヤツハ、すぐに流れを正してあげるから」

「あ、あ、あぷふぇる」

 ヤツハは僅かに右手を上へ上げた。

 それを目にしてアプフェルは、顔を歪める。


 彼女が目にしたもの……手とは到底呼べなかった。

 骨がぐちゃぐちゃに入り交じり、どれが人差し指で小指なのかさえわからない。

 魔力の乱れはいまだに進んでいるようで、その影響は肉体すら捻じ曲げつつあった。

 それは魔力の流れが、尋常ではないほどに搔き乱されている証。


 これを元に戻すとしたならば、生半可な集中力では足りない。


 

 アプフェルは大きく息を吸って、右手に触れぬように、白き魔法を被せていく。

「ヤツハ。すぐに乱れを元に戻すから。そうすれば痛みは緩和される」

 白き光がヤツハの右手を包む。

 彼女は少しだけだが、呻き声を柔らかなものとする。


「さ、さすが、アプ、フェル。ら、らくに、なってきた」

「無理にしゃべらないで。流れを元に戻したら、次は回復魔法であなたの手を元に戻すからね」

「は、はは、こ、これ戻るかなぁ?」

 

 ヤツハの目に宿るのは、人の手だったモノ。

 だが、アプフェルは力強く、はっきりと口にする!


「戻して見せる! 私が必ずっ、あなたの手を戻して見せるからっ!」

 アプフェルは瞳の端に涙を溜めて、叫ぶ。

 涙は瞬く間に瞳を溺れさせて、頬を伝っていく。

 そんな彼女の肩を、暖かく頼れる二人の手が掴む。


「そういうことでしたら、あなたは休んでなさい。アプフェルさん」

「そうですね。流れの調整は私たちに」


 パティとアマンがアプフェルの後ろに立つ。

 二人の手には白き魔法が宿っている。

 アプフェルは二人の姿を目にして、小さく呟いた。


「あんたたち……」

「口惜しいですが、わたくしたちの中ではアプフェルさんが一番の癒しの使い手。だから、少しでも魔力を回復させるために休んでいなさい」

「ええ、そうです。私たちがヤツハさんの魔力の流れ、必ず元に戻して見せますから」

「パティ、アマン……」


 アプフェルは二人の名を口にして無言で頷く。

 そして、ヤツハに顔を向けて、申し訳なさそうな表情を見せる。


「ごめんね、ヤツハ。ちょっと、休むね」

「はは、なんで謝るんだよ。俺のためだろ。ありがとう、アプフェル」

「うん、ヤツハ。ごめんね、ごめんね」

 アプフェルは涙を拭い、何度も謝り続ける。


「だから、謝んなって。パティ、アマン。悪いな、面倒掛けて」

「いえ。ヤツハさんには命を救われました。この恩は必ず返して見せますわ」

「ええ、ケットシー一族の名誉において、そして、クイニー=アマンの名において、必ず!」


「はは、二人ともそんな大げさな……お前たちといると安心するよ。だから、俺もちょっと休んでいいかな? アプフェルのおかげで、今なら、休め……そう、だし……」


 ヤツハは身体から力を抜いてぐったりとした。

 その様子を見てアプフェルはすぐに支えようとしたが、パティが肩を掴み止める。

「大丈夫ですわよ。気を失っただけですから。ほら、アプフェルさんは休んでいて」

「う、うん。二人ともお願いね」


「「もちろんです」」


 休むヤツハを三人は囲み、見守る。

 それをずっと離れて見ていたフォレは、地面に爪を立て土を握り締める。

 彼は最後まで黒騎士と戦い続けていた。

 それ故に、傷は深く、ヤツハの傍に駆けつけることもできない。

 

 握り締めた拳の上に、涙が落ちる。


(俺は……情けない……)






――キシトル軍による国境のシュラク村への襲撃


 黒騎士と帝国の部隊を退けたヤツハたちの名声はジョウハク国のみならず、周辺国へと響き渡る。

 しかし、これは同時にジョウハク国・現執政を握るプラリネ女王に難しい舵取りを迫る出来事であった。

 

 苦難に塗れるジョウハク国の隙をつき、国境を侵し、武器持たぬ村人を襲ったキシトル帝国。

 ジョウハクの民、引いては王都サンオンの民、王侯貴族全ての怒りが天を突く。

 皆は一様に口をそろえて、キシトル帝国への懲罰を求める。


 だが、現在のジョウハクにその余裕はない。

 王都の復興。北方ソルガムの備え。

 また、水面下で確実に広がりをみせる国内の権力闘争。

 

 そこへキシトル帝国。

 この襲撃が明らかにジョウハク国への揺さぶりであることはわかっている。

 だが、何もせずに指を咥えていてはジョウハク国の威信を完全に失うことになる。


 国内、国外に置いて、誰もが納得できるジョウハクの姿をプラリネ女王は見せなければならない。

 しかし、彼女が下した決断は。



――静観――



 キシトル帝国へ抗議。そして、国境の守りを固め、キシトル帝国の監視を強めるに留めたのであった。

 

 これは無難な選択である。

 内政が安定せず、また、外的要因が幾つも存在する中、これ以上不安定要因は増やせない。

 しかし、人の心とは理知のみでは動かない。


 王侯貴族、商人、農民といった皆は弱腰であるプラリネ女王へ不満を抱く。

 

 一方、人々は高らかにジョウハク国の雄々しき姿を語るブラウニーに傾倒していく。


 かくして、ブラウニー派は急速に勢力を拡大し、プラリネ女王は窮地へと追い込まれていくのであった。




評価点を入れていただき、ありがとうございます。

これからも物語綴る思いをしっかり胸に抱き、迷うことなく前を見続けたいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ