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マヨマヨ~迷々の旅人~  作者: 雪野湯
第十四章 絶望の先にあるもの

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幕引き……

 黒騎士は剣を振るう。その斬撃は一太刀で無数の残影を見せる。

 ヤツハはそれらの全てを受け流し(かわ)し切る。


 袈裟斬り二段――黒騎士、左右同時の攻撃。

 ヤツハ、影のみを切らして斬撃を返す。


 黒騎士は剣をもって斬撃の軌道を変え、ヤツハの(やいば)を封ずる。

 二人は同時に後方へ下がり、間を取る。


 黒騎士はゆっくりと剣を構え直す。

 ヤツハもそれに応える。

 彼女の頬を伝う汗に、血が混じる。

 皮膚皮一枚躱し切れず、頬は薄く切れていた。


 ヤツハは黒騎士を睨みつけ、心にて唱える。


(もっと、もっとだ。もっと集中しろ)

 後ろに仲間がいる。守るべき仲間。

 

 黒騎士は一歩踏み込み――兇刃(きょうじん)振り下ろす!

 ヤツハ、これを捌ききれず、腕に痺れを残す。


(くそっ、まだ、いけるっ。もっと、集中しろ!)

 背には仲間の命がある。絶対に失ってはいけないもの……だけど、それはっ。

 

(だめだ、足りないっ。全ての意識を!!)

 

 ここでヤツハは……黒騎士のみを瞳に宿す。

(すまん、みんな。この戦いの間、みんなのことを忘れる……)

 全ての心を、黒騎士にのみ捧げる。


 

 それを受けて、黒騎士は薄く笑う。

 ヤツハは一途に黒騎士だけを見つめ続ける。

 情熱に胸を焦がす、恋する乙女のように。

 

「黒騎士……っ」

 先に動いたのヤツハ!


 彼女は黒騎士の胸に抱かれんと飛び込む。

 黒騎士はヤツハの慕情に(そで)を振るう。

 

 剣を打ち合い生み出される音楽を演奏として、騎士と乙女は大地を舞い踊る。

 響き渡る剣撃は火花と共に幾重にも重なり、一つ鳴り終える前に二つが重なり、二つが鳴り終える前に三つが重なる。


 煌めく星のような火花は二人を彩り、さらに踊りは激しく豊かに広がっていく。


 

 バーグの隣にいた部下は、二人の舞を見て、呟く。

「隊長。あの子、隊長よりも強いんじゃ?」

「ああ、俺以上だ。そして、まだ強くなってやがる!」


 黒騎士が新たに剣を振るたびに速度と力は増す。ヤツハはそれに辛うじてついていく。

 さらに増す。

 しかし、ヤツハは懸命についていく。

 

 剣の速度は音を超え、力は大気を押し潰す。

 だがっ、ヤツハの剣は黒騎士の背後を追いかけるっ!


 

 黒騎士の剣により身を刻まれながらも、ヤツハは諦めない。

 

 剣から生み出される火花が、ヤツハの髪を焦がし皮膚を焦がし、それらは血と混じり、鼻を突く匂いが辺りに広がる。

 しかし、その匂いに誰も顔を歪めたりはしない。

 いや、それどころか……。


「……すごい」


 誰かが、小さく言葉を漏らした。

 この言葉……仲間であるフォレやアプフェル、パティ、アマンのものではない。

 敵である兵士が呟いた言葉。


 言葉は思い。思いは伝播する。

 彼らは皆、拳を握り締め、体を巡る血潮を熱く煮え(たぎ)らせる。


 名もなき少女が、絶望と死を体現せしり黒騎士相手に戦い抜いている!

 

 村を襲っていたはずの兵士たちは、気づけばヤツハの戦いに魅入っていた。

 それは兵士たちだけではない。

 こそりと隠れていた村人もまた、家の窓から扉からと顔を覗かせ、ヤツハの戦いを瞳に焼きつける。


 この場にいるもの全てが、ヤツハの、命の光を掴まんとする者への闘諍(とうじょう)に魅了され、心を奪われている。


 

 バーグは片手で顔を隠して、己の行為を恥じる。

「まったく、あんな少女が仲間のためにとんでもねぇ戦いを見せてるってのに、俺ときたらこんな糞みたいな任務を」

「隊長……」

「皆に伝えろ。絶対に村人にも村にも手を出すなって、これは厳命だ!」

「はい。ですが、それはもう……」


 部下は周囲を見回す。

 村を襲っていた兵士たちは皆、ヤツハと黒騎士の戦いに瞳を染めて、誰一人、愚かな行為を止めていた。


「あいつら……」

「隊長、どうします?」

「どうもこうもねぇ。俺らにできるのは、この戦いを見届けるだけ……たとえ」

(たとえそれが、悲しき結末であったとしてもな……)


 


 皆の血は熱を帯び、(しん)を沸騰させる。

 その中で、急速に熱を冷ます者たちがいた。

 それは、バーグと……フォレだ。


(ヤツハさんっ。そんな!)


 ヤツハはよくやっている。

 黒騎士の攻撃を時にいなし、時に受け止め、隙あらば斬撃を加える。

 だが、そのたびに彼女の肉体は傷つき、雪のように白き肌は血に染まっていく。

 

 対して、黒騎士の一撃はヤツハにとって、全て必殺の一撃。

 一度でもまともに食らえば、綿毛よりも軽い少女の命は他愛もなく吹き飛ぶ。

 

 そのような一撃を、ヤツハは何度も何度もくぐり抜けて、神経を極限まで擦り減らしながら、黒騎士へ牙を穿つ!

 

 しかし……。

 フォレとバーグは気づいてしまった。


(ヤツハさん。あなたの攻撃は幾度も黒騎士の鎧を刻んでいる。ですがっ)

(娘さんよ。お前さんの勇猛にして果敢な一撃は、黒騎士殿を何度も捉えていた。でもなっ)




――届いていない!――



 

 ヤツハの牙は黒騎士の鎧に数え切れぬほどの歯を立てた。

 しかし、鎧が放つ黒い粒子に阻まれ、全くと言うほど牙は通っていなかった……。

 そしてそれはっ、戦っているヤツハ自身がよくわかっていた。


(くそ、くそ、くそ、くそくそくそっ、どうしてっ!?)



 ヤツハは健気に剣を振るい、黒騎士を抱きしめようとする。

 しかし、振れた手は湧き出る真っ黒な粒子に振り払われ、触ることすら叶わない。

 一方、黒騎士の手はヤツハの肉体に薄く触れるだけで、皮を()ぜさせ、血を(けぶ)らせる。


 ヤツハの肉体に血が一筋流れるたびに、惹きつけられていた者たちの熱は醒めていく。

 少女は奮闘している。

 本当に、よく戦っている。

 だが、どうしても黒騎士には届かない。

 

 ……あれ程までに猛っていた血潮はどこへ行ったのだろうか?

 皆の血は蒼に染まる氷土のように凍てつき、寒さに心を震えさせる。


 瞳に映るは死に立ち向かい、懸命に足掻く少女の姿。

 しかし、皆の脳裏には、彼女の思いをいとも簡単に無へと還す、僅か二文字の言葉が浮かぶ。

 


 それは――絶望。



 ヤツハは黒騎士の一撃に吹き飛ばされて、後方へ大きく下がった。

 彼女は剣をぶらりと下げて、天を仰ぐ。

 そして……叫んだ……。



「くそっっったれぇぇぇぇ!! どうして、どうして、届かない! ちきしょうちきしょうちきしょうちきしょうぉぉぉぉ!!」


 天へ向けて放った咆哮。それは、敗北の雄叫び。

 ヤツハは両目に涙を浮かべて、黒騎士を見つめる。

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