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マヨマヨ~迷々の旅人~  作者: 雪野湯
第十四章 絶望の先にあるもの

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黒騎士

 一方、フォレはバーグたちを睨み続けていた。

「えっ!?」


 彼らの後ろから、粘り気を帯びた闇がゆらりと姿を現す。

 その姿がはっきりと目にできる距離になって、フォレは絶望を呟いた。


「まさか、黒騎士……なぜ?」


 全身黒ずくめの鎧。背には黒き外套を纏う。

 人の肌などどこにもなく、生命の面影など微塵もない

 辛うじて命の残影があるとすれば、無機質な兜の隙間から見える、深淵へ通ずる朱き瞳のみ。

 鎧からは黒く揺らぐ粒子が昇り、闇が彼を祝福する。


「フフ、期待せずあの男(・・・)の情報に釣られてみれば……たしかに、面白そうだ」

 黒騎士は剣を抜く。

 剣は幅広の両刃剣。

 刃色(はいろ)は光さえも囚われ色を失う、黒。


 ()の者の姿は夢幻。

 命の(ともしび)漂白にて、実は歪み、破滅の先にある虚無の存在。

 


 男が構えることなく、ただぶらりと剣を下げただけで、フォレたちの身体に死の風が吹きつけた。

 馬は怯え、口から涎流し暴れる。

 

 後方にいたヤツハ以外、皆は馬から飛び降り、構えを取る。

 

 アマンは水の術式を(くう)に張る。

 (かざ)す手は死に屈し、震えは地を伝い、己を定められず。


 パティは扇子を開き、前へ差し向ける。

 恐怖は彼女を官能的に包み、伝わる感度に顔は引き攣る。


 アプフェルはクラウンを頂く魔道杖だけを見つめる。

 終末は瞳から光を断ち、盲目のまま立ち尽くす。


 フォレは剣を真っ直ぐと黒騎士へ向け、(つか)を強く強く強く握り締める。

 心走る戦慄を内から漏らさぬように……。


 フォレは一度、溺れた犬のように口を開け閉めする。しかし、無理やり声を産み、意志を宿した言葉を皆へ伝えた。


「行きますっ!」


 

 言葉は弾け、フォレは黒騎士へ駆る。

 彼の後姿を目にしたアプフェルは詠唱を唱える。

 パティ、アマンもそれに続く。


「天上より崩落し神雷よ、地に住まうあまねく魂を焦がし尽くせっ。タケヅチカライ!」

「天光閉ざし、生命(いのち)の絶えを見届けよっ。ヒネミツハ!」

「原初の血満たされた八束(やつたば)の王よ。世界を溺れさせよっ。ヤハチカムベ!」



 クラス4、最大級の雷、闇、水の魔法がフォレを越えて、黒騎士へと襲いかかる。

 三人は皆、魔法使いとして良き才能、良き力を持っている。

 その彼女らの、峻烈(しゅんれつ)なる牙が黒騎士を穿(うが)つ。


 しかし、黒騎士は不動……。


 彼女たちの牙を正面から受け止める。



 闇は黒騎士の五感を凌辱し、水は肢体の外も内も満たし、雷撃は全身を(ほとばし)る。

 

「フフ」


 黒騎士は短く笑い、剣を地に刺す。

 すると、彼の身より闇が一気に吹き()でて、三人の魔法を打ち払う。

 それに留まらず、魔法は三人の主の元へと還る。


 自身が放った最大の攻撃が彼女たちを貫き、悲鳴が世界に()ぜる。

 

 アプフェルは雷撃に吹き飛ばされ、地面へ叩きつけられる。

 パティは五感を失い、猟奇と狂気に怯え、その場に丸く(うずくま)る。

 アマンは暴流に打ち流され、背後にあった木の幹に体をぶつけた。


 彼女たちの攻撃は跳ね返され無意味だった?

 いや、三種の魔法の衝撃により、黒騎士の周囲に砂塵舞う。


 フォレは皆がくれた機会を生かし、視界を失った黒騎士へ切りかかった。


「でやぁぁぁぁ!」


 剣は甲高い響きで空気を震わせる。

 

「な、そんなっ!?」


 フォレの剣は黒騎士の右肩から腹にかけて両断するはずだった。

 だが、剣は届かない。

 

 皆が作ってくれた最大にして最後であろう機会。

 それがわかっていたからこそ、三人の悲鳴聞こえし耳を閉ざし、剣を振るった。

 それなのにっ!


 フォレの渾身の刃は、黒騎士の鎧の手前で止まっていた。

 鎧から湧き出る闇の粒子が、刃を優しく包む。


「障壁か? くそっ!」

 フォレは一度距離を取るため、体を後ろへ退こうとした。

 黒騎士は言葉を一切発することなく、退こうとするフォレのみぞうちを剣柄(けんつか)で打ち抜いた。


 それは黒騎士にとって優しく撫でた程度……。

 しかし、フォレの身体は遥か後方へ吹き飛び、地面に叩きつけられ転がり続ける。

 彼は剣を地面に突き刺し、これ以上後ろへ下がることを拒んだ。

 剣を支えに立ち上がり、大量の反吐を吐きながらも戦意を失うことなく黒騎士を睨みつける。

 フォレの思いに応えるように、アプフェルたちも立ち上がる。


 絶望を前にしても足掻こうとする戦士たちの姿に、黒騎士は満足げにゆったりと構えを取った。

 

 

 これは絶対に(のが)れることのできない――死。

 


 死を相手に、アプフェル、パティ、アマン、フォレは(もが)く。

 ヤツハは彼らの奮闘をただ見ていた。

 呆けるヤツハへ、アプフェルは声を張り上げる。


「ヤツハッ!」

 

 声の衝撃はヤツハの身体を突き抜け、彼女は意志を瞳に宿す。

 ヤツハは剣に手を掛けて、馬から降りようとした。

「わかってる! スマン、みんなっ!」


 しかし、次に聞いた言葉は…………ヤツハの決意とは真逆のもの。



「逃げてっ!」

「え……?」


 アプフェルは杖で自身をかろうじて支え、苦痛で顔歪めながらもヤツハをしっかりと見つめる。

 声は他からも続く。


「ヤツハさん、ここはわたくしたちに任せなさい!」

「ヤツハさん、早く!」


 パティは美しい顔を恐怖に滲ませ、泣くように叫ぶ。

 アマンは艶高な黒の毛に血を混じらせ、両手に魔力を籠める。


 ヤツハはそんな彼女たちを見て、逃げられるはずがなかった。

「バカ言え、そんなことっ――」


「行ってくださいっ! ヤツハさん!」

 血の混じる声がヤツハを貫いた。

 フォレが逞しい背中を上下に揺らしながら、ヤツハへ声を上げる。



「まともに動けるのはヤツハさんだけですっ。今すぐ、この事態をエヌエン関所へっ! 応援をお願いします。これは、あなたにしかできないことなんですっ!!」


 言葉を受けて、ヤツハは状況を見回す。


 相手は黒騎士。

 全身に女神の黒き装具を身に纏う災厄。

 仲間はただの一撃で倒れ、戦うこともおぼつかない。

 ここへヤツハが加わっても、死体が増えるだけ……。


 ヤツハの視界が黒く淀んでいく。

 しかし、思考はどこまで透き通り、打つべき手が明確に見えてくる。


(俺がいても死ぬだけ。何も変わらない……そうだ、誰かが知らせなければっ!)


 ヤツハは馬首を返し、エヌエン関所へ向けて走り出した。

 蹄の音が離れ行く音を聞いて、フォレは小さく笑みを浮かべた。

 

 アプフェルは去り行くヤツハの姿を目にして、痛みよりも安堵が上回る。


「ふふ、生きて。ヤツハ……」


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