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マヨマヨ~迷々の旅人~  作者: 雪野湯
第十二章 心に宿る思い

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外側に立つ者たち

――琥珀城・会議室


 

 机と椅子以外、一切無駄なものがない会議室。

 そこでサシオンと六龍将軍筆頭クラプフェンは派閥の動向について話をしていた。



「クラプフェン、そちらの様子はどうだ?」

「私とノアゼットは中立。他はブラウニー陛下を後押しするでしょう。そちらは?」

「南を守るグリチルリ近衛(このえ)騎士団の団長ビッシュ=フィロはブラウニー陛下を。他の団長は様子見だ」

「秩序が乱れようとしていますね」

「まったくだ」


「サシオンさんはこれ以上、我らのことに関わらないおつもりで?」

「あまり口を出し過ぎるとコトアのご機嫌を損なうからな」

「正直を言えば、あなたの存在を皆に伝えることができると話を収めやすいのですが」

「それはできぬ。本来ならば君が私のことを知っていることでさえ、あってはならぬのだ」

「ふぅ、そうですね」


 クラプフェンはため息交じりの微笑みを見せる。

 彼はジョウハク国の内部において、唯一サシオンの正体を知っている人物。

 サシオンが異世界の人間であること。

 そして、女神コトアを守護していることを。


 

 クラプフェンは窓辺に近づき、城下を眺める。

「どうして、正体を知られたとき、私を粛清しなかったのですか?」

「粛清などできぬ。それこそコトアの御機嫌を損ねる」

「ですが、記憶を消すことも可能だったはず。なぜ?」

「それについては多少悩みはした。だが、協力者は必要だと判断し、やめておいた。君は有能だからな」

「ふふ、光栄です」


 彼は窓の外に広がる景色から、サシオンへ視線を移す。

 その瞳には心寂しげな光が混じる。

 対してサシオンは、暖かく柔らかな瞳を見せ尋ねる。


「不満か?」

「世界の監視者たる存在に協力する。アクタに住まう一人の人間として、皆を裏切っているという感覚は拭えませんから」

「そう無理な要求をした覚えはないが」


「それでもです……コトア様は、いまだお眠りに?」

「ああ、完全なる目覚めの日は近づいているが……ふっ、彼女のことだ。惰眠を貪る気満々だろうな。様子を見て叩き起こしてやらねば」


「ふふふ、女神様をお相手にその言い様。改めて思います。あなたはコトア様と対等な存在なのですね」

「どうだろうな。私自身はただの小間使いに過ぎないと思っているが」


「そうは見えませんが」

「ふむ。彼女がもう少し協力的で、アクタへ介入をしてくれるのならば私も楽に……フフ、介入か。何とも都合の良いことを」


 サシオンは窓に近づくことなく、外に息づく世界を目に入れる。

 世界を瞳に映しながら彼は僅かに表情を歪めた。

 彼の感情の揺らぎに、クラプフェンは片眉を上げる。



「どうされました?」

「人とは身勝手な存在だ、と思ってな。高位存在を宇宙から追い出そうとしていた私が、コトアに世界の介入を求めるとは」

「そういえば、サシオンさんは別の世界で神々と戦っていたとか?」


「ああ。宇宙を我ら人の管理下に置くために。彼ら高位存在のおもちゃにされぬように」

「あなた方の神はどのような存在だったのですか?」


「彼らは……我らが宇宙に尽力してくれた」

「悪い存在ではないと?」

「どうだろうな。時に人にとっては理解しがたく、理不尽な存在。だから、我らは独立を選んだ」

「そうですか。我々アクタの民も、いずれコトア様からの独立を望む日が訪れるのでしょうかねぇ」



 再び、彼は城下を眺める。

 粒のような人々が行き交う通り。

 彼らは皆脆弱で、頼るべき存在、寄り添えるべき存在が必要。

 サシオンの世界のように、神を不要と断ち切るのは悠遠(ゆうえん)の彼方の話。


 

 クラプフェンは視線を民から北へ向ける。

「北方が動いています」

「そうか……」

「マヨマヨと協力して、は、さすがにあり得ないでしょうが。互いに利用し合っている関係かと」


「ふむ、ジョウハク国の力を削ぎ、女神コトアの殺害を試みる機会を伺うか」

「北方の『ソルガム国』は、そこまで把握していないんでしょうね」

「だろうな」


 コトアを殺せば、世界は消える。

 故に、アクタに住む者たちが強硬派のマヨマヨと協力することなどありえない。

 ソルガムはただ、野心のためにジョウハク国を落とし、女神の玉座を手に入れたいだけ。

 そのことが世界を滅ぼすことになると知らずに……。


 

 クラプフェンは視線を室内に戻して、サシオンへと向ける。

「北方には六龍将軍の『クリイホー』と『コロンビエ』が常駐しています。彼らがソルガムの野心を打ち砕いてくれるでしょう。マヨマヨの介入がなければ」


「強硬派の動向は穏健派に任せよう。穏健派は強硬派がアクタに介入したときのみ、力を貸してくれるそうだ」

「わかりました。ですが、穏健派の協力は無いものと考えて行動します」


 力強い眼差しをクラプフェンはサシオンにぶつける。

 彼はアクタ人として世界を守り、また、マヨマヨに信頼を置いていない。

 だから、戦力に数えない。


 サシオンは彼の瞳に、微笑みをもって応える。

「そうだな。不確定な存在を頭数に入れるとはもってのほか。北は六龍将軍二人に。だが、他はどうする?」


 

 北方はソルガム。

 西方と東方には大洋へ通じる海洋国。ともにジョウハク国の友好国。

 とはいえ、街道の守りを損なうわけにはいかない。

 さらには、ジョウハク国の備えを怠るわけにはいかない。

 この難題に、クラプフェンは躊躇うことなく答える。


「西方、東方には六龍将軍を一人ずつ配置。王都の守りは近衛騎士団に。そして、城の守りには私とノアゼットが」

「良いのか? そこまであからさまで」


 ブラウニー派である六龍将軍の分割。

 残るは明確に立場を打ち出していない、ノアゼットとクラプフェンを王都に。

 これではブラウニーに疑念を抱かれる。

 同時に、ブラウニー派の貴族からも。

 


「構いません。私は近日中にブラウニー陛下の下へ訪れて、ご機嫌窺いをしておきます。さらに加えて、娘であるぺストリーを西方へ。ブラウニー陛下を強く推しているヌガー公爵に預けるつもりです」

「暗にブラウニー陛下支持を見せつつ、忠誠の証として娘を人質にか。苦労を掛けるな」

「サシオンさんのためではありません。(ひとえ)に、ジョウハク国に無用な混乱を引き起こさないためです」

「そうか」


「あとは、南方となりますね。キシトル帝国。唯一無二の神、女神コトアの拝命もなく皇帝の名を頂きに置く愚昧(ぐまい)な国家。人類が祖、ジョウハク国を差し置いて、あれほどの増長がよくできるものです」


「だが、それを名乗るだけの力はある。二百年前のミズノ様の活躍が無ければ、ジョウハク国は存在していなかったやもしれぬ」

「厄介な存在です。だが、そちらに当てる駒がない。なにせ、かの国には……黒騎士。全身に女神の黒き装具を身に纏う、最強の騎士がいる。六龍将軍総出で挑んだとしても、はたして勝てるかどうか」


 そう、訴えながら、クラプフェンはサシオンに目を向けた。

 サシオンは微かに眉間に皺を寄せる。


「私が当たるべき事柄だろうが、私は動けぬ」

「ええ、わかっています。あなたの最優先事項は女神の守護。そして、我らへの介入を最低限に押さえる。あくまでも、あなたはアクタ人サシオン=コンベルとしての存在。必要以上に助力は求められない。黒騎士が王都へ攻め込んでくれば、サシオンさんの出番もあるでしょうが」



 サシオン=コンベルという存在は、アクタ人であること。

 それを超える知識、力の行使はできない。

 これはアクタ人が拒否したわけでも、コトアが強く咎めたわけでもない。

 彼自身が自らに課した鎖。

 この世界はアクタ人のもの。だから、介入を良しとしない。

 彼が積極的に介入できることといえば、女神コトアの眠るジョウハク国を守ること。

 そして、マヨマヨに関する対応のみ。


 

 サシオンはクラプフェンが腰に差している女神の装具――女神の黒き剣『常世の剣(エーヴィヒカイト)』を見つめる。

「君の剣なら黒騎士の鎧に届くだろうが、命には届かぬか」

「残念ながら。六龍最強の名を戴いていますが、全身を女神の装具で固める黒騎士が相手では……」

「私の過去の過ちが苦労を掛ける」


「仕方ありません。サシオンさんとはいえ、全知全能というわけではないのですから」

「ふふ、たしかに。だが、彼が前線に出てくる可能性は低い。彼はつまらぬ戦いには出てこぬ」

「ええ、そのために六龍将軍を南方に当てなかったのですから」



 もし、黒騎士の視界に強者を置けば、彼は間違いなく出てくる。

 戦いに全てを捧げた黒騎士ならば、必ずっ。

 だからこそ、ジョウハク最強の駒を置けない。

 本来ならば、絶対必要な配置であるのに。

 

 クラプフェンは自嘲気味に息を漏らす。

「ふふ、情けないですね。六龍将軍とあろう者が戦いから逃げるなんて」

「仕方あるまい。彼は規格外だ。恥じるべきは私。あの場で彼を逃した私の責」

「……話を戻しましょう。南をどうするか」

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