バットエルフ
アマンに促されて、森へ顔を向ける。
新緑溢れる森の中から、馬に乗ったクレマを筆頭に、リーゼントやパンチパーマ姿のエルフが出てきた。
俺はいまだ慣れないエルフ姿に戸惑いつつも、議論を交わし続けているアプフェルとパティに声をかける。
「アプフェル、パティ。議論はそこまでにして、仕事仕事」
「え? うん、わかった。この件はあとでエクレル先生と話してみましょう」
「いいんですの? あのエクレル先生とお話しされても?」
「そこなんだよね~。どっかに空間魔法に詳しい人っていないかなぁ。はぁ~」
アプフェルはこれでもかと肩を落としてため息を吐く。
知的好奇心と王都の魔物との間で板挟みになっているようだ。
俺は彼女たちから視線を外し、まっすぐとエルフたちを見つめる。
クレマは馬を止めて下馬すると、一人でこちらへ歩いてきた。
それを受けて、俺も一人、前へ出ながらヤンキーモードへ変わる。
クレマは腕を組んで胸を張る。
「ほ~、随分と早かったな。てっきり、ケツまくって逃げたかと思ったぜ」
「ふん。女に二言はねぇ。で、今日はサシで話ってわけか?」
「ちっと聞きたいことがあってな」
「なんだ?」
「どうやって、ここへやってきた? 街道沿いには見張りを置いていたんだが、突然、森の前にてめえらの気配が現れた」
「転送魔法だ。まずかったか?」
「転送魔法……あの、空間魔法の最高峰を? 人間のてめえが?」
「俺じゃない。俺の魔法の先生が行使した」
「へ、へぇ、人間にしてはやるじゃねぇか」
クレマの声が上擦り、頬がぴくぴくと痙攣している。なんだか様子がおかしい。
転送魔法陣の光跡をチラチラ見ている彼女の様子から……。
「うん、もしかして、魔導の最高峰たるエルフは転送魔法を使えないの?」
「なっ!? そ、そんなもの必要ねぇんだよ。あたいらには単コロがあるからな!」
クレマは吠えながら自身の馬を指さす。
俺は単コロの意味が分からなくて、無言でなんとなく頷いておいた。
前置きはここまでにして、話を主軸に向ける。
「クレマ、そろそろ本題に入らねぇか? アチーのは苦手なんだよ」
親指で太陽を指さしつつ唱える。
すると、彼女は小馬鹿にした様子で声を出した。
「はっ、この程度の暑さでへばるなんて気合が足んねぇじゃねぇの?」
顔をあおり上げ、ドヤ顔を決めて暑さなど平気だと言わんばかり。
だけど、この炎天下。彼女は真っ赤な特攻服に身を包み、顔中汗まみれ。
明らかに強がっている。
それは他のエルフたちも同様。
彼女たちが熱中症で倒れてしまう前に、俺はフォレとアプフェルに贈り物を持ってくるように指示をした。
贈り物を受け取り、クレマにガンを飛ばす。
「お前たちのソウルを震えさせる逸品、見せてやんよ」
「はんっ、望むところだっ!」
「まずは、これだっ!」
俺は、長い筒状の形をした布の包みを解き放った。
布は地面に落ち、中身が露わとなる。
「受け取れ、ヤンキー御用達の伝説の武器だ!」
「こ、こいつはっ!?」
俺が手に握り締めるは、野球で使用するバット。
それもただのバットではない。
先端に無数の釘が撃ち込まれた、釘バットだ!
「どうだ、面白い武器だろ。手に取ってみろよ」
「あ、ああ」
クレマは手を震えさせながら、バットを手にする。
その様子からして、思惑通り、釘バットは彼女の心の琴線に触れたようだ。
「こいつは、すげぇ。なんて、凶悪なんだ。しかも、持ちやすくて、振りやすい」
そう言いながら、彼女は縦に振る。
俺はそれを見て、もう一本の釘バットを取り出す。
「そうじゃない。こう振ってみな」
バッターのように釘バットを横に振りぬく。
彼女は見様見真似で同じように大きくスイングした。
「え、こうか? なっ、なんて振りやすいんだ。棒の先端が丁度いい重石となって、振り子のように振り回せるぜ。たしか、ヤツハとか言ったな。これはなんて武器なんだ?」
「釘バット。そう、古よりそう伝わっている」
「釘、バット。形も凶悪だが、名前もバリバリ凶悪な響きだぜっ。だ、だけど、この程度では、あたいらのソウルの芯を捉えることなんてできねぇぜ」
「そうか? 後ろのエルフたちは気に入ってるようだけど?」
「なに?」
フォレが何本かの釘バット手にして、後ろに控えていたエルフたちに手渡している。
釘バットを手にしたエルフたちはバットを振り回して暴れるように大盛り上がり。
その様子を見て、クレマはこめかみに青筋を立てた。
「てめぇら、なに浮ついてやがるっ! 客人の前だぞっ。あたいらはコナサの森の緑風の導き手! 誇りはねぇのかよ!? 一列に並べぇっ!!」
エルフたちはすぐさま横一列に並ぶ。
クレマは端から順番に彼らへビンタをしていく。
その間、エルフたちは釘バットを握ったまま。
かなり気に入ったようだ。
彼らの様子を見ながら、フォレがつぶやく。
「少し、軍の雰囲気に似てますね」
「そうなの?」
「はい、問題があれば、上官からあのように説教をされることがあります」
「うわ、俺には合わないな」
「そうですか? 私は僅かですが、彼らに親近感が湧きました。共通する部分があるんだと」
「サシオンもそんな説教するの?」
「いえ、始末書を書かされます。改善点と併せて。そこに問題があればやり直しです」
「へぇ~」
遥か先の未来人の割には、かなり古風な方法を取っている気がする。
二十八世紀なら、もっと画期的な方法で注意できそうなものだけど、そこらへんはあまり進まなかったんだろうか?
「サシオンは精神的なお説教ってなるのかな? それはそれできついね」
「はは、中には一発殴られておしまいの方がいいという人もいますね」
「どっちも失敗を身に刻むためなんだろうけど、やっぱり合わないな。口頭での注意で勘弁してほしいや」
「私もその方が楽ですが、命に係わる現場ですからね。どうしても厳しくなってしまうんですよ」
「なるほどねぇ。ま、ほどほどに頑張ってね」
フォレの肩を叩き、彼には後ろへ下がってもらった。
クレマは説教を終えたようで、こちらへ戻ってくる。
「すまねぇ、見苦しいところ見せちまって」
「まぁ、そっちのやり方だからあんまり言いたくはないけど、客の前で説教はやめた方がいいと思うよ。びっくりするし」
「……その通りだ、すまねぇ」
クレマは後ろに手を組み、頭を下げる。
これが彼女ら流の謝り方みたいだ。
彼女は頭を上げると、釘バットを目線の位置まで持ってくる。
「たしかに、こいつぁ、あたいらのソウルに響いた。だけどな、一等大事なソウルを渡すほどじゃねえっ!」
バットを持っていない左手を森へ向けて声を張り上げる。
彼女の魂の叫び声に、他のエルフたちは釘バットを地面に置き、手を後ろに回して胸を張る。
彼らのソウルを揺らせはしたが、森のソウルはそう簡単に落ちないということだ。
俺は彼らの心を落とすために、本命の贈り物を取り出した。
評価点を入れていただき、ありがとうございます。
感謝の思いを胸にしっかりと釘のように打ち込み、皆様の心の芯を捉えられる物語を紡いでいきたいと思っております。




