不良少女ヤツハ
目を開けて、前を見つめる。
クレマたちはすでに森へ帰ろうとしているところ。
俺はすぐさま大声を上げて、彼女たちを罵倒するっ!
「おいおいおいおい、緑風の導き手・獲瑠怖組の頭がケツまくって逃げんのかよ。シャバいぜ!」
「な、なに!? シャバいだと?」
クレマたちは突然の罵倒に驚き、馬の手綱を引いた。
フォレたちは俺の口汚さと意味不明な言葉に対して、一様に驚きを隠せない。
「ヤ、ヤツハさん。何をっ? しゃばいとは?」
「驚くのはわかる。でも、ここは俺に任せといて」
俺はみんなより数歩前に躍り出て、唾を飛ばす。
「ナメてんのはどっちだ!? 俺たちが小娘だってっ? ここにいるパティスリーはフィナンシェ家の娘! こっちは人猫族代表アマン! この男は近衛騎士団『アステル』の副団長フォレ=ノワール! この女は人狼族、族長セムラの孫娘、アプフェル! これだけのメンツがそろって不満だってのか、クレマぁ!?」
「な、なに、それほどの連中が……」
クレマたちは馬首を返して、こちらへ戻ってくる。
さすがに、このまま立ち去るのはまずいと思ったようだ。
彼女は俺たちの前で止まり、馬上から無言でこちらを見ている。
俺は彼女に対してヤンキーっぽく挑発する。
「何メンチ切ってんだよっ。しめっぞ」
「なっ? メンチを切る……どうして、聖典に記された御言葉を……?」
ざわざわと、クレマたちにどよめきが走る。
俺は顔を捻じ曲げながら威嚇し、心の中ではクレマの言葉にツッコむ。
(ヤンキー用語が聖典ってなんだよっ?)
ま、なんであれ、クレマたちは再び交渉の場に戻ってきた。
俺はさらに前へ出る。
それを受けて、クレマもエルフの一団から離れ、前へ出てきた。
俺は名乗りを上げる。テキトーに暴走族風味な肩書をつけて。
「俺は便利屋、夜霧の虚数天使、初代社長ヤツハだ! こいつらをまとめている」
名乗りを上げるとすぐに、後ろからひそひそと話し声。
「アプフェルさん、シークレットサービス、ナイトミストのラファエルとは?」
「全然わかんない。でも、すっごい恥ずかしい感じがする。アマンとフォレ様はどう?」
「私は面白い響きの口上だと思いますけどね。意味不明なところはありますが」
「今回に関しては、ヤツハさんにお任せしましょう。もはや、我々の知る常識を超えていますので」
四人は気楽に俺のセンスを評価し合う。
(おのれっ、好き勝手言いやがって。俺だって、こんなノリで交渉したくないっつぅの)
俺は恥ずかしさをなんとか腹に収め、腕を組み背を仰け反らせる。
クレマは馬から降りて、俺を睨みながら近づいてきた。いわゆる、ガンをつけるというやつ。
「ほぉ、なかなか面白いメンツをまとめてやがるな。で、あたいらに何の用だっ?」
「俺らの王都がマヨマヨにカチコまれて材木が足りえねぇ。ちーとばかし、材木を売ってくれねぇか。ついでに、今後てめえの森を抜ける許可も欲しい」
「おい、寝言は寝て言えよ。森はあたいらのソウル!」
「ソウル?」
「そうだ、ソウルだ! そして、マブダチだ! そいつを売れってのはどういう了見だ!?」
「くっ」
(まずった。見た目はアレだが、やはりエルフ。森を自分の命のように大事にしているんだ。それを前置きもなしに売れなんて言えば、怒るに決まっている。ここは一度、話を切り替えて対処をっ)
そう思い、何か話題を逸らそうと急ぎ頭を捻る。
そこへ、険悪な空気を察したアプフェルが声を上げた。
でも、その言葉はクレマの怒りの炎に油を注ぐもの。
アプフェルは荷台にある品々へ手を向ける。
「待って、これだけの品を用意したのよ。別に買い叩こうとしているわけじゃ!」
「そういうこと言ってんじゃねぇ!! てめえらはあたいらのマブダチを侮辱した! そいつが許せねぇんだよっ!」
「そのマブダチってどういう意味よ? わけわかんないことばっかり言ってっ」
「アプフェル、待った!」
「なによ、ヤツハ?」
「クレマの言葉を約すると、『森は私たちの命であり家族。その家族を売れとはあまりにも非礼ではありませんか?』と、言っているんだ」
「そうなの? だとしたら、私、なんて失礼なことを……ごめんなさい、クレマさん。私、あなたの気持ちをわかっていなかった」
「え? ああ、まぁ、わかればいいっ」
アプフェルはクレマを傷つけたことに気づいて、深々と頭を下げて謝罪をした。
そんな彼女の態度に、クレマは少しばかりたじろいでいる。
アプフェルのこういった素直さは本当に恐ろしい武器だ。
アプフェルの謝罪のおかげで場がわずかに落ち着く。
静けさが支配する間。
しかし、長くはもたない。
俺は急いで、次の一手を考える。
(森は家族にして命。そう考えるならば、こちらもそれ相応の対価が必要ってわけだ。しかも、それは高価な品じゃなくて、俺の『気持ち』。同時に彼らの『こころ』に響くモノ……それはいったいどんなものか?)
それらを探るために情報収集を行う。時間はないが慌てず、冷静に。
俺は彼らに視線を向ける。
リーゼント姿にパンチパーマ姿のエルフ。
皆、木刀やチェーンを持って、跨る馬には漢字っぽい布製のステッカーみたいなのが貼られている。
服装も漢字っぽいものが書かれたロングコート。たぶん、特攻服を模しているのだろう。
これらは全部、暴走族を模したもの。
「クレマ、あんたたちが着ている服や馬のステッカーに不思議な文字が書かれているが、それは?」
「うん、これか? これはな、総長柊アカネさんがあたいらに授けた、伝説の文字さ」
「柊アカネ?」
「アカネさんはある日突然、鉄の馬とともに現れた。その馬が爆音を鳴らして森を駆け抜けた時はぁ、驚きのあまり、ちびっちまうかと思ったぜ」
「そう……」
柊アカネって人が、エルフにヤンキー文化を伝えたのか。
それと、爆音に鉄の馬……バイクのことか?
「その総長さんは?」
「もう、何十年も前に森から旅立っちまった。あたいらにフェックスを託してな」
「フェックスって?」
「鉄の馬の名前さ。フェックスは森を守護って逝っちまった。今は森の奥の祭壇で眠ってるぜ」
「バイクを祭壇に……えっと、守ってって言ったけど、なんかあったの?」
「ああ。あんときはマジでバビっちまった。森を襲ってきた火龍に、アカネさんが相棒フェックスと一緒に特攻だときはよぉ」
「それはすごい話……で、勝ったの?」
「もちろんさ。最後は素手ごろのタイマンでアカネさんの気合が勝ちさ」
「めっちゃすごいな、アカネさんって人」
「当たり前だろっ。あたいたちの永遠の総長なんだからなっ!」
総長を褒められたことで、クレマも他のエルフも自分のことをのように喜び、鼻息荒く吹く。
彼女たちの様子から、どこまでも総長柊アカネのことを尊敬しているようだ。
それを表すように、リーゼントやパンチパーマで特攻服姿なのだろう。
しかし、髪形は良くできているが、特攻服は手作り感満載で出来はいまいち。
特に漢字は、お世辞にも褒められたものじゃない。
(決まったな、贈り物。クレマたちには本物を提供してやればいい。俺の知る、日本の本物の暴走族の特攻服をっ……何言ってんだろうな、俺)
冷静になると頭がおかしくなりそうなので、気持ちはヤンキーエルフたちに染めて何も考えないでおこう。
「クレマ、俺はあんたらに、俺の『気持ち』のこもった贈り物しよう」
「ふん、なんだそれは?」
「今は言えない。だが、必ずあんたらの『エルフ魂』を震えさせるモノに違いない」
「はんっ、おもしれぇ。てめえの『心意気』、見せてもらおうじゃねか」
「じゃあ、『漢気』を証明した暁には俺たちの話、呑んでくれんだな?」
「応っ、獲瑠怖に二言はねぇ。だろ、お前らっ!?」
「「「応っ、そうだ、そうだ! 緑風の導き手、獲瑠怖最強! 俺たちに明日はねぇ!!」」」
何か、色々文化が混じっているというか間違っているというか……とりあえず、交渉の糸口ができた。
あとは、いったん王都に戻って、急いで贈り物を用意するだけ。
あまり時間をかけると、それだけプラリネ女王の立場が危うくなる。
フォレたちに馬車を反転させるように指示を出す。
そこにクレマが近づいてきた。
彼女は、眉間に皺をねじ寄せた顔をぎりぎりまで俺の顔に近づけて睨みつけてくる。
俺はそれから目を逸らさずに睨み返す。
「ヤツハとか言ったな。せいぜい、気張れよ!」
「ああ、てめえこそ、吐いた唾飲まんとけよ!」
「な、吐いた唾、だと? どうして、てめえは聖典の御言葉をこうまで使いこなせるっ?」
「ふん、さてなっ」
俺は颯爽と踵を返して、クレマから離れていった。
その際、誰にもわからないように、こっそり空間魔法を発動。
何をしたかって? ちょっと目印をね……今後、荷馬車で移動するのが面倒だってこと。
その荷馬車に戻りながら思う。
(さっきから出てくる聖典ってなんだろ?)




